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1章~石版の伝承~

3.~石版と契約~

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その夜久しぶりに夢をみた。
この光景は…
700年前の過去の夢なんて何で今更?
一面火の海で、建物は崩壊し、あたりに横たわる息絶えた同胞たち。
目の前に大きな龍が描かれた石版と数人の天使達。
魔者で生きているのは自分だけのようだ。

「大いなる災い、この石版を…」

何かを話し合っている。

「解放・・ように、封印を…」

周りの雑音でよく聞き取れない。

「魔者の子よ、契約だ」

1番大きな羽根と力を持つだろう天使が、傷だらけで横たわっていたまだ幼い魔者に契約を持ちかけた。

「何?!」

「この石版を、永遠に解放してはいけない、解放する鍵をお前の魂に刻もう、お前は解放されないように阻止するのだ。」

「…何だと…そんな契約、俺に何のメリットが?」

瀕死の状態とはいえ魔者だ、プライドは捨てない。

「この状況で、メリット…というか、若いの…ならば、代価は今此処でその命奪わずに見逃すということでいいだろう?大天使7人相手にその状態で闘おうなどと愚かな考えはなかろう?」

「…!…」

確かに今の状況は不利というにはあまりにも絶体絶命な立場にある。
瀕死で動けない状態の上、周りを大天使7人に囲まれている。

「神!このような者で、よいのですか?」

1人の大天使がいった。
神?この人が?…大天使7人に天界最強の神までいるとは…
この場で命を見逃す代わりに石版の鍵になり、解放を阻止する…。悪い話ではないのか?

「答えを聞こうか、魔者の子よ」

「…いいだろう、その契約うけてやる」

神が何やら呪文のようなものを紡いだあとに石版から何やら文字のような羅列を引きずり出し仰向けに寝かせた魔者の子の魂に刻み込んだ。

「ッ!!」

激しい苦痛に襲われて、両目を大きく見開き、荒く呼吸を繰り返す。体中が何かに犯されていくような気持ち悪さ、全身の血液が沸騰したように熱い。

「う゛ぁぁああああああぁぁぁぁッ!!」

自分の両手で1番苦しく締め付けられる胸を血が滲むほどかきむしった。首には契約の証の首輪。
涙が止まらない。口の端からこぼれる唾液、喉から伝わる掠れたヒュッという呼吸、血が滲んで痛々しい胸には赤黒い烙印がうかびあがっていた。胸だけじゃない、両腕にも。

「石版と鍵は共にしてはいけない、何人の手にも渡らぬように空間に隠すとしよう」

「…」

「もし、悪しき者の手に渡ったら、やむを得ない場合、破壊してもいい、鍵を刻んだお前なら出来るだろう、石版に近づくとその烙印が浮かび上がりその魂、鍵と共に奪われる、気をつけて番人をするのだ」

神が付け加えるように言い、大天使と石版と共にその場から消えた。
それから700年何事もなく平穏だった、力も十分に蓄え、魔界の王の座に君臨した。
それから暫くしてだ、石版を探しているという男の存在を知ったのは。
そして15年前石版捜索のために、3世界全てに戦争を仕掛けるほどの力を持つその男がその力を振るい、世界を混沌に染めた。
空間は崩壊し石版が世に現れ、男の手に渡ってしまった。

「…」

体の烙印が、生きているかのように脈を打っていて、熱い。油断すると引きずられるようなそんな変な感覚。
石版が鍵を呼んでいる…。

「契約、遂行させてもらおう…」

小さく呟き、大勢の魔族(意思・知恵のある人型の魔物(魔者)と意思・知恵のある人型以外の獣(魔獣))をその男に襲い掛からせた。もちろん回りには他の種族が応戦していた。
魂ごと鍵が引きずられるので石版には近づかず魔力を凝縮させ、遠くからその塊を石版に向かって打ち込んだ。

「なッ!!」

男の唖然とする表情、砕け散る石版。
これで契約は終わりだな…神…?

「!」

しかし石版は砕けでもなお、その力を失わずに1つ1つが淡く光をおびて各地へと飛び散り地上に消えた。

「…これは…」

破壊に失敗した?

「貴様!!よくも石版を!!しかし必ず再び石版をわが物にする!邪魔はさせない!」

男がジンにそう叫んで、その場からきえた。

「…1つ1つ力を封印するしかないのか…」

小さな溜め息を吐くと、魔族たちに”もどるぞ”と一言だけつげその場から立ち去った。

石版の破片が飛び散ってから暫くして異世界からの扉の開く気配を感じ、そして悲しみと絶望の中にいた少女の呼び声を聞いた。
魔物としては、深い悲しみや絶望は格好で、最上級の餌だ、付け入る隙を与え全てを奪える。
呼び声のする神殿に向かい、その思いをもった者が、まだ幼い人間の少女だということに驚きを隠せなかった。
異世界の扉を人間が単身で開くことは出来ない。誰か、何かの手を借りれば別だが・・・。きっと石版の欠片が人間界にも飛び散り人々の願いに反応したのだろう・・・。

「深い絶望と悲しみ、嫌いじゃないが、その思いは良くないものを呼び込むぞ」

しゃがみ込む少女の前に静かに下り立ち、何の感情も読み取れない声でそういった。

「…私を、殺しにきたの?」

涙で瞼を晴らした真っ黒でつぶらな瞳の少女が動じた様子を見せずに目の前に立つ者を見上げた。そこには、背中には漆黒の6枚の翼、腰くらいまである銀色の流れるような長い髪、翠の双眸。人間ではないのは一目瞭然だった。見たこともないくらいの整った顔立ちの美しい青年。

「…それを望むのなら、叶えよう」

「……」

「望めば、その絶望も悲しみも忘れられる」

銀色の長い髪、暗闇なのに妖しく光る翠の双眸。
死への契約を誘う優しく甘い誘惑。
青年は少女の前に跪くように屈み、まだ涙の滲む瞼を右手で優しく撫で、そのまま頬を滑らしていき親指でくいっと軽く顎を持ち上げ、人差し指と中指で少女の唇に触れる、求めるように優しく。

「さぁ、望みを言え、…死を望むなら最後にその体に至高の快楽を刻んでやろう」

唯一の哀れみなのだろう…。

「どうした?望みを答えるがいい」

「……」

妖しく光る翠色の双眸が少女をじっとみつめる。
随分至近距離だ、長いまつげ、伏せ目がちな翠の双眸。この異形の者は随分と整った顔をしているなぁ‥と思いつつ魅入っている少女。
何かを察したのか、青年はふっと笑みをこぼし少女の唇にその唇を重ねた。

「!」

舌が、ぐいぐいと奥まではいってきて絡まる。長い牙と歯が小さくぶつかった。
少女は驚いて抵抗するが、自分よりも大人の男の力に適うはずもない。

「ふ…ぅう」

息が苦しい。
やっと解放されて少女は大きく息を吸い込んで青年を睨んだ。

「ッいきなりなにするの?!」

「…欲しそうにしていたから、してほしいのかと」

口の端からこぼれた唾液をペロリと舐めとりながら悪びれもなくそう口にした。
もてあそばれている?少しむっとする、まるで子ども扱いだ…。

「…ッ」

少女はゴシゴシと服の裾で唇を擦っている。
そんな様子を黙って見据えてクスクスと余裕そうに笑っている青年に少し腹がたった。

「やっと口を開いたな、さぁ、望みを言え」

そう問われて、擦るのをやめ、青年を見据えて今度は口を開いた。

「…世界を、とり戻したい」

「世界を取り戻す?」

よく理解できない…世界は誰の物でもないはずだ。青年は訝しげな表情で少女を観察している。

「黒い、霧から」

付け加えるように少女はポツリといった。

「…人間界か、人間達は地下に住んでいるといっていたな…なるほど」

死を望んで楽になることを望まずにあえて、棘の道を選ぶか。こんな幼い子供が…。面白い、いい退屈しのぎにもなりそうだ。何より興味がわいた。
青年の次の反応を黙って少女は待った。

「いいだろう、力を貸そう、…代価はそうだな・・・お前の命、でいいんだろう?」

・・・命、こんな命1つで世界を、皆をすくえるのならば…。どうせ帰っても大切な人は皆失った、待ってくれている者なんていない。
少女は静かにうなずいた。

「ならばこれで、左手を切りその血をささげろ」

手渡されたのは装飾された綺麗な短剣。
青年も自らの右手を切りつけて、ボタボタと噴き出して零れる血に気にもせず、少女を見る。
少女も意を決して左手を切りつけた。
一瞬の熱を帯びた痛み、ズキズキと脈打っているのが気持ち悪い。

「手を…」

お互い切りつけた手を重ね、血が交わった時そこから光が帯のように広がり2人を絡めるように広がって、少女の左手の甲に赤い傷のような烙印がうかび、青年の首に元から合った首輪には短いながらも鎖が現れ、光の帯びは消えた。

「契約、完了だ」

「え、なんか書類みたいなのに記入とか…」

「…必要ない、誰も契約を妨げられる者はいない」

よほどの権力の者なのだろうか。少女は内心でそう呟き、改めて目の前の異質な者を見つめた。
細い絹糸のような銀色の髪、深く曇りの無い翠の双眸、色素の薄い白い肌。無駄なものなど何一つ無いようなそんな何かをおもわせる。

「名前…」

少女が小さく口を開いた。

「私、麻衣」

「…ジンだ」

「…」

眩しい位の朝日で、うっすらと瞼をあけた。
昔の夢を何故今更…。
横ではまだ麻衣が気持ちよさそうに寝息を立てて眠っていた。
村人が朝食を運んできてくれ、それとほぼ同時に麻衣が目を覚ました。食事の匂いで飛び起きるとか、どんだけの野生児だ…。

「わぁ、美味しそう」

「すまない、いただく」

ジンは村人にそういい果物に手をつける。横では麻衣が物凄い勢いで肉やパン、果物に手をつけていた。
麻衣は用意された食事をあっという間にすべて完食し満足そうに微笑んでいる。
相変わらずよく食べる。…そして早い。

「そろそろ行こう、ずっと此処に居るわけにはいかないしね」

麻衣がにっこり微笑みながら立ち上がった。
ジンは小さな苦笑を浮かべ扉にむかった。

「そういえば次の行く先は?何か情報あるの?」

「…特に無い、しかし…この先に古代の祭壇がある」

「祭壇、石版とかありそう…」

「ああ、行ってみる価値はあるだろう」

村人に2日分の食料を手渡され、2人は祭壇に向かって歩き出した。
途中に大きな森があり、そこを抜けるのが最短距離だとジンは言った、迂回すると3倍くらい時間がかかるとか、それほど大きな森らしい。

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