孤高の愛の傍らで…。

礼三

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5 お喋り

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 それ以来、母へ招待状は届かなくなった。母自身、社交界に辟易していたので、それを苦にしていなかったのだが、公爵家の使用人たちは母が世間から蔑ろにされていると軽んじていた。
 そのうち母は私を身ごもり、それを機に舞踏会へ全く出席しなくなった。

 グラジオラス公爵家は他のどの家門よりも格式が高く、他家が招待状を送ってきても応じる必要はない。
 ガザニア公爵家は蔑ろにはできないが、伯父の上司でもあるガザニアの当主は母が置かれている境遇を理解しており、配慮した上で夜会へ招くことはなかった。
 しかし、王家で開かれる晩餐会は断れない。それでも、国王直轄のアルセア王国騎士団の団長として仕事を遂行している夫に対して、自分だけ宴会を楽しむのは憚れると母は理由をつけいつも欠席していた。
 その代わりに祖母が参加してグラジオラス公爵家の体面を整えていた。
 早くに祖父を亡くし、父を育て上げた祖母は社交界が好きだった。億劫にしている母の様子をみた祖母は自ら名乗りでて社交の場へ通っていた。

 祖母は母が嫌いだったわけではない。
 王太后に比べれば見劣りがするとは思っていただろうが…。父の元へ嫁いでくれた母を祖母なりに可愛がっていた。
 だが、祖母は正直な人間で思ったことは口に出さずにはいられない人だった。


「最近の流行りはエンパイアドレスだね…。流石に皆んなが皆んな同じような格好をするのは面白みに欠けるけど…」

 夜会から帰ってきたリシルの実母ブリジットは意気揚々とメラニーへ語った。
 メラニーにとって、ブリジットは義母であるが嫁姑関係は悪くない。
 仕事でいつも邸宅を留守にしているシリルよりもブリジットと過ごす時間の方が多く、ブリジットの歯に衣着せぬ物言いをメラニーは嫌いではなかった。
 ブリジットがメラニーへ会場の様子を伝えるのは毎回のことで、メラニーは素直に耳を傾けて相槌を打ったり、問いかけたりした。
 饒舌なブリジットの気が済むまでメラニーは話に付き合った。メラニーの代行で夜会へ足を運んでくれるブリジットを慮ってのことだった。

「エンパイアドレス…ですか?」

 ブリジットは夜会用ドレスから簡単な衣服へ着替え自室で寛いでいた。
 執事長のスミスがブリジットのためにワインを注ぐ。ブリジットがメラニーと夜会の会話をする際は必ずワインとチーズが用意された。長丁場になるからだ。

「コルセットがなくても着れるドレスでね。あぁ、メラニーもきっと似合うよ」

 ブリジットは立ちあがると一人でワルツを踊り、会場の熱気を脳裏へ浮かべた。ブリジットが右手に持ったグラスの中で、成熟された赤ワインが揺れ、雨に濡れた森のような香りがメラニーの鼻腔をかすめる。

「まぁ、王妃と比べれば誰も見劣りするだろうけど…。やっぱり、令嬢たち皆が同じようなドレスを着たら、あの子が一番美しく見えるね」

 オレリアが前を横切れば、老若男女問わずオレリアへ目を奪われてしまう。金色の縁で飾られたシンプルなシルクの白のドレスはオレリアの美しさを際立てていた。
 ワルツを舞うたびにドレスの裾が円を描きフワリと広がる。滑らかな銀髪へ光が反射して頂きに輪っかが浮かんでいた。清らかに澄んだ青色の眼差しは慈愛に満ちた女神のようだった。

「お義母様は王妃様がお好きなのですね…」

 ブリジットのうっとりした表情を認め、メラニーの口から零れる。

「そりゃ…。幼い頃から家に遊びに来ていたからね。小さなときから可愛らしかったよ」

「王妃様は子供時分からお綺麗でいらしたのですね。今日の舞踏会でも王妃様は素晴らしかったのでしょう…。ダンスもお上手でらっしゃいますし…」
 
 ブリジットがリズミカルに頬を指さきで叩く。何かを思い出したようだ。

「あぁ、そうだな…。だが、陛下は体調が優れないようで途中退席なされたんだ」

 アルセア王国を統べるホリホック王家のルシアン国王は歴代国王で最も穏やかな面持ちをしており、若草色の柔らかな眼差しが儚げであった。
 シリルと共にメラニーが結婚報告のため国王へ拝謁した際、ルシアンは優しく労いの言葉をかけてくれた。

「それは…。心配でございますね…」

 ルシアンは意欲的に政務へ励んでいたが、身体が弱かった。それでも度々無理をすることがあるため、宮廷医師たちが徹底的に体調を管理してルシアンのスケジュールを組んでいる。

「うん…。大事ないと良いのだが…。まぁ、それで息子が陛下に後を頼まれて王妃のダンスパートナーを申し出たのさ」

 シリルとルシアンは同年代であり、シリルが幼かった頃、王太子であったルシアンの遊び相手として王宮で過ごした。そこへ宰相であるフレデリクに伴われて頻繁に王宮へ訪れていたオレリアが加わった。
 父親の勅命だったとはいえ、恋仲だったオレリアとシリルを引き裂いたのは自分だとルシアンは罪悪感を覚えていた。
 シリルは護衛任務のためルシアンから離れたくはなかったが、幼馴染でもある国王の願いを無下にできず部下へ国王を任せ、オレリアとのダンスを衆目の前で披露した。

「さようでごさいますか」

「周囲からお似合いだとか何とか囃し立てられてね。二人が並ぶと美男美女だろう?そりゃ、優雅なダンスだったよ」

 流れるようなシリルのリードへオレリアはただ身を任せていた。二人の完璧なワルツに皆が感嘆をこぼし、頬を紅潮させていた。

「…」

「もう別れた二人なのに、嫁よりもお似合いだなんとか言われちゃってさ」

「お義母様もそうお思いですか?」

 浅はかな問いかけだったが、メラニーは聞かずにいられなかった。

「娘のように思ってたよ。別れるまでは嫁に来てくれるとも思っていたしさ」

 ブリジットは本音を隠さない。裏表がない人なのだ。ブリジットは自分が不用意にした言葉でメラニーを傷つけると想像もしていない。
 メラニーは嫋やかに微笑んだ。メラニーらしくない笑顔だった。

「ふふ…」

 メラニーに釣られてブリジットも笑う。
 ブリジットはオレリアほどではないが、メラニーにも好意を抱いていた。
 辛抱強く年寄りの話に耳を傾けてくれる。出来た嫁だと心から思っていたのだ。信頼していたからこそ、メラニーに対する配慮も欠いていたのだろう…。

「笑えるだろう?終わったことなのに、皆んな無責任ことを言うんだから…。シリルはオレリアと結婚した方が幸せだったなんて…」
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