39 / 77
第三章
12 今度は、偽装じゃない。
しおりを挟む
「なっ……!」
チェストリーが黒い瞳を見開く。
カレンが、さらわれた。
そう伝えてきたのは、チェストリーたちと親しくしている男だ。こんな嘘をつくとは思えない。
「お嬢が……さらわれた……?」
「お嬢? カレリア……お前の奥さんだよ! さっき見たんだ。ごろつき共に連れていかれるのを!」
のどかな村ではあるが、悪党というものはどこにだっている。
「カレリア」は美人であるが、特別稼ぎがいいわけでも、地位があるわけでもない、普通の男の嫁。誘拐しようと考える者は少ないだろう。
しかし、「カレン」は。ホーネージュ王国のデュライト公爵の妻で、彼の息子を生んだ女性。それも、公爵様が必死に探し続けている人だ。さらう価値は、十分にある。
店から逃げ出したカレンに追いついたあと。
チェストリーたちは、ついヒートアップして、大きな声を出してしまった。
当然、外である。
あのときは自分も必死で、そこまで気が回らなかったが……。
自分たちのやりとりを聞いて、カレンの正体に気が付いた者が現れたことぐらいは、簡単に想像できた。
カレンが誘拐されたという話は、本当なのだろう。
「旦那様! すぐにお嬢をたすけ……に……」
今すぐカレンを助けに行かなければ。そう思ったチェストリーは、ばっとジョンズワートの方へ向き直ったのだが。
ジョンズワートは、俯いて、身体を震わせていた。
「……また、そういうことにするのか」
「は?」
「カレンは本当に、僕のことが嫌なんだね」
「なに言ってんだ! 今の話、聞いてたか!?」
「聞いてたよ。カレンがさらわれたんだって? 前と同じだ。今回もそうやって僕から逃げるつもりなんだろう? もうわかったから、そんなことしなくていい。僕は彼女の前から消える。ショーンのことも認知しない。自由に生きて欲しいと、カレンに伝えてくれ」
4年前にカレンが姿を消したとき、彼女は誘拐と死亡を偽装したから。
ジョンズワートは、カレンが今回も同じ手を使って逃げようとしているのだと思い込んでしまった。
二度も誘拐を装って逃げるほどに嫌なら、もう、彼女を追いかけはしない。
それはジョンズワートなりの愛であったのだが。
彼の言葉を聞いたチェストリーは足音をたてて乱暴にジョンズワートに近づいて、がっと両肩を掴む。チェストリーの手に力がこもり、ジョンズワートの肩は鈍い痛みを覚えた。
「……聞け、ジョンズワート」
「っ……!」
あまりにも真剣な瞳と迫力に、同じ男であるジョンズワートも、思わず息をのんだ。
「お嬢の情報を流したのは俺だって、言ったよな。あんたがお嬢を探し続けるから、今度こそ、と思ったんだ。本当にお嬢のことが好きなら、まだ諦めていないなら、意地でも手を掴んでくれ。……あの人を幸せにしてくれよ。あんたじゃないとできないんだよ!」
最後の言葉は、叫びにも近かった。
チェストリーは、苛立ちを表に出しながらもジョンズワートから手を離す。
「……俺にとって1番重要なのは、お嬢の幸せだ。だから、誘拐と死亡を偽装すると言い出したあの人にもついていった。ここで暮らすあの人は、幸せそうだった。でも、なにかが足りてなかったんだ。必要なものが欠けているように見えた。……それは、あんただ。ジョンズワート」
「……」
「お嬢も、あんたも、お互いを求めてる。そう思ったから、俺は……! お嬢に無断で、情報を流すなんて真似をしたんだ!」
本人に言えば、絶対に許可なんておりないから、と、チェストリーは目を伏せながら付け加えた。
チェストリーが最も大事にしているのは、カレンの幸せだ。
チェストリーと偽の夫婦になって子を育てるカレンは、幸福であったといえるだろう。
けれど、ときたま。寂しそうに外を眺めていることがあるのだ。
なにかが、欠けている。カレンが幸せになるための条件が、満たされていない。
その足りないピースがなにかなんて、長くカレンの従者をやっているチェストリーにはわかっていた。――ジョンズワートだ。
しかし、ジョンズワートもカレンを求めて続けていなければ、カレンは余計に傷つくことになる。
だからチェストリーは、カレンには知らせず、ジョンズワートの動きを調べていたのだ。
結果、4年経っても、ジョンズワートは再婚もせず、カレンを探し続けていた。
ジョンズワートの想いが、変わることはない。今度こそ、二人の想いが通じ合う。
そう思ったから、彼にカレンの居場所を伝えたのである。
「チェストリー……」
ジョンズワートは、一人の男の想いを受け取った。
「それから……旦那様。この地に、誘拐まで偽装するような知人は、いません」
ホーネージュから逃げたときとは、話が違う。
あのときのカレンは、その地で生まれ育った伯爵家のお嬢さんで。
懇意にしている者たちにも、それだけの計画力と実行力があった。
だが、しかし。農村に住む主婦にすぎない、今は。これだけの早さで、公爵家を相手に誘拐を偽装できるものなど、いはしない。
チェストリーの言葉を聞いたジョンズワートの心臓が、どっどっど、と嫌な音を立てた。
「じゃあ、カレンがさらわれたというのは」
「今度は偽装じゃない。本当の事件だ」
チェストリーが黒い瞳を見開く。
カレンが、さらわれた。
そう伝えてきたのは、チェストリーたちと親しくしている男だ。こんな嘘をつくとは思えない。
「お嬢が……さらわれた……?」
「お嬢? カレリア……お前の奥さんだよ! さっき見たんだ。ごろつき共に連れていかれるのを!」
のどかな村ではあるが、悪党というものはどこにだっている。
「カレリア」は美人であるが、特別稼ぎがいいわけでも、地位があるわけでもない、普通の男の嫁。誘拐しようと考える者は少ないだろう。
しかし、「カレン」は。ホーネージュ王国のデュライト公爵の妻で、彼の息子を生んだ女性。それも、公爵様が必死に探し続けている人だ。さらう価値は、十分にある。
店から逃げ出したカレンに追いついたあと。
チェストリーたちは、ついヒートアップして、大きな声を出してしまった。
当然、外である。
あのときは自分も必死で、そこまで気が回らなかったが……。
自分たちのやりとりを聞いて、カレンの正体に気が付いた者が現れたことぐらいは、簡単に想像できた。
カレンが誘拐されたという話は、本当なのだろう。
「旦那様! すぐにお嬢をたすけ……に……」
今すぐカレンを助けに行かなければ。そう思ったチェストリーは、ばっとジョンズワートの方へ向き直ったのだが。
ジョンズワートは、俯いて、身体を震わせていた。
「……また、そういうことにするのか」
「は?」
「カレンは本当に、僕のことが嫌なんだね」
「なに言ってんだ! 今の話、聞いてたか!?」
「聞いてたよ。カレンがさらわれたんだって? 前と同じだ。今回もそうやって僕から逃げるつもりなんだろう? もうわかったから、そんなことしなくていい。僕は彼女の前から消える。ショーンのことも認知しない。自由に生きて欲しいと、カレンに伝えてくれ」
4年前にカレンが姿を消したとき、彼女は誘拐と死亡を偽装したから。
ジョンズワートは、カレンが今回も同じ手を使って逃げようとしているのだと思い込んでしまった。
二度も誘拐を装って逃げるほどに嫌なら、もう、彼女を追いかけはしない。
それはジョンズワートなりの愛であったのだが。
彼の言葉を聞いたチェストリーは足音をたてて乱暴にジョンズワートに近づいて、がっと両肩を掴む。チェストリーの手に力がこもり、ジョンズワートの肩は鈍い痛みを覚えた。
「……聞け、ジョンズワート」
「っ……!」
あまりにも真剣な瞳と迫力に、同じ男であるジョンズワートも、思わず息をのんだ。
「お嬢の情報を流したのは俺だって、言ったよな。あんたがお嬢を探し続けるから、今度こそ、と思ったんだ。本当にお嬢のことが好きなら、まだ諦めていないなら、意地でも手を掴んでくれ。……あの人を幸せにしてくれよ。あんたじゃないとできないんだよ!」
最後の言葉は、叫びにも近かった。
チェストリーは、苛立ちを表に出しながらもジョンズワートから手を離す。
「……俺にとって1番重要なのは、お嬢の幸せだ。だから、誘拐と死亡を偽装すると言い出したあの人にもついていった。ここで暮らすあの人は、幸せそうだった。でも、なにかが足りてなかったんだ。必要なものが欠けているように見えた。……それは、あんただ。ジョンズワート」
「……」
「お嬢も、あんたも、お互いを求めてる。そう思ったから、俺は……! お嬢に無断で、情報を流すなんて真似をしたんだ!」
本人に言えば、絶対に許可なんておりないから、と、チェストリーは目を伏せながら付け加えた。
チェストリーが最も大事にしているのは、カレンの幸せだ。
チェストリーと偽の夫婦になって子を育てるカレンは、幸福であったといえるだろう。
けれど、ときたま。寂しそうに外を眺めていることがあるのだ。
なにかが、欠けている。カレンが幸せになるための条件が、満たされていない。
その足りないピースがなにかなんて、長くカレンの従者をやっているチェストリーにはわかっていた。――ジョンズワートだ。
しかし、ジョンズワートもカレンを求めて続けていなければ、カレンは余計に傷つくことになる。
だからチェストリーは、カレンには知らせず、ジョンズワートの動きを調べていたのだ。
結果、4年経っても、ジョンズワートは再婚もせず、カレンを探し続けていた。
ジョンズワートの想いが、変わることはない。今度こそ、二人の想いが通じ合う。
そう思ったから、彼にカレンの居場所を伝えたのである。
「チェストリー……」
ジョンズワートは、一人の男の想いを受け取った。
「それから……旦那様。この地に、誘拐まで偽装するような知人は、いません」
ホーネージュから逃げたときとは、話が違う。
あのときのカレンは、その地で生まれ育った伯爵家のお嬢さんで。
懇意にしている者たちにも、それだけの計画力と実行力があった。
だが、しかし。農村に住む主婦にすぎない、今は。これだけの早さで、公爵家を相手に誘拐を偽装できるものなど、いはしない。
チェストリーの言葉を聞いたジョンズワートの心臓が、どっどっど、と嫌な音を立てた。
「じゃあ、カレンがさらわれたというのは」
「今度は偽装じゃない。本当の事件だ」
54
あなたにおすすめの小説
幼馴染と夫の衝撃告白に号泣「僕たちは愛し合っている」王子兄弟の関係に私の入る隙間がない!
ぱんだ
恋愛
「僕たちは愛し合っているんだ!」
突然、夫に言われた。アメリアは第一子を出産したばかりなのに……。
アメリア公爵令嬢はレオナルド王太子と結婚して、アメリアは王太子妃になった。
アメリアの幼馴染のウィリアム。アメリアの夫はレオナルド。二人は兄弟王子。
二人は、仲が良い兄弟だと思っていたけど予想以上だった。二人の親密さに、私は入る隙間がなさそうだと思っていたら本当になかったなんて……。
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。
ぱんだ
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。
「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」
ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。
【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
姉の婚約者に愛人になれと言われたので、母に助けてと相談したら衝撃を受ける。
ぱんだ
恋愛
男爵令嬢のイリスは貧乏な家庭。学園に通いながら働いて学費を稼ぐ決意をするほど。
そんな時に姉のミシェルと婚約している伯爵令息のキースが来訪する。
キースは母に頼まれて学費の資金を援助すると申し出てくれました。
でもそれには条件があると言いイリスに愛人になれと迫るのです。
最近母の様子もおかしい?父以外の男性の影を匂わせる。何かと理由をつけて出かける母。
誰かと会う約束があったかもしれない……しかし現実は残酷で母がある男性から溺愛されている事実を知る。
「お母様!そんな最低な男に騙されないで!正気に戻ってください!」娘の悲痛な叫びも母の耳に入らない。
男性に恋をして心を奪われ、穏やかでいつも優しい性格の母が変わってしまった。
今まで大切に積み上げてきた家族の絆が崩れる。母は可愛い二人の娘から嫌われてでも父と離婚して彼と結婚すると言う。
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。
ぱんだ
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。
三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。
だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。
レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。
イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。
「子供の親権も放棄しろ!」と言われてイリスは戸惑うことばかりで、どうすればいいのか分からなくて混乱した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる