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勇者、異世界に降り立つ
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しおりを挟む初めての魔物。初めての戦闘。
異世界物の創作物の主人公たちは特殊なスキルやアイデアで難なくそれを乗り越えていくが、考えても見てほしい。
今まで毎日机に向かって勉強するだけだった高校生に魔物なんて倒せるわけがない。
いや、この体は勇者の体。
普通に戦えば武器がなくても勝てる相手なのかもしれないが、とにかく怖い。
牙を剥き出して迫ってくるその様はまるで猛獣である。
本気で怒っていたら恐らく飼い犬にすら勝てないであろう俺に、小鬼と戦うなんていうのは荷が重すぎた。
飛びかかってくる小鬼を前に俺は目を閉じる。
ごめん、お爺さん。このまま小鬼に殴られて、俺は死ぬよ。
魔王は倒せなかったよ。もし死んだら、天国で家族に合わせてください、お願いします。
などと考えていたが、一向に痛みは襲ってこなかった。
恐る恐る目を開けてみる。
目の前には小鬼の恐ろしい顔がある。
いつのまにか飛びかかってきた一匹だけではなく、もう一匹も近くに寄ってきていた。
二匹とも棍棒を振り上げてそれを懸命に俺に向けてぶつけている。
しかし、不思議と痛みはなく棍棒が当たる感触さえない。
「これは、もしかして……」
ビビっていた俺の心が平静を取り戻す。
もしかしなくてもそうなのだろう。
これが勇者の体、勇者の力。
小鬼程度になら殴られてもビクともしないとはなんというチート級の体なのだろうか。
そうとわかれば、怖いことなんて何もない。
なにせ、ダメージを喰らわない無敵状態。冷静に相手を見つめて倒す算段を立てられる。
まぁ、見つめるには小鬼の顔は怖すぎるのだが。
小鬼は俺に一向にダメージが入っていないことに気づいていないのか、それとも気づいていて躍起になっているのかはわからないが、諦めることもなく懸命に棍棒を振っている。
しかし、彼らにも疲れというのはあるようでやがて棍棒を振る速度が鈍くなり、さらに待つととうとう疲れ果ててその場に座り込んでしまう。
そうなる前に諦めて帰ってくれればいいものを、彼らの中に「引く」という選択肢はないようで獲物を見つけたらそれを倒すまで戦い続けるのが信条のようだ。
小鬼たちは疲れ果てたのか手に持っていた棍棒をその場に置き、苦しそうに息を吐いている。
敵の前で武器を手放すとはあまりにも間抜けだが、先に仕掛けてきたのは向こうだしこのまま放っておいても諦めてくれそうにない。
俺は試しに小鬼の持っていだ棍棒を手に取る。
サイズは小さい。
太鼓のバチのような大きさだが、使えなくもない。
小鬼は自分の棍棒を取られたことに気づいて慌てふためいている。
俺はその小鬼の頭めがけて棍棒を振り下ろした。
コテン、という軽い感触が手に伝わる。
今まで何かを殴ったことなどない俺は加減を間違えたのかもしれない。
優しすぎたか? と恐る恐る小鬼を見ると小鬼は白目を剥いて倒れてしまった。
そして、そのまま黒い煙となって消えていく。
その様子を見て俺は少しホッとした。
倒した後、その死体が残るようだったら俺は二度と小鬼を攻撃なんでできなかっただろう。
小鬼を倒したという事実に違いはないが、ゲームのようなその消え方が俺の中の罪悪感を少しだけ緩和してくれる。
もう一匹残った方の小鬼はというと、仲間がやられたのを見て恐怖を覚えたらしい。
慌てて逃げていったので俺は後を追うようなことはしなかった。
どうやら、小鬼が逃げずに立ち向かってくるのは「最初の一匹が倒れるまで」のようだ。
小鬼を倒した後、俺は腰のあたりが妙に震えるのを感じた。
まるでスマホのバイブレーションのようだったが、当然スマホなんてこの世界には持ってきていない。
感触のあった腰の方を見ると、小さな手帳サイズの本がくくりつけられていた。
震えの正体はこの本だったようだ。
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