聖女と悪役令嬢と婚約者

てと

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005 聖女と悪役令嬢と婚約者

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「――せぃッ!」

 掛け声とともに、ふたたび風の斬撃を飛ばす。その瞬間、男は杖を下から振り上げた。それに呼応して――地面が瞬時に盛り上がる。
 土の壁で私の攻撃を防いだと同時に、男は半身だけ身を出して杖を振るった。砲弾のような土の塊が迫りくる。私は冷静にそれを烈風で撃ち落とし、矢継ぎ早に風の刃を飛ばした。

 ――男はさっと土壁に身を隠し、こちらの攻撃を受け流す。
 ……遮蔽物がある相手と打ち合っても、こちらが不利なだけか。

 相手の側面に回り込もうと、私は足を踏み出す。だがその瞬間――土壁の右方向に飛び出す影があった。後手になることを避けて、男はみずから仕掛けてきたのだろうか。
 私は即座に杖を薙いだ。闇夜にまぎれる影へと、風が襲い掛かる。魔法が目標を貫いた時――

 それが投げ捨てられた黒いマントなのだと、ようやく気づいてしまった。

 視界の隅から殺気を感じ取った。衣服を陽動に使って反対側から飛び出した男は、すでに魔法を放っていたのだ。土の弾丸が、すでにそこまで迫っていた。

 杖を振っている暇などなかった。咄嗟に左手で顔をかばいつつ、横に跳んだ。――左の上腕と、脇腹に、大の男から全力で殴られたような衝撃が迸った。

「……ぐ……ぅ」

 慣れない痛みに、私は耐えた。ここで戦意を維持できなければ、ただ死が待っているとわかっていたから。必死で敵の方向を見据え――連続で来た攻撃を、今度はちゃんと風の魔法で撃ち落とす。

「……魔法の腕はオレより上手うわてか。だが……戦い方は知らねぇようだな」
「…………痛感しているわよ」

 私は相手を睨みながら答えた。
 さっきのマントを囮にした戦法など、私の頭には片隅にもなかった。魔法の練習を重ねていただけでは、実戦で強くなれるとは限らない。自分の命を、あるいは誰かの命を、守れるとは限らないのだ。――トラスに向けた言葉は、今になって私に跳ね返っていた。

 痛みをこらえながら、私は杖を振るう。ダメージを受けているせいで、魔法がにぶっているのを自覚していた。男はけっして隙を見せることなく戦闘を続け――徐々に、私は追い込まれていった。

 体力と魔力を消耗したタイミングを狙ったのだろうか。
 男は土の弾丸を放った。それを私が魔法で防いだ瞬間、飛来してきたのは――銀色に輝く刃だった。
 それは魔法ではなかった。男が隠し持っていたであろう、金属の刃物である。
 ――魔法と投げナイフを組み合わせた、迅速な二連撃。私のような戦闘経験のない小娘には、対応しきれない攻撃だった。

「…………は……ぁ」

 右脇腹、そこにナイフが突き刺さっていた。幸いながら小型の投擲ナイフだったので、それ自体は致命傷ではないが――
 いずれにせよ、私が男に勝てる算段はなくなってしまった。刺し傷は失血を招き、体力を奪いつづけるだろう。つまりはそれは、結局のところ死を意味していた。

「――甘いな。防具もない学生服で挑んで、勝てるわけがないぜ。お嬢ちゃん」
「…………」
「だが、褒めてやる。オレを本気で戦わせる学生がいるとは思わなかった」
「……それは、どうも」

 私は呟きながら、片膝をついてしまった。疲労と打撲、刺し傷が重くのしかかる。戦闘の継続は――不可能だった。
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