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第三章
12 今度は、偽装じゃない。
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「なっ……!」
チェストリーが黒い瞳を見開く。
カレンが、さらわれた。
そう伝えてきたのは、チェストリーたちと親しくしている男だ。こんな嘘をつくとは思えない。
「お嬢が……さらわれた……?」
「お嬢? カレリア……お前の奥さんだよ! さっき見たんだ。ごろつき共に連れていかれるのを!」
のどかな村ではあるが、悪党というものはどこにだっている。
「カレリア」は美人であるが、特別稼ぎがいいわけでも、地位があるわけでもない、普通の男の嫁。誘拐しようと考える者は少ないだろう。
しかし、「カレン」は。ホーネージュ王国のデュライト公爵の妻で、彼の息子を生んだ女性。それも、公爵様が必死に探し続けている人だ。さらう価値は、十分にある。
店から逃げ出したカレンに追いついたあと。
チェストリーたちは、ついヒートアップして、大きな声を出してしまった。
当然、外である。
あのときは自分も必死で、そこまで気が回らなかったが……。
自分たちのやりとりを聞いて、カレンの正体に気が付いた者が現れたことぐらいは、簡単に想像できた。
カレンが誘拐されたという話は、本当なのだろう。
「旦那様! すぐにお嬢をたすけ……に……」
今すぐカレンを助けに行かなければ。そう思ったチェストリーは、ばっとジョンズワートの方へ向き直ったのだが。
ジョンズワートは、俯いて、身体を震わせていた。
「……また、そういうことにするのか」
「は?」
「カレンは本当に、僕のことが嫌なんだね」
「なに言ってんだ! 今の話、聞いてたか!?」
「聞いてたよ。カレンがさらわれたんだって? 前と同じだ。今回もそうやって僕から逃げるつもりなんだろう? もうわかったから、そんなことしなくていい。僕は彼女の前から消える。ショーンのことも認知しない。自由に生きて欲しいと、カレンに伝えてくれ」
4年前にカレンが姿を消したとき、彼女は誘拐と死亡を偽装したから。
ジョンズワートは、カレンが今回も同じ手を使って逃げようとしているのだと思い込んでしまった。
二度も誘拐を装って逃げるほどに嫌なら、もう、彼女を追いかけはしない。
それはジョンズワートなりの愛であったのだが。
彼の言葉を聞いたチェストリーは足音をたてて乱暴にジョンズワートに近づいて、がっと両肩を掴む。チェストリーの手に力がこもり、ジョンズワートの肩は鈍い痛みを覚えた。
「……聞け、ジョンズワート」
「っ……!」
あまりにも真剣な瞳と迫力に、同じ男であるジョンズワートも、思わず息をのんだ。
「お嬢の情報を流したのは俺だって、言ったよな。あんたがお嬢を探し続けるから、今度こそ、と思ったんだ。本当にお嬢のことが好きなら、まだ諦めていないなら、意地でも手を掴んでくれ。……あの人を幸せにしてくれよ。あんたじゃないとできないんだよ!」
最後の言葉は、叫びにも近かった。
チェストリーは、苛立ちを表に出しながらもジョンズワートから手を離す。
「……俺にとって1番重要なのは、お嬢の幸せだ。だから、誘拐と死亡を偽装すると言い出したあの人にもついていった。ここで暮らすあの人は、幸せそうだった。でも、なにかが足りてなかったんだ。必要なものが欠けているように見えた。……それは、あんただ。ジョンズワート」
「……」
「お嬢も、あんたも、お互いを求めてる。そう思ったから、俺は……! お嬢に無断で、情報を流すなんて真似をしたんだ!」
本人に言えば、絶対に許可なんておりないから、と、チェストリーは目を伏せながら付け加えた。
チェストリーが最も大事にしているのは、カレンの幸せだ。
チェストリーと偽の夫婦になって子を育てるカレンは、幸福であったといえるだろう。
けれど、ときたま。寂しそうに外を眺めていることがあるのだ。
なにかが、欠けている。カレンが幸せになるための条件が、満たされていない。
その足りないピースがなにかなんて、長くカレンの従者をやっているチェストリーにはわかっていた。――ジョンズワートだ。
しかし、ジョンズワートもカレンを求めて続けていなければ、カレンは余計に傷つくことになる。
だからチェストリーは、カレンには知らせず、ジョンズワートの動きを調べていたのだ。
結果、4年経っても、ジョンズワートは再婚もせず、カレンを探し続けていた。
ジョンズワートの想いが、変わることはない。今度こそ、二人の想いが通じ合う。
そう思ったから、彼にカレンの居場所を伝えたのである。
「チェストリー……」
ジョンズワートは、一人の男の想いを受け取った。
「それから……旦那様。この地に、誘拐まで偽装するような知人は、いません」
ホーネージュから逃げたときとは、話が違う。
あのときのカレンは、その地で生まれ育った伯爵家のお嬢さんで。
懇意にしている者たちにも、それだけの計画力と実行力があった。
だが、しかし。農村に住む主婦にすぎない、今は。これだけの早さで、公爵家を相手に誘拐を偽装できるものなど、いはしない。
チェストリーの言葉を聞いたジョンズワートの心臓が、どっどっど、と嫌な音を立てた。
「じゃあ、カレンがさらわれたというのは」
「今度は偽装じゃない。本当の事件だ」
チェストリーが黒い瞳を見開く。
カレンが、さらわれた。
そう伝えてきたのは、チェストリーたちと親しくしている男だ。こんな嘘をつくとは思えない。
「お嬢が……さらわれた……?」
「お嬢? カレリア……お前の奥さんだよ! さっき見たんだ。ごろつき共に連れていかれるのを!」
のどかな村ではあるが、悪党というものはどこにだっている。
「カレリア」は美人であるが、特別稼ぎがいいわけでも、地位があるわけでもない、普通の男の嫁。誘拐しようと考える者は少ないだろう。
しかし、「カレン」は。ホーネージュ王国のデュライト公爵の妻で、彼の息子を生んだ女性。それも、公爵様が必死に探し続けている人だ。さらう価値は、十分にある。
店から逃げ出したカレンに追いついたあと。
チェストリーたちは、ついヒートアップして、大きな声を出してしまった。
当然、外である。
あのときは自分も必死で、そこまで気が回らなかったが……。
自分たちのやりとりを聞いて、カレンの正体に気が付いた者が現れたことぐらいは、簡単に想像できた。
カレンが誘拐されたという話は、本当なのだろう。
「旦那様! すぐにお嬢をたすけ……に……」
今すぐカレンを助けに行かなければ。そう思ったチェストリーは、ばっとジョンズワートの方へ向き直ったのだが。
ジョンズワートは、俯いて、身体を震わせていた。
「……また、そういうことにするのか」
「は?」
「カレンは本当に、僕のことが嫌なんだね」
「なに言ってんだ! 今の話、聞いてたか!?」
「聞いてたよ。カレンがさらわれたんだって? 前と同じだ。今回もそうやって僕から逃げるつもりなんだろう? もうわかったから、そんなことしなくていい。僕は彼女の前から消える。ショーンのことも認知しない。自由に生きて欲しいと、カレンに伝えてくれ」
4年前にカレンが姿を消したとき、彼女は誘拐と死亡を偽装したから。
ジョンズワートは、カレンが今回も同じ手を使って逃げようとしているのだと思い込んでしまった。
二度も誘拐を装って逃げるほどに嫌なら、もう、彼女を追いかけはしない。
それはジョンズワートなりの愛であったのだが。
彼の言葉を聞いたチェストリーは足音をたてて乱暴にジョンズワートに近づいて、がっと両肩を掴む。チェストリーの手に力がこもり、ジョンズワートの肩は鈍い痛みを覚えた。
「……聞け、ジョンズワート」
「っ……!」
あまりにも真剣な瞳と迫力に、同じ男であるジョンズワートも、思わず息をのんだ。
「お嬢の情報を流したのは俺だって、言ったよな。あんたがお嬢を探し続けるから、今度こそ、と思ったんだ。本当にお嬢のことが好きなら、まだ諦めていないなら、意地でも手を掴んでくれ。……あの人を幸せにしてくれよ。あんたじゃないとできないんだよ!」
最後の言葉は、叫びにも近かった。
チェストリーは、苛立ちを表に出しながらもジョンズワートから手を離す。
「……俺にとって1番重要なのは、お嬢の幸せだ。だから、誘拐と死亡を偽装すると言い出したあの人にもついていった。ここで暮らすあの人は、幸せそうだった。でも、なにかが足りてなかったんだ。必要なものが欠けているように見えた。……それは、あんただ。ジョンズワート」
「……」
「お嬢も、あんたも、お互いを求めてる。そう思ったから、俺は……! お嬢に無断で、情報を流すなんて真似をしたんだ!」
本人に言えば、絶対に許可なんておりないから、と、チェストリーは目を伏せながら付け加えた。
チェストリーが最も大事にしているのは、カレンの幸せだ。
チェストリーと偽の夫婦になって子を育てるカレンは、幸福であったといえるだろう。
けれど、ときたま。寂しそうに外を眺めていることがあるのだ。
なにかが、欠けている。カレンが幸せになるための条件が、満たされていない。
その足りないピースがなにかなんて、長くカレンの従者をやっているチェストリーにはわかっていた。――ジョンズワートだ。
しかし、ジョンズワートもカレンを求めて続けていなければ、カレンは余計に傷つくことになる。
だからチェストリーは、カレンには知らせず、ジョンズワートの動きを調べていたのだ。
結果、4年経っても、ジョンズワートは再婚もせず、カレンを探し続けていた。
ジョンズワートの想いが、変わることはない。今度こそ、二人の想いが通じ合う。
そう思ったから、彼にカレンの居場所を伝えたのである。
「チェストリー……」
ジョンズワートは、一人の男の想いを受け取った。
「それから……旦那様。この地に、誘拐まで偽装するような知人は、いません」
ホーネージュから逃げたときとは、話が違う。
あのときのカレンは、その地で生まれ育った伯爵家のお嬢さんで。
懇意にしている者たちにも、それだけの計画力と実行力があった。
だが、しかし。農村に住む主婦にすぎない、今は。これだけの早さで、公爵家を相手に誘拐を偽装できるものなど、いはしない。
チェストリーの言葉を聞いたジョンズワートの心臓が、どっどっど、と嫌な音を立てた。
「じゃあ、カレンがさらわれたというのは」
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