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第4章
人の噂も七十五日㉑ ~春樹からのプレゼント~
しおりを挟む歩の強引な命令によって忍の見舞いに行くことになった二郎は学校からそのまますぐには成田家に行かずにあるお店に向かっていた。
「いらっしゃいませー」
「どうも、こんちわ」
慣れた様子で入ったお店は二郎が行きつけにしている四葉のバイト先である『焼きたてパン工房 佐藤さん』だった。
「おぅ、二郎君かぁ。この間はありがとうな。本当に助かったよ。今日は部活の帰りかい」
二郎に気さくに話し掛けたのはこの店の店主である春樹だった。春樹は花火大会の日に屋台に出店していた店の片付けの際に四葉とのデートを終えた二郎がそのまま片付けを手伝ってくれたことに対して改めて感謝を言った。
「いやいや、さすがの俺もあのまま自分だけ帰れるほど人でなしじゃないですよ。それに余りのパンを沢山もらいましたし、母も凄くおいしかったと喜んでくれましたし、逆に自分の方がありがとうございました」
二郎は春樹の謝辞をもう気にしないで大丈夫と言った口ぶりで受け取った。
「そうかい、いや、君がなかなかしっかりしていておじさんとしては嬉しい限りで、安心して四葉ちゃんを任せられるよ。これからも四葉ちゃんを大切にしてくれよ」
春樹が冗談交じりであり、若干本気な口ぶりで二郎に話しているとバイト姿に着替えた四葉が店の奥から姿を現し春樹の言葉にツッコミを入れた。
「ちょっと春樹さん、私がいない間に何を話しているんですか、もう。二郎君も春樹さんがバカな事言ったら怒って良いんだよ」
四葉は困ったいたずらをする子供を叱るように両手を腰につけて春樹と二郎の前で頬を膨らませて怒ったポースを取って見せた。
「四葉さん、そんな怖い顔しないでくれよ。俺一応お客さんなんだから怒るなら店長さんだけにしてくれや」
「おいおい二郎君。俺たち四葉ちゃんを共に悪い輩から守ると誓った同士ではないか。笑うときも、泣くときも、そして怒られるときも一緒だぞ」
春樹の悪乗りに二郎が付き合ってられないと呆れた表情をしていると四葉がさらに言葉を告げた。
「もう春樹さん、二郎君も困っているじゃないですか。もうパンも焼き上がりますし、レジは私がやりますから早く奥に戻ってくださいよ」
四葉の剣幕にはっはと笑いながら、春樹が作業場へ戻ろうとしたところで二郎が春樹に声を掛けた。
「店長さん、すいません。手が空いた時で良いので聞いてもらいたい話があって少し時間を頂けませんか」
「うん、なんだ一体。俺に相談なんてなんかあったのか」
「いや、たいしたことではないのですが、俺だけではなんとも判断しがたい案件があって、大人の店長さんに助言を頂きたいことがあるんです。5分も取らせませんので手が空いたらで良いのでお願いします」
二郎の説明を聞き、わかったと返事をした春樹はそのまま奥へ入っていった。
「二郎君、春樹さんに相談って何かあったの」
「いや、その四葉さんには関係の無い話だから気にしないで大丈夫だよ。それにしても久しぶりだね。この前の祭り以来学校でもなかなか話し掛けるタイミングが無くてごめんよ」
二郎は話を逸らすように話題を替えて言った。
「そうなの。まぁそれなら良いけど。・・・確かに久しぶりだね。あ、そういえばあの日は片付け手伝ってくれて本当にありがとうね。二人だと大変だったから二郎君が手伝ってくれて本当に助かったって春樹さんと話していたんだよ」
「そのことはさっき店長さんにも言われたけど、俺もその見返りに沢山パンもらったから気にしないで大丈夫だよ。あそこで四葉さん達を置いて俺だけ一人帰る方が心苦しかったし、お互い様だよ」
「そうだったの。でも本当にありがとう。屋台の位置から車のある場所まで結構離れているから、荷物を運ぶの本当に大変で、それでいてあの人混みの中で作業するのは結構骨が折れる事だったから」
「そっか、まぁ役に立てたのなら良かったよ。それよりも、あの噂の事って四葉さんでも何か聞いたりしているか」
四葉の謝意を素直に受け取った二郎は気になっていた学校での噂話の事を恐る恐る聞いた。
「え、噂?あぁもしかして、二郎君の友達の話のことだったよね。みかちゃんとか成田さんが告白されたとかって言う話しだよね」
「そうだけど、知っているのはそれだけかい。例えば俺のこととか何か聞いてない」
二郎は4つのウチ2つの噂だけを答えた四葉に疑問を持ちながら再度問いかけた。
「二郎君の噂?私はよく知らないけど、噂とは違うけど金曜日に突然生徒会副会長の二階堂先輩がウチのクラスに来て、私を探していたってレベッカが話していたけど、それとは何か関係があるのかな」
「はぁ凜先輩、何やってんだかな。それに関しては無視で大丈夫だから四葉さんが気にすることないよ。あの人ちょっと変な人でたまに意味不明な行動を取るだけだから気にしないで大丈夫だよ」
二郎は四葉を極力凜に関わらせないためにバッサリと切り捨てるように言った。
「そうなの、なんかものすごく怖かったってレベッカも奈々ちゃんも言っていて凄く気になっていて。正直二階堂先輩とは一度も話しもしたこともないし、何か私したかなと心配だったの。でも、二郎君は随分先輩のことを知っている口ぶりだね。そんなに仲良くしているの」
四葉は疑問と不安の表情で答えつつ二郎と凜の関係性について問いかけた。
「まぁ中学時代からの先輩で友達が生徒会をやっている関係で少し関わりがあるんだよ。それで少し知っているんだよ」
「ふーん、意外と二郎君って私と違って顔が広いんだね。私は本当に友達が少ないから他の人の交友関係とかには詳しくなくて。はぁ」
四葉は自分の交友関係の狭さを痛感して苦笑いで言った。
「まぁそれは人それぞれじゃないか。君は勉強やバイトを一生懸命やっているじゃんか。俺から言わせれば目標に向かって頑張る君の方が健全な気がするけど、そうだね、もし四葉さんが他のクラスの人とも知り合いになりたいと言うなら、ウチのクラスの女子とでも話してみるかい。この前1度会った成田忍の事は覚えているかい、それと陸部の馬場三佳とかあの辺の女子とは俺も最近交友が出来たから、そうだな、今度テスト勉強の時にでも一緒にやればすぐに仲良くなれるよ。あいつらいつもテスト前に勉強会をしてるからさ」
二郎はお節介と思いつつも初めて他者に興味を持つようなことを言った四葉の変化を感じ取って自分が唯一紹介できるすみれグループと引き合わせようと提案をした。
「うん、ありがとう二郎君。機会があれば是非よろしくね。私もこのままじゃイケないと思っていたから、良いきっかけかもしれないもんね。それに三佳ちゃんとは私友達だから入っていき易いと思うから」
「そうなのか、そりゃ良かったよ。今度あいつらに話してみるから、その時になったらまた伝えるよ」
二郎と四葉がそんな話をしていると春樹が作業を終えて店先に再び顔を出した。
「おぉ待たせたね、それで俺に相談ってなんだい、二郎君」
「店長さん、忙しいところすいません。あの出来れば二人で話したいことなんですが・・・」
二郎は四葉に目配せをしながらこの場を外して欲しいというサインを出すが、それを怪しんだ四葉が怪訝そうに反応し、それを聞いた春樹が突拍子もない言葉を発した。
「二郎君、私が聞いたらまずい話しなの」
「まさか、二郎君。四葉ちゃんとやったのか!」
春樹の言葉に二郎が全力で否定する横で、絶句して顔を真っ赤にした四葉が固まって春樹を睨み付けた。
「な、何をいきなり言ってんだ、あんたは」
「何って四葉ちゃんがいたら気まずいなんてそう言うことだろうが」
「なんでそうなるんですか!どうしたら俺が四葉さんとやるって話になるんですか、ったく、しょうがねーな、このおっさんは。なぁ」
二人のやり取りを聞いていた四葉に二郎が同意を求めると四葉が我慢の限界と言わんばかりの表情で激怒した。
「もう何がやるだの、やらないだの、バカな事言っているんですか。もうセクハラで二人とも訴えますよ。もう春樹さんと二郎君のバカ、スケベ、おたんこなす!!」
そう叫びながら四葉は店の奥へ駆け込んでいった。
「おたんこなすって久しぶりに聞いたな。・・・店長さん、あんた四葉さんに後でしこたま説教されますよ。彼女あんな可愛い顔して結構怖いですから。俺もこの前痛い目に遭いましたからね」
「ははは、ちょっとからかいすぎたかね。今日はお土産のパンを一杯持たせなきゃイケないかもな」
二人は冷や汗をかきながらこの後展開されるであろう四葉の説教を想像しながら顔を見合わせた。
「それはそうとして、今店長さんの言ったお土産の事で相談したくて」
「なんだそりゃ、お土産のこと?」
二郎は部活の同級生の女子が生理で体調を崩しており、なぜか自分が見舞いの差し入れを持って行くことになった事を話し、こんな時に何を差し入れすれば良いのかどうしても分からず、身近な大人である春樹を訪ねたことを簡単に説明した。
「なるほどな。確かにこんな事は同級生の女の子には聞けないよな。そうだな、パン屋の俺としてはウチの美味いパンでも持って行けと言いたいところだけど、さすがにそれは無理だろうから、うーん、・・・そうだ。ちょっと待ってな」
春樹は少し考えると、作業場へ姿を消しすぐに何か瓶のようなモノを持って戻ってきた。
「これが良いと思うぞ。弱った体にはこれが一番だよ」
そう言って春樹が二郎に手渡したのは蜂蜜だった。二郎は突然手渡された蜂蜜と春樹の顔を交互に見ながら言った。
「あの、店長さん、これは・・」
「なに、見たとおり蜂蜜だよ。確かこんな時は普通の食事は胃に良くないから、蜂蜜をお湯でといてレモンでも搾って飲むのが体にも良いし、栄養もたっぷりで元気もきっと出るさ。これは店で使ってるとっておきの蜂蜜だからその辺のスーパーで買う奴よりも格別に美味いからきっとその子も喜んでくれると思うぞ」
「そうなんですか、ありがとうございます。でも、これいくらになりますか。今日余り手持ちがなくて・・・」
二郎は心許ない懐事情を気にしていかにも高価そうな蜂蜜を持ちながら不安そうに春樹に聞いた。
「何お金の事なんて気にするな。これは俺からの君へのプレゼントさ。いつも四葉ちゃんに良くしてくれるし、この前のお礼も残りのパンじゃ申し訳ないと思っていたから、気にせず持って行きなさい」
「でもいいんですか」
「こういう時は大人に大人しく甘えることを覚えるのも大切なことだよ。君が今言うべきは遠慮の言葉じゃないさ」
二郎は今までふざけとことばかり言う気の良いおっさんだと思っていた春樹の真面目な表情を見て、背を伸ばして言った。
「そうですね、ありがとうございます。ありがたく頂戴します」
「うん、若者はそれでいい。すまないがレモンだけはどこかで買って持って行っいてくれな」
「はい、本当に何から何までありがとうございます。それでは俺は遅くなる前に行ってきます。また今度パンを買いに来ます。四葉さんにもよろしく伝えてください」
二郎は懸念事項だった差し入れの品が決まり、残すは忍の家に行くのみと気持ちを切り替えて店を後にするのだった。
その背を見送った春樹が誰もいないはずの後ろに向かって言葉を掛けた。
「良い奴じゃないか、部活の子を心配して家まで見舞いに行くなんて優しい男だな二郎君は。それにちゃんと相手のことを考えて差し入れのモノをわざわざ俺に相談までしに来るなんて、余程大事な相手なのかな。なぁ四葉ちゃん。聞いていたんだろ」
そう言われた四葉はこっそり隠れていたドアの後ろから姿を見せると恥ずかしそうに言った。
「どうして分かったの、春樹さん」
「なに、さっき1度作業場に戻るときに脇に隠れるその可愛いお尻が見えただけだよ。頭隠して尻隠さずってか。そんなに気になるなら素直に出てくれば良かったのに」
春樹の言葉に赤面する四葉はごまかすように言った。
「別に気になんかならないけど、また二人でバカな事を話してないか監視していただけですから。ほら春樹さんは早く次のパンを焼く準備してくださいよ。すぐにお客さんがたくさん来る時間になりますよ。あ、いらっしゃいませ!今ちょうどクロワッサンが焼きたてですよ。良かったらお一つどうぞ!」
そう言ってレジの前に立ちつつも落ち着かない様子で四葉は入店してきた常連の老夫婦に挨拶をするのであった。
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