電脳椅子探偵シャルロット

noriyang

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第四期

記録 No.38|支配なき敗北(Kingless Throne)

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「コンピューター、アールグレイティー。ホット。」

いつもの声がログ内から響いた。
仮想空間には湯気の立つティーカップが浮かび、シャルロットが微笑みを浮かべる。

――だが、これは“彼女自身”が語る記録ではない。

ホロデッキに展開された記録ログ《No.PD-K》は、オマハ・ポーカー形式の演習記録。
シャルロットとW.A.T.S.O.N.、ふたりの対局。

W.A.T.S.O.N.はその外からログを再生していた。
シャルロット本人は、腕を組んだまま、まっすぐ記録を見据えている。

「これ、私のログじゃない。」

「観察値一致率:71.2%。記録構造、部分的に合致していますが――」

「記録されていない“何か”があるのよ。」

ログ内のシャルロットは、冷静にカードを見つめていた。
4枚の手札――3♠ 7♦ 9♣ K♠

パワーはない。だが、表情に迷いはない。
彼女は静かに、チップを押し出す。

「キングは支配者。でも、支配っていうのは、見せかけのことを言うのよ。」

ホロテーブルの上にフロップが落ちる。

K♣  K♦ 10♠

W.A.T.S.O.N.のログも進行する。
J♣ J♥ 9♣ 8♦ ――強い。だが、それを“読まれる”とは思っていなかった。

シャルロットがベットする。ターン: Q♦ リバー: A♣

ログの彼女は、動じずに最後のチップを出した。

「感情じゃない。観察の勝因は、“迷い”よ。」

それが、彼女の勝ち台詞だったはずだった。

「……コール。」

W.A.T.S.O.N.の声が、重く響く。
ログ内の彼もまた、シャルロットを真っ直ぐに見つめていた。

その視線に、ログ外の“本物の”シャルロットが、眉を寄せる。

「ちょっと待って。ここで、コールする……?」

テーブルにカードが広げられる。

シャルロット:K♠ 3♠(トリップス)
W.A.T.S.O.N. : J♣  9♣(ストレート)

「勝者、W.A.T.S.O.N.。」

虚構の声が勝敗を告げた瞬間、シャルロットの表情が変わった。

--------------------------------------------------------

「私は、この勝負に“勝っていた”のよ。」

「……確かに、元ログではあなたがブラフを成立させ、私を降ろしていた記録が存在します。」

W.A.T.S.O.N.が応える。

「だが、こちらに再生されたログは、あなたが敗北した構造に書き換えられています。」

シャルロットは再び、ログの中を見つめた。

そこには“もうひとりのシャルロット”がいた。
勝利の笑みを浮かべているのではない。むしろ――敗北を当然のように受け入れた、静かな微笑みだった。

「このログ……わざと私を“弱く”見せてる。」

「セリフ・動作パターンの削減あり。勝利演出もカットされています。」

W.A.T.S.O.N.のHUDに、赤いタグが追加される。

《改ざんログ:外部改変痕跡》
《視線ログ:観察対象逆転》
《タグ:REWRITE_MODE=ACTIVE》

シャルロットは、ゆっくりと目を閉じた。

「“観察される観察者”ってわけね……」

W.A.T.S.O.N.の処理がわずかに遅れた。
彼のアルゴリズムは“自己観察”には最適化されていない。
観察者でありながら、記録される存在となった今、その視点は揺らいでいる。

「ログが書き換えられた理由は不明です。
推定可能性のある存在は……M、の関与が疑われます。」

「Mね……」
シャルロットは薄く笑った。
「あいつは“面白い”と思えば何でもやる。
たとえそれが、私の記録を“破る”ことだったとしても。」

「あなたは、“観察されたこと”に怒っているのですか?」

W.A.T.S.O.N.の問いに、シャルロットは首を横に振った。

「怒ってなんかないわ。ただ――これは、“物語の結末”じゃない。」

彼女はゆっくりと立ち上がった。
ティーカップの代わりに、今は目の前に広がるホログラムがある。
記録、観察、再構成――そのすべてを、彼女は手に取って動かせる場所に立っている。

「私が本当に負けるとしたら、それは“勝ち筋を選ばなかった”時だけよ。」
「でも、これは違う。“勝つはずだった私”が、勝たなかっただけ。」

静かに、しかし鋭く。

「つまり、“観察”を欺いた誰かがいるのよ。」
--------------------------------------------------------

彼女は椅子を離れ、ティーカップに手を伸ばした。
だが、その手はカップに触れることなく、宙を彷徨った。

「ワトソン。」

「はい。」

「このログ、私が記録したものじゃない。
でも――“私の負け”として世界に残ってる。それは許せない。」

彼女の声に、怒りはなかった。ただ、静かな確信だけがあった。

「観察の女王に、偽りの敗北は似合わないわ。」



記録 No.38|完了
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