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終章 ずっと一途に。

第39話 『今』だけはウソつく俺をどうか許してくれ

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 街道の名前の【白女街道】と言っていた。どうも帝国では有名らしくてレアさんも知っている様子だった。

「エルやん知らないの?」

「なんだよ。知っていたのかよ。シャルは」

「いや、そうじゃなくて、白い女の人の伝説」

「有名なん?」首を俺はかしげた。「伝説というぐらいだから相当昔の人っぽいけど」

 みんな顔を見あわせてため息をつく。なんだよ。

「白い女は【霊象術】の開祖で、あらゆるケガレをはらったとうたわれている」とナキアさん。

「それ以外にも各地を放浪し【霊象石】の基礎的な技術をを布教したとも」とレアさん。

「マルグレリアを建てた人でもあるね。あっちこっち遺跡が残っている」とシャル。

「私と同じように嘘を見抜ける【天血】を持った人ともいわれていたよ」とアセナ。

 マジかよ。知らなかったの俺だけか?

 追い打ちをかけるようにシャルから「全部、筆記の範囲」とまで言われた。

 年に一度【守護契約士】の更新試験がある。

 内容は実技のほかにペーパーもあって、毎回シャルに対策してもらっていたんだけど、どうも歴史の問題は苦手なんだ。船を漕いでしまう。

 これは本当に勉強しないとマズいかも。

「私ね、白い女の人の話はいつも本を読んでいたんだ。同じ異能を持った人がどんな道を歩んだか気になって」

 黒い仕事の毎日で、それが唯一の安らぎだったとアセナは言った。

「ちょうどこの近くにも遺跡があるよ。ほら、見えてきた」

 荒野のど真ん中、彼女が指した方向に円形闘技場を思わせる外観の遺跡が見えた。
 どうやらこの【白女街道】はそこへと続いている。

 遺跡の手前まで差し掛かったころ、ふと遠くから何かが近づいてくる音が俺の鼓膜を触った。間違いないこの音は砂利を削るタイヤ音だ。

「ナキアさん、遺跡に入ろう」

「あ?」いかめしい面で振り返るも、すぐに意図を察してくれた。「そういうことか」

 先導していたナキアさんは、俺たちを引き連れて中へと入ってくれる。

「どいうこと? エルやん」

「もしかしてもう軍が?」

「じゃあ!? フェディエンカは!?」

 アセナの顔が絶望の色に沈んでいく。次第にタイヤ音が大きくなってくる。

「そう簡単に死ぬ奴じゃない。でも正直分からない」

 くそ、フェイ、生きているよな。でもここまで時間稼ぎをしてくれて本当に助かった。

 後は任せてくれ。

「ナキアさん!」

 彼を呼び止めて立ち止まる。分かり切っていたことだ。

「アセナのこと頼んでいいですか?」

「……わかった」

「え!? え!? ちょっと待って!? どういうこと!?」

 抱えていたアセナをナキアさんに預けたところで、俺の袖を彼女が引いた。

 その手は万力のごとき強さでしっかりとつかんで離そうとしない。

「そんな……いかないで」

「ここで誰かが足止めをするしかないんだ。分かってくれアセナ」

「どうして……こんなのないよ」

「あのクローディアスに太刀打ちできるのは、現状俺おいて他にはいないんだ」

「なんで、なんでエルくんなの?」

 ほおを伝う彼女の涙をぬぐった。

「大丈夫、絶対死なない。約束しただろ? 帰ったらデートのやり直しをしようって」

「だったら、もう一つの約束も守ってよ!」

 胸の中でアセナが泣き叫ぶ。

「……最後まで私を守ってよ」

 本当は俺だって心が痛ぇ。出来ることなら国境まで彼女を側で守り続けたい。

 でも――これは当初の予定だったこと、アセナを安全に逃がすにはこの方法しかない。

「確実に君を守るには、この方法しかないんだ」

 そういって俺は半ば強引に彼女を引き放した。

 きっと現状唯一身を潜められるここへ逃げ込んだのはバレている。もたもたしていたらあっという間に取り囲まれてしまう。

「行ってください。ナキアさん」

「ああ、任せろ、絶対死ぬんじゃねぞ。アンシェル」

 拳を突き合わせる。長く付き添った俺たち、兄弟の間に言葉は要らない。これだけで充分だ。

「エルやんにこれを渡しておく、いざというときの回復薬」

「おう、助かる」

 薬ビンを受け取った手ががっしりシャルににぎられた。

「本当に帰ってきてよね。カサンドラさんも待っているんだからね!」

「分かっている! 必ず帰るって」

 今生の別れじゃあるまいしとは思ったけど、惜しむように離れる幼なじみの手は少し震えていた。

「エルさん」ボソッとした声でレアさんが呼びとめてくる。「こんなこと頼むのは恐縮なのですが」

 なんだよ、改まって、と思った矢先に静かに深々と頭を下げてきた。ちょ、おいおい。

「お願いします! クローディアスを止めてください! わたくしたちには出来なかった! でもこんなことを頼めるのはエルさんしかいなくて……」

 震える彼女の肩に手を置いて、頭を上げてくれと俺は言った。

「宰相がなんでああなってしまったのか、知りたがっていたよな。きっと拳を交えれば、剣を交えれば、分かると思う――さあ、みんな行ってくれ!」

 踵を返して俺は死地へとおもむく。こんな時ぐらい格好つけたっていいじゃねぇか。

「いやぁ! エルくん! エルくん!」

 みんなに連れられ遠のいていくアセナの声が胸に突き刺さる。

 許してくれ。帰ったらいくらでも殴られてやるから。

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