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二人の王子後編

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ア・ドルマの精神世界はその場で姿を全く別の場所へと変えた。

レオン達がいたのは上空。
流れる雲の中に、レオンとディーレイン、そしてア・ドルマの姿が浮かんでいる。

浮遊魔法を使っているわけではない。
空中に浮かぶその足には確かに地面の感触があった。

ア・ドルマが精神世界にどこかの風景を丸ごと映し出しているのだ。

「ここはどこなのか」と言うレオンの頭に浮かんだ疑問の答えはすぐに目の前に出てきた。


風に吹かれ雲が流されると視界が切り開かれた。
視線を下げるとそこには大きな街が見える。

街の所々からは煙が上がっている。
中央には大きな建物が。王宮である。


「貴様の街だ。今現在のな」

ア・ドルマが魔法で映し出したのは現在の王都の街であった。

レオンは街を見下ろして、煙の数を確認する。

煙が五つ。
その煙はレオン達の立てた作戦通り、悪魔の気を引き時間を稼ぐためのものである。

そして、もう一つ。煙には違う用途があった。

狼煙である。
何らかの方法により悪魔を拘束、あるいは無力化した場合は煙を消してそれを知らせる手筈になっていたのだ。

八人の悪魔を惹きつけるために燃やした煙は八つ。

現在三つが消えているということは少なくとも三か所で戦闘は既に終了しているということである。


ア・ドルマは空中で両手を左右に広げた。
すると、景色が動き出し街に向かってグンと近づいていく。

レオン達が動いているわけではなく、映像が勝手に流れるように移り変わる。

建物が近づいたかと思えばすごい速度で離れていく。
まるで街の中を悠々自適に飛び回っているようだった。

ア・ドルマは何か目的があって景色を動かしていたようだ。

その目的を見つけたのか、ア・ドルマは景色を動かすのをやめた。

街の大通りの一つだった。
学院から王宮へとまっすぐに伸びる道である。

その道を誰かが懸命に走っているのがレオンには見えた。

ア・ドルマはその人物に焦点を当て、再び景色を動かす。

距離がグッと縮まり、それが誰なのかわかるようになった。


「ルイズ……」

レオンが呟く。
走っていたのはルイズ・ネメトリアだった。

その方向から彼女が王宮へ向かっているのがわかる。

「貴様の仲間で間違いないな? どれ、声も聞こえるようにしてやろう」


ア・ドルマがそう言うと無音だった空間に音が流れ始める。
聞こえるのは風の音とルイズの息遣いだけだった。





「はぁ……はぁ……」


走りながらルイズは懸命に息を整えようと心掛けていた。
普段ならこんな距離を走った程度で息切れなんてすることはない。

ア・シュドラとの戦いで少なくない量の魔力を失っているからというのもあるが、それよりも気持ちの方が原因だった。

敵であるはずのア・シュドラを学院まで運び治療を受けさせたルイズはそこで教員のアイリーンからこんな話を聞いた。

「さっきまで地上で戦闘があったみたいなの。偵察に出ていた先生の話では黒髪の魔法使いと白髪の魔法使いが戦っていて……それで白髪の方が負けそうになっていたみたいなんだけど」


その話を聞いてすぐにわかった。
それがディーレインとレオンのことだと。

アイリーンも白髪の魔法使いがレオンである可能性に気づいたのだろう。
だからその話をルイズにした。


「それで、その二人はどうなったんですか?」


「わからないわ……ものすごい爆発があった後二人は消えてしまったそうなの。魔力の痕跡は王宮へ向かっていたらしいけど……」


王宮……とルイズは小声で呟いた。
そして、シュドラのことをアイリーンに頼むとすぐに学院を後にする。

向かったのは王宮である。

レオンが負けた、とはルイズは思っていない。
しかし、何らかの魔法によって拘束されているのかもしれない。

もしそうなのであれば救い出さなければと思ったのだ。


学院を出て走りながらルイズは魔法を使った。
簡単な召喚魔法だ。
学院の三年生が最初に習う魔法で使い魔を呼び出せる。

ルイズが呼び出したのは青い羽を持つ小鳥だった。


「少量の魔力を分けるわ。これで上空から味方を探して。もしも戦闘が終わってる人がいたら伝言を伝えてくれる?」


小鳥は頷く代わりにルイズの周りをくるりと飛ぶと魔力を受け取ってから上昇していった。

ルイズはさらに走る速度を上げる。
強い不安のせいなのか、焦っていてうまく呼吸ができていないのか、苦しさは和らぐどころか増している。

それでも、急がないわけにはいかなかった。
もしも最悪の事態が起きていたとしたら、少しの遅れが取り返しのつかない状況になることもある。


王宮の周りには見張りのために何人かの魔法使いがいた。

彼らはルイズに気が付くと問答無用で杖を振るう。


「アーティア!」


ルイズは走りながら聖霊を呼んだ。
アーティアが魔法を行使する。

ルイズの足下に水溜りができて、その水溜りが魔法使い達に向かった伸びていく。


ものすごい速さで近づいてくる水の道に対抗できる魔法使いは一人もいなかった。

水溜まりは見た目よりも深く、足を取られた魔法使い達はどんどんと沈んでいく。


ルイズが杖を振ると、水溜まりは一瞬で凍りに変わった。

体の上半身まで水溜まりに使った魔法使い達は身動きが取れなくなる。


ルイズはそのままその横を駆け抜けようとした。

しかし、今度は空中からの火球がルイズを襲う。

水溜りの魔法では捕らえられなかった屋根の上や物陰にいた魔法使い達からの攻撃だった。

ルイズは浮遊の魔法で空を飛び、身を翻して火球を避ける。

「邪魔しないで!」

ルイズの杖から圧縮された空気の球が放たれる。

空中で動きながらの魔法は制御が難しい。
それでも、ルイズの魔法は的確に打ち出された。

広い視野で認識した敵に対して魔法はまっすぐに飛んでいく。

敵の持つ杖を弾き飛ばし、時には体そのものを吹っ飛ばす。


浮遊で速度を上げたルイズを止められる人間の魔法使いなど最早王都には一人もいなかった。
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