青春クロスロード ~若者たちの交差点~

Ryosuke

文字の大きさ
177 / 189
第7章

掛け違えたボタンたち⑧ ~憂慮、後輩の心、先輩知らず~

しおりを挟む
 一が二郎の元を離れてしばらくして、二郎が体育館裏で体力回復に努めようと仮眠をとっているところに、今度は意外な人物が現れ声を掛けた。

「あの~お疲れ様です」

 目を閉じていた二郎は自分に声を掛けられたとは思わなかったが、反射的にうっすらと人影を確認する様に目を開けるも我関せずと再び眠るように目を閉じた。

「いや、ちょっと山田先輩!今完全に私を確認したあとに無視しましたよね。本当は寝ていないのでしょ。ちょっと起きて下さいよ」

 その声に二郎は相手にするのが面倒くさそうに声をあげた。

「おーい、山田さん、この子があんたに用だとさ!」

「いやいや、山田さんは先輩でしょ!適当なことを言わないで下さいよ」

 あまりにぞんざいな扱いをする二郎に声を上げて反論すると二郎は仕方なく尋ねてきた相手を確認しようと顔を上げて言った。

「はぁ~え~っと、・・・・・・どちら様でしたっけ?」

「だから私ですって。どうして覚えていないんですか?」

「・・・洗い物に使う道具の・・」

「それはたわし!」

「うまい棒」

「それは駄菓子!」

「おでんに付けるのは」

「からし!」

「お相撲さんが付けるのは」

「まわし!」

 二郎のボケに鋭いツッコミを入れる相手を見て、二郎が感心するよう声を上げた。

「ほぉ~。なかなか良い反応だな!この鋭いツッコミは確か島田さんだったな」

「だから違いますって!三嶋です!ほんの二日前に気を失った忍先輩を一緒に保健室に運んだ女子バスケ部一年のあなたの後輩の三嶋ですよ、もう~」

「おぉそうだったな。ごめんな、島・・・じゃなかった、三嶋さん。それでどうした。何か用かい」

 わざとなのか、天然なのか自分の名前を一向に覚えそうもない二郎に美沙子はため息を付いて言った。

「はぁ~、もうそんなに覚えにくいならもう美沙子で良いですよ。もう山田先輩は本当に変な人ですね」

「そうか、そんじゃそう呼ばせてもらうよ。ミサミサ」

「いやいやいやいや、ミサミサなんて友達にも呼ばれたことありませんよ」

「え、そうなのか。確かにあまり友達とか居なさそうだもんな。悪いことしたな、ゴメンよ」

 何故か二郎に謝られる美沙子は腑に落ちない様子で否定して言った。

「いや、友達が居ない可哀想な子みたいな目で見ないで下さいよ。友達は美沙子って呼ぶからミサミサって呼ばれることがないだけで、友達が居ないわけじゃないですからね。と言うかこの会話一体何なんですか?全く話しが進まないんですけど、話しを進めても良いですか?」

 半泣き半ギレ状態一歩手前の美沙子を見て、これ以上苛めるのはさすがに可哀想だと思った二郎はようやく体勢を整えて美沙子との会話を受け入れた。

「ごめん、ごめん。なんだか君の反応が面白くてついな。それでどうしたんだ」

「もう、からかわないで下さいよ、先輩!それでその・・・えーっと、あー何を話そうとしたのか忘れちゃったじゃないですか。え~っと、あ、そうだ。あのことです。忍先輩のことですよ」

 ようやくひねり出した美沙子の問いに二郎は予想通りだと言わんばかりに返事した。

「まぁそうだろうな。それで忍がどうかしたのか?」

「それがどうもしないんですよ。誰も何もこの前のことを話さないんですよ。だから二郎先輩が忍先輩のためにしたことに忍先輩は気付いて居ません。・・・たぶん」

 美沙子は二郎と共に忍を保健室に運んだ時、この日起こったことに二郎が関わったことを秘密にしておくように二郎から頼まれていた。それは二郎なりの忍への配慮であったが、美沙子にしてみれば忍に嘘をつくことに消極的だったし、二人の関係を察して正直に話した方が良いのではと考えていた。しかし、あれだけ大勢の人間が目撃したことだったので、数日もすれば自然と忍の耳に入るだろうと高をくくっていたため、その場では二郎の言葉に従って忍を保健室に運び介抱したのは尊と歩という事で話しを合わせていたのだった。

 そして迎えた練習試合当日朝。お暇様抱っこの件があってから、初めて部員達の前に忍が姿を現したこの日、誰かしらが冗談交じりであの日二郎と何があったのかと忍に話し掛けると思っていたところで、女子バスケ部全員に対して忍からの謝罪があった。

 それは練習試合前に自分のせいで迷惑を掛けた事への謝罪と自分がいなくなった後もきっちり練習を続けてくれた事、そして、自分に対する配慮に対する感謝を伝えて、その後感極まった忍が部員に対してどれだけ信頼を向けていか、そして今後どれだけ部活に真剣に取り組んでいくかを、他者が聞けば恥ずかしくなるような本気の言葉で演説し始めたのであった。

 それを聞いた部員達は正直なところ二人の関係を邪推してソワソワしていたが、本来は恋愛に疎く部活命の人が集まっていた事もあって、忍の熱い言葉を聞いたあとは恋愛脳から部活脳にすっかり切り替わるのであった。そんなこともあって誰もあの日の事を忍に話すことも陰口を言うこともなくなっていたのだった。
 
 それは結局のところ二郎が主張したことが忍の心の負担を減らし、逆に部の結束を高める事になったと理解した女子部員達は、二人の関係をあれこれ言うのは無粋だと感じ、今まで通りそっと見守っておこうと思わせたのであった。

 ところがそう言った気遣いが今回ばかりは裏目に働くのであった。というのも、結局未だに二郎が体を張って忍を守り、介抱したことを忍本人が知らないままにさせたからだった。しかも、怪我をしても気遣いの言葉もかけず、心配して連絡一つもくれず、未だに関係が拗れた状況になっていると忍に思わせ、さらには当然その事実を知らないすみれも二郎の冷たい態度に激怒していたからだった。そして忍が怪我をした日のその晩、悪化した関係を愁う忍にすみれは劇薬となる助言を与えていたのであった。

 そんな大事が水面下で起こっているとは知らない美沙子ではあったが、保健室での二人のやり取りを見て、二人の浅からぬ関係を察してお節介かもと思いながらも二郎に現状を伝えるのであった。

 それを聞いた二郎は数瞬の間のあとで、普段は滅多に見せない穏やかな表情を見せた。

「・・・うんうん、そうか。まぁあいつが普段のままで居られているならそれが一番だし、元々今回の事で忍に貸しを作ろうとも思ってないから、このまま知らないままで良いんじゃないか」

「でも、良いんですか、本当にこのままで。忍先輩は山田先輩がしてくれたことを知らないままになっちゃいますよ」

「まぁ大丈夫だよ。それに俺みたいな変な先輩の事を心配してくれてありがとうな。あれだな、ミサミサはなかなか気遣いの出来る優しい子だな。きっと良い嫁、良い彼女になるな。てか、今恋人とかは居るのか?性格が良い分ダメ男に騙されそうで心配だな、交友関係には気をつけた方が良いぞ。その辺父さん心配だぞ」

 今まで見た事もない優しげな二郎の言葉に若干はにかむ表情を見せていた美沙子だったが、最後の最後で何故娘を心配する父親プレイを始めた二郎に呆れて言い返した。

「恋人なんていませんよ!もうせっかく心配してあげたのに急に茶化して酷いです。もうどうなったって知りませんからね。それと急に変な事を言わないで下さい。正直気持ち悪いですって!!」

「痛てっ!いきなり蹴るなって。まったく一応俺先輩だぞ!おーいミサミサ~ゴメンって、そんな怒るなって。おーい、許してくれ~」

(むむむ、人の心配も知らないでこの男は!今なら忍先輩の口癖がどうしてあの言葉か分かる気がします。本当にこの人はバカですよ)

「うるさいですって!恥ずかしいから大声でミサミサって呼ばないでくさいよ。二郎先輩のバーカ!」

 さんざんからかわれた腹いせに二郎の足にガツンと蹴りを入れた美沙子はそのまま二郎の元を離れって行ったものの、その表情は言動とは裏腹に少し笑っているようだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小学生をもう一度

廣瀬純七
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

付き合う前から好感度が限界突破な幼馴染が、疎遠になっていた中学時代を取り戻す為に高校ではイチャイチャするだけの話

頼瑠 ユウ
青春
高校一年生の上条悠斗は、同級生にして幼馴染の一ノ瀬綾乃が別のクラスのイケメンに告白された事を知り、自身も彼女に想いを伝える為に告白をする。 綾乃とは家が隣同士で、彼女の家庭の事情もあり家族ぐるみで幼い頃から仲が良かった。 だが、悠斗は小学校卒業を前に友人達に綾乃との仲を揶揄われ、「もっと女の子らしい子が好きだ」と言ってしまい、それが切っ掛けで彼女とは疎遠になってしまっていた。 中学の三年間は拒絶されるのが怖くて、悠斗は綾乃から逃げ続けた。 とうとう高校生となり、綾乃は誰にでも分け隔てなく優しく、身体つきも女性らしくなり『学年一の美少女』と謳われる程となっている。 高嶺の花。 そんな彼女に悠斗は不釣り合いだと振られる事を覚悟していた。 だがその結果は思わぬ方向へ。実は彼女もずっと悠斗が好きで、両想いだった。 しかも、綾乃は悠斗の気を惹く為に、品行方正で才色兼備である事に努め、胸の大きさも複数のパッドで盛りに盛っていた事が発覚する。 それでも構わず、恋人となった二人は今まで出来なかった事を少しずつ取り戻していく。 他愛の無い会話や一緒にお弁当を食べたり、宿題をしたり、ゲームで遊び、デートをして互いが好きだという事を改めて自覚していく。 存分にイチャイチャし、時には異性と意識して葛藤する事もあった。 両家の家族にも交際を認められ、幸せな日々を過ごしていた。 拙いながらも愛を育んでいく中で、いつしか学校では綾乃の良からぬ噂が広まっていく。 そして綾乃に振られたイケメンは彼女の弱みを握り、自分と付き合う様に脅してきた。 それでも悠斗と綾乃は屈せずに、将来を誓う。 イケメンの企てに、友人達や家族の助けを得て立ち向かう。 付き合う前から好感度が限界突破な二人には、いかなる障害も些細な事だった。

クラスで1番の美少女のことが好きなのに、なぜかクラスで3番目に可愛い子に絡まれる

グミ食べたい
青春
高校一年生の高居宙は、クラスで一番の美少女・一ノ瀬雫に一目惚れし、片想い中。 彼女と仲良くなりたい一心で高校生活を送っていた……はずだった。 だが、なぜか隣の席の女子、三間坂雪が頻繁に絡んでくる。 容姿は良いが、距離感が近く、からかってくる厄介な存在――のはずだった。 「一ノ瀬さんのこと、好きなんでしょ? 手伝ってあげる」 そう言って始まったのは、恋の応援か、それとも別の何かか。 これは、一ノ瀬雫への恋をきっかけに始まる、 高居宙と三間坂雪の、少し騒がしくて少し甘い学園ラブコメディ。

カオルとカオリ

廣瀬純七
青春
一つの体に男女の双子の魂が混在する高校生の中田薫と中田香織の意外と壮大な話です。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...