もう我慢なんてしません!家族からうとまれていた俺は、家を出て冒険者になります!

をち。「もう我慢なんて」書籍発売中

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1巻

1-1




    プロローグ


 俺の名前は、サフィラス・グリフィス。グリフィス伯爵ゲイルの息子で、A級冒険者でもある。
 俺はグランディール公爵家の三男サフィラス・グランディールとして生をけた。グランディール公爵家は、王国の中でも王族に次ぐ高位貴族。王国にふたつしかない公爵家の一つで、その筆頭でもある。過去には王族にとついだ者もいる文句なしの名門貴族。ほんとうなら「勝ち組ひゃっほーい!」のはずだよね? でも俺はそんな公爵家を出て伯爵家の息子になることを選んだ。
 もちろん、俺が公爵家を出たのにはちゃんとした理由がある。実は俺には、四歳まで公爵家で精神的に虐待されていた過去があるのだ。
 ゲイルに会うまで、俺は最低限の世話だけされて何もない部屋に一日中一人ぼっちで置かれていた。侍女、侍従、料理人などほぼすべての使用人からも「公爵家の息子」扱いされていなかったんだ。本当なら公爵家の息子が使用人にかろんじられるなんてあってはならないことだよね? だけど、不幸が重なって俺はそんな状況に置かれてしまった。他の生活を知らない俺は「そういうものだ」と思い込み、そのまま受け入れてしまっていたんだ。
 漠然ばくぜんと自分に向けられる敵意、そんな中で俺はずっと生活していた。それでもまだ俺は「家族と仲良くなる」という希望を失っていなかった。だって家族なんだもん。ちゃんと会って話をしたら仲良くしてくれるって信じていた。
 だけどその希望は無残にも打ち砕かれてしまう。成長して言葉を覚え、一人ぼっちなのは俺がいらない子だから、家族に疎まれているからだと知ったから。父である公爵が俺の部屋に来たことはなかった。公爵は俺に見向きもしない。だから認めざるをえなかった。「俺はこれからもずっと愛されることはない」「家族でわかり合える未来なんてこないんだ」って。
 このまま誰からも愛されないのなら、いっそ消えてしまいたかった。栄養も足らず、身体も十分に育たず、さらには唯一の希望までなくして心も弱っていた。大ピンチだ!
 このとき、俺を守るために「眠っていた前世の記憶」が目覚めた。そう、今の俺には前世の記憶がある。前世の俺の名前は須藤卓也すどうたくや。十七歳の高校生で、格闘技のチャンピオンになる直前だった。試合に向かう途中、幼い子供を守って事故にあい、転生したらしい。その転生先がサフィラスだったのだ。
 幼い俺では気付けないことにも十七歳の卓也なら気付ける。幼子には耐えられないことでも卓也なら耐えられる。そのときの俺には、どうしても卓也の強さが必要だったんだと思う。


 てことで、前世の記憶のおかげでハートが強くなった俺は、開き直った。冷遇してくる人たちに遠慮なく言いたいことを言って、やりたいことをやることにした。だってもう十分に我慢してきたんだもん! 死にかけたんだよ? これ以上酷いことにはならないよね? だから、容赦なく公爵たちを切り捨てることにした。
 そんな俺を助けてくれたのは、今の俺のお父様、ゲイルだ。ゲイルは俺を愛し、息子にしてくれた。俺はゲイルのおかげで自分を取り戻し、俺は俺のままでいいんだって自信を持つことができたんだ。
 後から、俺が冷遇されたのは色々な行き違いがあった結果だとわかったんだけど、紆余曲折うよきょくせつの末、俺は公爵家にバイバイして伯爵ゲイル家の息子になり、大好きなお父様ゲイルと幸せいっぱいの現在に至る。
 今の俺はサフィラス・グリフィス。そしてA級冒険者のサフィだ! 愉快な仲間たちと一緒に、俺ツエエしたり聖獣を従えたりしながら、元気いっぱい、楽しくあちこちを飛び回っている。


 そんな俺の波乱バンジョーな日々。聞いてくれる?



   ◆第一章 サフィの過去


 最初から話そう。なぜ俺が公爵家で冷遇されていたのか。
 そもそもは、皆から愛されていたお母様のエリアナが俺を産んで命を落としたこと。
 母はとてもほがらかで明るい女性だった。どこか陰惨いんさんとしていた公爵家に光をもたらし、母がいるだけで屋敷には笑顔が溢れ、笑い声が絶えることはなかった。みんなの希望のような人だったんだ。その母が俺の出産時に他界したせいで、公爵家から光が消えた。そこから公爵家の闇の時代が始まる。
 亡くなった母の専属侍女だったという侍女頭は、俺にこう教えた。「あなたは生まれたこと自体が罪なんです」と。彼女は真実に悪意という名の毒を混ぜ込み、幼い俺に毎日与え続けたんだ。
 確かに侍女頭の言うことにも一理あった。母が命を落とした理由。それは単に「出産が命懸け」だったからではない。俺のこの多すぎる魔力のせいだったのだから。
 実は魔力が多い子供を産むのは命懸けの行為だった。母親に腹の子と同じくらいかそれ以上の魔力があればいいんだけど、そうでない場合、魔力の量に差があればあるほど、子の強すぎる魔力が容赦なく母体をむしばんでしまう。
 俺は生まれつき魔力が多い。そんな俺の魔力は母の中で異物となり、どんどんその身体を侵食した。元々身体があまり丈夫ではなかった母は、俺を宿してから徐々に弱っていった。最初はおなかの子の魔力が原因だとは誰も気付かなかった。でも、通常ならば母を癒せるはずのヒールが効かなかったことで、俺の魔力が母体へ干渉しているとわかったんだ。
 父や兄たちは弱っていく母に耐えられず「おなかの子は諦めてくれ」と必死で説得したらしい。公爵家としては、跡継ぎの長男とその予備である次男さえいれば、三男はそこまで重要じゃない。命を懸けてまで産む必要はなかったんだ。
 それでも母は腹の中の俺を庇った。「この子は私を選んでここに来てくれたの。大切な可愛い子よ。絶対に産んでみせる」「奥の手もあるの。ゲイルがいれば大丈夫よ」と言って、最後まで諦めなかったそうだ。ちなみにこのゲイルというのはが、最高のヒーラーで医者、かつ俺の今のお父様だ。
 だけど……残念ながら、最終手段とされていた「奥の手」も効果がなかった。そして、強くて優しい母の命と引き換えに俺が生まれた。


 こうしてなんとか世に出た俺を待っていたのは、孤独だった。
 母がいたころの公爵家には笑顔が溢れていた。父フィオネル・グランディール公爵はサラサラのシルバーブロンドの髪に青空のような碧色の瞳の怜悧れいりな美丈夫だ。五歳の長兄ライオネルは、ミニチュア版の公爵といった感じのクールな美少年。三歳の次男リオネルは、母の輝くようなブロンドとエメラルドグリーンの瞳、優しげな風貌を受け継いだ愛くるしい幼児。それに妖精を思わせる美しさと愛らしさを持つ、陽気で豪胆な性格の母エリアナ。四人はとても仲のいい完璧な家族だった。
 ところがそこに不要な三男サフィラスが生まれ、その代償として、一家の太陽であった母が失われた。俺の出産で力を使い果たした母の青ざめた、もう二度と笑みを浮かべることのないその顔には「死」の色が貼り付いていた。一方、その横には元気いっぱいの俺。父や兄たちの目にはまるで母に似た赤子が母の命を吸い取って生まれてきたかのように見えてしまった。
 もちろん赤子に罪なんてない。わかっているのに、それでもその残酷な「死」と「生」の対比は公爵の目に焼き付いた。「愛する妻の死」と「三男」は、切っても切り離せぬものとして公爵の脳裏に刷り込まれてしまったのだ。そのせいで、俺を目にすると公爵の胸に愛する人を失った悲しみがよみがえるようになった。まだ新しい心の傷がパックリと開き、暗くて深い嘆きの穴の中に呑み込まれてしまう。有能な貴族、冷血公と名高い公爵だったけれど……本当の公爵はどうしようもなく弱かったんだ。
 とはいえ、俺は最愛の妻が命懸けで産んだ子。公爵が俺に暴力を振るうようなことはなかった。直接俺に怒りや憎しみを向けたこともなければ、暴言を吐いたわけでもない。だがその代わり、公爵は俺を忘れようとした。貴族ならば当たり前にするはずの生誕のお披露目ひろめすら「喪中だから」と理由をつけてしなかった。出生の届けだけは出されたものの、俺は外に出されず、その姿も知られないまま。世間も俺のことを「生まれた子も身体が弱かったのだ。だから外に出られないのだろう」なんて勝手に解釈し、誰も三男の姿を見ていないことを不思議に思わなかったんだ。
 唯一、母の生家であるサフィール侯爵家だけは、何度も何度も「サフィラスはどうしている」「サフィラスに会いたい」と連絡を寄越してくれていた。だけど「会える状況にない」「しばらくは侯爵家との付き合いは遠慮する」とにべもなく断られていたのだった。
 公爵はそうして人を遠ざけた挙げ句、俺を見なかった。妻の死から立ち直れないまま、俺を避ける道を選んだ。信頼していた母の元侍女に新たに侍女頭としての地位と権限を与え、俺に関わる一切を丸投げしてしまったのだ。
「サフィラスは三男だ。嫡男や次男と同じ教育は必要ない。『公爵家の息子として最低限の世話』をするように。私の目に入らないところで育てよ」と。
 ここで公爵は信じる人を間違えてしまった。俺の世話を申し付けた母の元侍女は、母の側仕えとしては献身的で有能な人だった。だからこそ公爵は「主人の忘れ形見をきちんと育てるに違いない」と判断したんだけど、彼女はあまりにも母に傾倒しすぎていた。そう、ある種の依存に近いくらいに。実は彼女は、母の死をすべてサフィラスのせいだと思い込み、「大切な主人を殺した」俺を激しく憎んでいた。そんな彼女に俺の全権がゆだねられてしまったのだ。
 公爵は仕事以外は部屋に引きこもり。家政を取り仕切るはずの女主人は他界。屋敷は一部機能不全におちいり、侍女頭をたしなめることができる執事や公爵の側近は公爵のフォローに追われていた。それが彼女を増長させ、公爵夫人の仕事である使用人の采配までも、いつの間にか彼女がするようになっていた。使用人への指示や食事の手配などの家政のすべてを、侍女頭一人で行うことが許されてしまったのだ。
 結果的に俺は「『生きるのに』最低限の生活」を送らされた。さすがに死なせてしまってはまずいと世話だけはされていたんだけど、餌のように定期的にミルクを与え、クリーンで身体の表面の清潔を保つ。それ以外は「公爵の目に入らぬように」と理由をつけ、使用人と同じ階の物置のような部屋に一人ぼっちで放置された。三男とはいえ公爵家の息子だよ? しかも赤子を一人で放置するなんて、普通ならありえないよね? でも、公爵がある意味壊れていたこと、そして俺を憎む侍女頭に俺に関する全権が渡ったことでそれは起こってしまった。
 侍女頭は俺に餌を与え、クリーンをかけながら、呪詛じゅそを吐く。毎日毎日俺の心に毒を吹き込んだ。赤子だった俺には意味はよくわからなかったけど、彼女からの悪意や敵意は伝わっていた。

「母の命を奪ったあなたは悪い子なの。公爵家に憎まれて当然よ」
「あなたは公爵家のいらない子。生かしていただいているだけで感謝しなさい」

 俺はこんな呪いのような言葉を子守唄代わりにして育ったんだ。
 侍女頭の毒は、公爵が引きこもっている間に公爵家中にばらまかれた。まるで主人である公爵自身の言葉であるかのように、巧妙な嘘を交えながら。「優しく美しい女主人を殺した三男。その責任を取らせるべきだ」「公爵様は三男を疎んでいる。そんな三男に我々も関わるべきではない」と……
 その毒は母を失った幼い兄弟、五歳のライオネルと三歳のリオネルにも吹き込まれた。彼女は二人の悲しみに寄り添うふりをして、兄弟の耳にこうささやいたのだ。

「サフィラス様がお母様を殺したのです。サフィラス様などお産みになったばかりに……」
「なぜサフィラス様だけが生き残っているのでしょう! サフィラス様さえいなければ……!」

 彼女の目論見もくろみ通り、二人は幼くして愛する母を失った悲しみをすべて俺に向けた。二人は辛くてどうしようもなくなると、俺の部屋に来て俺を責めるようになった。いきどおりや寂しさや苛立ちを、まだ動けないオレにぶつけたんだ。

「母上はいないのに、どうしてきみだけここにいる? きみのほうがいなくなればよかったんだ! ……母上に会いたい……どうしてきみだけが……」
「お母様をかえして! きみのせいでお母様は死んじゃったんだ! 酷いよっ! きみのほうがしんじゃえばよかったのに!」

 赤子の頃の俺には、意味がよくわからなかった。でも自分への敵意と彼らが抱く悲しみは感じた。
 二人ともまだまだ母親が恋しい年齢だった。侍女頭に幼い思慕に付け込まれて悪意を吹き込まれた結果だと考えると、仕方のないことだったのかもしれない。だけど、それは今だからわかること。そのときは一方的に向けられる敵意が怖かった。悲しかった。


 色々なすれ違いがあったにしろ、「公爵さえちゃんとしていたら」と思う。愛する人を失った辛さは同じなのに、なぜ幼い子供たちをちゃんと見てやらなかったの? なぜ俺やみんなを遠ざける道を選んだの? 要するに公爵は、自分の悲しみにひたることを選び、保護者としての義務を放棄したんだ。
 生まれながらに父や兄たちに疎まれた俺が、公爵家でまともに扱われるわけがない。侍女頭に毒を吹き込まれた使用人たちは、侍女頭に従った。古くからの使用人は「優しかった奥様のかたき」とばかりに俺を無視し、新しい使用人たちも「公爵家の迷惑な邪魔者」として俺を扱った。中には「しいたげられている幼子」に同情していた使用人もいたのかもしれない。だけど侍女頭に逆らってまで俺を庇ってくれる人はいなかった。
 幸いなことに、魔力が多いと身体は丈夫らしい。おかげで俺は見捨てられながらも、怪我も病気もなく、なんとか生き抜くことができた。そうじゃなかったら死んでいたかもしれない。
 悪意の中、何もない部屋で天井を眺めて過ごすのが、赤子だった俺の日常。誰でもいい、温かな目を向けてほしい。優しい声で話しかけてほしい。そして……少しでいいから抱っこしてほしい、撫でてほしい。ただそれだけを願って、自分で自分の身体を抱きしめ毎日を過ごしていた。


 そうこうしているうちに、いつしか俺は一歳を迎えていた。
 いつも一人だった俺は一人遊びを覚えた。ある程度身体が動くようになると、せっせと自分の手足を動かして遊んだ。おもちゃなどは与えられていなかったから、誰もいない部屋で手足をパタパタと動かすことだけが唯一の遊びだった。
 不思議なことに、この頃には兄弟たちは部屋に来ることはなくなっていた。母が亡くなった責任は幼い弟にはないと、ようやく気付いたんだろう。時間薬で少しは状況を冷静にとらえられるようになったのかもしれない。だけどそれによって、俺の部屋を訪れるのは、食事を置きに来る侍女たちと定期的に呪詛じゅそを吐きに来る侍女頭のみになってしまった。


 二歳になった頃のこと。
 俺の日常に変化が起きた。一人遊びが手足の訓練になっていたのか、徐々に筋力が付き、一人で立てるようになったんだ。そして伝い歩きができるようになり、いつの間にか歩けるようになった。
 当時の俺が知っていた人といえば、侍女頭と食事を持ってくる侍女たちと、前によく来た「兄弟」だけ。食事を持ってくる侍女は数人いて、時間や日によって入れ替わった。人が変わるせいか、ごはんを忘れられることはしょっちゅうあった。すごくおなかがいて、その中の一人に思い切って「ごはん」と伝えてみたんだ。そうしたら「もうお食事は済んだはず。わがままを言わないで我慢してください」と怖い顔で怒られた。だから俺は、それからはどんなにおなかがいても我慢することにした。おなかがくのは辛かったけど、侍女にまで嫌われて誰も来てくれなくなるよりいいと思ったから。それくらい俺は寂しかった。のちに、食事が抜かれたのは「食事は終えている」と嘘をついた侍女頭のせいだったと判明したんだけど。
 毎日の生活の中で一番よく見るのはこの意地悪な侍女頭だった。着替えを持ってきて俺の身体にクリーンをかけるからだ。そしてそのときには必ず、「あなたはいらない子」「公爵に嫌われて一人にされている」と俺に教え込む。無垢むくだった幼い俺は、それを聞いてこう思うようになった。「いらないこ」「きらわれている」はきっと悪いこと。だって俺にそう言うとき、侍女頭はとても嫌な顔をしていたから。
 俺は侍女頭が苦手だった。一方的に話しかけてくるけど、いつも意地悪な顔で嫌な口調だったから。でも毎日話しかけてくれるのはこの侍女頭しかいなかった。だから、一人ぼっちよりはマシだと思ってじっと我慢していたんだ。
 一方、俺は少しずつ話せるようにもなった。部屋の外にはたくさんの人がいる。ドアまで歩けるようになったから、ドアに耳を当てて会話を聞いたりして少しずつ言葉を覚えたのだ。優しそうな女の声、楽しげに語る若い男の声、イライラとした男の声……その声から色々と想像するのが唯一の楽しみになった。どんな人だろう? 何が楽しいの? 想像するのだけは自由だったから。
 実のところ、俺はずっと監禁されていたようなものだ。だってずっと一人きりで放置されていたんだもの。でも他の生活なんて知らなかったから、不遇な環境に置かれてもわりとマイペースに過ごし、自分を放置する公爵を憎むこともなかった。
 だけど、だからといって平気だったわけじゃない。寂しさや悲しさ、羨ましさは当たり前のようにあった。みんなが外を自由に歩いて楽しそうに話をしているのが羨ましかった。ドアの向こうから聞こえる楽しげな笑い声に憧れ、いつか自分もその中に入れたらいいのに、と夢見ていた。自分の部屋しか知らない俺にとって、ドアの外は未知の世界。外は希望であり、夢だったんだ。


 そうして俺は三歳になった。
 ドアの取手に手が届くことに気付いた日、勇気を出して新しい世界への扉を開けた。一人ぼっちの部屋の中で、いつかここから出て誰かに会うことだけを楽しみに過ごしてきた俺は、初めての冒険にワクワクだった。誰かと話ができるかもしれないと期待した。
 カチャリ。ドアを開けてそっと顔だけ出してみる。

(なにこれ! すごい! すごい!!)

 驚いた。見たこともないものがたくさんある。壁は乳白色にきらきらと輝いていた。ところどころにきらびやかな装飾が施されており、台に置かれた花瓶には綺麗な花が生けられている。どれもこれまで見たこともないものばかりだった。何もない自分の部屋とは大違い。ちり一つない床はピカピカに磨かれ、とても清潔そうだ。
 勇気を持って一歩踏み出す。裸足はだしにひんやりとした床が気持ちいい。

(ぼくのおへや、こうだったらいいのに……。いいなあ……)

 残念ながら俺の部屋の床にはカーペットもなく、すりきれた木がところどころささくれていて、触れるとチクチクした。でもここはつるつる。そっと廊下に横になってみるとほんのりと冷たく、蒸し暑い俺の部屋のギシギシいう寝台よりも気持ちよかった。これからはここで眠るのもいいかもしれない。思い切って外に出てみたけど、想像以上にいいところみたいだ。そう思ったらなんだか元気が出てきた。

(やさしいこえのひと、いる? おはなし、してくれる?)

 お気に入りの声を探してキョロキョロとあたりを見回せば、花の交換に行くのか大きな花束を持った女性が俺を見つけて固まっていた。女性は目を真ん丸にして口をポカンと開けた驚きの表情をしていたけれど、あの侍女頭と比べるとても優しそうに見えた。

「あ、あのう……。ぼく『さふぃ』。おはなし、いい?」

 おぼつかない言葉で必死に話しかけてみる。声を出すことがあまりないからか、なんだかうまく声が出ない。舌も上手に動いてくれない。

「ぼくのこえ、きこえりゅ?」

 とたん、その女性ははっとしたようにきびすを返し、慌てて走り去ってしまった。どうしたんだろ? 向こうのほうでバタバタと足音がする。「ご当主様」とか聞こえるから、その人に何か確認しているのかも。「ご当主様」は父のことだろう。俺は少し緊張した。

(おとうさま、どんなおかお? ぼくがきらいって、ほんと? あったことないもん、ちがうよね? はなしかけたらなでなでしてくれる?)

 どんな人にもお父様とお母様がいる。お父様とお母様は子供を可愛がる存在らしいから、お父様に会えさえすればきっと自分も可愛がってもらえるはず。意地悪な侍女頭は「公爵様はあなたを嫌っている」と言っていたけれど、もしかしたらそれは間違いかもしれない。
 そのころの俺はまだそんなことを信じていた。いや、そう信じたかったんだ。


 俺はそれからせっせと部屋から出て、人を見つけるたびに話しかけるようになった。

「おとうしゃま、どこ?」
「ぼく、あえりゅ?」

 だけどみんな同じだった。俺と会うと困ったような顔をしてそっと目をそらし、まるで俺の声が聞こえていないかのように慌てて去っていく。俺の姿は見えているはずなのに。
 俺が父を探しているということは、きっと父の耳にも入っていただろう。でも、父が姿を見せることはなかった。
 それでも俺は毎日外に出て、くじけずに話しかけ続けた。
 そうしてわかったのは、部屋の中にも部屋の外にも「ぼくにやさしくしてくれるひと」なんていないということ。俺は部屋の外に出ても一人ぼっちのままだった。
 それでも、その後もせっせと部屋から出た。誰かの姿が見える、それだけでも嬉しかったから。


 公爵に止められないのを幸いに、俺は屋敷の色々なところに行ってみた。俺の部屋は使用人たちと同じ三階にあった。だから最初に出歩いていたのは三階だけ。
 だけど毎日あちこちうろつく中で階段を下りることができるようになった。といっても、小さな身体と手足では一つの階を上り下りするだけでも大仕事。必死に頑張っても、二階まで行くのが限界だった。でも俺にはそれで十分だった。公爵たちの私室や執務室は二階にある。二階をうろつけば公爵たちに会うことができたから。
 兄たちに会うのは緊張したし、少し怖かった。それでも「家族と触れ合いたい、優しくされたい」という望みは捨てられなかった。あれから結構経っていたし、もしかしたら部屋の外でなら俺と仲良くしてくれるかもしれない。そう思ったんだ。
 だから俺は頑張って二階に通った。父や兄に会うたびに勇気を出して話しかけた。必死で笑顔を作り、おぼつかないながらも声をかけ続けた。

「おとうしゃま、おはよござましゅ」
「おにいしゃま、どこいくでしゅか?」
「げんきあるでしゅか?」
「おとうしゃま、ごはんたべましゅか」

 言葉が返ってきたことはない。兄たちはちらりと視線を寄越す。でも、それだけだった。彼らはどこか気まずそうに俺を見ると、眉尻を下げすぐに目をそらしてしまう。
 それでもごくたまに父と視線が合うことがあった。そのたびに俺は期待する。だけど温度のない視線は俺の顔の表面を撫で、そのまま何もなかったかのようにそらされる。ただ単に「視線がそこにあった」だけ。彼の心に俺など存在しないかのように。

(おとうさま……。なんで? ぼく、みえないの?)

 がっかりする俺を見て、兄たちがどこか不思議な笑みのようなものを浮かべた。俺はそれを見て悲しくなった。二人が「お父様に嫌われているサフィ」がおかしくて笑ったんだと思って。実は兄たちは、がっかりした弟を元気付けようと笑いかけたつもりだったらしい。だけどそれがあまりにぎこちなかったせいで、せっかくの気遣いも俺の寂しさが増しただけに終わった。
 傷ついていなかったわけじゃない。でも諦めたくなかった。何かしら希望がないとくじけてしまいそうだったから。今はダメでも、もっと上手に話せるようになれば返事をしてくれるかもしれない。自分を見てくれるかもしれない。そんなかすかな希望を胸に、それからも俺は父や兄たちに笑顔で話しかけ続けた。だって……俺にはそれしかできなかったから。それしか希望がなかったから。
 返事はしてくれないのに、なぜか俺が部屋を出ること自体は黙認されているようだった。今にして思えば、公爵が「本当に三男が嫌い」だったら話しかけられないよう部屋に閉じ込めていただろう。でも公爵はそれをしなかった。俺のしたいようにさせていた。公爵は無意識に俺に会いたいと思っていたのかもしれない。


 それからも毎日毎日、俺は一方的に話しかけ続けた。屋敷で働く人たちは迷惑そうだったり嫌そうだったりしたけど、みんなの会話を聞いているうちに、俺はどんどんものの名前や色々な言葉を覚えた。難しい言葉の意味も知った。
 そして皮肉にも、それが俺を絶望に落とすことになる。
 ある日、俺は自分の置かれた状況を正確に理解した。それは侍女頭にとっては「いつもの教え」だった。だけど、なぜかその日、その言葉は「完全なる意味を伴って」俺の頭に入り込んできたのだ。

「あなたはその魔力で母親を殺して生まれた罪人なのです。あなたさえ生まれなければ、皆様は幸せなご家族だったのに。あなたの魔力のせいで奥様は亡くなったのです。だから公爵様方はもちろん、私や屋敷中の者もあなたを憎んでいるのです。あなたは生まれるべきではなかった」
「公爵家にはもうお二人もお子様がいらっしゃるのだから、三男であるあなたは必要なかった。あなたはいらない子なのです。あなたはお情けで生かしてもらっているのですよ」

 ピシャーンと雷が落ちたような衝撃。これまでのすべてが繋がった。漠然ばくぜんと感じていた自分への敵意がしっかりとした言葉の刃となり、俺の心をザクザクと切り刻んだ。

(ぼく、おかあさまをころしてうまれた。だからみんな、ぼくがきらい。ぼくをにくんでる。うまれてきたらダメだった。ぼくはいらないこ。ぼくはあいされないこ)

 そのときに感じたのは、目の前に広がる大きな穴だ。かすかな希望が打ち砕かれ、その代わりに広がったのは何もない暗闇。あまりにも悲しく厳しい現実に幼い俺の心は耐えられなかった。俺の心はぺしゃんとくじけてしまった。その気持ちは「絶望」と呼ぶにふさわしかった。


 このとき、俺の中にいた「須藤卓也」が表に出てきた。希望を失った俺がこの世界で生きるために、傷ついた俺の心を守るために、前世の記憶がよみがえったんだ。でも俺はそのことに気付けなかった。
 この頃の俺の記憶は曖昧あいまいだ。もしかすると現実逃避のような状態だったのかもしれない。だけど覚えている。俺の代わりに誰かが怒り、泣いてくれたのを。俺を励ます優しいお兄さんの声を。その声に俺はすごく救われていた。今ならわかる。あれは卓也前世の俺だったんだ。
 卓也は俺の中で、砕けた俺の心を助けようと必死で叫んでいた。

「サフィは悪くない! だってサフィが産んでくれって頼んだんじゃないでしょ? サフィのことは俺が愛してあげるから! 死んだお母さんだってサフィのことを愛してたはずだよ! ねえ、聞こえる? サフィ!」
「ねえ、気付いてよ! 俺、サフィの中にいるよ! 俺がサフィと一緒にいるから! サフィは一人じゃないよ。ねえ!」

 切なくて悲しい声だった。

「……どうにもしてやれない。声が枯れるほど叫んでも誰にも届かない。悔しい! こんな小さな子供になんて酷いことをするんだ! サフィを見てよ! 抱きしめてあげてよ! 亡くなったお母さんの分も、サフィを……俺を愛してよ! ……頼むから……!」

 その声のこと、覚えてる。そう、卓也の気持ちはしっかりと俺に届いていたんだ。だから俺は絶望の中でもなんとか耐えていられた。卓也は「どうにもしてやれない」って言っていたけど、ちゃんと俺を助けてくれたんだ。

「家族がダメだっていいじゃん! 他に愛してくれる人がいるよ! 世界は広いんだ。ここだけじゃない! 生きているって楽しいことなんだって俺が教えてやるから! 俺と一緒に生きよう!」

 卓也のおかげで、それからもなんとか俺は生きられた。絶望を胸に抱きながら辛い気持ちを必死で隠して、家族に好かれようと笑顔で話しかけ続けた。だって、それ以外どうしようもなかったから。



   サフィの前世 side卓也


 俺は須藤卓也。前世では十七歳の高校生だった。俺には、父と母、そしてサフィと同じように兄が二人いた。兄たちとはよくケンカもしたが、それでも俺は彼らに愛されていたと断言できる。
 俺は見た目が中性的で威圧感がなかったからか、異性にも同性にも異常に好かれた。そのせいか、揉め事にもよく巻き込まれた。そんな弟を心配した兄は、俺を、自分が通う空手道場に放り込んだんだ。そしてそれ以外にも俺に様々な格闘技を学ばせた。
 最初は嫌だったし、身体ができるまではそれなりに大変だった。でも結果的に格闘技は俺に向いていた。小さくて不利になる代わりに、俊敏な身体を活かし死角から一気に攻める。フットワークの軽さと柔軟なバネが俺の武器となった。身体と一緒に、心まで鍛えられた。俺は、嫌なことは嫌だとハッキリ言えるようになり、大抵のことには耐えられる心の強さを身につけた。辛いことも笑い飛ばせるようになった。
 だけど……高校二年生で運命は変わる。試合に向かう途中、俺は事故にあった。道路に飛び出した子供を助け、代わりに車に跳ねられたんだ。
 キキーッ! という音の後、ドンという衝撃があった。それと「卓也!」という悲痛な声。
 両親や兄たちには本当に申し訳ないと思うが、後悔はない。いや、後悔はしている。もっと生きたかったし、やりたいこともたくさんあった。でも、あそこで子供を見捨てる選択肢は、俺にはなかった。だから仕方ない。これが俺の運命なのだと諦めよう。
 そこからの記憶はない。俺はきっとそこで死んだ。
 ……次に意識を取り戻したら、サフィになっていた。
 俺は気付いたらサフィの中にいた。でも、いるだけだ。声を伝えることも、代わりに苦しんでやることもできない。俺には、ただサフィをその身体の中から見ていることしかできなかった。
 ちょっとオタクでもあった俺は、異世界ものの漫画やアニメが好きだった。ある程度は知識もある。でも転生とか転移とかじゃなく、こんな状況は未知のものだった。一瞬パニックにおちいったが、それでも怒りがそれを凌駕りょうがした。サフィの家族のサフィへのぞんざいな扱いや、屋敷の連中の酷い態度が許せなかった。サフィをなんとか助けてやりたいと思った。
 なのに、それができない自分への怒り。悔しさ。やるせなさ。毎日、毎日、サフィの心がすり減っていくのを感じる。小さなサフィには見えていない事実がたくさんあった。十七歳の俺にだから気付けたことが。それをサフィに教えてやれたらいいのに!

(サフィ、その意地悪女の言うことを信じたらダメだよ! そんな奴に傷つけられないでよ!)
(父親と兄ちゃんたちはきっとサフィを嫌いじゃないよ。俺にはそう見える。だから……泣かないでよ、サフィ)
(家族がダメだっていいじゃん! 他に愛してくれる人がいるよ! 世界は広いんだ。ここだけじゃない! 生きているって楽しいことなんだって俺が教えてやるから! 俺と一緒に生きよう!)

 でも、サフィに俺の言葉は聞こえないみたいだ。

(サフィ。サフィ。こんなんで俺がここにいる意味はあるのか? サフィに何もしてやれない。サフィが悲しんでるのも苦しんでるのも感じるのに、見ていることしかできない)
(なあ、サフィ! それでも俺、お前を笑顔にしたいんだよ。お前に幸せになってほしいんだよ。サフィは一人じゃないよ。俺がここにいるよ。だから、だからさあ。泣くなよ。泣かないでよ)

 どうかこの声が届きますように。神様……頼むよ! サフィを守ってよ!


   □ □ □


 そうこうしているうちにまた一年経った。俺は放置されたまま四歳になっていた。
 相変わらず俺は一人。あの意地悪な侍女頭に「嫌われている」「いらない子」だという呪詛じゅそを吹き込まれ続けていた。時折、部屋の外で兄弟を見かけた。彼らは俺に話しかけたそうにはしているものの、実際に俺が話しかけられることはなかった。その頃には俺のほうも自分から話しかける気力を失ってしまっていた。
 何かきっかけが必要だった。呪いのようにがんじがらめな状態の、この公爵家の目を覚まさせるような何かが。そしてそのきっかけは、俺の危機という最悪の形で訪れた。


 公爵は、三男が生まれてからもう四年も経っていたことにようやく気付いたらしい。
 実は五歳になるすべての貴族の子弟には、王城での合同お披露目ひろめ会への参加が義務付けられていた。その際に魔力の量と系統を測定するからだ。要するに公爵は、俺をお披露目ひろめ会に参加させて魔力を測定し、報告しなくちゃいけないのだ。さすがの公爵も王家が絡むことは無視できない。公爵はここに来てようやく、目を背けていた三男、つまり俺に嫌でも関わらざるをえなくなった。
 通常は生まれたときと三歳のときに親族や貴族へのお披露目ひろめがある。だけど俺にはそれがなかった。だから、今回が初めてのお披露目ひろめになる。
 公爵は焦った。これまでなんの教育もせず放置してきた三男に、たった一年で貴族としての教育をしなければならないのだ。公爵は慌てて家庭教師を手配した。ところがライオネルやリオネルにつけていた家庭教師は運悪くすでに他家に雇われてしまっており、雇うことができなかった。そこで仕方なく「短期で成果を上げる」と評判の家庭教師を雇い、俺の教育を任せることにした。厳しいことでも評判の教師だけど、それくらいでないとたった一年で教育するのは難しいと判断したんだ。体罰も辞さないと聞いていたのに、公爵はそれを黙認してしまった。
 実は公爵自身、親から異常なまでに厳しい教育をされてきた人だった。だから教育に対する考えがとてもかたよっていたんだけど、公爵はそのことに気付いていなかった。


感想 892

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