黒い青春

樫野 珠代

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本編

6







大きな傷もいつかは消えると言うけれど・・・

消えない傷もある

その傷がきっかけでさらに大きな傷になることも

空はたぶん後者だったんだろう









私がメールを送って暫くすると、空からメールが来ていた。

― 会って話そう ―

と。

顔が見える状態できちんと話す自信はないけれど、それではいつまでたっても変わらない。
そう思ってよしと決心すると、彼のスケジュールに合わせるというメールを送った。
すると返信メールで当分は無理みたいだという内容のメールが来て、正直ほっとした。
ただ、同時に空がそれだけ忙しい人間なんだということも実感した。

考えても見たらそうかもしれない。
今やドラマに映画、CM、雑誌だって彼を見ないことはない。
たぶん睡眠時間もかなり少ないはず。
業界のことは知らないけれど、そういう話はよく聞く。
無理して会うよりもメールの方が空にとっては良かったんじゃないかと少し後悔した。



そうしているうちに1ヶ月くらい経って。

突然、思い出したかのように空からメールが届いた。

― 明日、迎えに行く ―

あ、明日?!
急な話に心臓がばくばくと大きく動き始めた。
それに迎えに行くって・・・・・・・・どこに?

だって私の一人暮らししている家だって知らないはずだし、もちろん会社だって。
だからずっとどこかで待ち合わせするんだと思ってた。

でも・・・・・・そうよね。
待ち合わせなんて出来ない。

彼は有名人で、顔が知れ渡ってる。
待ち合わせなんてしたら、人が押し寄せてきそう。


それに変な誤解だって生みそうだもの。
空と一緒にいたら。


とりあえず時間と場所の確認をしよう。
そう思ってメールを送る。

― 何時にどこで待てばいい? ―


けれど、その返事は来ないまま、当日を迎えた。



金曜日と言う事もあり、周りの同僚も早々と仕事を切り上げていく。
その中で、メールの返事を待つ私は、ゆっくりと更衣室で帰る準備をした。

すると、携帯が震えているのに気付き、慌ててそれを手に取った。

― 会社の外で待ってる ―

会社・・・・・・・・会社?!
って、まさか・・・

確認するのも時間が惜しい。
急いで化粧をチェック。

これからの時間がどうなるのか不安ではあるけれど、ここまできたら腹をくくるしかない。
深呼吸をして、そして会社の外へと向かった。




まさか本当にいるとは。

建物の影にひっそりと車が1台止まっていた。
普通のどこにでもある車。
だから全然気づかなくて、周りを見渡してやっぱりここじゃなかった、と安堵していたら携帯が鳴った。
『後ろの車にいる。』
メールを見てそっと振り返ると運転席には空らしき人物が見えた。


あまり目立つ事のないようにその車に近づいた。
ここでばれたら洒落にならないもの。


空が運転席から身を乗り出し、助手席のドアを押し開けた。
そしてそのまま前を向く。

乗れってこと・・・か。

運命の分かれ道のような気がした。
この席に座ったら何かが変わってしまうような感覚。

でも決めた事だもの、行くしかない!
心の中で気合いを入れて、その狭い空間に身を投げた。



沈黙って、本当に怖い。
一人ではない時の沈黙。
何を話せばいいのかわからない。
そもそも話せる雰囲気ではない。


相手はただ無言で。
どこに行くとか、これからどうするとか一切訊いてこない。
そして私も何も言えない。
だから窓の外の景色に意識を向けるしかなかった。


私と空を乗せた車がある建物の地下へと入っていった。
そのゲートはセンサーで自動で開いて、まるでセレブ気分。
そしてそこからエレベータに乗って・・・・・・・・28階?
何があるのだろう。
そう思いながら空の後をついていった。




茫然とするもの当然だと思うの。

だ、だって超高層マンションの28階ってピンと来ないし。
まさかここが空の家だったなんて―――

でもさすがにその場に行くと嫌でも実感する。
そこから見える景色やその高さが全てを物語ってたから。
そしてその部屋の広さ。
さすが芸能人。
そう思えるほど、広いリビング。
インテリアもすごくスタイリッシュで。


空は上着を脱ぐとすぐにそこからいなくなった。
何をしてるんだろうとか考えることもできず、ただただ広い窓やベランダに続くガラス戸から見える夜景に立ちすくんでいる私。


するといつの間にか空は少し離れた所にいて、壁に背を預けじっと私を見ていた。
その視線がとても冷たく感じた。
自然と私も表情が硬くなった。


「話って・・・。」


ようやく声が出た。
今はそれが救いだ。
だってこれ以上の沈黙は耐えられない。
それに空の視線をまともに受けるなんて、身が持たない。


でもすぐに思い直す。
違う、そうじゃない。
何のために今日、こうして会うことにしたの?
まず自分から話をしなきゃ。
彼が何かを言う前に。
空の話はそれからだ。


「お・・。」
「待って。」
空が話を始める直前、自分からそれを遮った。
自分を落ち着かせる為に胸元に手を当て、ゆっくりと呼吸をする。
そして、
「ごめん。」
「・・・・。」
空は少し目を細め、それでもじっと見つめたまま。
「10年前の事。空にひどい事言ったし、最低のことをしたと思ってる。空を傷つけて、そのまま私はそこから逃げだした。あの後、すごく後悔した。ずっと忘れられなくて・・・。でも今更会う勇気もなくて・・・確かめる術もなくて。」
「それで?」
やっと空のまともな声を聞いた。
それが嬉しく思えるのはなぜだろう。
たぶん、ほんの少しだけでも受け入れられた気がしたから。
「今更、謝ったとしても過去は変えられないけど、でもどうしても会ってきちんと謝りたくて。」
すると空はくくっと笑いだした。
そしてゆっくりと近づいてきた。
そして目の前で立ち止まり、じっと私に氷のような冷たい視線を浴びせた。


「ねぇ、美月。あの後、俺がどうしてたか考えた事ある?」
「え・・・。」
「そもそもあの日だけに限らず、知り合ってからずっと俺の気持ちなんて考えた事もなかったよな。」
「そんなことない!」
ムキになって声を荒げると空は肩をすくめた。
「へぇ、そう。ま、いいや。そろそろ俺の方の話を聞いてよ。と言っても一つだけ言っておきたくて。」
そう言って空は笑みを表情から消した。
そして、

「俺との過去は全部忘れてくれ。」

え・・・・?
「あと今後一切、俺の事を誰にも話さないで欲しい。」
「別に私は誰にも・・・・。」
「念の為だよ。あの日、美月から俺とはもう関わらないって宣言してくれたし、俺がわざわざ口止めすることはないって思ってるけど、事務所にもその辺はきつく言われてるから。今が一番の稼ぎ時だからってさ。今までもそのことで兄貴に・・・ってこれは美月に関係ないな、とにかく話はそれだけ。」
そう言うと話は終わりと言わんばかりに空は対面式のキッチンへと向かった。
それを茫然と見ていた私は、納得できずにいた。


なんだろう・・・
すごく緊張して、重い気持ちでここまできたのに。
空の話がたった数秒だけで終わる内容?
そんなの、おかしい。


「ねぇ、空。それだけじゃないでしょ?そうじゃなきゃ、わざわざここに私を連れて来ないはずだもの。他に何かあったんじゃないの?」
私の声に一瞬だけ空がいた場所で聞こえていた食器の音が途切れた。
しかしすぐにそれは再開して、同時に空が口を開いた。
「ここが一番安全だから連れてきた。ただそれだけ。他の場所だと誰に聞かれてるかわからないからな。」
「そんなに周りが気になるなら、会う必要もなかったはずだわ。それをわざわざ危険を冒してまで・・・。」
「言う気がなくなった。これで満足?」
私の言葉を遮り、空が冷たく突き放した。
キッチンから出てきた空は両手にそれぞれコーヒーの入ったマグカップを持ち、片方を私に差し出した。
そしてもう一方のコーヒーを口に含み、リビングの真ん中にあるソファへ座った。
「本当は色々言いたい事があったさ。10年間ずっと俺の中にあったものを全部ぶちまけてやるって決めてた。・・・・・・・・・けど、さっきの美月を見て、言う気が失せた。なんか馬鹿らしく思えてさ。」
そう言って空はフッと嘲けるように鼻で笑った。
「だってそうだろ?結局、美月は自分の事だけで、俺の事なんてこれっぽっちも考えちゃいないんだ。今も、今までも。」
「違う!そんなことない!私はっ!」
「もういいよ。今更だし。それよりさ、最後に軽く飯でも食べないか?何かデリバリーしてもらおう。」
「ちょっと待ってよ。まだ話は終わってない。」
「終わったよ、俺は。」
「私はまだ終わってない!ねぇ空、あの時のことが空をずっと苦しめてたんでしょ?だったら私にそれをぶつけてよ。何を言われてもいい。私、それを受け入れる覚悟は出来てる。今日はその為にきたの。空の気が済むまで全部ぶつけて!」
「今更何を?言っただろ?俺の話は終わったんだ。何も言う事もないし、言う気だってない。」
「嘘!さっき言ったじゃない!俺のことなんかこれっぽっちも考えちゃいないって。私に考えてほしかったんでしょ?だったらそれを言えばいいじゃない!大人ぶってないで、本音をぶつけてよ!」
「だから本音はさっき言った通りだよ。全て終わったって。だから・・・・・・美月と会うのも本当に今日で最後。だからさ、最後の晩餐じゃないけど、軽く何か食べようぜ。」
「っ・・・・悪いけど帰る。」
すごく子供だ。
自分でもそう思う。
空が私を非難しようともしない。
ううん、全てを拒絶してるみたいで、それが嫌。
何を言っても空には届かなくて。
それに腹を立てて、ムキになって、そして結局、それは無駄な事で。
空よりも年上なのに。
悔し紛れの起こした行動は・・・・その場から逃げることだった。
情けない。
そう思っても言ってしまった言葉はかえってこない。



私は手に持ったマグカップを空の前のテーブルに置き、鞄を持ってそのまま玄関へと向かった。
空は何も言わない。
見送るためなのか、ただ私の後をゆっくりとついてくる。

呆れてるか、諦めてるかのどちらかだろう。

ミュールを履く私をすぐ後ろでじっと見てるだけ。
その視線を背中に感じながらすっと立ち上がる。
そしてやはりあの時と同じ。
空の顔を見ることができなくて。
でも最後にもう一度だけ言っておきたい。

「空、傷つけてごめん。・・・・・・・遠くから空の事、応援してる。じゃあ、体に気をつけてね。」
それだけ言うと、ドアノブをまわし、体の重心を前へと移した。
けれど。
そのドアを開ける事ができなかった。



空に・・・・・・引き寄せられ、壁に体ごと押し付けられたから。



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