黒い青春

樫野 珠代

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本編

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わずかなボタンの掛け違えが全てを狂わせていく


10年前の空と私のように―――


それに気付いた時、一体、どれほどの犠牲を強いられているのだろう






空の生活は不規則だ。
スケジュールはビッシリで、1ヶ月のうち休日なんて1日あるかないか。
一番波にノっている時期だけに、事務所もここぞとばかり色々な仕事を入れてきてるらしい。
詳しくは訊いていないけど、今は映画の撮影とその合い間の雑誌の取材とか。
忙しい人だとはわかっていた。
それなのに空は相変わらず身体だけ求めてくる。
そして私をベッドに放置して、空はそのまま仕事に向かう。
一体、いつ寝ているのだろうと起きて一人になった時に思う。
こんな生活じゃ、空の身体がぼろぼろになるんじゃないか・・・。
気が付けばそんな心配をするようになっていた。
でもそうなっても仕方ないと思う。
だって仕事を辞めたおかげで24時間のうち18時間くらいは空の事を考える時間があるから。
そのうち数時間は空に抱かれて何も考えられない状態だけど。
残る時間は、空のいない時間であり、私だけの時間。
最近までは引越しの後片付けでその時間を費やしていたけれど、それも終わり何もすることがなくなって、結局、考えに没頭することが日課になってる気がする。
例えば洗濯物を干しながら。
食器を洗いながら。
リビングを掃除しながら。
どんな時でも気がつけば空とのことを考えていた。



そんなある日。
いつも通りに空に散々抱かれ、意識が朦朧とする中、空が隣りにどさっと寝転がる音がした。
そして、
「ホント、ムカつく・・・・。」
そんな空の呟きが聞こえてきた。

何かイケない事をしただろうか。
彼がむかつくような何か・・・・。
ひょっとして私一人が感じて、こんなに乱れてしまってるから?
でもそれは空が全然手加減せずに私を攻めるから・・・

そんな言い訳を心の中でしていたが、ふと今自分がここにいる理由を思い出すとすぐさま消え去っていった。
そうだった・・・一方的に感じてる場合じゃない。
空のために私はここにいるんだった。


慌てて空の方を振り向き、軋む身体を僅かに起こした。
「その・・ごめん、空。次からはもう少し頑張るから。」
「・・・は?」
「つまり・・・・・・こういうのってあんまり慣れてなくて。って言うか、久々・・・いや10年ぶりだし。しかも私からこう・・・誘うとか、男性をイかせるとかっていうテクとか持ってないし。だ、だからさ・・・。」
「・・・・10年?」
空の表情が急に変わった。
眉を寄せ、何かを考え始めたみたいでそのまま黙りこんで。
私は私はその沈黙に耐えられなくて、
「それにこんなに・・・は、激しいのって初めてって言うか・・・・・・だからすごくその・・・何も考えられないって言うか、あ・・なんか言い訳だよね、これって・・・・・・・・空、呆れてる?よね。」
空を恐る恐るといった感じに見上げると、空の眉間のしわがさらに寄っている。

な、なんか非常にまずいこと言った??私・・・

そう思って、思い返してもこれというミスはない、はず。
すると、空がいきなり立ち上がってびっくり。
「そ、空?」
「・・・・・・仕事行ってくる。」
それだけ言うと、さっさと用意をしてあっという間にいなくなった。

・・・・・・・な、なんなの!?






空が何を考えているのか、どうしたいのか全くわからない。

だってあれからもう1週間、空は帰ってきてない。
しかも今までだったら、少なくとも1日以上家を空ける時は連絡がきたり、置手紙がしてあったりするのに。
今回は全くなし。
今更だけど、そんな些細な事が空なりの気遣いだったのだと改めて気付いた。
そして空のいないベッドがこんなにも広いのかということも。

撮影でどこかに遠くに行ってるならいい。
でも空は日本の、しかもこの都内に確実にいる。
だって今も目の前で彼は笑顔を向けているから。
文明の利器はこんな時にも活躍してくれる。
テレビは彼の意志とは関係なく、常に彼を追う。
だからスケジュールなんて簡単に知ることができる。
おまけに様々な憶測を追加して情報が世間に広まっていく。
テレビだけじゃない、雑誌や携帯も。


でもやっぱりメールくらい欲しい。

それが今の望みだ。
何も優しい言葉が欲しいとかじゃない。
いつものように今日は帰らないとか、○○日に帰るとか、そんなんでいい。
そうすればこっちもそれに合わせる事ができるのに。

と言うのも、ここに住み始めて夕食や朝食を作るようになった。
別にそれは空に言われたからとかではなくて、私が自主的に始めた事なんだけど。
やっぱり不規則な生活をしている空が心配だもの。
外食ばかりだと思うと、なんだか身体に悪いなって思うし。
それにほら、結局ここに住むようになって空の為に何かしたのかって言ったら皆無だし。
少しくらい空のために出来る事をしたいなって。
そう思って、身体に優しいものを作り出したのがきっかけで。
もちろんそんなにレパートリーがないから本屋さんでいくつかそういう類の本を買ってきて作ってるわけで。
買い物も本当は毎日出かけて、安い食材を探したいんだけど。
あ、別にお金に困ってるわけじゃなくて。
空にクレジットカードを渡されてるから。
もちろん、食事代くらいは払わなきゃと思って最初の頃は自分の財布から払ってたんだけど。
それに気付いた空がすぐにカードを差し出してきた。
借りを作りたくないからっていう言葉とともに。

現在、住み始めてすぐの頃に外出は控えろという空の指示のおかげで、あまり外に出られない状況で。
まぁそれは理解せざるを得ない。
だっていつどこでカメラの被写体になるかわからないから。『葵と暮らす謎の女』として。
だから外出した時にその分、色んな物をまとめ買い。
高い、安いなんて言ってられない。
だからなおさらカードを渡してきたんだろう。
彼なりの気遣いもそこには見える。
おかげで持って帰る荷物に一苦労だけど。
でもそれ以上に苦労してるのが、マンションに辿り着いて待ち構えるエレベーター。
そこに誰も待っていなければいい。
けれどもし誰か他に人が待っていたら、そしてその人が空と同じ階だとしたら私達のことがばれてしまうかもしれない。
そう考えたら、普通に空の部屋がある28階で降りることが躊躇われた。
だから今は一番最後に乗り込むようにしている。
そして乗り込んだ人達の降りる階数を確認して、28階の一つ上か下のどちらかの、誰も降りない階のボタンを押す。
そして狭い空間から出たら、非常階段でそっと空の部屋がある28階へと進む。
これまた物音に気をつけながら、非常階段から通路へ出るドアをそっと開けて周りに人がいないかチェック。
救いなのは空の部屋がその非常階段へと続くドアのすぐ近くだということ。
そして素早く通路を突き進み空の部屋へと走りこむ。

これが、できるだけ空と同居していることがばれない様に考えた末の対策。
やってて虚しい。
なんでここまでって思う。
でも万一のことを考えたら、それくらいしなきゃとも思う。
空にこれ以上、迷惑をかけないために。

・・・って、そんな事はどうでもいい!
私が気になってるのは、最後に見た空の態度がおかしかった事。
そして連絡が全くないということ。

私、何か悪いことした?
それで顔も見たくなくなった?

だったら、私を追い出せばいい。
なのに・・・・放置?

もう一度最後に見た空の様子を思い返す。
私が言った事の、何かで空は怒っているのだろうか。
それともやはり私がベッドの上で翻弄されっぱなしというのが気に入らなかったのだろうか。


悶々とそんな事を考えていたら、空の家の電話が鳴って、暫くすると留守電に切り替わった。
『もしもし・・・・橘 美月さん・・・いらっしゃいませんか?』
え?私?
知らない女性に名前を呼ばれて、思わず受話器を取ってしまった。
「はい!」
『あぁ、よかった。わたくし、葵のマネージャーをしております、三沢 沙織と言います。』
「マネージャー・・・。」
『お話したいことがあるんですが、これからお時間を頂けないでしょうか。』
「ええ、私は大丈夫ですが・・・」
『出来れば、他の人の耳には入れたくないので・・・・そちらに伺ってもよろしいかしら?』
一瞬、ここは空の部屋だし、勝手に入れるのもまずいかなとは思ったけれど、相手はマネージャーだし、信用できるはず。
それに他に安全な場所なんて知らないし。
そう思い、
「あ、はい。ではお待ちしてます。」
そう答えると相手は安心した様子で、すぐに伺うという言葉とともに電話を切った。
私も電話を切ると、急いでまず鏡で自分をチェック。
さすがにすっぴんは避けたい。
かと言ってきっちりと化粧はする暇もない。
仕方ないので、軽くナチュラルメイクという名の大雑把な化粧をささっと済ませると急いでコーヒーの準備に取り掛かった。


でも、一体マネージャーが私に何の用なんだろう?
少なくとも私の名前と、ここに私が居るとわかった上で電話をかけてきたという事は、それなりに私と空のことを知ってるってことだ。
やっぱり人気若手俳優が同棲ってのはまずいって話だろうか。
それともこういう関係を止めてくれって話?

どうしよう・・・
何を訊かれるかわからないけれど、たとえそれがわかっていた所でどう答えればいいのかもわからない。
こういう時こそ、空がいてくれればいいのに。
口裏を合わせる事さえ、今はできないし。

ああ、なんで電話に出ちゃったんだろう。
もしあの時、無視しておけば…


そんな後悔をしている時、インターフォンが恐いくらいに部屋に鳴り響いた。




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