青春クロスロード ~若者たちの交差点~

Ryosuke

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第4章

人の噂も七十五日㉒ ~二郎のとまどいとウォーリーを探せ~

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 春樹に蜂蜜をもらった後スーパーでレモンを買って、普段使っている京王線の府中駅ではなく南部線の府中本町駅から二郎が電車に乗った時間は夕方4時半になっていた。

 二郎は一息つきながら電車の席に座り改めて自分の現在の状況を俯瞰して考えていた。

(結局何で俺が一人で忍の見舞いに行くことになっているんだ。歩は一体何がしたいんだ。はぁ)

 揺れる電車のように二郎の心もどこか落ち着きが無いままあっという間に目的地である忍の家の最寄り駅である稲城長沼駅に電車が到着した。

 電車から降りた後、歩に手渡された手書きの地図を鞄から出すとそれを見ながら北側に一つしか無い改札口を出て二郎は周囲の様子を見渡した。二郎の素直な感想は良い具合に寂れているだった。そもそも改札口が一つしか無いのも今どき珍しく駅の入り口である駅舎はどこかの地方の駅にでも来たかのような小さく少し寂れたレトロな雰囲気を持つ駅舎だった。

 二郎は駅から出てすぐ通じる北西に向かって延びる旧川崎街道と呼ばれる小さな道に出て地図が示す道筋をとぼとぼと歩いて行った。その通りには大分前からこの周辺の家々の台所を支えてきたであろう年季の入ったダイエー系列のスーパーマーケットがあり、さらに少し先にある小さな郵便局を通り過ぎると、いよいよ住宅街に入っていくようだった。それからY字に別れる道を左に行き2分ほど歩いた場所に人一人がようやく入れるほどの小さな社を見つけて足を止めた。

 その社を見つけた二郎は再度地図で確認しその手前にある家の表札に「成田」の文字を見つけ地図をポケットにねじ込んだ。歩の言ったとおり駅から徒歩10分もしない内に二郎は忍の家に到着した。再び二郎が時間を確認すると夕方の時間帯に入る5時よりも少し早くまだ明るいと言えるが、それでも昼間に比べて随分日が落ちたそんな時間だった。

 深呼吸を2度して覚悟を決めて二郎がインターホンを押したところ、少し間があった後、聞き慣れた声がインターホンから聞こえてきた。

「はーい」

 二郎は一瞬ドキッとしつつも冷静を保って要件を伝えた。

「突然すいません、私琴吹高校のバスケ部の者で、忍さんに届け物を持ってきたのですが」

「はい、今出ますのでお待ちください」

 二郎は聞こえてくる声に忍が出てくるのではないかと思いつつも、明らかに丁寧な口調とそもそも体調を崩している忍がインターホンに出るはずがないと考え母親か誰か家の人だろうと思っていると、玄関のドアが開き長身でスラッとしたスタイルに二郎の見慣れたイケメンの女性が現れた。

「忍、・・・じゃない?」

 二郎が疑問形で言った言葉に、その女性が嬉しそうに言った。

「あら、私もまだ女子高生に見えるかしら。あなた忍の彼氏かな、彼女の顔を間違えるなんてまだまだね。私は忍の姉よ。わざわざ届け物を持ってきてくれたんだって」

 そう二郎をからかうように返事をしたのは、忍の6才上で高校の体育教師である姉の椿だった。椿は二郎が見間違えるように忍にそっくりな容貌だったが、忍よりも髪も長く肩に着くくらいあり、よく見れば忍よりも大人びた雰囲気の持つ大人の女性だった。

「すいません、間違ってしまって。自分は忍さんのクラスメイトで部活も同じバスケ部の山田二郎と言います。忍さんが体調不良という事で、先生から預かってきた書類を忍さんに届けるために来たのですが、忍さんの体調はどうですか」

 二郎が丁寧な自己紹介をした後で、目的を説明し忍の体調を気遣う問いかけをすると椿が感心したように言った。

「あら、忍の彼氏の割にはあなたなかなかしっかりしているのね。忍なら今は部屋にいるけど、様子はどうかしらね。朝あの子に会ったときはそんなに体調が悪そうではなかったけど」

「はぁ・・・あの自分はただの友人で彼氏とかそう言う関係では・・」

 二郎がなんとも言えない表情で椿の誤解を解こうとしていると半開きの扉の先から声が聞こえそのまま一人の女性が顔を出した。

「どうしたの、姉貴、お客さん」

 その声とその姿を現した人物のシルエットから反射的に二郎が反応して声を掛けた。

「おぉ忍、寝てなくて・・いいのか、あれ?」

 そこに姿を現したのは長身でスラッとしたスタイルの二郎と顔を合わせればいつも小言を言ってくる男装がよく似合いそうなイケ面女子がいた。

「あれ、男子高校生。忍の友達?もしかして私と忍を間違っちゃたの。そんなに似ているかな、私達」

「あのすいません、あんまり声と姿形が似ていたもので」

 そう二郎が謝ったのは忍の2つ歳上の大学1年の姉である奏だった。奏は二郎が間違えたとおり忍に本当にそっくりで身長が少し低いのと大学生らしく垢抜けて少し髪を茶髪にしておりよく見れば確かに忍とは別人であったが、顔の作りは誰がどう見ても姉妹だと確信するほど似ていたのであった。

「あぁ奏かぁ、なんか忍の彼氏君が届け物を持ってきてくれたみたいよ」

「え、忍の彼氏!あの子部活一筋かと思ったら、ちゃんとすることしてるじゃないの。それにしても生意気ね。私だって彼氏が初めて出来たの高校三年になってからだったのに」

 椿と奏の会話を聞いていた二郎は今度こそ確実に否定しようと話に割って入った。

「いや、ですから俺は忍のただの友人で部活の先生の届け物を持ってきただけなんですが」

 二郎が言葉を言い終わる前にさらにもう一人扉の後ろから顔を出した。

「二人ともどうしたの。ドアも開けたまま話し込んで家の中まで丸聞こえよ」

 そこ現れた人影を今度こそ忍本人と確信した二郎は慌てた様子で声を掛けた。

「おう、忍か。ちょうど良かった。お前の姉さん達にしっかり説明してくれ、よ?」

 そこに姿を現したのは正に忍と同じ背丈と髪型、そしてまるで同じ顔をした女性だったが、その女性は宝塚歌劇団を引退後女優に転身して格好良い女性を演じる人気女優と言った雰囲気を醸し出すつつも、よく見ればエプロンをして家庭的な優しい笑顔が素敵なご婦人だった。

「あら、忍のお友達。こんなところで立ち話も失礼だし、お茶でも飲んでいってくださいね。ほら、椿も奏も忍の彼氏にちょっかい出してないで早く家に入りなさいな。どうぞあなたも早く上がって、ちょうどおいしいケーキがあるから、食べていってね」

 満面の笑みで二郎を家に招いたのは当然忍の母である梓だった。二郎は背丈や雰囲気が異なるも余りにも似過ぎている忍の家族達を見て静かに思うのであった。

(なんだこのウォーリーを探せ状態の家族構成は。どんだけこの家の娘達は母親のDNAを濃く受け継いでんだよ)

 そんな二郎を見つめる忍によく似た3人は退屈な日曜日の夕方に面白そうなおもちゃを見つけたかのようにニヤリと笑みを浮かべるのであった。
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