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3.味噌煮込みうどん(愛知)
一斉退職
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「ただいま……」
「戻りました」
二人とも、声に張りがない。表情にも疲労が滲んでいる。
「遅くまでお疲れさまです。あの、何かあったんですか?」
結野が「それが……」と気まずそうな顔をしながら、隣の貫井を見る。
「……企画広報部の仕事を手伝いに行ってたんだ」
貫井がため息を吐きながら、肩に掛けていた通勤バッグを下ろす。
企画広報部は、陽汰が所属する部署だ。
「応援要請があってね。俺の総務部から何人か駆り出されたし、貫井さんの品質管理部からも数人は来てたかな」
「……企画広報部の繁忙期って、何だかイメージが湧かないんですが」
千影の言葉に、貫井が「違う」と首を横に振る。
「繁忙期とかじゃない。陽汰以外の企画広報部の人間が全員、退職したんだ」
「え……?」
突然のことで、理解が追い付かない。
「……退職届が一斉に送られてきてね」
「陽汰さん以外の全員……?」
「いや、もうひとりいた。陽汰と企画広報部の責任者以外の全員だな」
貫井が、ふぅっと大きく息を吐く。
「きょう陽汰さんから連絡があって、遅くなるって。まさか、そんなことになっていたなんて……」
違和感を覚えた、簡潔な文章を思い出す。
「一緒に帰ろうって声を掛けたんだけどね。もう少し仕事を終わらせてから帰るって聞かなくて」
結野の疲れた声に「示し合わせてるだろうな、あれは」という貫井の声が被さる。
「……でしょうね。タイミングがぴったりだし」
「辞めるのは自由だが、一斉にってことをやるのはナシだろ。残される奴のことを少しは考えろよな」
貫井が静かに怒っている。常識的にというよりは、もしかしたら個人的な感情かもしれない。コンビの片割れである陽汰を思ってのことだろう。
心身ともにダメージを受けているように見える二人に、千影は声をかけた。
「夕食、召し上がりますか? メインは揚げ物なんですけど……。もし、食欲がないようならあっさりしたもの……たとえば雑炊とかならすぐに作れますけど」
残っている食材を頭の中で思い浮かべて、貫井と結野に提案する。だって、どう見ても食欲がなさそうなのだ。
「そういえば、ホワイトボード確認するの忘れたな。……揚げ物って、コロッケとか?」
配膳台の奥を覗き込むようにしながら問う貫井に、千影は「いえ、唐揚げです」と答える。
「唐揚げ……?」
ピクリと貫井が反応する。
「スパイシーでザクザク食感の唐揚げです」
胃には優しくない献立だ。
「食う」
貫井が即答した。結野も大きくうなずいている。
「食欲がなさそうだなと思ったんですけど……。大丈夫ですか?」
心配する千影をよそに、二人はスパイシー唐揚げにかぶりつく。
「平気だよ。というか、食欲がなくても唐揚げは食べるよ」
「むしろ、食欲がないときこそ唐揚げだ」
「そ、そういうものですか……」
唐揚げとごはんをがつがつ食べる二人を見て、やはり献立に登場させる頻度を高めようと思った。
一斉退職に至った理由は、どうやら企画広報部の責任者が関係しているらしい。
「ひと言でいうと、パワハラだね」
タラモサラダに箸を付けながら、結野が言う。
「前々からそういう噂はあったみたいだけどな。傍若無人の女上司って、社内でも有名だったし」
ため息を吐きながら、貫井が付け足す。
「……陽汰さんは、その女性の上司と問題なく仕事が出来ていたんですか?」
千影が訊ねると、結野は「超が付く体育会系だからね、陽汰は」と口をもぐもぐしながら答える。
「学生時代は有名なスポーツ強豪校に通ってたみたい。多少は理不尽なこととかもあったみたいだね、今時だとめずらしいかもだけど。それで麻痺してる部分があったんじゃないかな」
「上の立場の奴が自分勝手なのは当然で、高圧的に命令されるのも当たり前。声が大きいのは元気な証拠、くらいにしか思ってなかったらしいぞ」
「そ、そうなんですか。強いですね」
明らかなパワハラ行為を平然と受け流せる陽汰はある意味すごい。
「強いというか、鈍感というか、ズレてるんだあいつは」
貫井は呆れた表情だ。
「だから一斉退職のメンバーから漏れちゃったんだろうね。まぁ、誘われても乗らなかったと思うよ。辞めるなら自分ひとりで辞めますっていうタイプでしょう」
結野がそう言いながら、ごちそうさま、と手を合わせる。
貫井も食べ終えたらしい。食器をまとめて配膳台に置いている。
夕食は彼らが一番最後だった。土鍋を確認すると、ごはんが少しだけ残っていた。唐揚げも小さいのがふたつだけある。
千影はふたりが部屋に戻ったあと、残ったごはんと唐揚げでおむすびを作ることにした。陽汰の分だ。夕食は不要と言われたので、小腹が空いていたら軽く食べられるくらいの、小ぶりのおむすびにする。
まずは、唐揚げをカットする。だいたい1センチから2センチ程度の角切りにして、マヨネーズとしょうゆと和える。さっぱりとするように、刻んだ大葉も加えた。
お茶碗の中にラップを広げて、ごはんを半分だけ入れる。中央に具を置いて、その上から残りのごはんを乗せる。ラップで包み、やさしく握りながらおむすびの形を整えていく。
まだ陽汰が帰宅する気配はない。
今、彼がどんな気持ちで仕事をしているのか千影には分からない。どういう労わりの言葉がふさわしいのかも、分からない。それは、自分が今まで他人と関わることを避けてきたからかもしれないと千影は思った。
「戻りました」
二人とも、声に張りがない。表情にも疲労が滲んでいる。
「遅くまでお疲れさまです。あの、何かあったんですか?」
結野が「それが……」と気まずそうな顔をしながら、隣の貫井を見る。
「……企画広報部の仕事を手伝いに行ってたんだ」
貫井がため息を吐きながら、肩に掛けていた通勤バッグを下ろす。
企画広報部は、陽汰が所属する部署だ。
「応援要請があってね。俺の総務部から何人か駆り出されたし、貫井さんの品質管理部からも数人は来てたかな」
「……企画広報部の繁忙期って、何だかイメージが湧かないんですが」
千影の言葉に、貫井が「違う」と首を横に振る。
「繁忙期とかじゃない。陽汰以外の企画広報部の人間が全員、退職したんだ」
「え……?」
突然のことで、理解が追い付かない。
「……退職届が一斉に送られてきてね」
「陽汰さん以外の全員……?」
「いや、もうひとりいた。陽汰と企画広報部の責任者以外の全員だな」
貫井が、ふぅっと大きく息を吐く。
「きょう陽汰さんから連絡があって、遅くなるって。まさか、そんなことになっていたなんて……」
違和感を覚えた、簡潔な文章を思い出す。
「一緒に帰ろうって声を掛けたんだけどね。もう少し仕事を終わらせてから帰るって聞かなくて」
結野の疲れた声に「示し合わせてるだろうな、あれは」という貫井の声が被さる。
「……でしょうね。タイミングがぴったりだし」
「辞めるのは自由だが、一斉にってことをやるのはナシだろ。残される奴のことを少しは考えろよな」
貫井が静かに怒っている。常識的にというよりは、もしかしたら個人的な感情かもしれない。コンビの片割れである陽汰を思ってのことだろう。
心身ともにダメージを受けているように見える二人に、千影は声をかけた。
「夕食、召し上がりますか? メインは揚げ物なんですけど……。もし、食欲がないようならあっさりしたもの……たとえば雑炊とかならすぐに作れますけど」
残っている食材を頭の中で思い浮かべて、貫井と結野に提案する。だって、どう見ても食欲がなさそうなのだ。
「そういえば、ホワイトボード確認するの忘れたな。……揚げ物って、コロッケとか?」
配膳台の奥を覗き込むようにしながら問う貫井に、千影は「いえ、唐揚げです」と答える。
「唐揚げ……?」
ピクリと貫井が反応する。
「スパイシーでザクザク食感の唐揚げです」
胃には優しくない献立だ。
「食う」
貫井が即答した。結野も大きくうなずいている。
「食欲がなさそうだなと思ったんですけど……。大丈夫ですか?」
心配する千影をよそに、二人はスパイシー唐揚げにかぶりつく。
「平気だよ。というか、食欲がなくても唐揚げは食べるよ」
「むしろ、食欲がないときこそ唐揚げだ」
「そ、そういうものですか……」
唐揚げとごはんをがつがつ食べる二人を見て、やはり献立に登場させる頻度を高めようと思った。
一斉退職に至った理由は、どうやら企画広報部の責任者が関係しているらしい。
「ひと言でいうと、パワハラだね」
タラモサラダに箸を付けながら、結野が言う。
「前々からそういう噂はあったみたいだけどな。傍若無人の女上司って、社内でも有名だったし」
ため息を吐きながら、貫井が付け足す。
「……陽汰さんは、その女性の上司と問題なく仕事が出来ていたんですか?」
千影が訊ねると、結野は「超が付く体育会系だからね、陽汰は」と口をもぐもぐしながら答える。
「学生時代は有名なスポーツ強豪校に通ってたみたい。多少は理不尽なこととかもあったみたいだね、今時だとめずらしいかもだけど。それで麻痺してる部分があったんじゃないかな」
「上の立場の奴が自分勝手なのは当然で、高圧的に命令されるのも当たり前。声が大きいのは元気な証拠、くらいにしか思ってなかったらしいぞ」
「そ、そうなんですか。強いですね」
明らかなパワハラ行為を平然と受け流せる陽汰はある意味すごい。
「強いというか、鈍感というか、ズレてるんだあいつは」
貫井は呆れた表情だ。
「だから一斉退職のメンバーから漏れちゃったんだろうね。まぁ、誘われても乗らなかったと思うよ。辞めるなら自分ひとりで辞めますっていうタイプでしょう」
結野がそう言いながら、ごちそうさま、と手を合わせる。
貫井も食べ終えたらしい。食器をまとめて配膳台に置いている。
夕食は彼らが一番最後だった。土鍋を確認すると、ごはんが少しだけ残っていた。唐揚げも小さいのがふたつだけある。
千影はふたりが部屋に戻ったあと、残ったごはんと唐揚げでおむすびを作ることにした。陽汰の分だ。夕食は不要と言われたので、小腹が空いていたら軽く食べられるくらいの、小ぶりのおむすびにする。
まずは、唐揚げをカットする。だいたい1センチから2センチ程度の角切りにして、マヨネーズとしょうゆと和える。さっぱりとするように、刻んだ大葉も加えた。
お茶碗の中にラップを広げて、ごはんを半分だけ入れる。中央に具を置いて、その上から残りのごはんを乗せる。ラップで包み、やさしく握りながらおむすびの形を整えていく。
まだ陽汰が帰宅する気配はない。
今、彼がどんな気持ちで仕事をしているのか千影には分からない。どういう労わりの言葉がふさわしいのかも、分からない。それは、自分が今まで他人と関わることを避けてきたからかもしれないと千影は思った。
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