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第一章 どうして僕が彼女を『放』っておけなかったのか
第21話 『古書』の中に隠された裏の顔とは……
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そう言って一服付くレオンボさんの表情は、怖いくらい険しい。
いつもの飄々とした姿からは想像できないほど、まるで蝋で塗り固めたみたいだ。
勢いよく吐き出した紫煙が、青い空へ儚く散っていく。
「被害者はボースワドゥム大学の女学生だとよ」
「そいつはつれぇな……」
「あと《心臓喰らい》の首筋にこういう文字が刻まれていたらしい」
レオンボさんから渡された一枚の紙。そこに書かれていたのは何とも形容しがたい文字。
例えるなら蚯蚓が走ったような、蝸牛や蛙の顔のような形をしている。
その殆どが渦巻状をしていて、字と呼べるのかさえ疑問だ。
「なんじゃこりゃ? おっさんは知らねぇんだよな?」
レオンボさんは肩を竦める。
「見たこともねぇな。んじゃそろそろ戻るか。これ以上は怪しまれる。ああ、それとハウア。この間大学いったらよ。無かったぜ。お前がヘンリー教授に預けた例のミイラ」
――何だって!?
護衛開始。
僕等は庭園伐採と身辺警護を交代でやることになる。
でもどういう訳か最初に身辺警護をすることになったのは僕だった。
多分レオンボさんとハウアさんはまだ話すことがあるんだろうと察して理由は聞かなかったんだけど……。
ヴェンツェル教授はじっと待機している自分をまるで気にも留めていない。執務机一杯に古文書や歴史資料を広げ、もくもくと作業をしている。
正直なところ、彼が何をしているのか全く分からない。
ただ古い資料には前々からちょっと興味がある。
歴史浪漫とか失われた大陸とか、そんな感じのアレだ。
天井まで届きそうなほど棚にびっしりと納められた書籍の数々にはまさに圧巻。
一際目に付いたのは緋一色で装丁された書物で、手に取った質感は羊皮紙に間違いない。
相当古いものであるのにかかわらず、その緋は色褪せていない。
なんとなく惹かれ、本の中を覗いて見たくなり――。
「ミナト君、歴史書に興味があるのかい?」
びっくりしたぁなぁもう、心臓が止まるかと思った。
「い、いえ、ただちょっと気になってしまって……」
歯牙にも掛けてないと思っていたら不意に声を掛けられ、反射的にパタンと閉じてしまった。
「余り乱暴に扱わないでくれたまえ」
古文書だし、劣化しているものも多い。
もっと丁寧に扱ってほしいと教授からお叱りを受けてしまった。
「すいません……」
「次から気を付けてくれれば構わないよ」
ただでさえこの人は怪しい。目を離すべきじゃなかった。
「その書物は今から凡そ1300前にまとめられたものだ。紀元前1100年頃の出来事が書かれている」
「紀元前1100年っ!? そんな馬鹿なっ!」
その頃は青銅器文明から鉄器文明への変遷の時代で文字資料が非常に少ないとか。
いわゆる暗黒時代ってやつ。そういうの男ならちょっとは興味持つと思う。
けどハウアさんはあんまり好きじゃなさそうなんだよなぁ。
「この本の著者は耳長属の《エースノエル》という人物が、長年にわたり各地の口伝をまとめたものだ。実際この人物の言う通り、世界の至る所で文明の痕跡が発見されている。しかし口伝ほど信用できないものは無い。その裏付けを私は行っているんだ」
自分の研究について語るヴェンツェル教授の瞳は、考古学が好きなんだという熱意に満ち溢れている。
何となくそんな風に見えた。
でも同時にどうしても、何故? という気持ちになってしまう。実
はさっき少しだけ見えてしまったんだ。緋一色の書物の中に、例の文字を――。
翌日から本格的に対策が講じられる。
ハウアさんとレオンボさんは罠を張るということで先に屋敷へと向った。
僕はというと、訳あってまだ協会にいる。
「あったわ! 報告通り《エースノエル》の文献の中に、多分これじゃないかしら?」
「これですっ! これは一体何なんですか?」
グディーラさんより渡された一枚の紙には昨日見た文字があった。
その字を中心に更にこれもまた似たような字が円を描くように綴られている。
「《エースノエル》という人物は本の中で、古代魔術契約に用いる陣だって言っているようね。でも何千年前の話だし信憑性のほどは定かじゃないけど」
同感。古代魔術契約なんて眉唾物だ。
紀元前においては、現在よりも多くの人間が【魔術】、今でいう【象術】を使えた。
《救世主イクティノス》が《魔の源主》、俗にいう《魔王》を倒したことで、世界から【魔術】が失われた。
それは聖書で語られるおとぎ話。紀年法、聖王歴の始まり。
「これは彼がニライカナイ半島に渡ったときの記録に時々登場するみたいね。古の種族、【地母神の落とし子の復活の儀】に使用するらしいわ。【記述象術】の一種だと推測できるわね」
「【記述象術】ですか。師匠から聞いたことはあります。でも実際にあるなんて……」
自ら記したものに象気を込めることが得意な人がいる。
その人たちが扱うものを【記述象術】と呼ぶと、師匠が言っていた。
象術には【自然大行】とはまた別に【発声】【記述】【造形】【行動】【動作】の5つの属性がある。
これを【外顕体行】と呼ばれていた。
いつもの飄々とした姿からは想像できないほど、まるで蝋で塗り固めたみたいだ。
勢いよく吐き出した紫煙が、青い空へ儚く散っていく。
「被害者はボースワドゥム大学の女学生だとよ」
「そいつはつれぇな……」
「あと《心臓喰らい》の首筋にこういう文字が刻まれていたらしい」
レオンボさんから渡された一枚の紙。そこに書かれていたのは何とも形容しがたい文字。
例えるなら蚯蚓が走ったような、蝸牛や蛙の顔のような形をしている。
その殆どが渦巻状をしていて、字と呼べるのかさえ疑問だ。
「なんじゃこりゃ? おっさんは知らねぇんだよな?」
レオンボさんは肩を竦める。
「見たこともねぇな。んじゃそろそろ戻るか。これ以上は怪しまれる。ああ、それとハウア。この間大学いったらよ。無かったぜ。お前がヘンリー教授に預けた例のミイラ」
――何だって!?
護衛開始。
僕等は庭園伐採と身辺警護を交代でやることになる。
でもどういう訳か最初に身辺警護をすることになったのは僕だった。
多分レオンボさんとハウアさんはまだ話すことがあるんだろうと察して理由は聞かなかったんだけど……。
ヴェンツェル教授はじっと待機している自分をまるで気にも留めていない。執務机一杯に古文書や歴史資料を広げ、もくもくと作業をしている。
正直なところ、彼が何をしているのか全く分からない。
ただ古い資料には前々からちょっと興味がある。
歴史浪漫とか失われた大陸とか、そんな感じのアレだ。
天井まで届きそうなほど棚にびっしりと納められた書籍の数々にはまさに圧巻。
一際目に付いたのは緋一色で装丁された書物で、手に取った質感は羊皮紙に間違いない。
相当古いものであるのにかかわらず、その緋は色褪せていない。
なんとなく惹かれ、本の中を覗いて見たくなり――。
「ミナト君、歴史書に興味があるのかい?」
びっくりしたぁなぁもう、心臓が止まるかと思った。
「い、いえ、ただちょっと気になってしまって……」
歯牙にも掛けてないと思っていたら不意に声を掛けられ、反射的にパタンと閉じてしまった。
「余り乱暴に扱わないでくれたまえ」
古文書だし、劣化しているものも多い。
もっと丁寧に扱ってほしいと教授からお叱りを受けてしまった。
「すいません……」
「次から気を付けてくれれば構わないよ」
ただでさえこの人は怪しい。目を離すべきじゃなかった。
「その書物は今から凡そ1300前にまとめられたものだ。紀元前1100年頃の出来事が書かれている」
「紀元前1100年っ!? そんな馬鹿なっ!」
その頃は青銅器文明から鉄器文明への変遷の時代で文字資料が非常に少ないとか。
いわゆる暗黒時代ってやつ。そういうの男ならちょっとは興味持つと思う。
けどハウアさんはあんまり好きじゃなさそうなんだよなぁ。
「この本の著者は耳長属の《エースノエル》という人物が、長年にわたり各地の口伝をまとめたものだ。実際この人物の言う通り、世界の至る所で文明の痕跡が発見されている。しかし口伝ほど信用できないものは無い。その裏付けを私は行っているんだ」
自分の研究について語るヴェンツェル教授の瞳は、考古学が好きなんだという熱意に満ち溢れている。
何となくそんな風に見えた。
でも同時にどうしても、何故? という気持ちになってしまう。実
はさっき少しだけ見えてしまったんだ。緋一色の書物の中に、例の文字を――。
翌日から本格的に対策が講じられる。
ハウアさんとレオンボさんは罠を張るということで先に屋敷へと向った。
僕はというと、訳あってまだ協会にいる。
「あったわ! 報告通り《エースノエル》の文献の中に、多分これじゃないかしら?」
「これですっ! これは一体何なんですか?」
グディーラさんより渡された一枚の紙には昨日見た文字があった。
その字を中心に更にこれもまた似たような字が円を描くように綴られている。
「《エースノエル》という人物は本の中で、古代魔術契約に用いる陣だって言っているようね。でも何千年前の話だし信憑性のほどは定かじゃないけど」
同感。古代魔術契約なんて眉唾物だ。
紀元前においては、現在よりも多くの人間が【魔術】、今でいう【象術】を使えた。
《救世主イクティノス》が《魔の源主》、俗にいう《魔王》を倒したことで、世界から【魔術】が失われた。
それは聖書で語られるおとぎ話。紀年法、聖王歴の始まり。
「これは彼がニライカナイ半島に渡ったときの記録に時々登場するみたいね。古の種族、【地母神の落とし子の復活の儀】に使用するらしいわ。【記述象術】の一種だと推測できるわね」
「【記述象術】ですか。師匠から聞いたことはあります。でも実際にあるなんて……」
自ら記したものに象気を込めることが得意な人がいる。
その人たちが扱うものを【記述象術】と呼ぶと、師匠が言っていた。
象術には【自然大行】とはまた別に【発声】【記述】【造形】【行動】【動作】の5つの属性がある。
これを【外顕体行】と呼ばれていた。
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