聖女と悪役令嬢と婚約者

てと

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004 聖女と悪役令嬢と婚約者

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 きっと向こうでは、滞りなく進級パーティーが進んでいるのだろう。
 ――そんなことをぼんやり考えながら、私は闇の中に独り立っていた。

 学年の変わり目におこなわれるパーティーでは、すべての学生と教師が会場に集まっているはずだ。つまり、逆に言えば――ほかの場所は人目が少ないということになる。
 それは学園の外から何者かが侵入するには、うってつけのタイミングだった。

 事実、“知識”にあるレーナ・グランディスは闇の稼業人を雇って、この日に潜入することを指示していた。狙いは聖女ミレーユの首である。その力を賞賛され、あまつさえ婚約者トラスの心も惹きつけつつあった彼女は、レーナにとって邪魔で仕方なかったのだろう。暗殺者を雇って殺してしまおうと思うくらいには。

 まあ――“私”はそんなことをするつもりもないのだけど。

 それでも、わざわざパーティー会場の外に立っている理由は何か。それは単純だった。ただの保険である。
 私が暗殺者を仕向けなくとも、もしかしたら別の何者かが同じことをするかもしれない。
 そう思ったのは、これが重要な“イベント”だったからだ。ストーリーを決定づける出来事。あるいは、それはこの世界に運命づけられた事象なのかもしれない。

 そんな予感があったのだ。
 ――そして、予感は当たったようだ。

 私は剣杖を腰から引き抜いた。体に熱い魔力がたぎっていた。ここが正念場であることは明らかだった。

「――来なさい、侵入者よ」

 低く、冷たい声は、向こうの影に届いたようだ。そこにいる、黒い衣装に身を包んだ男は――細長い杖を手に携えながら、唸るような声を上げた。

「貴様……魔術師だな。教師でもなく、学生とは……。オレが来ることをわかっていたのか?」
「知っていたわ――私がこの世界に生まれた時から」
「……わけのわからんことを」
「御託はここまでよ」

 私は魔力を流しながら、剣杖を振るった。風の刃が駆け巡る。不可視の凶刃が敵を切り裂く、その寸前――男は杖を振りつつ横に跳んだ。

 ――風同士がぶつかるような音が響いた。

「……このガキッ!」

 男は体勢を立てなおしながら、吐き捨てるように言った。反射的に風を顕現させて攻撃をいなしつつ、回避行動を成功させた男の動きは――明らかに手練れの業だった。

 ……トラスとは比べ物にならないほどの、戦闘能力を持っている。
 だが――私は負けるわけにはいかなかった。
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