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第一章 どうして僕が彼女を『放』っておけなかったのか

第28話 ともあれ、僕らは一先ず『帰路』についた

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「まぁそう興奮すんなって、これでも俺様は心配してたんだぞ? ガリ勉で評判のミナトが、ちゃんと『オス』なんだって安心したぜ」

 そっち? 心配って? 僕の身ではなくて?

 せめて〈雄〉じゃなくて〈男〉って言ってよ。

 まるで性欲の権化みたいに聞こえるじゃないか。

「とにかくだ。ヴェンツェルの野郎逃げやがったぞ」

「はぁっ!?」「えぇっ!?」

 アルナと揃って思わず声を上げた。

「無駄だ! 嬢ちゃん。少し落ち着け」

 即座に飛び起きたアルナをハウアさんが引き留める。

「屋敷には地下道があったみてぇでよ。そこから逃亡したらしい」

 ハウアさんの忠告を無視して、追おうとするアルナの手を掴む。

「駄目だアルナ。行かせない。もう君に誰も殺させないって言ったじゃないか」

「……ごめんなさい。やっぱりそういう訳にはいかないよ。だって《屍鬼シィグヮイ》――ミナト達の言う《心臓喰らい》は、近くにいた通行人の心臓を奪っていったから」

 あまりの数に10体ほど取り逃がしてしまったと、俯きながらアルナは語る。

 彼女の話によれば、もう既に13個以上の心臓がヴェンツェルの手中に収まっているという。

 大量の《心臓喰らい》は、暗殺者である自分の足止めと、心臓の回収が目的。

 あわよくば、こそこそ嗅ぎまわっていた僕達を一掃できるという算段だったはずだと。

 もしかしたら程度には予想していたけど、願わくば外れて欲しかった。

「分かったアルナ。だけど一人で抱え込まないで。君には僕がいる。口は悪いけどハウアさんだって、レオンボさんだっているよ」

 ヴェンツェルの計画を阻止するためにはアルナ自身が秘めている〈何か〉がいる。

 ハウアさんが物言いたげにしていたけど無視した。

「君の力になりたいんだ。みんなでヴェンツェルを捕まえよう。だから君が知っていることを教えてくれないか」

「ごめんなさい。私、また……」

「お前等乳繰り合うのは後にしろ。ちょっと今はおっさんの様子が気になる」

 レオンボさんはヴェンツェルを追い、地下の水路へと潜ったらしい。

 気まずくされた空気の中、ふと屋敷から出て来るレオンボさんの健在な姿が見えた。

「よ、良かった。無事で……でもなんか様子が変」

 一度は安堵したものの、レオンボさんが露骨に顔をひそめるのが見えて不安がよぎった。

「おい! どうしたっ! なんかあったのかっ!?」

「こりゃぁ参った。すまん。取り逃がした」

 聴いてみると、地下水路は迷路のように入り組んでいるらしい。

 なので降りたら最後、図面でもないと脱出は困難とのことだった。

「じゃあ、どうすんだよ。おっさん」

「そう急くな。役所に行って地図を貰ってくるからよ。あと、少し引っ掛かることがある」

「なんだよ? それ」

「……んいや、こっちの話だ。とにかく今日のところは一度戻るか。あと嬢ちゃんにもちょいと尋ねてぇこともある。付いてきてくれるか?」



 ともあれ、今後の対策と報告を兼ね、僕等は協会へ――。

 着いた頃には既に深夜を回っていた。

 けど協会は煌々と明かりが灯っていてたんだ。

 しかも中では【霊気ラジオ】から流れるジャズに包まれながらグディーラさんが待っていてくれた。

「みなさんお帰りなさい。ご苦労様でした。ずいぶんと大変だったみたいですね」

「おうっ! まぁな、結局ホシには逃げられちまったよ」

「そうですか。予想の範疇ではありましたけど……ミナトもおつかれ。あら? 貴女……ひょっとしてアルナ?」

 グディーラさんが僕の後ろにいたアルナの存在に気付く。

 なんだか心なしか憂いている? いまいち読み取れないけど。

「お疲れ様ですグディーラさん。えっとアルナ、覚えている? こちらはお世話になっている支部長のグディーラさんだよ」

「久しぶりね。元気していた?」

「……はい」

 何故かアルナはグディーラさんへ露骨に怪訝そうな顔をしている。

「あぁこれ……まだ気になる?」

「……いえ、別に」

 という割にアルナは表情を崩さない。

 ただ不信感を抱いているわけじゃないみたいだ。

「ただ理由が分かっていても、素顔を見せない人を何も疑わないなんて、すぐには無理です」

「それもそうよね。警戒されても仕方がないか」

 グディーラさんの仮面は傷を隠すためのものだけど、知らない人からしたら不信に思うのが普通。

 少し配慮が足りなかったかも。

「でもアルナ、グディーラさんは悪い人じゃないよ?」

 本当にグディーラさんは良い人。みんなに親切だし。町のみんなからも慕われている。

「……ごめんなさいミナト。私、今までずっとそういう人達に囲まれていたから。すぐに信じるなんて……」

 視線を逸らし、アルナは哀しげな顔色を浮かべる。

 油断したら即刻死に繋がる世界にいたから多分、彼女は怖いのかもしれない。

 きっと裏社会ってそういうものなんだ。

 不意にパンッとグディーラさんが手を打ったことで、場の沈んだ空気が掻き消される。

「二人とも話はそれくらいにしましょ? それよりも二人ともずぶ濡れじゃない? そのままだと風邪を引いてしまうわ。着替えを用意するから、シャワーを浴びてきなさい」
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