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003 聖女と悪役令嬢と婚約者
しおりを挟む――袈裟懸けに振り下ろされる剣杖を、私は見切っていた。
後ろに下がりつつ、上体を反らす。剣先が胸元のすぐそこを通り過ぎた。それと同時に――私が下から切り上げていた剣杖が、相手の手首を打ち据えていた。
「いッ……」
痛みに顔を歪める青年の動きは、あまりにも緩慢である。先に体勢を整えたのは、私のほうだった。こちらの繰り出す得物の速度に対応しきれず、相手はその首に剣杖を擬されていた。
「あなたの負けね」
「……ああ」
「体格の劣る女性にも勝てないなんて、みっともない」
「…………」
魔法を使わない、剣杖だけの試合。それは騎士などがよくやっている鍛錬の一つで、学生の間でもたまにおこなわれていた。実戦では至近距離まで肉薄される可能性もあるので、そうした時に対応できるよう剣技を磨くのも重要というわけである。
私も小さいころから杖を振っていただけあって、剣撃練習もある程度こなしていた。女子にしては、体力や腕力はかなり高いほうだろう。剣杖の打ち合いでも、並みの男子には引けを取らない自信があった。
「何も考えず、ただ怠惰に生きている貴族のお坊ちゃまらしいわね。少しは向上心を持ったらどうかしら」
「……いちおう、練習はしているんだがなぁ」
「練習してそれなら、とんでもなく才能がないのね」
私の誹謗的な言葉に、その青年はしおれるような顔つきをした。
――銀色にも見えるプラチナブロンドの髪。整った顔立ちに、平均より高い身長。そこにいるのは、美青年と呼んでも差し支えのない人物だった。
公爵家の子弟、トラス・ガーラント。容姿端麗に加えて、それなりに魔法の才能もある青年である。貴族の女子からの人気が高いのも頷ける、俊英な若者だった。
私が婚約者たる彼を嫌っているのは周知の事実だったので、学園の女子たちはひそかにトラスにお近づきになろうと頑張っているらしい。婚約が解消されれば、もしかしたらチャンスがあるかもという魂胆なのだろう。もっとも――トラスはまったくほかの女子に見向きもしていないようだが。
なぜトラスは、いちいち私に構おうとするのか。それは少し疑問だった。今日も「模擬戦の相手をしてくれ」と必死で食らいついてきたので、仕方がなく了承して今に至るわけだが――
本来の彼は、内心ではレーナ・グランディスのことを好いてはいなかったはずだ。他人を見下し、侮蔑的な言葉を吐くレーナという少女は、トラスにとっては不愉快な女でしかなかったはずだった。だからこそ、“事件”が起きた時には即座にレーナとの関係を断ち、そして断罪してみせる展開になるのだが。
「――あなたのような弱者では、愛する人も守れないでしょうね。力なき者というのは、哀れで愚かな存在だわ」
「ははは……手厳しいな……」
「――あなたと付き合うのは時間の無駄。さようなら」
私は冷徹に言い放つと、彼の隣を通り過ぎていった。俯いているトラスの表情は、どこか険しい色を帯びていた。打ち負かされ、言い返せない自分が、たまらなく悔しいというような顔に見えた。
――はたしてトラスは、ミレーユを守ってくれるのだろうか。
知識とはズレている現実に、私は言い知れぬ不安を感じていた。
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