黒い青春

樫野 珠代

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本編

38






自分の愚かさを呪った


自分の弱さを悔んだ


そして自分の想いを痛いほど ―――――









自分を取り戻したのは、インターフォンが鳴った時。

ハッと辺りを見回し、無残な有り様に自分でも驚いた。

何やってんだ、俺は!
後悔しても仕方のないことだとわかってる。
だけど・・・

再び、インターフォンが鳴り、ようやく訪問者がいることを思い出した。


画面を見ると、訪問者は既に玄関の外にいることを告げていた。
そして、そこにいる人物が誰なのか容易に推測できた。

三沢さんだ。

時計を見上げると既に約束の時間は過ぎていた。

マズイ。

インターフォンに走り寄り、ボタンを押す。

「はい。」
『私よ。』
やっぱり三沢さんだった。
と言う事は、時間が過ぎてると言う事だ。

チラッと美月を見る。

ひどい事をしてしまった。
とにかくこのままじゃ出かけられない。

「三沢さん、あのさ・・・。」
『ストップ。状況を考えなさい。とにかく今すぐここを開けて。話はそれからよ。』
三沢さんの言う事も尤もだ。
美月の事を話すにしても、インタフォン越しじゃ、誰が聞いてるかわからない。

とりあえず、美月に俺の服を掛けて最低限で身体を隠し、俺も下着とズボンを身につけ玄関へと向かった。

扉を開けると、三沢さんがすぐに玄関の中へと入ってきた。
俺の姿を見るなり、眉間にしわを寄せ、それでもマネージャーらしい言葉を掛ける。
「葵、急いで支度をして。かなりのタイムロスよ。」
「待ってくれよ。俺は今、行けない。彼女・・・をこのまま置いてはいけないんだ。」
「葵、自分で何を言ってるかわかってる?その言葉がどういう結果をもたらすのかも。」
「わかってる。だけど・・・。」
「わかってない!今度の仕事はあなたにとっても事務所にとっても、とても重要な仕事なの。それをあなたは私的な事でつぶすつもり?」
「そんなつもりはない!」
「だったら、すぐに現場に向かって。」
三沢さんは俺の話を聞こうとせず、話を進めようとする。
「話を聞いてくれ!俺、彼女にひどい事をしたんだ・・・最低の事を。だから・・・・とりあえず15分・・・いや10分でいい。彼女の事をきちんとしてから、俺は仕事に向かいたいんだ。」
俺の話をじっと聞いていた三沢さんは、急に靴を脱ぎ、リビングへと向かった。
「お、おい!」
慌てて止めようとしたが、間にあわず三沢さんはリビングのラグの上に横たわる美月を見つけていた。

「・・・・・・葵、あなた一体、何をしてるの?って今はそんな話をしてる時間はないわ。ここは私に任せて。あなたはすぐにこれで仕事へ向かって頂戴。」
そう言って俺に車のキーを投げてきた。
「じゃあ、せめて彼女をベッドに運ぶよ。三沢さん一人じゃ無理だろ。」
そう言いながら美月に近づこうとすると三沢さんが俺の前に立ちはだかった。
「葵!お願いだから私の言う事を聞いて。さっきも言ったけど、今度の仕事は事務所にとっても社運をかけるくらい大事な仕事なの。だからこの仕事を取るためにどれだけの人が動いて、どれだけのお金がかかっているのか少しはわかるでしょう?それをあなたは簡単にフイにしてしまうつもり?」
「だからそれは・・・。」
「あなたが、社長や事務所の人達の事を少しでも考えてくれるのなら今すぐに向かって。お願い!」
三沢さんは顔を歪め、俺に懇願してきた。


拒めなかった。


いままで事務所の人達がどれだけ俺のためにしてくれたのか。
社長もどれだけ俺に力を注いでくれているのか。
知ってるから。
それに一番近くで俺を支えてくれた三沢さんの頼みを断るなんて出来るわけがない。


「わかった。美月の事・・・・・・頼む。」
「ええ。安心して。」
三沢さんが頷くのを見て、俺は最後にもう一度、美月の顔を見つめた。

顔色が悪い・・・。
このままにしていくのは気が引ける。
でも・・・。

自分の心を振りきり、俺はシャツを掴むとそのままドアへと向かった。
俺の後ろで三沢さんは、
「私もここが片付いたらすぐに向かうわ。現地で落ち合いましょう。スタッフには私から連絡を入れておくから。」
「ああ。待ってる。」
「じゃあ、気をつけてね。」
三沢さんに見送られ、俺は外の世界へと足を踏み出した。








それから3日後。

俺は自分の家へと向かっていた。

エレベーターに乗り込み、あと数分で着く我が家にいるであろう人物を頭に描く。
乗り込んだ四角い箱は上昇していく。
それに比例して、俺の緊張も高まる。

まず、何から話そう。
どう切り出そう。
さっきからその事ばかり。

この3日間、最後に見た美月の姿が頭から離れることはなかった。
けれど、それでも仕事を放り出す事もできず、結局は3日も経ってしまった。

本当は美月を抱いたあの日、俺は仕事が終わったら帰ってくる予定だった。
たとえどんなに遅くなっても。
けれど、その予定はあっさり、そして簡単に打ち砕かれて・・・。




あの後、仕事場には10分遅れでなんとか到着した。
けれど、本来ならば既に撮影に入っているはずの大御所の到着がかなり遅れているらしく、スケジュールが押すことがすでに確定していて。
俺は落胆してそれでも、少しでも早く仕事を終わらせたくて準備始めた。
控室でシャワーを浴び、スタイリストが選んだ衣裳を身につけ、メイクさんにきっちりと顔を整えてもらって。
次第に自分が変えられていく。
鏡に映るのは、紛れもなく葵だった。


けれど。


頭の中は先程の事でいっぱいだった。

どんなに憎くても、どんなに苦しくてもしてはいけないことを俺はしてしまった。
力で相手を制するなんて最低の人間のすることだ。
それを理解していても俺はあの時、自分を見失っていた。

美月は・・・今頃、目が覚めている頃だろうか。
ひょっとしたら動けないかもしれない。
それくらい酷い事をしてしまったから。

そんな状態の彼女を俺はそのまま置いてきてしまった。
いくら仕事とはいえ、やはり彼女をあの状態で置いてくるなんてと今更な後悔ばかりしている。


「ごめんなさい、遅れて。」
俺の耳にそれが聞こえてきて、ぱっと鏡越しにその人物を見据えた。
「三沢さん!」
「あぁ、葵。プロデューサから聞いたわ。予定が遅れてるんですって?」
三沢さんは部屋の中にいた数人のスタッフに視線をちらりと投げながらそう訊いてきた。
「ああ、待ちらしい。」
「そうらしいわね。でも良かった、間にあって。」
「あの、三沢さん・・・。」
俺の言いたい事がわかったのか、三沢さんはそこにいたスタッフ全員に席を外すように指示を出す。
そして最後に出ていったスタッフがドアを閉め終わるのを見届けると、ゆっくりと近づき、俺の前に座った。

「心配しなくても大丈夫よ。」
「彼女・・・目覚めましたか?」
「いいえ。意識を完全に手放してるみたいで。とりあえず彼女の身体を綺麗にして、ベッドに移しておいたから。」
「移せたんだ・・・。」
「これでも力仕事も意外とイケるのよ、私。知らなかった?」
三沢さんは冗談混じりに言いながらニッコリと笑った。
俺は三沢さんの言葉とその仕草に少しだけほっとした。
それもつかの間、三沢さんが急に真面目な顔になった。
「葵。」
「はい。」
「今は仕事に集中するのよ。特に今日から数日はベテラン俳優に囲まれての大事なシーンを取るし、気を引き締めないと。・・・・・・彼女との事はそれからでも遅くないでしょう?」
「・・・そうですね。」
三沢さんにはそう応えた。
しかし心の中では

『もうすでに手遅れだよ。』

とそう告げていた。

あんな事をしてしまったんだ。
美月が許すはずがない。
そもそも美月にとって俺はただの・・・






ドアの前に立ち、深呼吸をした。
自分の家なのに、こんなにも緊張するのは初めてだ。

それでも俺は進まなければ。

そう思って、ドアを勢いよく開けた。

玄関に入ってすぐに部屋が暗い事に気付いた。
不安と焦りが浮き出してくる。

居ない・・・?
やはり、ここから出ていったのだろうか。

唇を噛み、靴を脱ごうと視線を下げると、美月の履いていたパンプスがそこにあることに気がついた。
それを見て、どれだけほっとしただろう。

良かった・・・まだ居る。
ひょっとしたら眠っているのかもしれない。

僅かな望みが見えたように思え、自然と笑みが生まれた。

そっと足音をたてない様にまずはリビングへと向かう。
照明のスイッチに手を伸ばし、リビング全体が明るくなった。

だけどそこを見渡した瞬間、すぐに俺の期待は失望とそして焦燥感に変わった。

なんで・・・


そのままだった。
俺が出ていった時とほぼ同じ状態。
ただ違う事はそこに美月という存在が居ない事。

「美月・・・?」

俺はすぐに寝室、浴室と見ていく。
「美月!どこにいる?!」
名前を呼んでも返事はなかった。
再びリビングに戻り、床に座り込むとそこに散らばる美月の来ていた服の一部を握りしめた。

靴はある。
そして彼女がここに住む為に運んできた荷物もある。
けれど彼女はいなくて、しかもあの時のままのリビング。
どういう事だ?

まさか・・・・・・自殺・・・?

行き着いた答えが浮かんだ瞬間、体が震えた。

いや、そんなはずはない!
なぜなら美月は、兄貴に言われて俺に近づいたはずだから。
そして俺に無理やり抱かれた事で二人にとっては有利に事が運ぶはず。
それなのに自殺なんてあり得ない。

とにかく美月を探そう。
全てはそれからだ。


 





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