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"ウィリアム・ブレイク"という男
しおりを挟むウィリアムブレイクは詩人であり画家でもある。
映画『羊たちの沈黙』にでてくる、レクター博士も影響された人物。
羊たちの沈黙の前作、『レッド・ドラゴン』に名前が出てきて、
そこから興味を持って調べることに....
知れば知るほど、興味深い方なのである。
【 - William Blake - 】
ウィリアム・ブレイクについて
( 1757/11/28 - 1827/8/12 享年69歳 )
・ブレイクは産業革命期のロンドンに生きた芸術家
イギリスの詩人、画家、銅版画職人
ロマン主義、象徴主義的、シュルレアリスム的
- ブレイクは生きている間は日の目を見ない芸術家であった -
彼は先鋭的で、特異で、哲学的で、神秘的すぎたのだ。
彼と同時代を生きた人々からすれば、理解不能。
もはや狂人にすぎなかった。
はじまりの歌
吟遊詩人の声を聞け
過去、現在、未来を見通し
その耳はとらえたのだ
聖なる言葉を
古の木々の森をこだまする声を
その声は異教の魂に呼びかけ
草のしずくにも染み渡り
星々のきらめく
北極を動かし
落日をもよみがえらせるのだ
大地よ、戻れ大地よ
しずくに濡れた草から立ち上がれ
夜は去った
朝日が昇る
まどろみのうちより目覚めて
もはや去ることをやめよ
去ることはやめて
夜明けの星を眺め
水辺に立ちつくせ
すっかり夜が明けるまでは
ブレイクは靴下商人の父親ジェイムスとキャサリンの間に
7人兄弟の3番目に生まれた。
ロンドンのピカデリーにあるセント・ジェームズ教会で洗礼を受け、
幼少期からすでに詩や絵の才能を示し、絵画の学校に通っている。
ブレイクが10歳の頃、ストランドにあるパースの
美術学校でドローイング科に入学する。
スクール・ボーイ
僕は夏の夜明けに起きるのが好きだ
小鳥たちは木の枝でさえずり
遠くからは狩人のホルンが聞こえ
ひばりも僕も歌を歌う
なんて素敵な仲間なんだ
でも夏の朝に学校へ行くのは
なんていやなことだろう
鵜の目鷹の目に監視されて
僕らは一日を過ごさなきゃならない
ため息ついたり びくびくしながら
机に向かってかがみこみ
不安な時間を過ごさなきゃならない
ノートブックなんか糞食らえだ
教室にうずくまってるのはうんざりだ
つまんないことばかりで時間がたつ
小鳥は飛び回るために生まれてきたのに
籠に閉じ込められたら可哀そう
子どもだって同じことさ
びくびくしながら いじけてないで
子どもらしく遊びたいもの
父さん母さん 蕾を摘んで
花を台無しにしないでおくれ
やわらかい葉を刈り取って
繁るのをやめさせないで
たとえそれらのためだと思っても
夏の日が喜びにあふれ.
果物がたわわに実り
季節の収穫を取り入れ
実りの年を祝福できるように
冬の突風を吹き飛ばそう
トラ
トラよ、夜の森に
火のように輝くトラよ
如何なる手 如何なる目が
汝の恐ろしき躯体を作ったか
遠く離れた海や空でも
汝の目の 炎は燃える
如何なる翼 如何なる手が
輝く炎をとらえるだろうか
如何なる力 如何なる技が
汝の勢いを制するだろうか
汝の心臓が脈打つときの
四肢の力の何たる強さぞ
汝を鍛えたハンマーにチェイン
汝の頭を鍛えた炉よ
きつく握った鉄床が
汝を恐ろしい姿に仕上げた
星々が光芒を放ち
天空を涙で潤すとき
神は自らの業を愛でられた
子羊をつくった神こそが汝の創造主なのだ
トラよ、夜の森に
火のように輝くトラよ
如何なる手 如何なる目が
汝の恐ろしき躯体を作ったか
この詩を理解するには、ブレイクの思想を理解しなければならない。
彼には一旦滅びた生命界が神の意思によって再創造されたという
思想がある。つまり、その創造は、一方では子羊のようなものを生むと
ともに、トラのようなものも生んだ。
1772年8月4日、彫刻家のジェイムス・バーシアの元に弟子入りし、
銅版画家、挿絵画家として生計を立てていた。
およそ7年の修行を得て、21歳でプロの彫刻家となった。
が、のちに師とは対立する。
ブレイクは芸術的敵対者のリストに師バジールの名前を書き、
あとで消してもいる。
・無垢と経験の歌(詩) - 1787年頃
Night 夜
日が西に沈むと
宵の明星が輝きだし
鳥たちが巣にうずくまる
私もねぐらを求めよう
月が花のように
天の一角にさしかかり
静かな喜びに満ちて
夜に微笑みかけている
おやすみ 草原や木陰のものたちよ
羊の群がざわめいていたところ
子羊が草を食んでいたところには
天使たちが隊列をなし
見えない姿で歩きながら
みんなを祝福して回る
一つ一つのつぼみや花びら
眠れるものたちのふところを
寝静まった巣を覗き込むと
そこには鳥たちがうずくまる
天使は洞窟の獣たちにも
無事であるように気を配る
物音が聞こえてくるのは
寝息の音に違いない
天使はさらに眠りを吹き込み
獣たちのそばに腰掛ける
狼やトラたちがほえると
天使は哀れみながら立ち上がり
獣たちの渇きをいやしてあげる
羊たちを襲わないように
それでも獣たちが突進すると
注意深く立ちはだかり
その心に訴えかける
仲良く穏やかに生きようと
ライオンはその輝く目から
黄金の涙を流し
か弱きものの叫びを聞くと
羊の群の周りを歩み
天使に感謝の言葉をささげた
“天使たちの導きによって
猛々しき心は去った
我らは不滅の日を生きていこう
“汝ら 哀れな子羊たちよ
汝らとともに横たわって寝よう
かの天使たちを思い描きながら
汝らとともに草を食もう
命の水で清められた私は
黄金のタテガミもふさふさと
永遠に輝き続けるだろう
汝らのための守護者として“
Songs of Innocenceより
Night William Blake (英語)
The sun descending in the west,
The evening star does shine;
The birds are silent in their nest.
And I must seek for mine.
The moon like a flower.
In heaven's high bower,
With silent delight
Sits and smiles on the night.
Farewell, green fields and happy groves,
Where flocks have took delight;
Where lambs have nibbled, silent moves
The feet of angels bright;
Unseen they pour blessing.
And joy without ceasing,
On each bud and blossom,
And each sleeping bosom.
They look in every thoughtless nest,
Where birds are cover'd warm;
They visit caves of every beast,
To keep them all from harm;
If they see any weeping
That should have been sleeping
They pour sleep on their head
And sit down by their bed.
When wolves and tygers howl for prey,
They pitying stand and weep;
Seeking to drive their thirst away.
And keep them from the sheep.
But if they rush dreadful,
The angels, most heedful,
Receive each mild spirit,
New worlds to inherit.
And there the lion's ruddy eyes
Shall flow with tears of gold.
And pitying the tender cries,
And walking round the fold,
Saying "Wrath, by his meekness,
And, by his health, sickness
Is driven away
From our immortal day.
"And now beside thee, bleating lamb,
I can lie down and sleep;
Or think on him who bore thy name,
Graze after thee and weep.
For, wash'd in life's river,
My bright mane for ever
Shall shine like the gold
As I guard o'er the fold."
ブレイクの幼少期エピソード
深夜に家の庭の木に天使が舞い降りてキラキラ輝いているのを
見たと語っている。
・幼少期から幻視がはじまっていたのだ
笑いの歌 Laughing Sand
緑の森が喜びの笑い声で包まれるとき
小川が漣を立て笑いながら流れるとき
大気が陽気な人々の笑い声で満ちるとき
そして緑の丘が笑いざわめいてゆれるとき
牧場が生き生きした緑の笑いで輝くとき
ばったたちが陽気に笑って跳ねるとき
メリーと スーザンと エミリー
そろって口を丸めて歌うよ “わっ はっ は”
絵の中の小鳥たちも 木陰で歌う
テーブルの上にはチェリーやナッツ
みんなここへ集まって一緒に歌おう
素敵なコーラス “わっ はっ は”
ブレイクは修道院でスケッチをしていると、ウェストンミンスター学校
の生徒らにからかわれることがあったという。それに怒ったブレイクは
少年を現場の足場から地面に叩き落としたことがある。
ブレイクは修道院で幻視を見たとも話している。
1779年10月8日
ブレイクはストランド近郊のオールド・サマセット・ハウスにある
ロイヤル・アカデミーに入学
学校の初代学長ジョシュア・レイノルズの『言説集』にて
「抽象化、一般化、分類への気質は、人間の心の偉大な光栄である」
と書いてある。これに対しブレイクは、
「一般化することは愚か者になることであり、特定化することは
功利の単独の区別である」としている。
ここで王立アカデミーの院長であるレイノルズとこと如く対立してしまった。
ブレイクは、聖書の影響を受けており、さらに15世期の偉大な彫刻家
ミケランジェロやラファエロなどの古典的で綿密な芸術を好んだとされる。
病める薔薇
病気のバラよ
眼には見えない子虫めが
夜の闇にまぎれ嵐のような羽音をたてては
お前のところに飛んでくるや
緋色に輝き喜びに満ちた
お前の花びらをベッドにしたのだ
虫の暗くてひそかな愛が
お前の命を滅ぼしたのだ
おお 薔薇よ おまえは病んでいる!
嵐の吼(ほ)える
夜中に飛ぶ
目に見えぬ虫が
おまえの寝床を見付けた──
くれないの喜びの──
そして その虫の暗い 秘められた愛は
お前のいのちを滅ぼす。
おお、薔薇よ、病める美。
嵐の夜、うなる風に
飛ばされてきた
目に見えない虫が
お前の深紅の歓びに酔い
住みついてしまった。
彼の暗いひそかな愛が
お前の命を確実に奪う。
The Sick Rose
O Rose thou art sick.
The invisible worm.
That flies in the night
In the howling storm:
Has found out thy bed
Of crimson joy:
And his dark secret love
Does thy life destroy.
ブレイクは、人間の世界に両面があることを肯定した。
鋭い直感力で捉えて豊かな詩的表現で、それを残した。
「マルコによる福音書」第9章44説
「地獄では、うじが尽きず、火も消えることはない」
からだ。「虫」(worn)のイメージを踏まえて
先輩詩人でもあり政治家のマーベルも歌い上げている。
Andrew Marvell (1621-78)
To his Coy Mistress の中で ー then worms shall try
that long-preserved virginity と。
これは、はにかみ恋人が死ぬのと、「虫たちがその永遠の処女を
犯すであろう」という意味である。
予言者ブレイクもまた、マーベルの詩「死んだはにかみがちの恋人の
処女を犯す虫」のイメージを下敷きにしている。
虫は薔薇の花びらを食い荒らし続けることによって、薔薇の少女の
苦しみと悲しみが残酷にして無慈悲に、かつ、哀れ深く切実に
歌い納められている。
聖書の「詩篇」 The Book of Psalmsの第22篇第6節に
But I am a worm, and no man.
a reproach of men, and despised of the people.
と明記されているダビデのうた声に耳を傾けるブレイクもまた、
「わたしは虫であって、人ではない。
人にそしられ、民に侮られる」
という身の上の哀れな自分自身と切切の声を高らかにしている。
ゆりの花
慎ましやかなバラにはとげがある
おとなしい羊も大声を立てる
白ゆりは愛の喜びにひたりながら
とげや大声が美しさを損なうことはない
The Lilly William Blake
The modest Rose puts forth a thorn:
The humble Sheep, a threatning horn:
While the Lilly white, shall in Love delight,
Nor a thorn nor a threat stain her beauty bright
大地の答
大地が首をもたげる
恐れと悲しみの闇から
大地から光は消えた
岩のように硬い恐怖よ!
大地は灰色の絶望につながれたままだ
―私は水際につながれている
嫉妬の神が私の洞穴を
冷たくまた不毛にする
涙にくれた私には
古代人の父 神の声が聞こえる
人間たちの仮借なき父
残忍で嫉妬深い暴君の声
交わりの喜びも
夜の闇に包まれずしては
新たな命を育めないのか
花ほころびる春になっても
季節は喜びを運んでこない
種まく人は
夜 種をまき
農夫は闇に耕すのだろうか
私の骨を締め上げている
この重い鎖を断ち切ろう
虚栄の暴君
破滅をもたらすもの
自由な愛を妨げているものを
こだまする野辺
日が昇り
空が明るみ
鐘が鳴って
春を迎える
ひばりやつぐみ
藪の鳥たち
大声で歌うよ
鐘の音にあわせて
子どもらは戯る
こだまする野辺に
オールド・ジョンは
愉快に笑う
樫の木陰で
仲間とともに
僕らを見ては
大人は言うんだ
楽しい眺めじゃ
子どもの頃に
わしらも遊んだ
こだまする野辺に
子どもたちの
元気がなくなり
日が沈むと
遊びは終わり
母親を囲んで
子どもたちが
小鳥のように
集まってくると
遊びは終わって
野辺も暗い
・『アジア』
『アジア」は、1795年に刷られたブレイクの『ロスの歌』の第2セクションであり、
第1セクション の『アフリカ』とペアになっている。
『アジア』のセクションでうたわれていることは、実はジョージ3世時代のイギリスの現実その ものなのだ。ジョージ3世は1760年に即位し,1820年まで生きて王位にあったが,1811年から発狂し、そのため彼の長男で、のちのジョージ4世となる王子が同年から父王の死の年まで摂政を努めた。
ジョージ3世の最晩年にはシェリーが1819年8月16日にマンチェスターのセントピータ ーズ広場でおこった「ピータールー虐殺」事件に怒って,「1819年のイングラソド」という詩を書き、この王のことを「死にかけた王」と罵倒することになるが、ジョージ3世は1795年の時点でのブレ イクにとっても明らかに非難すべき王であった。
飽食の繁栄に日を送り
甘い歌声に夜を過ごしながら
国王は飢饒を荒地から
坊主どもは疫病を沼地から呼び寄せるにきまっている
山や野に住む人びとは
自由を奪われ 不安におびえ やせ細るほかはない
~ 時代背景 ~
近年では17世紀からという噂もあるが、18世紀後半からイングランドの
東部イーストアングリアの軽い土質の地域では、ノーフォーク農法
というものがかなり普及していた。
栽培 改革と,フランドルから輸入されたカブの導入によって、良好な耕土がつくりあげられた。
ことにカブはつねに手による除草を必要としたので、よい耕土が育ったのである。
またカブは冬のあいだ家畜 のための十分な飼料となった。
このためイングランドの東部では穀物の生産量が驚異的に増加したのであった。
しかし、イングランドの中部や西部ではこのような東部の情況に対抗することができず、
耕作は衰え、牧畜への転向が目立っていった。
一方イギリスの農業を語る場合、見逃すことができないのは囲い込みといわれる動きである。
すでに16世紀の前半に第1次囲いこみといわれるものがあって、それは耕地の牧地化という
ことであり、イギリスの重商主義の影が大きくさしてきたことを意味するものだった。
そのために、薪をとったり家畜を放し飼いしたりすることができた共有地がなくなり、
貧農は生活の基盤を失うことになった。
18世紀にはその後半 - 1764年から80年までと、1793年から1815年までの間に2回に渡っていわゆる農業革命といわれるものが起こり、食糧増産の為に国家権力の支持を受けて集中的な囲いこみ、つまり「議会囲いこみ」といわれるものが押し進められた。
臨時摂政は勤勉な人びとに
貧困という止めぐつわをかませるにきまっている
おかげで労働の価値は固定させられ
寓話的な富が捏造される
国家機密に関係する知恵袋たちは
栄華と自堕落の夜を送りながら
都市に火災を
煙のくすぶる廃虚の山を呼び寄せる
ブレイクはこの時代、国家権力につながる者がはっきりと犯罪といえる行為にまで
手を染めてい ることをあばいている。1790年代の初期には都市での放火が多かったが、
国王と教会が放火犯を裏 で唆かして、彼らからみると「過激派」でしかない
思想家や活動家たちを攻撃させたのだった。
パンは都市から断ちきられると
心の誇りは挫け 目の活力は かき消され
鋭敏な耳はすでにその幼児期に 鈍化させられ
鼻孔は塞がれてしまうだろう
こうして死すべきあわれな人間たちは
墓の門からつづいている道を教わるだろう -
奴隷貿易には反対を唱えながら奴隷解放には反対というウィルバーフォースのような人もいた。
フランス革命に共感する人たちがいるいっぽうで、いっさいの社会的差別の撤廃をめざす
その平等主義に恐怖を感じる人たちもいるようだった。
この時代、重商主義と産業革 命が急速に進み、紳士階級以上の人と身分の低い、貧しい人々との
あいだに距離ができてしまって、階級間の不信とか憎しみといったような意識が急速に芽ばえて
きていたのかもしれない。そこから思想家や知識人のなかの分裂や混乱も生まれていた。
ブレイクにもこういう事態に対する洞察があったのだろう。そのうえで、
啓蒙主義時代の思想家や知識人たちの煮えきらない態度に分裂した行動、
ご都合主義といったものをセオトーモンの姿のなかに写しだしたのだろうか。
他の人の苦しみ
他の人の苦しみをみて
悲しまずにはいられようか!
他の人の嘆きをみて
救わずにはいられようか!
他の人の涙をみて
悲しみを分かたずにいられようか!
自分の子の泣くのをみて
父親は平気でいられようか!
幼い子がおびえているのに
母親は座っていられようか?
いいえ そんなことはない!
そんなことはありえない!
世界に微笑み給う神が
ミソサザイの悲痛を聞き
小さな鳥の嘆きを聞き
子どもが痛みに耐えるのを聞いて
巣の傍に近づいて
ミソサザイを胸に抱き
ゆりかごの傍に近づいて
子どもの痛みを分かち合い
夜昼ふたり寄り添って
一緒に泣かないでいられようか?
いいえ そんなことはない!
そんなことはありえない!
神は喜びを与え給う
神は小さな子どもになり給う
神は苦悩の人とならせ給う
神は悲痛を分かち給う
深くため息をつきながら
神はいまさずと思うなかれ
辛い涙に咽びながら
神がいまさずと思うなかれ
神は喜びをもたらし給い
我らの苦悩を払い給う
我らの苦悩が消え失せるまで
我らとともにあらせ給う
聖なる木曜日
聖なる木曜日、無垢で清らかな顔を並べ
二人づつ列を組んで、赤、青、緑の子どもたちが行く、
先導するのは牧師さん、白い杖をつきながら
セント・ポールのドームの中に、テムズのように流れ込む
何と大勢の子どもたち、ロンドンに咲いた花々のようだ!
仲良く一緒に座った顔には、喜びが輝いている
ドームの中はざわめきあふれる、子羊たちのざわめきだ
何千という少年少女が、かわいらしい手を上げた
突風の音のような、歌声は天にも響け
雷鳴のようなハーモニーは、はるかな天の祭壇に届け
ともに並んだ老人たちは、貧しい者たちの護民官
憐れみに満ちた人々は叫ぶ、子どもたちよ天使たれ
※聖なる木曜日とは、ロンドンのセント・ポール寺院で催される
年中行事のこと。「キリスト昇天の日」ともいう。
イエス・キリストに感謝を捧げる日。
黒人の少年
僕の母さんは南の土地で僕を生んだ
僕は黒い でも心は白いんだ
イギリスの子どもは天使のように白いけれど
僕は黒い 明るさを抜かれたみたいに
母さんは木陰で僕に教えてくれた
まだ暑くなる前に木の下に腰掛けると
母さんは僕を膝の上に抱いてキスしてくれた
そして東のほうを指差して言ったんだ
みてごらん昇る日を 神様はあそこにおられる
そして光と暖かさを与えてくださる
花も木も動物たちも人間もみなすべて
朝には安らぎを昼には喜びをもらえるのよ
私たちがちっぽけな場所に生まれてきたのは
神様の愛の光を受け止めるためなの
私たちの黒い体や日に焼けた顔は
光を受け止めるための日差しのようなもの
私たちの心が光の熱に耐えるよう学んだとき
日差しはいらなくなり 神の声に召されるでしょう
神はいわれる 我が愛するもの 日差しを離れて来たれ
我が黄金のテントの周りに子羊のように戯れよ
母さんはこういってキスしてくれた
だから僕はイギリスの子どもに言うんだ
僕たちが皮膚の色から解放されて
神様のテントの周りに子羊のように戯れるとき
僕が日陰となって神様の光の熱を和らげ
君が神様の膝にくつろげるようにしてあげる
立ち上がって銀色の髪をなでてもあげる
そして僕らは仲良しの友達になるんだ
この詩はコントラヴァーシャルな内容を含んでいることから、
何かと議論の対象となっている。
皮膚の色の差を強調することで、人種差別の観念につながっているのでは
ないかという声もある。黒人の少年は、自分の肌は黒いけれど、
心は白いという。まで、白がいいもののように。
白はよくて、黒がだめ、とでもいうように。
白人の子供に対してのコンプレックスを持っていることを感じさせる。
また、黒人の少年の母親が子供に言い聞かせる話の内容もやや卑屈だ。
だが、ブレイク本人の意見は、人は皮膚の色の違いを超えて平等だ
というものである。
詩の後半では、黒人と白人が神を前にして仲良く助け合うイメージが
描かれているが、これこそブレイクが訴えたかったことといえる。
ところで黄色人種は完全に透明化されているが、そのツッコミはするべきだろうか。
揺りかごの歌
甘い眠りが柔らかい産毛で
幼子の額に冠を編むよ
甘い眠りが天使のような
わたしの子どもにただようよ
あなたがたたえる微笑が
夜通し私を和ませる
幼子の微笑 母の微笑
夜がとっても楽しいよ
鳩のようにつぶやきながら
あなたが目を覚ますことはない
つぶやきながら 微笑みながら
あなたは眠りつつ和ませてくれる
眠りを眠れ 幸せな子よ
世の人のごと 眠りかつ微笑め
眠りを眠れ 幸せな眠りを
あなたをみては目が潤みます
いとしいわが子 あなたの顔には
神様のイメージが宿ります
いとしいわが子 あなたのように
神様は私のために涙を垂れた
神様はすべての人のために
幼子となって涙を垂れた
ほうら 神様を見てごらん
あなたに向かって微笑んでいます
神様は子どもの姿となって
すべての人にために微笑まれる
幼子の微笑は神様の微笑
天も地も平和で満ちるように
毒の木
友達に腹がたっても
怒りはやがておさまるもの
だが敵に腹がたつと
怒りは決しておさまらない
朝な夕な入念に
涙でもって水をやり
ほくそ笑みと欺瞞でもって
怒りを暖め育めば
怒りは日ごとに大きくなり
やがて見事なりんごの実がなる
敵は輝くりんごを見ると
それが私のものだと知って
夜の帳が下りるのを待ち
私の庭に盗み入ったが
憎い敵は夜明けとともに
りんごの木の下でのびているのだ
ブレイクは、産業革命の根底にある公立主義や科学万能主義、
理性や秩序を重んじる啓蒙主義や合理主義に反発しました。
このような態度を見せる芸術家はブレイク以外にも多くいます。
ドイツでは「若きウェルテルの悩み」でデビューしたゲーテ、
フランスではナポレオンに迫害されて外国へ亡命したスタール夫人、
そして、人道主義的立場で描かれた代表作「レ・ミゼラブル」の作者であるユーゴー。
イギリスでは「事実は小説より奇なり」の詩人バイロン、
アメリカではエマーソン、ホイットマンにエドガー・アラン・ポー。
ロシアではプーシキンなどがいる。
音楽ではシューベルト、ドイツのシューマン、ルートヴィヒ2世も陶酔したワグナー、
クラシックに疎い人でも知っているであろうピアノの詩人ことショパン、
ハンガリーのリスト、イタリアのヴェルディなどがいる。
人間の抽象
貧しいものがいなくなれば
憐憫もいらなくなるだろう
みなが一様に幸福ならば
慈悲が求められることもない
気遣いは平和をもたらすが
そこに利己的な愛が忍び込むと
残忍さが罠をつむぎ
人の心をとらえようとする
神への恐れからひざまずき
涙で地面をぬらす先から
その足元には おぞましき
人間の性が根を下ろす
しかして人間の頭の上には
神秘の木が影を広げ
毛虫やらハエどもが
神秘をえさに繁殖する
神秘の木には欺きの実がなる
赤々として甘い実だ
すると大ガラスが木の陰に
巣を作って子を育てる
地上や海の神々は
自然の中にこの木を探すが
どこにも見つけることはできぬ
人間の頭の中にあるからだ
1782年8月18日、ブレイクは植木屋の娘キャサリンとは結婚した。
ブレイクは読み書きのできないキャサリンに文章を教え、キャサリンはブレイクの
印刷した詩に彩色したり、仕事を手伝っていた。
愛の園
心はずませ 愛の園に出かけてみたら
見たことのない光景に出会った
いつも遊んでた広場の上には
教会の建物が建っていたんだ
教会の門は閉じられていて
立ち入り禁止と書いてあるんだ
仕方なく花壇のほうへ引き返し
すずしい木陰を探そうとしたら
そこは墓地に変わっていたんだ
花のかわりに 墓石が並び
牧師たちが 見張りをしている
僕は茨で縛られたように 悲しい気持になったんだ
ひまわりの歌
物憂げな ひまわりの花よ
太陽の歩みと競いながら
お前が追い求めるのはどんな国
旅人が目指すという黄金の国か
キリストが希求にやつれ
聖母が雪に包まれながら
墓の中から追い求めるという
その国にひまわりよ 行きたいというのか
天使
夢を見るってどんなことなの
夢の中で女王のわたしは
やさしい天使に守られてるけど
本当は天使を憎んでいるの
夜も昼もわたしが泣くと
天使はわたしの涙をふくの
昼も夜も泣いてるわたしは
天子がいないとうれしくなるの
天使が羽ばたいて飛び去ると
朝日がばら色に輝いたわ
わたしは涙をぬぐうと身構えて
槍や楯で武装したの
すぐに天使は戻ってきたけど
わたしを見るとがっかりしたわ
わたしはもう若さを失い
白髪頭になっていたの
1800年頃、ブレイクはサセックス州のフェルファムのコテージに移り、
詩人ウィリアム・ヘイリーの作品の挿絵の仕事をしていた。ブレイクにとって初めの田舎生活
であった。ここにキャサリンと3年住み、同時期に「ミルトン」を書き始める。
ヘイリーに命ぜられるまま、仕事をしていたが、機械的な仕事に自由主義のブレイクはだんだん
不満を感じるようになっていく。ヘイリーとの口論も増え、次第にロンドンに戻りたいと
思うようになっていった。さらに、ブレイクは兵隊と争いを起こし、告訴されてしまう。
ブレイクはもともと反戦主義者であったが、その言動が兵隊の反感を買ったのだ。
そして国事犯として逮捕される。翌年には無罪となるも、ロンドンへの帰国の意を固くした。
・ウィリアムブレイク 18世紀ー19世紀のイギリス社会
ブレイクが版画のなかでよく描くユアリズンの姿は,長い白髪と白いひげをもって、
不機嫌な顔をした神の姿で描かれる。ブレイクにとってユアリズンは偽の神であり、
この世の否定的原理のいっさいを引き受ける存在である。
ブレイク、つまりウースーンにとって、喜びこそこの世のあるべき唯一の原理である。
ただその喜びはプロミオンが主張するであろうような、人の涙をいけにえにして味わう、
自分だけの喜びであっ てはならないのだ。
喜びには人の数だけ、ひとつひとつちがった、さまさまな、それぞれの喜びがなくてはならない。
ひとつひとつが絶対的な喜びであるはずだ。ユアリズンはこの喜びの原理を認めない。
ユアリズンはこの喜びの原理を認めない。ユア リズソの原理は自己愛であり、その自己愛とは、
つまるところ反愛であり、愛の名には値いするものではないのである。
凌辱はまさに、どんなに強弁し、正当化のいいわけをしようとも、この反愛にほ かならない。
だがほんとうの神だったらこの喜びの原理を保証するだろう。神は、ひとりの存在が者の喜びを
侵害することは絶対に許さないはずだ。ひとつひとつの喜びが、神の慈悲としての愛なのだ。
ウースーンの語る言葉は偽の神としてのユアリズソへの直接の弾劾から、もっと一般的に、
明らかにユアリズムによって支配されている世の中全体がゆがんでいることに向かう。
そしてそれは、 じつは1790年代半ばのイギリス社会に対する社会批判となっている。
でっかい口は贈りものをありがたがらない
せまいまぶたは金では買えない労働をあざわらう
猿を市会議員に 犬を子供の学校教師として選ぶ者はいない
貧困を軽蔑する人間と 高利貸をみるとぞっとして背を向ける人とは
おなじものに情熱を感じないし
おなじような感動をもつことはない
贈りものをする人が 商人の喜びを経験することはありえない
「でっかい口」つまり、贅沢に暮す人間は心のこもった贈りものや
他人の善意をありがたく思うことはない。贈りものとは神の恵みというものかもしれない。
傲り高ぶった人間は神の恵みなどというものは平気で無視するだろう。
いずれにせよ、自分がもっているものはすべて自分の力で獲得した ものと思い上がり
決めこんでいる。いま猿が市会議員に選ばれてはいないか。犬が子供たちのための学校教師に
なってはいないか。貧困を軽蔑する人間、つまり商人とか金持たちが非難に値いするのは、
ある人が貧困であるゆえに、その人を軽蔑するからである。彼らの態度は貧困は憎んでも、
貧困にあえぐ人といえども、ひとりの人間としてその人をみるということとは違うのである。
彼らにはなにごとも損得勘定でしか考えられないので、有形にせよ無形にせよ、他老になにかを
贈る人の喜びはわかるはずはないだろう。
商売上手の都会の人間に農民の苦労がわかるはずがない
うつろにひびく太鼓を抱えて麦畑を買い占めて荒廃させ
荒地で歌うたう
あの脂肪で肥った雇われ人はなんと〔農民たちから〕遠い存在でしょう
あの人たちはなんとちがった目と耳をもっているのでしょう
あの人たちはなんとちがった世界に 住んでいることでしょう
どういう気持で牧師は農夫の労働をわがものとして要求するのでしょう?
どんな網や罠や落し穴を使うのでしょう?
どんな手管を使って 抽象の冷い川や孤独の森で農夫のまわりをとり巻き
国王や司祭が住んでもよいような
城や高い尖塔を自分のために建てるのでしょう?
子守の歌
子どもたちの声が野辺に響き
谷間をささやきが満たすとき
私の心には昔の日々がよみがえり
私の顔は青ざめる
子どもたちが家に帰ると
日は沈みあたりに夜露がたちこめる
春の一日を遊び暮らした者たち
しばし冬と夜とをしのびなさい
・ウースーンは続いてそうした宗教や法律の力が圧制的に欺購の上に押し付けられ、
それはなによりも女性に、とくに女性にとっての結婚に対するきびしい掟となって
表われていることを突くので ある。この社会の欺隔性のなかに性も女性もからめとられ、
おさえつけられている。
青春の炎で燃え
固定された運命など知らぬ女性が法律の呪文で
忌みきらう男に縛りつけられる 彼女は生涯の鎖を
なんの感激もない欲情のなかで引きずらねばならないのでしょうか?
ぞっとするようなひどい思いが
彼女の永遠の春の澄んだ空を曇らさねばならないのでしょうか?
そのために
狂気にまで追いつめられるほどの
苛酷な恐怖の冬の嵐に耐えねばならないのでしょうか?
怯えた肩に
一日じゅう答を加えられ
ひと晩じゅうまやかしの欲情と期待の車輪を
まわさねばならぬ運命に
縛られねばならないのでしょうか?
名目ばかりで、そのじつは愛のない結婚と暴力的に強制され、いやいやながらも生理的に
刺戟されてする性(そこではとうぜんつねに性の喜びや願いは裏切られる)のなかから
子供が生まれるが、彼らは「人間の形をした幼天使」であるはずなのに、
まるで「疫病」のようにうとんじられて生きね ばならない。
そして「流れ星」のように儚く生きてすぐ消えてしまう。
また、どうにか成人した子供は、自分といっしょに住んでいる親(おそらくとくに母親)を憎み、
しかもその子供が生む 次の世代の子供は、「不潔な天罰」
(たぶんその子どもが父親の場合はどこかの娼婦からうつった 性病、
母親の場合は夫からうつされた性病だろうと思う。
いずれにしても愛のない結婚生活から生じる性病の次の世代への伝染というようなものであろう)
によって、そうでなくても短い人生であるのに、その日の目も見ずに死産として生まれてくる
のである。こうして呪われた女性の運命の影響は、のちの世代にまで引き継がれてゆくのである。
ウースーンはさらに、女性の歪められたありかたを、本来は恐れを知らず喜びにあふれた女性
であるべき人たちのなかにみている。彼女自身もセオトーモンにそれを強いられているのだ。
彼女たちは世間によって、男たちによって、うわべは処女の慎しみという「狡滑な慎しみ」を
教えこまれ、現実には彼らによって「娼婦」であることを求められるのだ。
生命の喜びなんて作られたものであり、そういうものを夢想し、求 める若老は「病んだ男」で
あり、女性は彼らの身勝手な清浄さに仕える奴隷「娼婦」の技巧を弄する奴隷となっているのだ。
でも絹のような網と金剛石の罠をウースーンは広げて
あなた〔セオトーモン〕のために穏やかな銀の
あるいは激しい金色の乙女たちをとらえましょう
わたしはどこか堤の上であなたのそばに坐って
祝福に祝福を重ねた セオトーモンとの美しい交合をする彼女たちの
奔放な戯れを眺めましょう
ばら色の朝のように紅く
射しそめの日の光のように元気よく
ウースーンはこの人〔セオトーモン〕のいとしい喜びを眺めましょう
決して嫉妬の雲を抱いたまま
寛容な愛の安息所に入ることはありません
また利己的な破壊行為を持ち込むことはありません
この〔わたしの〕小さなきらめく翼よ
立ちあがって幼い日の喜びを歌いなさい
立ちあがって祝福された喜びを飲みなさい
生きているものはすべて神聖なのですから
ウースーンは最後に自分の両手をひろげ、その両手が小さな翼となって羽ばたき、
空に舞い上がっていって、自分の、この高らかな宣言を世界に撒き散らすという
幻想をもって彼女の長い言葉を終える。
たとえからだの純潔は汚がされても、もういちど幼い日の、
曇らされることのなかった喜びを歌うことによって、
失われた純潔を取り戻すことを示唆している。
・この詩のなかでどうも奇妙な一節がある。それはこの世の偽善的で上辺は普通に
まともな結婚のなかに、男性の暴力によって虐げられ、意に染まぬ欲情に身をまかせるしかない
女性と、そんな女性から生まれる子供やそのまた子供の不幸、とくに死産で生まれてくる子供の
ことを語るウ ースーンの言葉と処女の偽善について語る彼女の言葉とのあいだに、この二つの節と
そぐわぬように見える一節が入りこんでいる。この一節ももちろんウースーンの言葉なのだ
けれど、この部分はどういうふうに解釈したらよいのか。
くじらは飢えた犬のように卑屈にならない
くじらは鼻孔を大きくひらいて大海の水をのみこむからといって
山の餌食を嗅ぎまわることはしない
くじらの目はワタリガラスのように飛びゆく雲をみわけないし
禿鷹のように空のひろがりを測ろとしない
この世の自然の生きものは他者を嫉まない。どんなに大きくて力のある生きものでも、
自分の領分でないところは侵さない。その意味で生きものの世界には人間の世界のように、
威厳のある人問と下劣な人間との間の差別はない。生きものの世界では、大きなものも小さなもの
も、すべてそれぞれに威厳のある存在なのだ。そこでは人間的評価の基準からすれば、善も悪もな
くて、個個の生きものがその存在自体のなかに価値をもっているのだ。
そのことをはっきり示しているのが、このくじらに始まる生きものたちのなかで最後にでてくる
ミミズのことだ。ミミズは文学伝統では、人にその死を思いおこさせるものであり
(「ミミズ の餌食になる」という表現は一般的だ)この世の生の無常、生の消滅を
どぎつく印象づける生きものである。
なるほどそこでもミミズは生の無常に立ち会うものとして語られてはいるが、 そればかりでなく、
ミミズは逆説的に人に向かってこの世の生の喜びを教えるものとして語られている。
空高く飛ぶ鷲は地上のものに目もくれないし、ましてや地下の世界に隠されている財宝など
知るは ずもないのだけれど、地下には地下の生きものがいて地下になにがあるかを知っている
というもので ある。しかしそれは「財宝」といえるものであろうか?
人間の腐りゆく屍ではないか。でもある意 味ではそれを「財宝」と呼べるのかもしれない。
ミミズは腐ちてゆく教会の墓地に柱を立て飢えた墓の顎に永遠の宮殿を建てるのです。
ミミズの住まいの玄関には一面に書いてあります
「ああ人間よ あなたの喜びを味わうがいい
きっとあなたは美味を味わい あなたの幼い日の喜びが甦るでしょう!」
ああ人間よ、あなたがたはここに入る前にあなたがたそれぞれの人生を楽しみなさい。
生きてい ることの喜びを、もう遠くなったあなたがたの幼い日の、まじりけない喜びを、
もういちど味わい直すがいい!
こういう意味のことがミミズの住む地下の殿堂の入り口には書いてあるのだ。
そしてこの、このようなことを語るウースーンの叫びこそ、世のなかの追いつめられた女性、
あるいは黒人奴 隷たち、さらには村を追われ、賃金労働者となった貧しい人たちに向かっての訴え
ととれる。この世の生をはかなんで、かりにも自殺などを考えてはいけない。なぜなら、
この世のすべての人たちには、この世の自然の生きものたちと同じく自由に、
そして自分の生を楽しんで生きてゆく権利があるのだということを、
このウースーンの訴えは示唆しているのだと思う。
ロンドン
わたしはロンドンの巷を歩く
傍らにはテムズが流れる
そして出会う人の顔ごとに
弱々しさと苦悩を読み取る
あらゆる人のあらゆる叫びに
あらゆる子どもの泣き声に
あらゆる声に あらゆる呪詛に
私は宿業にさいなまれた声を聞く
煙突掃除の子どもたちが泣いても
どんな教会も助けてはくれない
不幸な兵士たちのため息は
宮殿の壁を血に染めてうつろう
真夜中の巷でわたしが聞くのは
若い身空で売奴となった女の呪い
呪いは幼子の涙を吹き飛ばし
新婚の団欒も疫病で滅ぼす
迷える少女
未来の子どもたちは
憤然たるこの詩を読み
昔には愛することでさえも
罪だったと知るだろう
黄金の時代にあって
冬の寒さをも知らず
輝ける少年少女は
聖なる光を浴びて
裸で戯れていたものだ
あるとき少年と少女が
そっと用心しながら
楽園の中で出会った
そこは聖なる光が
夜の帳を吹き払っていた
朝日を浴びながら 二人は
草の上で戯れ遊んだ
父さんや母さんははるか遠く
知らない人に見られることもない
少女はすっかり安心した
二人は甘いキスに飽き足らず
ついに肉の交わりを結んだ
静かな眠りがやってきて
深い宵闇に漂う中
物憂くも疲れた二人は泣く
少女がお父さんのところに戻ると
愛するお父さんの顔は
聖書の本のように見えた
それが少女をおびえさせた
青ざめて弱々しいオーナよ!
お父さんに真実を話しなさい
―ああ、震える恐れ
惨めな気遣いが
私の髪を白くしてしまったの
迷える少年
誰だって自分のこと以上に
人を愛したり敬ったりはできないものさ
自分以上に大事なものが
この世にあるなんて考えられない
父なるものなんて 愛せるもんか
兄弟たちだって同じなのに
好きだとしても ドアの回りで
パンくずを食ってる小鳥程度にさ
こう子どもが嘯くのを聞いて
牧師は怒りに震えて 髪をつかみ
子どもを自分のほうに手繰り寄せた
それを見たみんなは拍手喝采
牧師は祭壇の前に立っていった
見よ この罰当たりの小悪魔を
聖なる神の教えに対して
ぐずぐずと屁理屈をいっておるわ
子どもは泣いたが聞き入れられない
親たちも泣いたが後の祭り
子どもは見る見る裸にされ
鉄の鎖で縛られると
祭壇の中で焼かれてしまった
昔の多くの異教徒のように
親たちは泣いたが後の祭り
イギリスではよくあることだ
- ロンドンへ戻る Back To London -
ブレイクは1804年にロンドンに戻って『エルサレム』を完成させ、
1808年に『ミルトン』を執筆した。翌年には個人個展を開催しているが
あまりにもエキセントリックな作品だった為、反響はなかったとされる。
他にもテンペラや水彩画も売っていたが、ほとんど売れず、出席者数も非常に
少なかった。展覧会は一部で批判されたりもした。
だが、ブレイクは昼向くとなく自身の芸術観を積極的に表現していく。
この頃にロイヤル・アカデミを詐欺師と非難し、名言「芸術を大衆化することは愚かである」
と宣言している。
1818年にはジョージ・カンバーランドの息子からジョン・リンネルという若い芸術家に紹介され、リンネルを通して、ブレイクはショーハム・アンシャンと言われる芸術家のグループに所属し
ていたサミュエル・パーマーと出会う。彼らは「ブレイクが現代の大衆化した芸術の流行を批判し
精神的な芸術的なニューエイジ」の信念を共有していたとされる。
ー ブレイクの死去 ー
晩年、ブレイクはストランド郊外のファウンテン・コートで過ごした。
亡くなる日、ブレイクは「ダンテ」シリーズの執筆に取り組んでいたが、やがては仕事をやめ、
枕元で泣いていた妻の方へ向いて言う「ケイトのままでいなさい。あなたが私にとって天使であったので、これから私はあなたの肖像画を描く」と叫んだという。
彼女の肖像画を完成させたブレイクは、道具をおいて賛美歌や詩を歌った。
その日の夕方6時に、いつも妻と一緒にいることを約束した後、この世を去った。
人間の抽象
貧しいものがいなくなれば
憐憫もいらなくなるだろう
みなが一様に幸福ならば
慈悲が求められることもない
気遣いは平和をもたらすが
そこに利己的な愛が忍び込むと
残忍さが罠をつむぎ
人の心をとらえようとする
神への恐れからひざまずき
涙で地面をぬらす先から
その足元には おぞましき
人間の性が根を下ろす
しかして人間の頭の上には
神秘の木が影を広げ
毛虫やらハエどもが
神秘をえさに繁殖する
神秘の木には欺きの実がなる
赤々として甘い実だ
すると大ガラスが木の陰に
巣を作って子を育てる
地上や海の神々は
自然の中にこの木を探すが
どこにも見つけることはできぬ
人間の頭の中にあるからだ
ジョージ・リッチモンドは。サミュエル・パーマーへ手紙の中で、ブレイクについて
こう述べている「彼は死んだ......最も輝かしい方法で。彼は、彼が生涯をかけて見たいと思っていたあの国に行くと言い、イエス・キリストを通して救われることを願って、自分自身を幸せに表現
した。彼が死ぬ直前に彼の顔は公正になった。彼の目は明るくなり、天国で見たものを歌い出し
た」ギルクリストの報告によると、彼の死に立ち会った家の女性下宿人は、「私は死に直面したの
は人間ではなく、祝福された天使の死である」と話した。
キャサリンはリンネルからの借金でブレイクの葬儀を行った。ブレイクの遺体は、彼の死から5日
後、彼の45回目の結婚記念日の前夜に、現在のロンドンのアイリントン地区にあるバンヒル・フ
ィールズのディセンターの埋葬地に、他の人たちと共有の区画に埋葬された。
20世紀になると、ブレイクの作品はさらに評価され、影響力は増した。20世紀の初期から中期に
かけて、文学・芸術界におけるブレイクの地位向上に関わった重要な学者には、S.フォスター・デ
イモン、ジェフリー・ケインズ、ノースロップ・フライ、デビッド・V・エドマン、G.E.ベントレ
ー・ジュニアなどがいる。
ブレイクはロセッティのような人物の芸術や詩に重要な役割を果たしたが、この作品がより多くの
作家や芸術家に影響を与え始めたのは19世紀後半から20世紀前半モダニズム期のことであった。
愛らしいバラの木
5月の花のなかでもとびきりの
美しい花を貰ったの
でもわたしには愛らしいバラの木がある
だからその花は人にあげたわ
わたしはバラの木のところに戻り
朝な夕なに世話を焼いたの
でもやきもち焼きのバラはそっぽを向き
わたしには棘しか残らなかったの
ティルザへ
死すべき運命に生まれた者は
現世の束縛から逃れるためには
再び大地へ溶け去らねばならぬ
だから肉は 私にとって何者でもない
恥じらいと自惚れから肉は生まれ
朝を謳歌しても 夕べには死す
だが神の慈悲は死を眠りへと変え
肉は再び起き上がって涙する
死すべき私を生んだ母よ
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私の鼻、目、耳を作った
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0
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