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第7章
掛け違えたボタンたち⑦ ~炸裂、一の追求と暴露話~
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白熱した第二試合の回想から、場面は昼休憩の二郎と一の会話に戻る。
見た目には分からないまでも未だ興奮冷め止まずといった心境の二郎が一瞬黙り込んでいたのを心配して一が改めて二郎に声をかけた。
「お~い、二郎!どうしたいきなり黙り込んで。本当に大丈夫か?まぁ次の試合はこの分ではキツそうだし、大和にはあとで俺がお前の状態を話してやるから、きっちり休んでおけよ」
「お、おう、分かった。悪いな。お前も二試合連続で試合出たんだし、まだ少し時間あるんだからゆっくり休んでおけよ」
一の気遣いに素直に二郎も言葉を返すと、一が話題を替えようと話しを振った。
「おう、ありがとうさん。とまぁ前振りはこんなもので、本題に移りたいんだが、いいか?」
「本題?なんだ本題って?」
二郎は一が冗談交じりで話していた先程までとは変わって急に真面目な空気を纏って自分を見やるのを認めて、小さく息を吸い姿勢を整えた。
「忍の事だ」
「・・・・そう言うことか」
「そう言うことだ」
「それで忍がどうした」
短い会話の中でお互いの意志を確認した2人は覚悟を決めたように話し始めた。
「どうしたじゃないだろうが。この前の、金曜日のお姫様抱っこの件はどういうつもりだよ?お前は結局忍をどうしたいんだよ?」
「どうしたいって、どうもしねーよ。ただ忍が怪我をしたから保健室まで運んだ。別におかしいことはないだろう!」
「お前がそんなことを言っても周りはそうは思わないだろうが。女子達はあの後ソワソワしていて練習に身が入らないし、尊は心ここにあらずって感じだったし、隣のバド部の連中だって見てはいけないモノを見てしまったって感じで、なんとも言えない空気が体育館で広がる程度には大事だったんだぞ。それでも歩ちゃんと大和が試合前だからって、喝を入れてくれて何とか場が収まった位だからな。まったく今回ばかりはさすがの俺でも予想も出来ない出来事だったから、マジで驚いたんだぞ。だからせめてなんであんなことをしたのかを説明してくれたって良いだろう」
その時の事を思いだして顔をしかめる一に、二郎も改めて自分のしでかしたことが異常であったと実感して冷や汗を浮かべながら陳謝した。
「そう、だったのか。それは悪かったわ。別に周りを混乱させるつもりがあったわけじゃないんだぞ。正直俺も忍を抱っこして体育館を出るまでの記憶が曖昧で自分でもよくわからねーんだよ。だけど、本当に俺はただあいつの事を心配してやったわけ・・・・それだけなんだよ」
二郎の言葉を聞いて今度は呆れながらも好意的な笑みを浮かべて一が問うた。
「そうか、まぁ平常心じゃあんな大それた事は確かに出来んわな。しかし、俺はいよいよお前という男が分からなくなったぞ」
「なんだそりゃ。俺ほど素直で単純な男もいないだろうに、酷い言われようじゃないか」
一の言葉を冗談で二郎が返すと再び表情を引き締めて一が言葉を続けた。
「バカヤロウ。お前ほど友達やっていて読めない奴があるか。正直なところな、お前はあーだこーだ言っても忍の事を憎からず想っていると思っていたし、凜先輩とかレベッカちゃんとか四葉さんが居ても、お前は忍を一番に選ぶと思っていたから、だからダブルデートにも誘ったけど、結局あの日のお前の忍への態度を見て、やっぱり友達以上恋人未満な関係が良いのかって思っていたんだ。だけど、この前の忍のためになら周囲なんて気にしないであれだけの行動が取れる二郎を見て、やっぱりお前の中で忍は大きな存在なんだって思い知らされたよ」
「べ、別に俺はそんな・・」
「まぁ俺としてはお前も忍も大事な友人だ。だから出来れば上手くいって欲しいって思っている。だけどこればかりは当人達の問題だからあれこれ言わないようにしてきたけど、今回ばかりは言わせてもらうぞ。・・・・・・・二郎、いい加減ちゃんとしろよ!忍はお前を待っていると思うぞ。どんな結果になっても俺は何も言える立場ではないけど、少なくともちゃんとあいつの気持ちを受け止めてやれよ。それが男であるお前の責務だぞ」
一はこれまで二郎と忍を最も近くで見てきた。それは入学当初はただ同じクラスで同じ部活のクラスメイトという関係だった頃から今日この時までずっとだ。
入学して数ヶ月が経った頃には、忍がなにかと二郎に世話を焼くようになるも二郎がそれを煙たがって逃げ回っていた事も、何だかんだとお互いが名前で呼び合う仲になったことも、一は面白そうに2人を見守っていた。
秋から冬になる頃には忍の二郎を見る目が少しずつ変わっていく様子も、普段周りの人間と積極的に関わらない二郎が忍に対しては徐々に心を開いて行った様子も、気がつけば痴話喧嘩だと皮肉を言われる程度には2人が一緒に居ることが自然になっていった時も一番初めに一がそれに気付いた。
二年なるとデートではないにせよ夏休みに遊園地に行き何も言わないまでも自然と隣同士でジェットコースターに仲良く乗ったことも、忍が体調を崩したと聞いてなんだかんだ言いながら家まで二郎が見舞いに行ったことも、気まずい関係になった時にお互いが歩み寄って仲直りしてダブルデートに誘うまでの関係になったことなど、とにかく挙げたら切りが無いほど二郎と忍の2人の関係は深まっていた。そんな様子を一は最も近くで見ながらフォローを入れつつ、それでいて余計なお節介も焼きすぎずに絶妙な立ち位置で2人の間を温かく見守ってきていた。
そしてこれからも2人を見守るつもりでいたが、夏休みが終わってからの忍が一喜一憂し二郎を想って苦しむ姿や、それでいていつまでも鈍感を決め込みながらここ一番で訳の分からない行動を取る二郎を見て、そんな悠長な事も言っていられないかもと思い至っていた矢先に例の出来事が起きる。それが忍の身に降りかかった部活中のアクシデントだった。そんな中で二郎が堂々と部活の部員が全員いる目の前で忍を大事そうにお姫様抱っこしながら体育館を出て行く姿を見せられれば、誰であっても「お前ら早く付き合っちゃえよ!」と言いたくなる、そんな状況にまで事態は煮詰まっているんだと、言わざる終えないまでに一も追い込まれて居たのであった。
「なんだよ、いきなり怖い顔して。ちゃんとしろってどういうことだよ。それにまる忍が俺の事を好きみたいな物言いだが、そんなことをどうしてお前が分かるんだよ。あいつがそう言ったのか、違うだろう?」
そんなことをのたまう二郎を見て、ゆっくりと数回首を振った後、大きなため息を吐くと一はこの日一番の力を込めて二郎の頭をぶん殴った。
「ッて、お前いきなりなんてことすんだよ。マジで痛ーじゃねーかよ。クソ!」
二郎の泣き言を封殺するように一がふつふつとこみ上げる怒りを何とか押さえながらも二郎を睨み付けて言った。
「クソはお前だ、この鈍感ニブチンクソ野郎が!なんで分かるかだって?そんなも誰が見たって分かるだろうが。気付いてないのはお前だけだ、バカ野郎」
「マジギレかよ!なんでお前がそんなに怒ってんだよ。それにどうして当人の俺が分からんことをお前が分かるんだよ」
「普通の脳みそが入っている人間なら誰でも気付くだろうが、アホ!お前の頭の中はアンコでも詰まっているのか?はぁ~お前だって色々あいつの言動で不思議に思うことがあっただろう。どうして忍はお前に必要以上に世話を焼こうとするんだ?どうして忍はお前なんかと一緒に映画を見に行こうなんて思ったんだよ。どうして忍がお前とケンカをしたらバカみたいに落ち込むんだ?」
「それは・・あいつが世話焼きのお節介で・・・俺がどうしようもないぐーたらだから放っておけないとか・・・・」
「はぁ~、あのな。それじゃ聞くがな。忍がお前以外の奴にそんなことするか?」
「それはあれだ、部活の後輩とか、同級生の奴らにもよく世話を焼いたり面倒見が良かったりするじゃないか。そうだろう?」
「バカヤロウ!それは全部女子相手だろう。男子相手で忍が特別に目を掛けている奴なんて何処を探したってお前だけだろうが。それがどう言う意味かわからんのか?」
一の言葉に二郎は言葉を窮して口籠もった。
「それは・・・・だが・・・・」
「全くもう仕方ねーなぁ・・・」
そう言いながら一は一瞬この場には居ない忍に言葉を向ける。
(すまない、忍よ。このアホの友人として心から謝罪する。こいつは世界鈍感選手権日本代表を狙えるほどのクソ野郎だわ。だから俺から伝えるのは忍びないがここは俺がどうにかしてこいつに気付かせるから、どうかそれで許してくれ)
そう念じて一は再び覚悟を決めたように諭し始めた。
「二郎よ、一度しか言わんからよく聞け。いいか、お前の様なあまのじゃくで、いつもフラフラとしていて、つかみ所も無い鈍感野郎のことを、いつまでも見放さないで気に掛けてくれる女なんて普通いないぞ。じゃなんで忍がそんなお前のことをいつも気に掛けているのか。そんなモン決まっているだろう。忍はな、お前のことが好きなんだ。好きだから、お前がどうしようもないダメ男でも気になって仕方なくて、懲りずに世話を焼いて、ついつい言い過ぎちまってケンカになったりもするし、それで気まずくなると落ち込むし、仲直り出来れば上機嫌になるし、デートに行くなんてなれば気合いを入れてオシャレもするし、お前に嘘をつかれてデートをすっぽかされれば、そりゃ心底怒るし、それ以上に悲しむんだよ。お前が思っている以上にな、恋する乙女ってものは俺たち男どもには理解できない程、感情の起伏が激しいんだ。それに気付かないお前には忍の言動が理解出来ないのかも知れないけど、でもそれはお前が忍にとって特別だからだ。特別だから、お前にだけ忍は普段は誰にも見せない顔を見せるし、誰にも言わない事も言うし、しないこともするんだよ。それをどうして俺なんかよりも忍と長い時間一緒に居るはずのお前が気付かないんだよ、バカヤロウ!」
一はこれまで言いたくて、でも自分が言うべきではないと心に留めて居た言葉をこれでもかと、目の前の呆れるほど恋愛に鈍感なアホであり、そして、なんだかんだいっても放っておけない唯一無二の親友である二郎に言い放った。
「マジなのか・・・忍が俺の事を好きだって・・・本当にその言葉を信じて良いのか、一よ」
二郎は半信半疑で一の言葉を受け止めながらも、どこか体が沸き立つ様な感覚を持っていた。それもそうだった。つい数日前に二郎は忍への自分の気持ちを自覚し、忍の事を好きだと自分でもようやく認めていたからだった。しかし、いくら自分がそう思っても相手の忍が自分の事などただの友達で世話のかかるダメ男程度にしか見て居ないと思っていたため、恋愛関係になる訳がないと高をくくっていたのだった。ところがここで一からのタレコミを聞いて急に現実味を帯びてきた忍との恋愛成就を想像してなんとも言えないソワソワした気持ちに陥っていたのであった。
そんな二郎の心境の変化を感じ取った一が、少し肩の力を抜いて言葉を付け加えた。
「あぁ間違いないはずだ。少なくとも一昨日の金曜日、お前が怪我した忍を保健室へ運んでいったあの時までは間違いなく忍はお前の事を好きで居たはずだし、おそらく今もそれは変わらないはずだ。まぁ仮にそこから今日までの2日の間に何かとんでもない心境の変化とか、何かとてつもない出来事が起きて急に気持ちが冷めたって言うならあるいはという事もあるけど、まぁ十中八九その目はないと言えるだろう」
「マジか。本当にいいだな。お前を信じて」
「あぁ。俺を誰だと思っているんだ。これでも4年近くお前の親友をやっている一ノ瀬一様だぞ。俺の言葉を信じないで誰をお前は信じるってんだよ」
そう言って一は二郎の肩を軽く小突いて笑った。
「ふん・・・だな。分かったよ、親友。お前にそこまで言われて信じないわけにはいかないしな。・・・ありがとうよ、俺もいいかげん自分に正直になるとするさ」
そう言って二郎も一の肩を拳でコツンと叩き返事をすると、そこで張り詰めていた二人の間にいつも軽い空気が戻るのであった。
「そうか。それにしてもまだあの時の事をちゃんと謝れていないんだろ。早いところ謝って元鞘に戻れるようにしろよ」
「あぁわかっているさ。ちょうど今日帰りに忍に声を掛けて飯でも誘うつもりだわ。その時にちゃんと謝るし、チャンスがあれば色々と話したいと思っているよ」
「なら後は任せるぞ。それと実は昼からすーみんが試合を見に来るらしいんだわ。もし時間があったらその時に謝ってしまえよ。そうすれば来週頭からは元の俺らの関係に戻れるだろうし、エリーは多分忍とすーみんが許せば、自然と元に戻るだろうし、どうだ?」
「お、おう。すみれの奴、今日来るのか。そりゃ仲が良いこった。そうだな、チャンスがあったら声かけてくれ」
若干尻込みするも、この際勢いで拗れた人間関係をまとめて精算できるならその方が楽だと考えた二郎は一の提案を飲んで了解の意志を伝えた。
「OK!そんじゃ俺はこれで行くからな。残りの時間ちゃんと休んで第4試合と忍とすーみんへの謝罪に備えることだな」
そう言ってその場を離れていく一を尻目に二郎は一の言った言葉を改めて思い起こしながら、顔を緩めて拳を握ってつぶやいた。
「あいさ。・・・・・・・・・マジかぁ、ついに来たか、モテ期。・・・っしゃ!」
見た目には分からないまでも未だ興奮冷め止まずといった心境の二郎が一瞬黙り込んでいたのを心配して一が改めて二郎に声をかけた。
「お~い、二郎!どうしたいきなり黙り込んで。本当に大丈夫か?まぁ次の試合はこの分ではキツそうだし、大和にはあとで俺がお前の状態を話してやるから、きっちり休んでおけよ」
「お、おう、分かった。悪いな。お前も二試合連続で試合出たんだし、まだ少し時間あるんだからゆっくり休んでおけよ」
一の気遣いに素直に二郎も言葉を返すと、一が話題を替えようと話しを振った。
「おう、ありがとうさん。とまぁ前振りはこんなもので、本題に移りたいんだが、いいか?」
「本題?なんだ本題って?」
二郎は一が冗談交じりで話していた先程までとは変わって急に真面目な空気を纏って自分を見やるのを認めて、小さく息を吸い姿勢を整えた。
「忍の事だ」
「・・・・そう言うことか」
「そう言うことだ」
「それで忍がどうした」
短い会話の中でお互いの意志を確認した2人は覚悟を決めたように話し始めた。
「どうしたじゃないだろうが。この前の、金曜日のお姫様抱っこの件はどういうつもりだよ?お前は結局忍をどうしたいんだよ?」
「どうしたいって、どうもしねーよ。ただ忍が怪我をしたから保健室まで運んだ。別におかしいことはないだろう!」
「お前がそんなことを言っても周りはそうは思わないだろうが。女子達はあの後ソワソワしていて練習に身が入らないし、尊は心ここにあらずって感じだったし、隣のバド部の連中だって見てはいけないモノを見てしまったって感じで、なんとも言えない空気が体育館で広がる程度には大事だったんだぞ。それでも歩ちゃんと大和が試合前だからって、喝を入れてくれて何とか場が収まった位だからな。まったく今回ばかりはさすがの俺でも予想も出来ない出来事だったから、マジで驚いたんだぞ。だからせめてなんであんなことをしたのかを説明してくれたって良いだろう」
その時の事を思いだして顔をしかめる一に、二郎も改めて自分のしでかしたことが異常であったと実感して冷や汗を浮かべながら陳謝した。
「そう、だったのか。それは悪かったわ。別に周りを混乱させるつもりがあったわけじゃないんだぞ。正直俺も忍を抱っこして体育館を出るまでの記憶が曖昧で自分でもよくわからねーんだよ。だけど、本当に俺はただあいつの事を心配してやったわけ・・・・それだけなんだよ」
二郎の言葉を聞いて今度は呆れながらも好意的な笑みを浮かべて一が問うた。
「そうか、まぁ平常心じゃあんな大それた事は確かに出来んわな。しかし、俺はいよいよお前という男が分からなくなったぞ」
「なんだそりゃ。俺ほど素直で単純な男もいないだろうに、酷い言われようじゃないか」
一の言葉を冗談で二郎が返すと再び表情を引き締めて一が言葉を続けた。
「バカヤロウ。お前ほど友達やっていて読めない奴があるか。正直なところな、お前はあーだこーだ言っても忍の事を憎からず想っていると思っていたし、凜先輩とかレベッカちゃんとか四葉さんが居ても、お前は忍を一番に選ぶと思っていたから、だからダブルデートにも誘ったけど、結局あの日のお前の忍への態度を見て、やっぱり友達以上恋人未満な関係が良いのかって思っていたんだ。だけど、この前の忍のためになら周囲なんて気にしないであれだけの行動が取れる二郎を見て、やっぱりお前の中で忍は大きな存在なんだって思い知らされたよ」
「べ、別に俺はそんな・・」
「まぁ俺としてはお前も忍も大事な友人だ。だから出来れば上手くいって欲しいって思っている。だけどこればかりは当人達の問題だからあれこれ言わないようにしてきたけど、今回ばかりは言わせてもらうぞ。・・・・・・・二郎、いい加減ちゃんとしろよ!忍はお前を待っていると思うぞ。どんな結果になっても俺は何も言える立場ではないけど、少なくともちゃんとあいつの気持ちを受け止めてやれよ。それが男であるお前の責務だぞ」
一はこれまで二郎と忍を最も近くで見てきた。それは入学当初はただ同じクラスで同じ部活のクラスメイトという関係だった頃から今日この時までずっとだ。
入学して数ヶ月が経った頃には、忍がなにかと二郎に世話を焼くようになるも二郎がそれを煙たがって逃げ回っていた事も、何だかんだとお互いが名前で呼び合う仲になったことも、一は面白そうに2人を見守っていた。
秋から冬になる頃には忍の二郎を見る目が少しずつ変わっていく様子も、普段周りの人間と積極的に関わらない二郎が忍に対しては徐々に心を開いて行った様子も、気がつけば痴話喧嘩だと皮肉を言われる程度には2人が一緒に居ることが自然になっていった時も一番初めに一がそれに気付いた。
二年なるとデートではないにせよ夏休みに遊園地に行き何も言わないまでも自然と隣同士でジェットコースターに仲良く乗ったことも、忍が体調を崩したと聞いてなんだかんだ言いながら家まで二郎が見舞いに行ったことも、気まずい関係になった時にお互いが歩み寄って仲直りしてダブルデートに誘うまでの関係になったことなど、とにかく挙げたら切りが無いほど二郎と忍の2人の関係は深まっていた。そんな様子を一は最も近くで見ながらフォローを入れつつ、それでいて余計なお節介も焼きすぎずに絶妙な立ち位置で2人の間を温かく見守ってきていた。
そしてこれからも2人を見守るつもりでいたが、夏休みが終わってからの忍が一喜一憂し二郎を想って苦しむ姿や、それでいていつまでも鈍感を決め込みながらここ一番で訳の分からない行動を取る二郎を見て、そんな悠長な事も言っていられないかもと思い至っていた矢先に例の出来事が起きる。それが忍の身に降りかかった部活中のアクシデントだった。そんな中で二郎が堂々と部活の部員が全員いる目の前で忍を大事そうにお姫様抱っこしながら体育館を出て行く姿を見せられれば、誰であっても「お前ら早く付き合っちゃえよ!」と言いたくなる、そんな状況にまで事態は煮詰まっているんだと、言わざる終えないまでに一も追い込まれて居たのであった。
「なんだよ、いきなり怖い顔して。ちゃんとしろってどういうことだよ。それにまる忍が俺の事を好きみたいな物言いだが、そんなことをどうしてお前が分かるんだよ。あいつがそう言ったのか、違うだろう?」
そんなことをのたまう二郎を見て、ゆっくりと数回首を振った後、大きなため息を吐くと一はこの日一番の力を込めて二郎の頭をぶん殴った。
「ッて、お前いきなりなんてことすんだよ。マジで痛ーじゃねーかよ。クソ!」
二郎の泣き言を封殺するように一がふつふつとこみ上げる怒りを何とか押さえながらも二郎を睨み付けて言った。
「クソはお前だ、この鈍感ニブチンクソ野郎が!なんで分かるかだって?そんなも誰が見たって分かるだろうが。気付いてないのはお前だけだ、バカ野郎」
「マジギレかよ!なんでお前がそんなに怒ってんだよ。それにどうして当人の俺が分からんことをお前が分かるんだよ」
「普通の脳みそが入っている人間なら誰でも気付くだろうが、アホ!お前の頭の中はアンコでも詰まっているのか?はぁ~お前だって色々あいつの言動で不思議に思うことがあっただろう。どうして忍はお前に必要以上に世話を焼こうとするんだ?どうして忍はお前なんかと一緒に映画を見に行こうなんて思ったんだよ。どうして忍がお前とケンカをしたらバカみたいに落ち込むんだ?」
「それは・・あいつが世話焼きのお節介で・・・俺がどうしようもないぐーたらだから放っておけないとか・・・・」
「はぁ~、あのな。それじゃ聞くがな。忍がお前以外の奴にそんなことするか?」
「それはあれだ、部活の後輩とか、同級生の奴らにもよく世話を焼いたり面倒見が良かったりするじゃないか。そうだろう?」
「バカヤロウ!それは全部女子相手だろう。男子相手で忍が特別に目を掛けている奴なんて何処を探したってお前だけだろうが。それがどう言う意味かわからんのか?」
一の言葉に二郎は言葉を窮して口籠もった。
「それは・・・・だが・・・・」
「全くもう仕方ねーなぁ・・・」
そう言いながら一は一瞬この場には居ない忍に言葉を向ける。
(すまない、忍よ。このアホの友人として心から謝罪する。こいつは世界鈍感選手権日本代表を狙えるほどのクソ野郎だわ。だから俺から伝えるのは忍びないがここは俺がどうにかしてこいつに気付かせるから、どうかそれで許してくれ)
そう念じて一は再び覚悟を決めたように諭し始めた。
「二郎よ、一度しか言わんからよく聞け。いいか、お前の様なあまのじゃくで、いつもフラフラとしていて、つかみ所も無い鈍感野郎のことを、いつまでも見放さないで気に掛けてくれる女なんて普通いないぞ。じゃなんで忍がそんなお前のことをいつも気に掛けているのか。そんなモン決まっているだろう。忍はな、お前のことが好きなんだ。好きだから、お前がどうしようもないダメ男でも気になって仕方なくて、懲りずに世話を焼いて、ついつい言い過ぎちまってケンカになったりもするし、それで気まずくなると落ち込むし、仲直り出来れば上機嫌になるし、デートに行くなんてなれば気合いを入れてオシャレもするし、お前に嘘をつかれてデートをすっぽかされれば、そりゃ心底怒るし、それ以上に悲しむんだよ。お前が思っている以上にな、恋する乙女ってものは俺たち男どもには理解できない程、感情の起伏が激しいんだ。それに気付かないお前には忍の言動が理解出来ないのかも知れないけど、でもそれはお前が忍にとって特別だからだ。特別だから、お前にだけ忍は普段は誰にも見せない顔を見せるし、誰にも言わない事も言うし、しないこともするんだよ。それをどうして俺なんかよりも忍と長い時間一緒に居るはずのお前が気付かないんだよ、バカヤロウ!」
一はこれまで言いたくて、でも自分が言うべきではないと心に留めて居た言葉をこれでもかと、目の前の呆れるほど恋愛に鈍感なアホであり、そして、なんだかんだいっても放っておけない唯一無二の親友である二郎に言い放った。
「マジなのか・・・忍が俺の事を好きだって・・・本当にその言葉を信じて良いのか、一よ」
二郎は半信半疑で一の言葉を受け止めながらも、どこか体が沸き立つ様な感覚を持っていた。それもそうだった。つい数日前に二郎は忍への自分の気持ちを自覚し、忍の事を好きだと自分でもようやく認めていたからだった。しかし、いくら自分がそう思っても相手の忍が自分の事などただの友達で世話のかかるダメ男程度にしか見て居ないと思っていたため、恋愛関係になる訳がないと高をくくっていたのだった。ところがここで一からのタレコミを聞いて急に現実味を帯びてきた忍との恋愛成就を想像してなんとも言えないソワソワした気持ちに陥っていたのであった。
そんな二郎の心境の変化を感じ取った一が、少し肩の力を抜いて言葉を付け加えた。
「あぁ間違いないはずだ。少なくとも一昨日の金曜日、お前が怪我した忍を保健室へ運んでいったあの時までは間違いなく忍はお前の事を好きで居たはずだし、おそらく今もそれは変わらないはずだ。まぁ仮にそこから今日までの2日の間に何かとんでもない心境の変化とか、何かとてつもない出来事が起きて急に気持ちが冷めたって言うならあるいはという事もあるけど、まぁ十中八九その目はないと言えるだろう」
「マジか。本当にいいだな。お前を信じて」
「あぁ。俺を誰だと思っているんだ。これでも4年近くお前の親友をやっている一ノ瀬一様だぞ。俺の言葉を信じないで誰をお前は信じるってんだよ」
そう言って一は二郎の肩を軽く小突いて笑った。
「ふん・・・だな。分かったよ、親友。お前にそこまで言われて信じないわけにはいかないしな。・・・ありがとうよ、俺もいいかげん自分に正直になるとするさ」
そう言って二郎も一の肩を拳でコツンと叩き返事をすると、そこで張り詰めていた二人の間にいつも軽い空気が戻るのであった。
「そうか。それにしてもまだあの時の事をちゃんと謝れていないんだろ。早いところ謝って元鞘に戻れるようにしろよ」
「あぁわかっているさ。ちょうど今日帰りに忍に声を掛けて飯でも誘うつもりだわ。その時にちゃんと謝るし、チャンスがあれば色々と話したいと思っているよ」
「なら後は任せるぞ。それと実は昼からすーみんが試合を見に来るらしいんだわ。もし時間があったらその時に謝ってしまえよ。そうすれば来週頭からは元の俺らの関係に戻れるだろうし、エリーは多分忍とすーみんが許せば、自然と元に戻るだろうし、どうだ?」
「お、おう。すみれの奴、今日来るのか。そりゃ仲が良いこった。そうだな、チャンスがあったら声かけてくれ」
若干尻込みするも、この際勢いで拗れた人間関係をまとめて精算できるならその方が楽だと考えた二郎は一の提案を飲んで了解の意志を伝えた。
「OK!そんじゃ俺はこれで行くからな。残りの時間ちゃんと休んで第4試合と忍とすーみんへの謝罪に備えることだな」
そう言ってその場を離れていく一を尻目に二郎は一の言った言葉を改めて思い起こしながら、顔を緩めて拳を握ってつぶやいた。
「あいさ。・・・・・・・・・マジかぁ、ついに来たか、モテ期。・・・っしゃ!」
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