30 / 44
第二章 パッショナートな少女と歩く清夏の祭り
第29話 砂漠の薔薇の震える声風
しおりを挟む
脇道に逸れたのではないかと探してみたものの、一向に二人の姿は見当たらない。
「やっぱり事故に会ったんじゃ……」
「だとしたら大きい音が聞こえている筈です。だから大丈夫です」
不安に駆られ、そわそわして落ち着かないリシェーラさんを宥めながら、僕は彼女が出してくれた衛星写真を見る。
スペクリムの世界にも地図アプリはあるようだ。地球より科学技術が進んでいることを考えれば当然か。
アリスが持っていたものと同じ極薄のスペクリムのスマホを操作する。操作方法は地球のものと同じようで、感覚的に指をなぞることで操作出来た。
もちろん、文字はほとんど分からなかったけど、一先ず僕達の現在位置を掴むことが出来た。
「結構入り組んでいますね。とりあえず虱潰しに探してみましょう」
「そうね」
僕はリシェーラさんの携帯端末に目を落としながら、更に捜索を続ける。
どこもかしこも紅蓮の色の地層が続き、同じような場所が現れるので、方向感覚を失いそうになる。
「ソラトっ! 待ってっ! 動かないでっ! そこは雲母の――」
「えっ!」
リシェーラさんから不意に声を掛けられ、僕は振り向いた。
視界が斜めに傾く。二の句を告ぐ間も無いまま、僕は突然崩れ落ちた地面に飲まれていく。
「ソラトっ!」
「リシェーラさんっ!」
リシェーラさんから延ばされた手を掴む――が、彼女の地面も崩れ、僕と一緒に暗闇へと引きずり込まれた。
「ぶはぁっ!」
落ちた先が地下水脈だったことで、僕等が運よく助かった。
リシェーラさんの身体を抱えて近くの岸まで泳ぐ。気管に水が入り噎せているものの、意識はしっかりしている。
「リシェーラさん、大丈夫?」
「え、ええ……それよりここは一体」
やっとの思いで岸まで辿り着き、見上げると青く輝く地下水脈が広がっていた。
凪の様に穏やかな水面、僕らの落ちてきた穴からは、光が差し込み水底を照らす。
幾つもの石柱に支えられた洞窟は、煌く水面からの光で、淡い青で彩られていた。
ここの水は崖の下を流れる川がどこからか流れ込んで出来たのかもしれない。
結局二重遭難になってしまったが、リシェーラさんの端末は落とさずに済むことができたのは不幸中の幸い。
防水使用なのだろう。触ってみるが問題なく動く。これで助けが呼べる。
リシェーラさんの顔が少し赤いように見える。水に濡れた服が妙に艶かしく。僕は思わず目を反らした。
「と、とりあえず服を乾かした方が良いです。あと救助の連絡も、僕は向こうの岩陰にいくから。それとも僕が連絡した方が良いですか?」
「え、あ、うん。大丈夫。私がする」
まだ気が動転しているのだろう。携帯端末を受け取るリシェーラさんの声風も様子もどこか上の空で生返事。
僕は岩陰に身を寄せ、脱いだ上着の水を絞る。
さて、これからどうしたものか。
救助が来るまでの間、どうやって持たせるか。長期戦も覚悟した方が良いだろう。幸い水はある。問題は食料と体温だ。
火を起こせそうなものを探してみるが、ある筈も無い。
それにしても不思議な洞窟だった。
多分、僕達が落ちてきた穴から差し込む光が散乱して青一色に染めているのだろう。
「ねぇ、ソラト」
「はい。なんですか?」
「救助要請はしたから、こっち来ない? 火を起こしたわ」
「は? えっ!」
火を起こしたって? この状況でどうやって? それよりもこっちに来いって?
「恥ずかしがらなくても平気よ。服は着ているわ」
「あ……はい」
どうか誰でもいいから一瞬でも生唾を飲んでしまった僕を責めて欲しい。
助かるまでは冷静で理性的にならなければならない状況で、煩悩に支配されてしまうとは自分が情けない。
それでも僕は僅かながらの期待を胸に――じゃなくて、火を起こしたという僅かな疑念を胸に、リシェーラさんの元へと恐る恐る近寄っていく。
残念――じゃなくて、幸い服を着ていて、でもなくてっ! 確かに火が起こされていた。
「さっきはすいません。自分の不注意で」
「いいのよ。さっき助けてくれたでしょ? 二人を見つけるために必死だったのでしょう? 誰にでもそういう事はあるわ。それに不安な私を励まそうとしてくれていたのでしょう? だからお互い様」
自分の不注意で足場の悪いところに踏み込んでしまったのに、責めることなくリシェーラさんは許してくれた。
「ほら、こっち来て、暖かいよ。服も貸して、乾かしてあげるわ」
ただ、何もない岩肌に火だけがあるという。可笑しな現象。一体どういう手品だろうか。
リシェーラさんは僕の上着を乾かしてくれる。それにしても不思議な火だ。燃料も無いのにずっと燃えている。
「リシェーラさんはこの火はどうやって?」
「ああ、これは私の契約精霊が起こしてくれたの」
リシェーラさんはそう言うと、彼女の袖から小さい赤い蜥蜴が顔をのぞかせた。瞼をぱちくりと、舌をひょろひょろと出し入れする仕草に愛嬌がある。
「この子はエルタ。色々な可燃物なんかを生合成してくれる。私のパートナーよ」
エルタという赤い蜥蜴はリシェーラさんの肩に乗ったまま、離れようとしないところか、寛いでいる様子を見る限りとても懐いているようにだった。
「やっぱり事故に会ったんじゃ……」
「だとしたら大きい音が聞こえている筈です。だから大丈夫です」
不安に駆られ、そわそわして落ち着かないリシェーラさんを宥めながら、僕は彼女が出してくれた衛星写真を見る。
スペクリムの世界にも地図アプリはあるようだ。地球より科学技術が進んでいることを考えれば当然か。
アリスが持っていたものと同じ極薄のスペクリムのスマホを操作する。操作方法は地球のものと同じようで、感覚的に指をなぞることで操作出来た。
もちろん、文字はほとんど分からなかったけど、一先ず僕達の現在位置を掴むことが出来た。
「結構入り組んでいますね。とりあえず虱潰しに探してみましょう」
「そうね」
僕はリシェーラさんの携帯端末に目を落としながら、更に捜索を続ける。
どこもかしこも紅蓮の色の地層が続き、同じような場所が現れるので、方向感覚を失いそうになる。
「ソラトっ! 待ってっ! 動かないでっ! そこは雲母の――」
「えっ!」
リシェーラさんから不意に声を掛けられ、僕は振り向いた。
視界が斜めに傾く。二の句を告ぐ間も無いまま、僕は突然崩れ落ちた地面に飲まれていく。
「ソラトっ!」
「リシェーラさんっ!」
リシェーラさんから延ばされた手を掴む――が、彼女の地面も崩れ、僕と一緒に暗闇へと引きずり込まれた。
「ぶはぁっ!」
落ちた先が地下水脈だったことで、僕等が運よく助かった。
リシェーラさんの身体を抱えて近くの岸まで泳ぐ。気管に水が入り噎せているものの、意識はしっかりしている。
「リシェーラさん、大丈夫?」
「え、ええ……それよりここは一体」
やっとの思いで岸まで辿り着き、見上げると青く輝く地下水脈が広がっていた。
凪の様に穏やかな水面、僕らの落ちてきた穴からは、光が差し込み水底を照らす。
幾つもの石柱に支えられた洞窟は、煌く水面からの光で、淡い青で彩られていた。
ここの水は崖の下を流れる川がどこからか流れ込んで出来たのかもしれない。
結局二重遭難になってしまったが、リシェーラさんの端末は落とさずに済むことができたのは不幸中の幸い。
防水使用なのだろう。触ってみるが問題なく動く。これで助けが呼べる。
リシェーラさんの顔が少し赤いように見える。水に濡れた服が妙に艶かしく。僕は思わず目を反らした。
「と、とりあえず服を乾かした方が良いです。あと救助の連絡も、僕は向こうの岩陰にいくから。それとも僕が連絡した方が良いですか?」
「え、あ、うん。大丈夫。私がする」
まだ気が動転しているのだろう。携帯端末を受け取るリシェーラさんの声風も様子もどこか上の空で生返事。
僕は岩陰に身を寄せ、脱いだ上着の水を絞る。
さて、これからどうしたものか。
救助が来るまでの間、どうやって持たせるか。長期戦も覚悟した方が良いだろう。幸い水はある。問題は食料と体温だ。
火を起こせそうなものを探してみるが、ある筈も無い。
それにしても不思議な洞窟だった。
多分、僕達が落ちてきた穴から差し込む光が散乱して青一色に染めているのだろう。
「ねぇ、ソラト」
「はい。なんですか?」
「救助要請はしたから、こっち来ない? 火を起こしたわ」
「は? えっ!」
火を起こしたって? この状況でどうやって? それよりもこっちに来いって?
「恥ずかしがらなくても平気よ。服は着ているわ」
「あ……はい」
どうか誰でもいいから一瞬でも生唾を飲んでしまった僕を責めて欲しい。
助かるまでは冷静で理性的にならなければならない状況で、煩悩に支配されてしまうとは自分が情けない。
それでも僕は僅かながらの期待を胸に――じゃなくて、火を起こしたという僅かな疑念を胸に、リシェーラさんの元へと恐る恐る近寄っていく。
残念――じゃなくて、幸い服を着ていて、でもなくてっ! 確かに火が起こされていた。
「さっきはすいません。自分の不注意で」
「いいのよ。さっき助けてくれたでしょ? 二人を見つけるために必死だったのでしょう? 誰にでもそういう事はあるわ。それに不安な私を励まそうとしてくれていたのでしょう? だからお互い様」
自分の不注意で足場の悪いところに踏み込んでしまったのに、責めることなくリシェーラさんは許してくれた。
「ほら、こっち来て、暖かいよ。服も貸して、乾かしてあげるわ」
ただ、何もない岩肌に火だけがあるという。可笑しな現象。一体どういう手品だろうか。
リシェーラさんは僕の上着を乾かしてくれる。それにしても不思議な火だ。燃料も無いのにずっと燃えている。
「リシェーラさんはこの火はどうやって?」
「ああ、これは私の契約精霊が起こしてくれたの」
リシェーラさんはそう言うと、彼女の袖から小さい赤い蜥蜴が顔をのぞかせた。瞼をぱちくりと、舌をひょろひょろと出し入れする仕草に愛嬌がある。
「この子はエルタ。色々な可燃物なんかを生合成してくれる。私のパートナーよ」
エルタという赤い蜥蜴はリシェーラさんの肩に乗ったまま、離れようとしないところか、寛いでいる様子を見る限りとても懐いているようにだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる