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第一話

静かな夜<Ⅱ>

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「このことはみんな知っているの?」

「いえ、教会の権力で両親が罪人になる前に、教会に入って女神の加護を受けたことになっております」

 なるほどなんとなく分かった。教会が事実を変えてしまうくらい奴隷落ちというのは忌み嫌われるものなのだろう。
 奴隷は奴隷。薄汚くて主人の労働力、つまり家畜と同じでなくてはならない。だからそこから聖女が生まれてしまうと困るのだろう。
 人として扱われない奴隷に希望を与え、人以上の存在として崇めないといけなくなる。

「でもなんでそんな話を俺に?」

「勇者様には知っておいて欲しいと思ったのかもしれません。隠しておきたくなかったのだと思います」

「そう……なんだ。まあなんだ俺を信じてくれてありがとうって感じかな」

「そんな……、本当にお優しい方に出会えました……」

 セレーネは少し目を潤ませていた。
 いつも誰にも優しい彼女。だがそれには訳があった。
 幼い頃は蝶よ花よと貴族の娘として育てられ、ある日突然、両親は罪人として引き離され、さらに奴隷に落とされ……。
 これだけでもラノベやマンガにで出来そうだな。

「あの、それじゃあセレーネに兄弟とかは?」

「弟と妹がいます。あの子達は教会に身請けをしていただきました」

「そ、そうなんだ……それはよかったと言うべき?」

「少なくとも奴隷になるよりはと言ったところでしょうか。身請けと言っても教会が受け入れている孤児と同じ扱いなので、それまでの生活から一変したとに代わりはありません」

「そうかセレーネがお金に厳しいのは、教会に身請け金を返すからか!」

「いえ違いますけど……、もし身請けしてくれないのなら、聖職者など止めて奴隷になると脅したからです」

「まじで!? セレーネがそんなこと言ったの?」

「はい。自分でこう言うのは少々自惚れになってしまいますが、神聖魔法が使える聖職者というのはそれほど貴重なのです」

「すげえな。セレーネって結構度胸あるね」

「あの頃はなりふり構っていられませんでしたから」

「じゃあお金はどういう……、ああそうかお家の再興か!」

「違いますよ」

「違うのか!?」

「はい。今更あんな脚の引っ張り合う世界になんて戻りたいとは思いません。どうやら、わたくしは今の生活の方が水が合っているようですし」

「そ、そうなんだ。じゃあ、あ、そうか弟妹のためとか」

「そちらのお金は既に用意してあります」

「まじか。え、じゃあ……一体何の為に?」

「当然、この先のんびり生きていくためにですよ。目標額まで貯まったら引退してのんびりと余生を過ごすつもりなのです」

「なんですと?」

 なんか凄く現実的なお考えをお持ちのセレーネさんだった。
 まるで現在の日本人みたいな価値観だな。

「教会にとって確かにわたくしは貴重な人材ではあるのですが、一部の方々からはあまりよく思われていないのです」

「神に祝福された存在なのに?」

「昔は神の奇跡を多く使える聖者ほど偉くなることが慣例だったのですが、今はその様な人はほぼいなくなってしまいましたので、貴族と同様に権力争いが苛烈になっているのです」

「それってあんまり見たくないところだよね。セレーネなんてそういう派閥というか権力争いに巻き込まれそうだよね」

 ため息交じりに話を続けるセレーネ。

「ええ、その様なお誘いは複数ありましたけど、弟妹の学費にちょうどよかったのでいただけるものはいただきましたが、いずれの派閥にも属しませんでした」

「うわ、結構やるね……」

「汚いことに使われようと賄賂であろうとお金はお金です。それなら真っ当に使おうと弟妹の学費に当てて、残りは孤児院に全額寄付しました」

 凄え、本当に凄えよセレーネさん。
 普通に格好良いと思ってしまう。

「なので引退したら、どこかの良い人と結ばれて子供を儲けるのもありかなと思っております」

「凄く良いお母さんになりそうだな」

「相手が見つかればいいのですけどね」

「セレーネなら引く手あまたじゃないのか」

「元聖職者というだけで、世の男性はあまり女として見てくれないのです」

「そうなの? そんなことないと思うけどな、そもそもセレーネはそう言うの差し引いても美人なんだし」

「わ、わたくしがですか? そ、そうなのでしょうか」

「もしセレーネが美人じゃないのなら、俺はこの世界の価値観と相当かけ離れていることになるんだけど」

「も、もう勇者様ってそういうところは本当にお上手なんですから……」

「そうなのか?」

 彼女は最後までご両親のことは話さなかった。
 聞きたい気持ちはあったが、ここまで話をしても話題にしない理由があるのだろうと俺も触れないことにした。

「話が長くなっちゃったけど、あの女騎士様は自分よりも身分が低いセレーネの活躍が気にいらないから余計に結果を出そうとしているんだな」

「え、そういうことだったのですか? わたくしはてっきり……あ、いえ」

「てっきり……馬鹿だと思ってたとか」

「そ、その様なことは……、ほ、ほんの、少しだけ……」

 やっぱりそう思っているのか。
 まあ、かくいう俺もそう思っているんだけどさ。

「あ、あのあの、このことはミネディア様にはご内密に……」

「言わないよ。俺だってバカだと思っているし」

「あの、それはさすがに少し言い過ぎ……い、いえ……何でもありません」
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