【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも

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第三章

15 やっと、届いた。繋がった。

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「チェストリー……」

 一人で十数人を相手にしたというのに、チェストリーには少しのかすり傷があるのみ。

「もういい、というのは、どういう……」
「そのままの意味ですよ。お嬢、もういいんじゃないですか? これ以上、ジョンズワート様から逃げる必要も、嘘をつく必要もない。俺は、そう思いますよ」
「ですが……」

 カレンは、すぐそばにいるジョンズワートに気まずげな視線を送る。
 彼女は、ジョンズワートに関する情報を全く入れてこなかったから。今もジョンズワートとサラの仲を疑っている。
 二人が結婚して家庭を築いているかもしれない、とも思っている。
 自分がそばにいれば、二人の邪魔をしてしまう。ショーンが息子だと知られてしまえば、色々なものを壊してしまう。
 だから、ショーンがジョンズワートの子だと知られるわけにはいかなかったし、彼から逃げ続けなければいけないのだ。
 チェストリーはカレンとずっと一緒にいた人だから、彼女の考えはわかっていた。

「お嬢には知られないようにしていましたが、俺はこの4年間、ジョンズワート様の動きを調べていました。旦那様は……お嬢を探し続けていました。再婚の話も全て断って、4年間、ずっと」
「私を、探し続けていた? でも、ジョンズワート様はサラを愛していたのでは?」

 この言葉に驚いたのはジョンズワート。

「え!?」

 とずいぶん間抜けな声が上がった。

「僕が、サラと?」
「違うのですか? だって、サラとキスだってして……」
「キス!?」

 カレンは二人がキスをする場面を目撃したが、それは誤解だったため、ジョンズワートにとっては、本当に覚えのないことで。
 あまりのことに、声が裏返っていた。

「キス? 僕がサラと? サラと?」

 動揺するあまり、「サラと?」と二回も確認した。
 カレンにキスしたいと思ったことは何度もあったが、サラに対してそんな風に思ったことはない。
 サラとは確かに仲がいいかもしれないが、恋愛感情などない。
 ジョンズワートは、サラには早くいい人を見つけて欲しいと思っているぐらいなのだ。
 その「いい人」というのは、もちろんジョンズワート自身ではない。

「は、はい……。私がまだ公爵邸にいたころ、二人がキスする場面を見てしまって」
「え、っと……? キス……? サラと……?」

 カレンの言葉に、ジョンズワートは思考を巡らせた。そんなことあったかな。疑わしい場面があっただろうか、と。
 しかし、なにも思い出せなかった。本当に、心の底から、覚えがないのである。

「ごめん、カレン。それらしいことはなにも思い出せない。思い出せないけど……きっと、誤解させてしまったんだよね。サラとはそんな関係じゃないよ。僕が好きなのも……キスを、したいと思うのも。きみだけだ。カレン」
「わた、し? でも、サラと懇意にしていると、ずっと前から噂されていて……」

 まだ10代だったカレンは、確かに聞いたのだ。ジョンズワートとサラが懇意にしていると。
 しかし、ジョンズワートは。

「その話は、早い段階で否定しているよ。……でも、完全には払拭できていなかったのかもしれないね。当時は、僕もそれどころじゃなかったから」
「あ……」

 そう。その噂が流れ始めた頃。ジョンズワートの父に、重い病が見つかっていた。
 奇跡でも起きない限り、ジョンズワートが若くして父の跡を継ぐことになると、わかっていたのだ。
 彼は、準備しなければいけなかった。父から仕事を引き継がねばならなかった。早く、一人前になる必要があった。
 そんなとき、ジョンズワートの力になってくれたのがサラだ。
 そこから勝手な噂が広まった。
 だが、大きな負担がかかっており、非常に多忙だったジョンズワートは、噂好きな者たちにいちいち付き合っていられなかった。
 結果、本人が否定したはずなのに、噂が流れ続けていたのだ。
 噂好きな者とは、どこにでもいるのだ。
 本人が否定しようと、やはり怪しいと、勝手に話を盛る者も。
 そういえば、カレンの父も、サラとの仲については「ただの噂だ」と言い切っていた。
 他人のゴシップが大好きな人間たちが好き勝手に話した、まともに取り合う価値もないほどの、噂話だったのだろう。

「ごめ、ごめん、なさい、ワートさま。私、あなたの事情も考えず、ずっと、勘違いを」

 ジョンズワートとサラが恋仲である。その考えは、見方は、間違いだったのである。
 たしかに、そう誤解しても仕方のない場面を見てしまったかもしれない。
 ジョンズワートも、カレンへの接し方を誤ったかもしれない。
 でも、勘違いをして、ジョンズワートの元から逃げ出したのは他でもないカレン自身で。
 あの時点では確定していなかったとはいえ、妊娠したことを隠して逃げるなんていう、とんでもないことをしてしまった。

「わた、し、は……ワート様に、ひどい、ことを」
「……それは、僕も一緒だよ。臆病になりすぎて、君をたくさん傷つけた」
「でも」
「カレン。いいから、聞いて」

 ジョンズワートは、カレンの唇にそっと指をあてる。
 そんなことをされてしまったら、カレンも黙るほかない。

「僕は、ずっときみのことが好きだった。今、目の前にいる、カレン・アーネスト・デュライト。僕が、好きなのは……。幼いころから好きで、今も想い続けている相手は、きみ。死んだと言われても信じられなくて、ずっと探していた」
「ほんとう、なのですか? こんな私なんかを? ひどいことをして、あなたを傷つけたのに」
「本当じゃなかったら、傷を利用して無理やり結婚させるなんてことしないし、ここまで探しにも来ていないよ」
「……!」

 ジョンズワートがカレンに二度目の求婚をしたとき。
 彼は、幼い頃からずっと好きだった、きみのことが忘れられない、とはっきり伝えている。
 けれど、あの時点では、カレンにそれらの言葉も、気持ちも、届かなかった。
 カレンは、ジョンズワートが自分に気を遣ったのだとばかり思っていた。
 でも、今は。誘拐と死亡を偽装したというのに、再婚もせず、自分を探し続けていた、本当に、ここまで来てくれたという事実がある、今は。

「ワート、さま……!」

 もう枯れるほど泣いたはずなのに、カレンの瞳からはまた涙がこぼれ始める。
 ジョンズワートの気持ちが、ようやく、カレンに届いた。

「ワートさま、わたしも、ずっと、ずっと、あなたの、こと、が。でも、じゃまを、したくなくて。これ以上、しばっちゃだめだって、おもって。でも、妊娠、したかも、しれなくて。だから、死んだことに、して、にげ、て。これでワートさまを自由にできるって、そう、おもって」

 カレンは泣きじゃくりながらも必死に言葉を紡ぐ。
 ジョンズワートは、カレンに想いを届けてくれた。今度は、カレンの番だ。
 聞き取りづらいかもしれない。見るにたえない姿かもしれない。
 でも、それでも。カレンは話し続けた。何年分積もり重なったのかもわからない、自分の想いを。

「うん、うん……」

 ジョンズワートは、カレンをそっと抱き寄せて、彼女の言葉を聞き続ける。
 彼女が抱え続けたもの。苦しかったこと。逃げるために事件を偽装したこと。全部全部、ジョンズワートは受け止めた。
 そして、彼女の、一番根っこにある、本心も。

「わーと、さま。わたしは、あなたのことが、ずっと、すき、でした」
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