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自分は大事なものを見つけると、自分の外に出る。
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自分は大事なものを見つけると、自分の外に出る。
ものすごく極端な例になってしまうのだが、例えば、自分の大切な人や愛する人が、誰かに殺されたとして、しかもそれはとても残虐非道なやり方で、恐ろしい方法で殺されたとして、そんなニュースを見たあなたはその犯人に対してどう思うだろうか。
ひどく胸を痛めながら、きっと、どんな手を使ってでも報復してやりたい、復讐したいと思うのではないだろうか。怒りや憎しみに全身を乗っ取られて、グツグツと煮えたぎるマグマのような怒りがあなたの身も心も焼き尽くすのではないだろうか。
同じように、事件があったとして、今度はその被害者が知らない人、垢の他の他人だった場合はどうだろう。
この場合は、前者の時とは違って、怒りというよりは、悲しみや恐怖、嫌悪感などの感情の方が強く出てくるように思う。
悲惨なことがあったことに対してはやはり胸を痛めるが、その被害者が全くの知らない人だった場合は自らの手で報復しようとまでは思わないのではないだろうか。
この差はなんだろう。同じ事件が起きたとして、その被害者が自分の大切な人(親、子供、恋人、親友など)と全くの赤の他人との場合で、自分の中にわき起こる感情がこうも違うのはなぜなのだろう。似ている部分、悲しみや恐怖などは共通するかもしれないが、やはり、“相手が誰であるか”によって、感じるものも、わき起こるものも、絶望具合も変わってくるように思う。この差は、相手に対する“愛の差”である。
愛というのは、オキシトシンというホルモンが関係している。オキシトシンは、“愛と排他”の感情である。
人は愛が強くなればなるほど、それを傷つけられたり奪われたり失ったりすると、とほうもない悲しみに襲われ、突き刺すような痛みと喪失感、そして、それが悪意のある誰かの手によって奪われたのであれば、敵の排除、つまり復讐の鬼と化してもおかしくはない。
私は、愛する人というのは、なにか自分の核の部分が私から出て、その人が私の核を持ってしまっているように感じる。
だから自分が殴られるよりも、自分の好きな人が傷つけられる方が痛いということがある。
よくドラマや映画なんかで、好きな人や大事な人が拷問される場合、その人を殴るなら代わりに俺を殴れ!というようなシーンがあったりするが、こういったシーンの時に、私は『自分が自分の外に出る』という感覚を覚える。
他にも、何かに夢中になっている時、映画に夢中、誰かに夢中、なんでもいいのだが、とにかくなにかに夢中になっているときなんかも、自分は今自分の外に出ていると感じることがる。
人間は、自分の外に出て初めて自分の枠を超える生き物なのではないだろうか。
では、逆に自分の内側に潜って行ったらどうなるのか。私は私のために生きる、私、私、私とは何か、私は誰か、私の幸せは....そうやって私を追求した先にあるのは、病であり、狭くなった視野であり、歪んだ暗い、希望のない場所なのではないかとも思う。だから内省はやりすぎは禁物なのだ。内省に内省を重ね、自分自身の正体を暴いてやろうと神経の中まで潜り込もうとした人たちのたどり着く先は自死であることが多い。
幸福とはなんだろうかというのは時折考える。それはやはり、『自分の外に出る』というのが一つのキーワードなのではないだろうか。古い言葉に『胡蝶の夢』という言葉がある。中国の荘子という人が、うとうとと昼寝をした時の話である。夢の中で、荘子は蝶になっていたのだ。だが、目を覚ましてみると、私が蝶だったのか、それとも蝶が私だったのか、いまとなってはわからない。というもの。
大事な人ができると、私の核、芯のようなものが相手のものになってしまうように、私は私の外に出る。
私はあの人のものであの人は私のものなのか、なにかがあべこべになる瞬間である。自分のことが自分だけのことではないということである。
自分は大事なものを見つけると、自分の外に出るのである。
ものすごく極端な例になってしまうのだが、例えば、自分の大切な人や愛する人が、誰かに殺されたとして、しかもそれはとても残虐非道なやり方で、恐ろしい方法で殺されたとして、そんなニュースを見たあなたはその犯人に対してどう思うだろうか。
ひどく胸を痛めながら、きっと、どんな手を使ってでも報復してやりたい、復讐したいと思うのではないだろうか。怒りや憎しみに全身を乗っ取られて、グツグツと煮えたぎるマグマのような怒りがあなたの身も心も焼き尽くすのではないだろうか。
同じように、事件があったとして、今度はその被害者が知らない人、垢の他の他人だった場合はどうだろう。
この場合は、前者の時とは違って、怒りというよりは、悲しみや恐怖、嫌悪感などの感情の方が強く出てくるように思う。
悲惨なことがあったことに対してはやはり胸を痛めるが、その被害者が全くの知らない人だった場合は自らの手で報復しようとまでは思わないのではないだろうか。
この差はなんだろう。同じ事件が起きたとして、その被害者が自分の大切な人(親、子供、恋人、親友など)と全くの赤の他人との場合で、自分の中にわき起こる感情がこうも違うのはなぜなのだろう。似ている部分、悲しみや恐怖などは共通するかもしれないが、やはり、“相手が誰であるか”によって、感じるものも、わき起こるものも、絶望具合も変わってくるように思う。この差は、相手に対する“愛の差”である。
愛というのは、オキシトシンというホルモンが関係している。オキシトシンは、“愛と排他”の感情である。
人は愛が強くなればなるほど、それを傷つけられたり奪われたり失ったりすると、とほうもない悲しみに襲われ、突き刺すような痛みと喪失感、そして、それが悪意のある誰かの手によって奪われたのであれば、敵の排除、つまり復讐の鬼と化してもおかしくはない。
私は、愛する人というのは、なにか自分の核の部分が私から出て、その人が私の核を持ってしまっているように感じる。
だから自分が殴られるよりも、自分の好きな人が傷つけられる方が痛いということがある。
よくドラマや映画なんかで、好きな人や大事な人が拷問される場合、その人を殴るなら代わりに俺を殴れ!というようなシーンがあったりするが、こういったシーンの時に、私は『自分が自分の外に出る』という感覚を覚える。
他にも、何かに夢中になっている時、映画に夢中、誰かに夢中、なんでもいいのだが、とにかくなにかに夢中になっているときなんかも、自分は今自分の外に出ていると感じることがる。
人間は、自分の外に出て初めて自分の枠を超える生き物なのではないだろうか。
では、逆に自分の内側に潜って行ったらどうなるのか。私は私のために生きる、私、私、私とは何か、私は誰か、私の幸せは....そうやって私を追求した先にあるのは、病であり、狭くなった視野であり、歪んだ暗い、希望のない場所なのではないかとも思う。だから内省はやりすぎは禁物なのだ。内省に内省を重ね、自分自身の正体を暴いてやろうと神経の中まで潜り込もうとした人たちのたどり着く先は自死であることが多い。
幸福とはなんだろうかというのは時折考える。それはやはり、『自分の外に出る』というのが一つのキーワードなのではないだろうか。古い言葉に『胡蝶の夢』という言葉がある。中国の荘子という人が、うとうとと昼寝をした時の話である。夢の中で、荘子は蝶になっていたのだ。だが、目を覚ましてみると、私が蝶だったのか、それとも蝶が私だったのか、いまとなってはわからない。というもの。
大事な人ができると、私の核、芯のようなものが相手のものになってしまうように、私は私の外に出る。
私はあの人のものであの人は私のものなのか、なにかがあべこべになる瞬間である。自分のことが自分だけのことではないということである。
自分は大事なものを見つけると、自分の外に出るのである。
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