37 / 44
第二章 パッショナートな少女と歩く清夏の祭り
第36話 囃子に綴りし想いの手替わり
しおりを挟む
絢さんが舞台の方へと足を運ぶというので、僕らも屋台の食べ物をしこたま買い込んで、一緒に付いて行くことにした。
愛花は舞台に着いて早々、学校の軽音楽部の友達に会ってくるというので、舞台裏の方へとみんな一緒に足を運んだのは良いが、舞台裏は騒然としている。
なにやら軽音部の女子生徒たちが口論をしていようで、愛花は一人友達の仲裁に入ろうと人ごみをかき分け入っていたのだけど。
「無理だよっ! そんな怪我じゃ、出来る訳ない。病院行こうっ!」
「でも、それじゃあ……」
「ベースの紗香だって夏風邪で休んでいるのに、大丈夫だよ。文化祭までまだ時間があるんだから、今回は――」
「愛花……実はね……南美は……」
愛花の甲高い声が気になって、人ごみの中から覗き込むと、一人の子が手首を押さえて蹲っているのが見える。
話からして、地面に蹲っているドラムの子は転んで手首を怪我したらしい。さらにベースの子は夏風邪をひいたらしく、メンバーはボーカル兼ギターの女の子しかいない。
今日の祭りの参加は、文化祭の予行練習とのこと。幸い学校の文化祭は10月、諦めて参加を辞退するということを選んだ方がいい。
というより参加は無理じゃないか。
「実は愛花に言ってなかったことがあるの。私、今度本土の学校へ、転校するの……」
「えーっ‼ そんなっ‼ 何で言ってくれなかったのっ‼」
「ごめんね……黙っていて……ごめんね……でも大丈夫。だってしょうがないよ」
「ごめんね……」
ボーカルの南美という子が夏休み開けたら転校するのだという。それで頑なに怪我したドラムの紗香という子が出たいと言っている。
最期だから、ボーカルの南美に思いっきり歌わせてあげたかったのだと、でも南美という子も、もうどうすることも出来ない現状に諦め、瞳に涙を貯めている。
「あの~」
隣にいたアリスが騒然とする現場の中、徐に手を上げる。
「私で良かったら、そのベースっていうの弾いちゃ駄目かな?」
アリスの突然の申出に舞台裏の全員が唖然とする。僕もアリスが何でそんなことを言い出したのか分からず、呆然と立ち尽くした。
「アリス……」
「でも、このままだと離れ離れになっちゃうんだよね? 折角練習してきたことが無駄になっちゃう。私が出来ることがあるなら力に成ってあげたい」
凄く真剣なアリスの眼差しにみんな飲まれていく。
見ず知らずの人に、そこまで思えるのはアリスの本当に良いところ。とても彼女らしい。けど現実はそう簡単じゃない。
「アリス。ベース弾けるの?」
「任せて、大抵の弦楽器は弾けるから、ねぇ、お願い。力に成りたいの。私にやらせてもらえないかな?」
「アリスさん……ありがとう。けどベースが入ったところで、肝心のドラムが」
「遥香の言う通り……ごめんね。私が怪我さえしなければ……」
キーボードの遥香さんの言葉に地面を悔し涙で濡らすドラムの紗香さん。現状はドラムがいなければどうにもならないのだ。例えベースが揃ったところでしょうがない。
「ドラムって、そのタイコの事だよね? 大丈夫、ここに叩ける人がいるよ」
アリスはリシェーラさんへ目を向ける。釣られて全員の視線がリシェーラさんへと集まっていった。
僕はヴィスルの一件の事を思い出した。三賢女の彫像で譜面を見る彼女は、何かの打楽器を弾ける様子を見せていた。
だけど、同時に何か打楽器に対して心の傷を抱えているようにも見えた。
「はぁっ!? 無理よっ! 私には叩けないっ!」
案の定、リシェーラさんは拒むだろうと僕は思っていた。
それでもアリスはリシェーラさんの前に立って頭を下げる。その姿はいつものアリスが明るく落ち着いた雰囲気を漂わせていた時とは違い、信念に満ち溢れているように見えた。
「どうか、お願いします。リシェーラさん、力を貸してください」
「だから無理なのっ! 頭を下げられても困るのっ! 私はそんなにみんなが思っているほど上手くないのっ!」
「リシェーラさんがエアデフェにトラウマを抱えていることは分かっています。でも、どうか今日だけみんなの為に力を貸してください。お願いします」
「私からもお願いします。下手でもいいです。少しでも叩けるのなら、どうか力を貸してくださいっ!」
ドラムの紗香という子も、アリスと一緒になって、リシェーラさんの前に頭を下げる。彼女の行動を皮切りにボーカルの南美さんとキーボードの遥香さんも、愛花も頭を下げる。そして省吾も。
「俺は部外者だ。だけど俺にはそこの宙人に託された思いがある。その願いは俺の全力をもって叶えるつもりだ。だから同じように繋がれた思いがそこにあるなら決して無駄にしたくない。だからお願いします。力を貸してください」
「……宙人、私、どうすればいいの……」
「リシェーラさん……」
僕はリシェ―ラさんからまるで縋る様な、助けを求めるような目を向けられる。
葛藤に滲む瞳の奥から、熱意のようなものを僕は感じ取る。
多分リシェーラさんの中で答えは出ているんだ。
愛花は舞台に着いて早々、学校の軽音楽部の友達に会ってくるというので、舞台裏の方へとみんな一緒に足を運んだのは良いが、舞台裏は騒然としている。
なにやら軽音部の女子生徒たちが口論をしていようで、愛花は一人友達の仲裁に入ろうと人ごみをかき分け入っていたのだけど。
「無理だよっ! そんな怪我じゃ、出来る訳ない。病院行こうっ!」
「でも、それじゃあ……」
「ベースの紗香だって夏風邪で休んでいるのに、大丈夫だよ。文化祭までまだ時間があるんだから、今回は――」
「愛花……実はね……南美は……」
愛花の甲高い声が気になって、人ごみの中から覗き込むと、一人の子が手首を押さえて蹲っているのが見える。
話からして、地面に蹲っているドラムの子は転んで手首を怪我したらしい。さらにベースの子は夏風邪をひいたらしく、メンバーはボーカル兼ギターの女の子しかいない。
今日の祭りの参加は、文化祭の予行練習とのこと。幸い学校の文化祭は10月、諦めて参加を辞退するということを選んだ方がいい。
というより参加は無理じゃないか。
「実は愛花に言ってなかったことがあるの。私、今度本土の学校へ、転校するの……」
「えーっ‼ そんなっ‼ 何で言ってくれなかったのっ‼」
「ごめんね……黙っていて……ごめんね……でも大丈夫。だってしょうがないよ」
「ごめんね……」
ボーカルの南美という子が夏休み開けたら転校するのだという。それで頑なに怪我したドラムの紗香という子が出たいと言っている。
最期だから、ボーカルの南美に思いっきり歌わせてあげたかったのだと、でも南美という子も、もうどうすることも出来ない現状に諦め、瞳に涙を貯めている。
「あの~」
隣にいたアリスが騒然とする現場の中、徐に手を上げる。
「私で良かったら、そのベースっていうの弾いちゃ駄目かな?」
アリスの突然の申出に舞台裏の全員が唖然とする。僕もアリスが何でそんなことを言い出したのか分からず、呆然と立ち尽くした。
「アリス……」
「でも、このままだと離れ離れになっちゃうんだよね? 折角練習してきたことが無駄になっちゃう。私が出来ることがあるなら力に成ってあげたい」
凄く真剣なアリスの眼差しにみんな飲まれていく。
見ず知らずの人に、そこまで思えるのはアリスの本当に良いところ。とても彼女らしい。けど現実はそう簡単じゃない。
「アリス。ベース弾けるの?」
「任せて、大抵の弦楽器は弾けるから、ねぇ、お願い。力に成りたいの。私にやらせてもらえないかな?」
「アリスさん……ありがとう。けどベースが入ったところで、肝心のドラムが」
「遥香の言う通り……ごめんね。私が怪我さえしなければ……」
キーボードの遥香さんの言葉に地面を悔し涙で濡らすドラムの紗香さん。現状はドラムがいなければどうにもならないのだ。例えベースが揃ったところでしょうがない。
「ドラムって、そのタイコの事だよね? 大丈夫、ここに叩ける人がいるよ」
アリスはリシェーラさんへ目を向ける。釣られて全員の視線がリシェーラさんへと集まっていった。
僕はヴィスルの一件の事を思い出した。三賢女の彫像で譜面を見る彼女は、何かの打楽器を弾ける様子を見せていた。
だけど、同時に何か打楽器に対して心の傷を抱えているようにも見えた。
「はぁっ!? 無理よっ! 私には叩けないっ!」
案の定、リシェーラさんは拒むだろうと僕は思っていた。
それでもアリスはリシェーラさんの前に立って頭を下げる。その姿はいつものアリスが明るく落ち着いた雰囲気を漂わせていた時とは違い、信念に満ち溢れているように見えた。
「どうか、お願いします。リシェーラさん、力を貸してください」
「だから無理なのっ! 頭を下げられても困るのっ! 私はそんなにみんなが思っているほど上手くないのっ!」
「リシェーラさんがエアデフェにトラウマを抱えていることは分かっています。でも、どうか今日だけみんなの為に力を貸してください。お願いします」
「私からもお願いします。下手でもいいです。少しでも叩けるのなら、どうか力を貸してくださいっ!」
ドラムの紗香という子も、アリスと一緒になって、リシェーラさんの前に頭を下げる。彼女の行動を皮切りにボーカルの南美さんとキーボードの遥香さんも、愛花も頭を下げる。そして省吾も。
「俺は部外者だ。だけど俺にはそこの宙人に託された思いがある。その願いは俺の全力をもって叶えるつもりだ。だから同じように繋がれた思いがそこにあるなら決して無駄にしたくない。だからお願いします。力を貸してください」
「……宙人、私、どうすればいいの……」
「リシェーラさん……」
僕はリシェ―ラさんからまるで縋る様な、助けを求めるような目を向けられる。
葛藤に滲む瞳の奥から、熱意のようなものを僕は感じ取る。
多分リシェーラさんの中で答えは出ているんだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる