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003 ここではない、彼方へ
しおりを挟む学校で教育を受けていたセオにとっては、文章を書くということは大して困難ではなかったのだろう。
多くの産業が発達し、他国との交流も広がる世相において、新聞という情報メディアは民衆からの需要が著しく増していた。ある程度の知識と教養があるライターやレポーターというものは、どこの新聞社にとっても喉から手が出るほど欲しい人材と言えるだろう。セオが難なく、もっとも影響力のある新聞社に論説記者として雇われたのも当然のことだった。
『工場で働く労働者の貧困生活について』
『ペッパーボックス銃の危険性について』
『警察官の拳銃武装は本当に必要なのか』
『アヘン窟の実態、および薬物の依存性』
そんな記事のタイトルは、彼が市民の生活や安全に関わる事物を重視していることを表していた。
都市に労働者が増えつづける中で、セオが執筆する内容は大いに好評だったのだろう。新聞の売上は順調に伸び、彼の記者としての名声も高まっていった。
仕事の調子だけを見れば、その歩みは明らかに成功していた。
だが一方で――人生の苦難も少なからずあった。
ある時、セオは帰宅するなりベッドに倒れ込んだ。ぼんやりと天井を見つめる彼の瞳は、いつもの熱意も活力も見当たらない。精神的な疲弊に支配されている顔色だった。
「……どうしたの?」
私がそばに近寄って声をかけると、彼はぽつりと言葉をこぼした。
「……もう俺は……子供じゃない。独りでだって……生きていけるさ……」
その呟きで、何があったのかを察するのは容易だった。
今日の昼間、セオは父親と会っていた。私はそこで交わされた会話を間近では聴いていなかったけれども、これまでのセオの生き方を考えれば――行き着くところは明白だった。
工場経営者の労働者に対する搾取を批判した記事は、おそらく父親の目にも留まったのだろう。それが怒りを招いたのは疑いようもなかった。そう――セオは肉親から絶縁されたのだ。
「……大丈夫、あなたは独りじゃないから」
そう私が言うと、彼は目に涙をにじませた。大切なひとが亡くなった時のように、セオは泣いたのだ。それも仕方なかった。生きていようと、死んでいようと、相手と別れることはつらく悲しいものだ。
――はたして、私はセオとずっと一緒にいられるのだろうか。
ふと、そう考えて――答えを出すのが怖くなった私は、目をつむって思考を振り払ってしまった。
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