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勇者、街に到着する
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しおりを挟むさらにありがたいことにユクシムさんはこのユタムの街の領主である貴族のライオッド卿と会えるように取り次いでくれるとのことだった。
「というより、勇者の生まれ変わりの身柄を預かったのなら領主に報告しなければなりません。既に勇者の生まれ変わりが誕生することは手紙で伝えてあります。あなたが到着したと報告しても良いですか?」
とこちらに配慮しつつ聞いてくれるユクシムさんに俺は頷くのだった。
「それはよかった。領主様の予定もあるでしょうが、二、三日中には会えるはず。それまではこの街でゆっくりと過ごすといいでしょう。ハンク、それまで彼の案内役を君たちのパーティーに頼んでもいいか?」
突然話を振られたハンクさんは二つ返事で了承する。
俺の方は怒られるわけではないとわかってすっかり緊張も解けていたが、彼の方はまだ解けていなかったらしい。
「それなら、私からの話は一先ず終わりだ。ハル様、他に何かありますか?」
ユクシムさんにそう言われて俺は一つだけお願いした。
「あの、俺はまだこの世界に来たばかりで……まだ自分が勇者の生まれ変わりなんだってことも完全に飲み込めたわけじゃありません。自分に何ができるのか、本当に魔王と戦える力があるのかもわかりません。だから、俺が戦えるようになるまで公にするのは待ってもらえませんか?」
我ながら情けないお願いだとは思う。
しかし、ユクシムさんは笑うことなく俺の願いを聞き入れてくれた。
「こちらとしてもすぐにあなたに魔王と戦えなどとは言いません。前回の勇者も最初はただの青年だったと聞いています。魔王復活までの猶予がどのくらいあるのかはわかりませんが、その間に少しでも強くなれるよう我がギルドも協力しましょう」
とユクシムさんに背中を押されて、俺の心は少し軽くなるのだった。
ギルド長との話はひとまずそれで終わり、俺達は部屋を後にした。
「……ふぅ、びっくりしました。私、ギルド長と直接話すなんて経験初めてで……」
部屋を出て、先ほどの受付の前あたりまで来たところでセーラさんがゆっくりと深呼吸をしながら言う。
ギルド長の前では借りてきた猫のように大人しかった彼女は相当に緊張していたようだが、ギルド長が普段それだけ簡単に会える相手ではないということでもある。
「俺だって同じだよ。ていうか、しっかりと俺の名前を覚えててくれて安心したぜ」
セーラさんと同じように息を吐きながらハンクさんが言う。
どうやらハンクさんは何回かギルド長と話したことがあるらしいが、辺境の街とはいえ冒険者は多い。
ギルド長が自分のことを認識していたのが意外だったようだ。
「それより……驚きました。ハルさん、勇者様だったんですね!」
俺がユクシムさんにしたお願いを気にしてから、やや声を落として周りの人には聞こえないように配慮しながらも興奮した様子でセーラさんが俺の方を見つめる。
俺はドキリとしながらも、
「はい、黙っていてすいませんでした」
と何度か返事をした。
「いえ、そんなのいいんです……私、ハルさんは相当に勇者様が好きな方なんだなって思ってて……その……」
まごつきながら、申し訳なさそうにちらちらとこちらを見るセーラさんを見て、俺は「もしかしたら自分が勇者好きの痛いやつだと思われているかもしれない」という疑念がそう遠からず当たっていたのではないかと思った。
「ハルさん……なんて呼んではだめですね。勇者様なんですから、ハル様の方がいいですか?」
と言うセーラさんに
「ハルさんでいいです! 様をつけて呼ばれるような人間じゃないし、違和感がすごいですから」
と断りを入れる。
正直、ユクシムさんがずっと敬語だったのもくすぐったく感じてやめてほしかったくらいなのだ。
セーラさんは
「ふふ、わかりました。これからもハルさんと呼ばせてください」
と笑顔になる。
この異世界に来て何度目かはわからないが、俺はその笑顔を可愛いと思ってしまうのだった。
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