住めば都の恋愛事情

沖葉由良

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番外編4

バレンタイン

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 世の中はバレンタインの色に染まり、だいぶ正月気分も抜けてきたこの頃、市ヶ谷家では亜也がせっせとチョコレートを溶かして何やら作っていた。


「ん!おいしい!!これならお父さん喜んでくれるかな?」


 ハート型のクッキーにチョコペンでハートを書き、真ん中に"好き"の文字。ルンルン鼻唄を歌いながら亜也はせっせとバレンタインの準備に勤しんでいた。
 下調べでわかったセシルはチョコが食べられないと言う事実に落胆したのは昨日。仕方がないのでなになら食べられるのかと尋ねたところ、セシルの返答は「基本物を食べることをしない」というものだった。どうやら血がすべてらしい。


「…ん~、セシルさん、なんなら食べてくれるのかな…?よくトマトジュースとか飲んでたような…」


 思い浮かんだのは一週間ほど前。珍しくセシルが何かを口にしていると思って見ていたら、血の代わりだとトマトジュースを飲んでいた。亜也はその様子からトマトジュースならいけるのか…と一念発起して、トマトジュースを使って出来るバレンタインらしい代物を考えることにした。


「セシルさん、喜んでくれるといいな…」


 亜也はセシルの笑顔を思い浮かべ、せっせと料理をした。
 一年に一度、好きな人を思い、チョコを作るバレンタイン前日。この日に付き合う男女も少なくはないだろう。亜也は特に何も考えていないし、セシルも吸血鬼なので人のイベントは知らないが、何か特別な日であることは空気で伝わっていたのか、セシルは今日、起床からこの時間まで家を離れていた。


「あ~、早く帰ってこないかなぁ…」


 亜也は窓を見つめ、自分用に作ったホットチョコレートをすすり、白い息をはいて、クスッと笑った。


「ハッピーバレンタイン、セシルさん♪」


 窓に映る自分の姿を見て、セシルの帰りを待つ。亜也は窓の外に広がる白銀の世界に胸をときめかせて、ホットチョコレートを飲み干した。


「あ!セシルさん!パパ!!♪」


 玄関が開き、帰ってきた二人をとびっきりの笑顔で迎える亜也だった。
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