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勇者、異世界に降り立つ

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俺がようやく森の中を流れる綺麗な小川を見つけたのは日が少し沈みかけて、もともと薄暗かった森の中がさらに暗くなった頃合いだった。

流れる小川を前に、すでにカラカラだった喉を鳴らしてすぐにでも喉を潤わせたいところを俺はグッと我慢する。

「自然の水は煮沸してから飲んだ方がいい」

というのを何かのサバイバル番組で見たような覚えがあったからだ。

たしか、水の中にいる細菌などで腹を下す可能性があるとかないとか説明していたような気がする。

小川は見る限り透明でとても綺麗だが、細菌は目に見えないから悩みどころだ。

そのサバイバル番組ではワイルドな海外のプロが煮沸の必要性を説明した後に川から直でゴクゴクと水を飲んでいたのがツッコミどころで面白かったが、今まさにその場面に直面していると思うとなかなか勇気が出ない。

本当は煮沸だけでなく、紙や布なんかで濾過をしないといけないのだと思うのだが、なにぶんサバイバルの知識が少なすぎてやり方もわからない。


そもそも煮沸するための火の起こし方だってわからないのだ。


ここは勇者の強靭な体を信じて一か八かで飲んでみるべきだろうか。

いや、それとも流石にやめておくべきか。


そんな風に悩んでいるうちに次第に夜が更けてくる。

あたりはどんどん暗くなっていき、それがまた俺を焦らせた。

お爺さん、ごめん。
小鬼はなんとか倒したけどもしかしたら俺は脱水か餓死で死ぬかもしれない。


などと空に向けて情けない謝罪の念を込めていると、

パキッとという音が真後ろで聞こえた。

反射的に俺はバッと後ろを振り返る。

また小鬼が来たのだと思ったのだ。
けれど、そうではなかった。


俺の後ろには女の子がいた。淡く水色のように見える長い髪で、白い帽子をかぶっている大きな目の女の子。美人というよりも可愛いという言葉しっくりくるような幼くも整った顔立ちの子だ。

その女の子は両手に木の棒をたくさん抱えている。薪だろうか。

足元には折れた小枝それを踏んでいる小さな靴。

音の正体はこれのようだ。

女の子は目を丸くして息を呑むようにこちらを見つめたまま、なにも話さなかった。

そして俺も何も言わなかった。
というよりも言えなかった。

なにしろ、異世界にきて初めての小鬼以外の生命との会合である。

見た目は可愛い女の子に見えるが、彼女が魔物ではないという確証もない。

というか、人間だとしてもそもそも言葉が通じるのかという疑問もある。

神を名乗るお爺さんはその辺のことは何も説明してくれなかった。


俺も彼女もただ黙っていたが、その沈黙は決して長くはなかったと思う。

というのも、彼女は少し俺と見つめあった後、何も言わずに来た道を帰ろうとしたのだ。


「あ、待って」


突然背中を向けた彼女に俺の情けない声が響く。
彼女がもし人間ならば、ここで置いていかれたら俺は間違いなく死ぬ。

それは困る。どうか助けて。という感情のこもった悲痛の叫びである。


彼女はもう一度振り返って、それから俺をのことをもう一度見てからやっと口を開いた。


「あ、あの……すいません。英雄信仰の方ですよね……邪魔をするつもりはなかったんです! ただ、薪を拾っていたら人影が見えて……小鬼かと思ったものですから……すいません!」


とあたふたしたように言い訳をするその声は顔によく似合う可愛らしい声だった。

だがしかし、ちょっと待ってほしい。
俺が彼女を警戒したように彼女もまた俺のことを警戒していたというのはわかる。

ただ、「英雄信仰」という言葉には聞き覚えはない。

どうやら彼女は俺を誰かと勘違いしているらしい。

その誤解を解ければ、俺は助けて貰えるのではないだろうか。

あたふたと言い訳を続ける彼女を前に、俺はそんなことを考えていた。
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