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二人の王子前編

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翌る日の朝。
まだ太陽が昇って間もないというのに王都の王宮前広場には多くの人が集まっていた。

ガヤガヤと賑わう住人達は皆、新たな国王の誕生に立ち会うために集まったのだ。

その中の何人が心からアーサーを祝福しているのだろうか。

恐らく半数もいない。
ヒースクリフが逃亡した件を国民は知っているし、このまま何事もなく儀式が終わるとも思っていなかった。

ただ、ここに集まらなければアーサーが無事に王位を継いだ時になんと言われるかわからない。

非国民と罵られ、反逆者に仕立て上げられてしまう。

貴族も平民も関係なく人々は恐怖心から集まっただけなのである。

国民から支持を得られていない。この事実はアーサーにとってはどうでもいいものだった。

心の中でどう思っていようが彼らはアーサーの命令には従順だ。

行動に起こさなければどう思っていても関係ない。

彼らの中に自分の意見を口にする勇気のある者がいれば状況は変わっていただろう。

王宮の上階。広場を見渡せる場所に作られた壇上にアーサーは立つ。

儀式のために用意された白い派手な衣装が風に揺れてなびく。

集まった住人達の視線がアーサーに集まり、アーサーは彼らを見下ろした。


「こんなものか」

誰にも聞こえないほどの声でアーサーは呟く。

生まれてから今まで、ずっと追い求めてきたものが手に入るというのに自分でも驚くほど冷静だった。

アーサーの目には自分を見上げるこの国の民達がひどく滑稽に見えた。

一人一人の顔は見えない。しかし、全員同じに見える。

「まるで人形だな」とアーサーは思った。

自分が右を向けと言えば右を向き、左を向けと言えばそれに従う。

従順で愚かな木偶人形だ。

儀式のために後ろに控えているアドルフ国王を振り返り、アーサーは納得した。

悪魔の魔法により感情を奪われたアドルフと眼前で心にもない賛辞の言葉を述べている国民達。

この国にはもう操り人形しかいない。


「この国はもう……何年も前から終わっていたのだな」


悲しいそうに、それでいてどこか他人事のようにアーサーは言う。

自分は今からこの壊れた国を治める立場になるという思いは変わらない。

そして、国王になってからもこの国が変わることはないのだと確信する。

一つ息を吐いて、その分を吸い込む。

声がよく通るように魔法使いが魔法をかける。

アーサーの声は王都中に響く。


「聞け、我らが父の民よ。ついにこの日が来た。父から私へと時代が紡がれる日だ。まずは我が父の今日までの偉大な統治に感謝の意を述べよう。そして私は約束する。この国をこれまで以上に良き国へと発展させていくことを」


ワアッと歓声が上がった。
耳に入るその声はアーサーにはひどく乾いたもののように聞こえる。

自分の口から飛び出た言葉もなんとも薄っぺらいものだった。


壇上に聖レイテリア教会の司祭エルシムが上がる。

その手には先ほどまでアドルフが身につけていた王冠がある。

エルシムが神への賛辞の言葉を述べ、この王冠をアーサーの頭の上に乗せれば国王になる儀式は終わる。


「我らが唯一の神レターネよ。この若く新しき王に祝福を……新しき時代に栄光を」


抑揚のない声でエルシムが言う。
アーサーは頭を下げ、王冠が乗せられるのを待った。

ざわめきが起こった。

不穏な気配を感じてアーサーは頭を上げる。

目の前にいたはずのエルシム司祭の姿はない。

代わりに立つ男がいる。

アーサーの目はその男の持つ王冠に向けられる。


「兄上……当然ながら邪魔させていただきます」


左手に王冠を持ち、右手に持った杖を向ける弟にアーサーは高揚した。

来るのはわかっていた。今日を超えればこの弟にできることなどなくなるのだから。

しかし、来ないとも思っていた。

アーサーは真っ直ぐに来訪者の目を見つめる。

濁りのない純粋な目だった。
自分とも、父とも、国民達とも違う。

本当に心からこの国の発展を願う者の真っ直ぐな目だ。

この国において唯一、目の前の男だけが自分の操り人形でないことをアーサーは知っていた。

立ち塞がったのは第二王子、ヒースクリフ・デュエンである。
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