恋のサマーセッション

樫野 珠代

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寮に来て1週間が過ぎた。
初日にばれてしまうというハプニングを除けば、寮生活は順調に進んでいる。
毎日、真志は朝早くから出かける。
部活してるって言ってた。
それに真剣に剣道をしたいからサークルには入らないとも言っていた。
それでもわりと有名な彼の名前を借りたいサークルが何度も頼みこんで、いくつかのサークルに名前だけ貸しだしてるらしい。
そこまでしてサークルに人を集めたいのだろうか。
そんな彼は本当ならば夕方までは部活があるはずなのに、昼ごろには寮に戻ってきている。
それは私のせい。
彼は自分がそうしたいからとは言っていたが、たぶん私のことが気になって部活を早くに切り上げてるんだと思う。
杉田君も同じようなことを言っていた。
『東條さんはそういう人なんですよ。困ってる人を無視するような人じゃないんです。だから若葉さんのことも放っておけないんだと思います。』
うん、この1週間それはつくづく感じた。
例えば見回りの時も話をしているのに、人がいたらなるべく人から離すように私とその人の間に入ったり。
人が通り過ぎる時も然り。
すごく気が合うし、砕けた話もするようになった。
剣道つながりで話題も尽きないし。
でも彼はいつも周りに目を光らせている。
それがさりげなくて最初はそれを偶然だと思っていたんだけど、何度もそういうことがあるとさすがに気付く。
別にそこまでしなくてもいいと思うんだけど。
着替えの時もそう。
シャワーを浴びる時は彼も同じタイミングでお風呂に入りに行く。
例え何かをやりかけていても。
そして私がシャワーを浴びて出た後、かなり時間を置いて彼が部屋に戻ってくる。
本当なら男の方がお風呂とか早いはずなのに。
もしかして廊下で待ってるのかもしれない。
そう思ってこの前、シャワーを浴びた後、廊下を覗いたの。
思ったとおり。
彼は廊下の壁に背中を預けて缶コーヒーを飲んでいた。
私は慌てて彼を中に引っ張りいれた。
「そこまでしなくていいよ。私、シャワー室に着替え持ち込んでるから。ビニールバッグに入れてるから濡れないし。だから気にせず入ってきてよ。私も真志が中にいた方が安心できる。」
「なんでだよ。」
私の言葉になぜか不貞腐れたような表情をしながら尋ねてきた。
「だってストーカーがカギをこじ開けて入ってくるかもしれないじゃない?シャワーの水を出してると音が聞こえないからちょっと不安だったんだ。だから真志がいた方が安心できる。」
「なんかそれって、嬉しいような悲しいような。」
「え?」
「いや、まぁ、それも一理あるかもな。」
「でしょ?それにほら、シャワー室にゴキブリが出た時、真志がいないと困るもん。」
「本当はそっち狙いだろ。」
「あ、ばれた?」
「ったく、わかったよ。今度から若葉がシャワーを浴びてる間は俺はドアの見張り番に徹するよ。」
「うん、任せた!」
現金な奴だといいながら真志は笑っている。
その笑顔を見ると私も嬉しくなる。
それだけじゃない。
この1週間、真志と一緒にいる時間が多いせいか、それが当たり前に思えてくる。
だから夕方、彼がバイトに向かうのを見送る時少しだけ寂しく感じたりしてる。
やばいなぁと自分でも思うよ。
これってやっぱり彼を好きになりかけてるってことでしょ?
今まで好きになった人はもちろんいるし、付き合ったことも1度だけある。
でも結局は私の性格が災いしてその恋は終わるんだよね。
それがわかってるから、人を好きになることに少し抵抗がある。
もし真志を本気で好きになったらきっとその後にまた苦しみがやってくる。
だったら、本気になる前に諦めた方がいい。
彼の優しさを誤解しちゃいけない。
いつもそう自分に言い聞かせて、今日まできてるけど。
でもねぇ・・・。
真志は私のことをきちんと女として扱ってくれるんだよね。
それが嬉しいというか、快感というか。
だって今までそういう扱いを受けたことがないんだもの。
希少な経験よ。
だから余計に真志の行動一つ一つにドキドキして、敏感になっちゃって。
自分に言い聞かせても、私の気持ちに関係なく真志がそういう感じだから自制心が揺らぐ、揺らぐ。
そうなると最後はいつもため息。
あと1週間、頑張れ自分!



そんな毎日の中、見回りをしていて、困るというかどういう反応をすればいいのかわからなくなることが起きたりするんだよね。
それは男子寮特有のことだろうな、うん。
状況としては・・・
見回りは夜中で、しかも夏休みであまり人が残っていない。
各部屋は誰もいないか、いたとしてもどちらか一人とか。
二人ともいるってところはほとんどないみたい。
そもそも残っている人は全員、二十歳前後の若い独身男性。
そうなると・・・・・・時折、悩ましい声が聞こえてくるんだよね。
きっとアダルトな映像がテレビに映し出されているんだろう。
私もそれにはさすがに焦りというか、落ち着かないというか。
そんな私に気づかないのか真志は平然と先を進んでいくんだよね。
真志にしたら普通のことなんだなって思った。
一方の私は、真志が男だということを改めて意識してしまう。
彼も見るのだろうか、ああいうビデオ。
でも部屋には私がいるから見れないよね。
ひょっとして我慢してるとか?
見回りが終わって部屋に戻ってから悶々とそんなことを考えている自分に気づき、恥ずかしく思っていると、
「何、一人百面相してんだ?」
自分の机でレポートを書いていた真志がいつのまにか振り返って怪訝そうな顔でこっちを覗っている。
はっ、見られてた。
そのことで余計に顔が赤くなったのがわかる。
「な、なんでもない!」
慌てて首を振り、赤くなった顔を見られないように俯く。
でも時はすでに遅し。
「変なことでも考えてたんだろ。顔が赤い。」
しっかりと指摘されました。
「別に変なことなんか・・・。」
「嘘をつくならばれないようにしろよ。と言っても若葉には無理だろうな。」
むかっ。
ええ、どうせ私は嘘が下手ですよ。
青葉に変装しても1日でばれたくらいだし。
でも思うんだよね。
たぶん私の嘘が下手というより真志がそういうことに鋭いんじゃないかって。
そう思って聞いてみると、
「ああ、それは・・・・・・まぁ、そうかもな。」
真志は何か含みのある言い方でそう返し、それ以上は言わない。
今日に限らず、考えてみれば真志は謎の多いことに気づく。
いつも語尾を濁すというか、はっきり言わない。
なんだか彼らしくない気がするんだけど・・・。
やっぱりそこまでは私に気を許してないってことなのかもしれない。
あー、それってかなり落ち込むわ。
「また百面相してるぞ。」
落ち込む私に再び突っ込みを入れる真志。
言い返す元気もなくて、スーッと立ち上がり、
「もう寝る。」
その一言を告げ、自分のベッドに向かった。
しかしベッドに片足を預けたところで、右腕を真志に掴まれた。
「おい、どうした?」
いつの間に動いたのか、真志がすぐ近くにいた。
「別に・・・。眠くなっただけ。」
なんだか八つ当たりしてるみたい。
ばかだな、私。
なんだかバツが悪くて、彼の顔をまともに見れない。
すると頭上で溜息が聞こえた。
「おまえが元気ないと調子が狂う。」
彼がぽつりとそんなことを言った。
「俺、なんか嫌なこと言ったか?悪い、俺、そういうの苦手だからわからないんだ。」
「違う!真志は何も悪くないよ。ただ・・・ちょっと自分に自信がなくなっただけ。」
「なんで?」
「だって・・・私は何も真志の力になってやれてないなって思って。それよりむしろ、負担かけてる気がするし。」
「そんなことないって。」
「そんなことある!だって真志、素の自分を出してないでしょ?そりゃ、ほんの数日前に知り合ったばかりで信用できないかもしれないけど。本当は部屋に戻った時くらいリラックスしたいはずだよ。でも私がいるからそれも出来ないんだよね?本当にごめん。」
「はぁ・・・何を考えてるかと思ったらそんなことか。別に俺はこれが普通だし、若葉がいるからって無理はしてない。そんなことしたって疲れるだけだろ。それに若葉のことは信用してる。」
「でも!真志は自分の思ってること、言わないじゃない。さっきだって言葉を濁すし。」
「あれは・・・その・・・言うほどのことでもなかっただけだ。」
そう言って真志は目を泳がせていた。
明らかに何かを隠した態度だ。
それが嫌なのよっ!
「いいから手を放して!」
「若葉。」
無理やり真志の手を振りほどき、私はそのまま布団へと潜った。
彼の気配をすぐ近くに感じる。
でも彼は何も言わない。
ようやく彼が動き、カーテンを引く音が聞こえてきた。
もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。
自分でも何を言ってるのか、何が言いたかったのかわからなくなった。
ただ、無性に悲しかった。
そしてそれほど彼を好きになってる自分にも驚いていた。



次の日、目を覚ますと真志はすでに部活に行ったらしく部屋にはいなかった。
心の中でほっとする自分がいた。
ケンカ別れみたいな形になった昨日の夜のことを思うと、どういう顔で彼と向き合えば良いのかわからなかったから。
顔を洗って、杉田君にメールを打った。
こんな自分をどうにかしたくて、誰かと話をしたくて。
運よく彼も午前中は暇を持て余しているようで一緒に朝ごはんを買いに行くことになった。
私は急いで身支度を整え、彼が迎えにきてコンビニに向かった。
「なんか元気がないですね。」
開口一番、彼はそう言った。
ええ、そうでしょうよ。
今、すんごく落ちてるんだもの。
後悔で頭と胸はいっぱいなのよ。
「もう・・・自分で自分が嫌になる。」
思わず愚痴ってしまった。
それを見た杉田君は驚いた顔をした。
「何?」
「いや・・・偶然かなと思って。今朝、東條さんも同じことを言ってたんで。」
「え?会ったの?」
「ええ。正確には俺の部屋に来たんです。その時、東條さんもどこか暗くて。で、部活に行ってる間、若葉さんのこと頼むって言って。そんなことをわざわざ言いに来るなんて変だなって思って、俺訊いたんですよ。どうかしたんですか?って。そしたら溜息をついて、さっき若葉さんが言ったセリフを同じように言ってました。」
「そう・・・。」
私が落ち込むのはわかるけど、どうして彼まで暗くなる必要があるのだろう。
「何かあったんですか?」
杉田君が控えめに訊いてきて、私は気が軽くなることを願って昨夜の出来事を話した。
もちろん、私の気持ちも。
話せば話すほど、杉田君もわからなくなってきたらしく、
「東條さんにしては変ですね。何でもはっきり言うタイプなのに。」
「私もそう思う。」
「何か言えないわけがあるとか。」
「それってたとえば?」
「うーん・・・・・・すいません、わからないです。」
がっくり。
結局、気分は変わらないまま杉田君の部屋へと突入。
ふと机の上に目線が向かった。
「チケット?」
「え?ああ、これ。今日、彼女と一緒に行くんですよ。ライブチケットなんです。なんでも好きなアーティストらしくて。」
「へぇー。楽しみだね。」
「ええ。久しぶりに会うので。でも俺、ライブとかって行ったことがなくて、うまく雰囲気に馴染めるかどうか。」
「大丈夫だよ。彼女の楽しそうな顔を見たら杉田君も楽しめると思うよ。」
「はは、そうかもしれないですね。」
「その後はどうするの?」
「とりあえず食事でもしようかなって思ってます。ただライブ終了の時間を考えると食事だけで終わりそうですけど。」
「あー、そっか。」
「あの・・・若葉さん。一つ聞いてもいいですか?」
「何?」
「その、手をつなぐとかってどういうタイミングでするもんなんですかね?」
「へ?」
「あと、どういう話をすればいいのか・・・。午後1時に待ち合わせてるんですけど、ライブまで5時間くらい時間があるし、その間、会話が続くかどうか。」
杉田君はそう言って照れながらも困った顔をしていた。
ああ、なんて淡い恋なんだろう。
すごく純情で、しかも初々しい!
「杉田君は彼女のこと色々知りたいって思うでしょ?彼女も杉田君のこと色々知りたいんじゃないのかな。だったら話すことはたくさんあるんじゃない?最近、自分がハマってる事とか。高校の時の話とか。好きな音楽とか、家族のこととか。」
「そう・・・か。彼女も静かな子なんで会話が続くか不安だったんですけど、ちょっとだけ楽になりました。」
「そう?良かった。あ、それから手をつなぐタイミングは待ち合わせで会うじゃない?その直後に手を差し出せばいいと思うよ。手、繋がない?とか言って。」
「なるほど。」
「最初にそれをやっちゃえば、後は自然と手をつなぐことができると思うんだ。」
「そんなに簡単にいきますかね?」
「そこは男として杉田君が頑張らないと!」
そう言って杉田君の肩をばしっと叩く。
「そうですね。俺がしっかりしないと。うん、若葉さんに今、気合いを貰いました。」
「よろしい。結果報告を楽しみにしてるから。」
「はい!」
杉田君の元気の良い返事と明るい笑顔は、沈んでいた私もかなり元気にさせてくれた。
話をして良かった。
そうして緊張のお昼を迎えることになった。


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