1 / 21
プロローグ
しおりを挟む
全力で振りぬいた拳は、魔族の女の背後の壁を、衝撃だけで吹き飛ばす。馬車で潜れる程の真円が穿たれ、地上九階の高さの蒼穹が除く。それでも地の勇者の拳は、相手の衣の表面で弾かれ、糸屑一つ揺らすことはできなかった。
腰を捻って拳を繰り出す度に、砂埃に塗れた二房の三編みが、蛇のように激しくのたうつ。対する相手は、毛の一本すら揺らがない。
十発、二十発、百発、二百発と、あらゆる角度から叩き込むが、衝撃が部屋の壁や床を破壊するだけで、相手には欠片の痛痒も与えられない。
「くっ、流石は風の四天王。【地属性以外完全無効】は伊達じゃないってことですね」
地の勇者は軽く後ろに跳んで距離を取り、息を整えた。
「……………………そ、その通りですわ、矮小なる人間よ!! 魔王様からいただいた私の耐性の前には、打撃属性の拳など何程のものでもありませんわ!」
だから無駄なことはやめて今すぐ帰るがいい。左胸に片手を当て、貼りついたような邪悪な笑みを浮かべた魔族は、早口にそう語る。勇者の拳の余波でパノラマビューと化した部屋の中でも、全くの無傷。これまでの相手とはまさに別格の力に、勇者は戦慄した。
ただの物理耐性、高防御力程度なら、物理で殴れば貫いてきた。この風の四天王城の前にいた、絶対無敵の魔獣とかいう触れ込みの魔鉱七層重機亀も、四回殴れば殺せた。七層の内の三層は、魔法耐性特化だったので。
しかし、本物の完全無効とはこれほどのものか。
勇者は舌先で拳を舐めて呟く。
「あたしは四勇者の中でも最弱」
えっ、と、風の四天王から乾いた声が漏れた気がしたが、家鳴りか何かを聞き違えたのだろう。勇者は気にせず続ける。
「他人より魔力と地属性適性があるだけで、何の取柄もない、ただの村娘だったあたしに……神様から賜ったこの使命。あたしが風の四天王を殺さなければ、魔王城の結界は破れないのだから」
簡単に諦めるわけにはいかない。出来ることは全てやる。泥臭くとも足掻くのだ、と決意を滾らせて。
左手を石造りの床に。右手を魔力を生み出す、自らの心臓に。濃い黄色を帯びた魔力の流れが、右手、右腕、右肩、左肩、左腕、左手を通って石床へと注ぎ込まれる。
魔力を使って起こす現象が魔法。魔法を効率的に、高威力で使うための型となるのが魔術。魔術により流れを規定された魔力は、物理法則を乗り超えた結果を示す。
「貫き、潤せ。【死刺の絨毯】!!」
左手の触れた先から、大人の背丈の倍ほどの石槍が床を突き出し、滑らかだった石床は地獄の針山を思わせる惨状と化す。石槍の床は面積を広げ風の四天王へと迫るが、「ひゃっ、死ぬ、死んじゃう!」という呪いの言葉と共に軽やかに躱される。
あわよくばこれで仕留められればと思っていた勇者だが、そう甘くないことはわかっていた。
「呑込み、噤め。【奈落の扉】!!!」
続けて唱えた呪文で、床から地面まで吹き抜ける地割れを起こすが、
「きゃああぁぁぁぁぁぁあああああ……あ、フ、フフ……フフフフ!!! そう、そうですわ、地属性魔法なんて飛んでいれば届きませんわ!!」
宙へ浮かんだ四天王により、あっさりと無効化される。
「だったら……空は万象の墓穴にして大地は其の石蓋なり。【宙舞う鳥が為の墓碑】!!」
左手から放った魔力は四天王の頭上に十字の杭となって現出し、一瞬の後、標的ごと床へと縫い付けんと突き下ろす。
「こ、この速さなら避けられますわよ! フフフフ!! フフフフフフフ!!」
しかし、その一瞬の間が致命の隙となり、ごくあっさりと躱されてしまう。隙間を無くし夏の雨のように弾幕を張っても、「ひやあああああ!!?」などという馬鹿にした声を残して大きく避けられ、終わりだ。
地属性って、これ本当に風属性に相性いいんだろうか、と勇者は疑問を抱いた。
接地攻撃は飛行持ちには無効だし、風属性の者は大抵、敏捷性に優れている。普通に勝ち目ないんじゃないですかね、と。
溜息をついて魔法を止め、じっと手を見る。
「か、勝てる、勝てますわ! 今度はこっちから行きますわよ!!」
ふがいない勇者を舐めているのか、風の四天王が詠唱も略して放つ風の刃は、強化した物理防御で勇者に傷一つ付けることはないが、それも今の内だけだろう。圧縮した空気による打撃、真空の檻、そういった小手調べを片手間に防ぎつつも、勇者は己の敗北を悟った。
軽く腕を払って、その風圧で相手の風を散らし。
血の気の引いた魔族らしい顔色で目を見開き、肩で息をする風の四天王に向け。
「ここはあたしの負けです……しかし、必ず! 必ずまた貴女を殺しに来ます!」
苦渋の思いで捨て台詞を残し、地の勇者は、壁の穴から撤退した。
腰を捻って拳を繰り出す度に、砂埃に塗れた二房の三編みが、蛇のように激しくのたうつ。対する相手は、毛の一本すら揺らがない。
十発、二十発、百発、二百発と、あらゆる角度から叩き込むが、衝撃が部屋の壁や床を破壊するだけで、相手には欠片の痛痒も与えられない。
「くっ、流石は風の四天王。【地属性以外完全無効】は伊達じゃないってことですね」
地の勇者は軽く後ろに跳んで距離を取り、息を整えた。
「……………………そ、その通りですわ、矮小なる人間よ!! 魔王様からいただいた私の耐性の前には、打撃属性の拳など何程のものでもありませんわ!」
だから無駄なことはやめて今すぐ帰るがいい。左胸に片手を当て、貼りついたような邪悪な笑みを浮かべた魔族は、早口にそう語る。勇者の拳の余波でパノラマビューと化した部屋の中でも、全くの無傷。これまでの相手とはまさに別格の力に、勇者は戦慄した。
ただの物理耐性、高防御力程度なら、物理で殴れば貫いてきた。この風の四天王城の前にいた、絶対無敵の魔獣とかいう触れ込みの魔鉱七層重機亀も、四回殴れば殺せた。七層の内の三層は、魔法耐性特化だったので。
しかし、本物の完全無効とはこれほどのものか。
勇者は舌先で拳を舐めて呟く。
「あたしは四勇者の中でも最弱」
えっ、と、風の四天王から乾いた声が漏れた気がしたが、家鳴りか何かを聞き違えたのだろう。勇者は気にせず続ける。
「他人より魔力と地属性適性があるだけで、何の取柄もない、ただの村娘だったあたしに……神様から賜ったこの使命。あたしが風の四天王を殺さなければ、魔王城の結界は破れないのだから」
簡単に諦めるわけにはいかない。出来ることは全てやる。泥臭くとも足掻くのだ、と決意を滾らせて。
左手を石造りの床に。右手を魔力を生み出す、自らの心臓に。濃い黄色を帯びた魔力の流れが、右手、右腕、右肩、左肩、左腕、左手を通って石床へと注ぎ込まれる。
魔力を使って起こす現象が魔法。魔法を効率的に、高威力で使うための型となるのが魔術。魔術により流れを規定された魔力は、物理法則を乗り超えた結果を示す。
「貫き、潤せ。【死刺の絨毯】!!」
左手の触れた先から、大人の背丈の倍ほどの石槍が床を突き出し、滑らかだった石床は地獄の針山を思わせる惨状と化す。石槍の床は面積を広げ風の四天王へと迫るが、「ひゃっ、死ぬ、死んじゃう!」という呪いの言葉と共に軽やかに躱される。
あわよくばこれで仕留められればと思っていた勇者だが、そう甘くないことはわかっていた。
「呑込み、噤め。【奈落の扉】!!!」
続けて唱えた呪文で、床から地面まで吹き抜ける地割れを起こすが、
「きゃああぁぁぁぁぁぁあああああ……あ、フ、フフ……フフフフ!!! そう、そうですわ、地属性魔法なんて飛んでいれば届きませんわ!!」
宙へ浮かんだ四天王により、あっさりと無効化される。
「だったら……空は万象の墓穴にして大地は其の石蓋なり。【宙舞う鳥が為の墓碑】!!」
左手から放った魔力は四天王の頭上に十字の杭となって現出し、一瞬の後、標的ごと床へと縫い付けんと突き下ろす。
「こ、この速さなら避けられますわよ! フフフフ!! フフフフフフフ!!」
しかし、その一瞬の間が致命の隙となり、ごくあっさりと躱されてしまう。隙間を無くし夏の雨のように弾幕を張っても、「ひやあああああ!!?」などという馬鹿にした声を残して大きく避けられ、終わりだ。
地属性って、これ本当に風属性に相性いいんだろうか、と勇者は疑問を抱いた。
接地攻撃は飛行持ちには無効だし、風属性の者は大抵、敏捷性に優れている。普通に勝ち目ないんじゃないですかね、と。
溜息をついて魔法を止め、じっと手を見る。
「か、勝てる、勝てますわ! 今度はこっちから行きますわよ!!」
ふがいない勇者を舐めているのか、風の四天王が詠唱も略して放つ風の刃は、強化した物理防御で勇者に傷一つ付けることはないが、それも今の内だけだろう。圧縮した空気による打撃、真空の檻、そういった小手調べを片手間に防ぎつつも、勇者は己の敗北を悟った。
軽く腕を払って、その風圧で相手の風を散らし。
血の気の引いた魔族らしい顔色で目を見開き、肩で息をする風の四天王に向け。
「ここはあたしの負けです……しかし、必ず! 必ずまた貴女を殺しに来ます!」
苦渋の思いで捨て台詞を残し、地の勇者は、壁の穴から撤退した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる