大陸一の賢者による地属性の可能性追求運動 ―絶対的な物量を如何にして無益に浪費しつつ目的を達するか―

ぽへみやん

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1.地属性で地形は変えられるか

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「なんか風の四天王の城の方が、べっこべっこうるさいなぁとは思ってたけど」

 青年と言うには年を食い、中年と言うには若く見える。中途半端な年齢層の黒髪の男は、窓外の城を眺めて相槌を打つ。大きく目を見開いてはいるが、驚いているわけではなく、これが素の表情のようだ。
 何も驚くには当たらない。城に穴が開いているのだ。大きな音も、するだろう。

「無理ですよあれ、無理ゲーです。四天王とか強すぎるんですよ、先週勇者になった田舎者のあたしが、勝てるわけないんです」

 そんな男の表情を横目に、【地の勇者】ドリスは、パンケーキとホットミルクを交互に口へ運びながら愚痴っていた。砂に汚れた厚手のハーフコートは脱いで背もたれにかけているが、その下に着ているシャツもまた砂塗れだった。
 ミルクを飲み下し、口元を拭う。袖についていた砂埃が口元に移るが、いつものことだ。

「だから【大陸一の賢者】様に、こう、超すごい地属性魔術を、ぱぱーっと教えてもらおうとですね」
「と言われてもなぁ」

 ドリスの提案自体は面白いと思う。圧倒的な力を持つ勇者に、その力の使い方を相談される。金持ちに予算だけ渡されて「これで我が家を好きにリフォームしてくれ」と言われる建築家は、きっとこんな気分なのだろう。加えて、提案の目的自体、男にとっても都合の良いことだ。
 やりたい、やりたくないで言えばやりたい。だが、可能、不可能で言えばどうだろうか。
 余程腹が空いていたのか、ドリスはそういう間にも、食事の手を止めることはない。半ばほどけた二房の三編みを片手で解く。砂埃にまみれた焦茶の髪を口の中に巻き込み、払い、パンケーキを齧り、ミルクを飲み、また髪を口に巻き込む。メニューの割に手数の多い食事だ、と男は思う。

 男、【大陸一の賢者】は難色を顔に浮かべて答えた。

「俺、この世界の基準だと賢者ワイズマンにはなるかもしれないけど、賢者ウィザードじゃないんだよ」

 困惑と言うよりは憐憫、諫めるというよりは諭すような調子。

「? 賢者けんじゃだけど賢者けんじゃじゃない? 謎かけですか?」
「この翻訳、面倒臭いよなぁ」

 賢者はやれやれ、と溜息を吐きかけて、「やれやれ系にだけはなる訳にはいかない」と顔を引き締めた。

「あ、無学な田舎者だと思って馬鹿にしてるんですか? 確かに無学な田舎者ですし、村の中でさえ脳筋って呼ばれてましたけど、あたしの腕力って強化魔法ですからね? 筋肉はそんなにないですよ?」

 勇者の腕力などは見たこともないが、これ以上広げるような話題でもない。
 力こぶのできない二の腕を見せつける勇者に、賢者は蜂蜜瓶を与えて黙らせる。勇者ドリスは満面の笑みで蜂蜜をパンケーキに塗りつけ、ミルクカップに掬い入れた。

***

 腹が膨れて眠くなったのか、ドリスは薄目で船を漕ぎ始めた。
 賢者は客をソファに誘導し、食卓を片付けながら窓外に聳える、風の四天王城を見遣った。

「しかし、あそこまで城がボコボコになるような攻撃受けて、よく生きて戻れたよね」
「あー、城をボコボコにしたのはあたしです」
「え、あ、おう」

 賢者はドリスへの警戒レベルを一段上げた。

「四天王の人が手加減して、風の刃とか、空気弾とか真空とか、物理で再現できる系の魔法しか打ってこなかったんで、物防で耐えられたんですが。あたし魔防低いんで、ちゃんとした魔法打たれたら死んでましたよ」

 賢者はドリスへの警戒レベルを、もう三段階上げた。
 魔法には【物理ダメージ】と【魔法ダメージ】があり、基本的には「物理で再現できるものは物理ダメージ」、「それ以外は魔法ダメージ」ということになっている。この基準は感覚的なものであり非常に曖昧である。初めてそのことを知った際、基準の曖昧すぎることにイラついた賢者は、早速検証を始めた。その頃既に農地改革や菓子販売で一財産を築いていた賢者は、小国の国家予算にも匹敵する額を投じ、物理無効の装備一式を買い集めた。そして、その装備を纏った被験者――賢者自身も含む――に、様々な軽魔法キャントリップをぶち当てさせたのだ。
 風魔法による風や、地魔法による石弾は、【物理ダメージ】だと感じる者と、【魔法ダメージ】と感じる者がいる。物理無効の効果は、ダメージを受ける者が【物理ダメージ】だと感じるダメージを無効化する。それがこの実験で判明した。
 一般大衆には【魔法ダメージ】だと思われている炎も氷も水も雷も光も毒も、賢者にとっては物理現象である。それどころか、呪いによる精神汚染も、時空の歪みによる空間の切断も、賢者にとっては物理現象で再現可能な【物理ダメージ】だ。実際、賢者自身が(入念な自己暗示をかけた上で)被験者となった際には、ほぼ全ての魔法は無効化された。唯一、闇属性だけは貫通。「闇、闇って何だ」、「マイクロブラックホール辺りなら行けたのに」という言葉を残して、丸一日寝込んだ。
 閑話休題。
 魔法優位のこの世界で生まれ育ち、四天王レベルの起こす風魔法を「物理現象で再現できる」とナチュラルに考えられるこの勇者は、即ち、ナチュラルにその程度の風の刃や真空の檻を作り出せる物理攻撃力を持っている、ということになる。
 控えめに言って、頭がおかしい。

「でもまぁ、俺好みの仕事ではあるんだよなぁ」

 頭がおかしい相手が好みなのではない。
 仕事の内容が、賢者の好みであると思えたのだ。
 趣味と実益を兼ねる提案を引き受けないのも、むしろ不自然な話だろう。

「引き受けよう」

 賢者は頷く。

「あ、じゃあ最強超級撃滅魔術を教えて貰えるんですね!」
「いや、それは無理なんだけど。俺魔法使えないし、魔術も知らないし」
「え、じゃあ詐欺ですか!? それとも馬鹿にしてるんですか!!?」

 賢者には、なんやかんやで、魔力がない。故に魔法は使えない。
 また、魔力に形を与えて魔法を起こす「型」のことを魔術と呼ぶが、こちらについても、幾つかの詠唱を知っている程度だ。文法も命令語もなく、一対一の「定義」だけで作られている魔術に、賢者は興味を抱けなかった。

「詐欺でもないし、馬鹿にもしてないんだけども」

 そもそも、賢者が魔法に詳しいという固定観念がおかしいのだ、と賢者は、賢者と呼ばれた先人達を心中で責める。

「魔法は使えないけど、魔法の使い方を考えることはできるよ」
「あ、お、馬鹿にしてるんですか?」
「君は今まで相当馬鹿にされがちな人生を送ってきたんだねぇ」

 疑心暗鬼に囚われたドリスに酒漬けラズベリーの瓶を渡し、嬉しそうにスプーンで瓶を掘り返す姿を眺め。賢者は憐憫の溜息を飲み込んだ。

***

「魔法って基本は、何かを操る、何かを作る、ってことになるんだよね」
「そういえばそうですね」

 風の四天王城が見えるベランダで、賢者は勇者ドリスへ魔法の講義を行っていた。

「火属性だと、操るってあんまり機会がないから、基本的には作る方になる。風属性だと、空気はは大体どこにでもあるから、操る方が強いし効率がいい。地属性もそうかな」
「あー、言われてみればそうかもです!!」

 体系立った魔法教育を受けず、田舎村で受けた初歩的な技法だけで勇者としてやってきたドリスにとって、賢者の教えは全てが目新しいものである。実の所、世界的に見ても体系立った魔法教育など行われている地域はほとんどないし、その体系自体がそもそもぼんやりしたもので、賢者の教えもまた、元を辿ればほぼ独学なのだが。
 賢者は問う。

「操るとかって、どれくらいできる?」

 それは根本にして、最も重要な質問であった。
 低レベルなら地面から土の槍を突き立てる、そこそこのレベルで川や崖に橋を架ける。風の四天王城をボコボコにした勇者なら、地震を起こす、地割れを起こす程度のことはできるだろう。仕様と機能を知らなければ、出力できる結果もわからない。
 ドリスは真顔で答えた。

「山二つくらいですかね」

 予想外の方向の答えだった。
 個数とは。
 山の。

「平地に山二つ作れるってこと?」
「山二つくらいなら、飛ばせるってことです」

 山が飛ぶとは。

 一瞬思考が止まったが、まあ、理屈の上ではおかしなこともない。相応の魔力を込めて、土を操れば、山だって飛ぶだろう。二つだって飛ぶ。賢者はそう、気を取り直す。
 仕様と機能がわかれば、出力できる結果は考えられる。

「じゃあそれで、城ごと潰そう!」

 かくして、山が飛び、城が潰れた。

***

 その三日後、【地の勇者】ドリスと【大陸一の賢者】は、再建された風の四天王城を訪れていた。

「ああ、やっぱりなぁ。山に潰されたら地属性だけど、山に潰された城に潰されるのは、打撃属性なんだ」
「それってズルくないですか?」

 潰された城の残骸を貫く竜巻が舞い、その中から何かが飛び立つのは見た。四天王の名は伊達ではないということだろう。そこまでは、予想の範疇ではあった。
 その翌々日後に城が再建されていたことには賢者も驚いたが、魔族の土建屋は相当腕が良いのかもしれない。

「あれっ、なんかすごい丈夫になってますよ」

 徒歩で近付いて外壁に土の塊をガンガンぶつけながら、ドリスが驚きの声を上げる。魔法で鋼より硬く圧縮した土塊は、城の外壁に当たると同時に、その魔力を霧散させ、砕け散る。

「これ【地属性無効】だな」
「えー!! ズルくないですか!?」
「そりゃ先方も対策くらいするよ」

 ドリスが拳で殴れば砕ける壁も、賢者が油を撒いて火を放てば燃える門も、地属性魔法攻撃では傷一つ付かない。そして、砕けた部分も、燃えた部分も、時間が経てば再生する。

「自己修復持ちの城か。周囲の地面から材料を吸収してるっぽいし、この城自体は地属性付与されてるみたいだね」
「なら、この城で押しつぶせば風の四天王の人も殺せますかね?」
「いやー、地属性の強化バフがかかってるだけで、城自体は石でも金属でもない……何だろ、物質化した純魔力かな。無属性素材だねこれ」

 未知の現象を楽しそうに検証する賢者に、ドリスも自然と笑顔になる。
 少し離れた位置から局所的地震を起こしても、城だけが揺れない。
 巨大な落とし穴で城ごと奈落に落とそうしても、ドリスの魔力が届く限界以上の深さまで、【地属性無効】が効いている。
 属性持ちの素材を使うのではなく、強化だけで勇者の魔法を上回る耐性を持つ。賢者にとってはドリスの魔法の時点で規格外であったが、それ以上の地属性適性持ちが、単なる土建屋をやっている魔族。その人材の豊富さには、恐れを抱かざるを得ない。

 砕けた土塊を所々に被り、四方を崖に囲まれた風の四天王城を眺め、勇者と賢者は改めて魔王軍の脅威を知り。
 それでも、打倒・風の四天王への決意を新たとするのであった。
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