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第5章
双方の犠牲-2
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アクアは、水族館に始まる迅との付き合いの進展と、凛也からの養子の提案を電話の向こうのミントに語っていた。
ミントから、決然とした口調の言葉が返ってくる。
「お姉ちゃん、養子なんて嫌でしょう。はっきり断るべきだよ。養子を育てるなんて、決して甘いものじゃないよ。実の子だってね、どんなに大変な思いで育てているか」
「うん、そうだよね。私も本当は、断りたいんだ。だけど、赤ちゃんがどうなっちゃうのかが気掛かりなの。私が断って、もしも中絶なんてことになったら……」
「お姉ちゃんが気にする問題じゃないよ」
「分かってるんだけど。エリンを思い出しちゃうの。エリンはね、産まれても生きていけない病気だった。だけど、秋歩さんの赤ちゃんは違う。元気に産まれてくるはずなの。だから、中絶だけは何としても止めたい」
ミントの口調が、きつくなる。
「お姉ちゃんのそういう気持ち、読まれているのかもよ。私、秋歩さんって、どうしても好きになれない。随分と要領がいいよね。お姉ちゃんは、利用されようとしているだけだよ。だって、すぐ近所に秋歩さんたち家族が住んでいるんでしょう。結局は、途中で子供を返す展開になるだけ。凛也さんも、ひどい。妹夫婦の子供を押しつけるなんて。お姉ちゃんに赤ちゃんできないのは誰のせいだと思ってるの」
アクアはミントを、なんとか窘めようとした。
もともと機嫌でも悪かったのか、ミントはかなり苛々している様子だ。
「凛也は押しつけるつもりなんて全然ないよ。凛也を悪く言わないで」
「そうだけど。ごめん、お姉ちゃんの話を聞いてたら、私のほうが、つい熱くなっちゃって。あのね、私が一番言いたいのは、お姉ちゃんには離婚して、三崎さんと結婚する道があるってこと」
「それは、あり得ない」
アクアは小さな声で答えた。
「あり得ないなんて、どうして決めつけるの? 三崎さんは、すごくいい人だよ。私、分かるもの」
「どうして分かるの? いくらミントだって、たった一度会った程度で、結婚相手に相応しいかどうかまで分かるわけない」
ミントはしばらく間を置いた後、話し始めた。
「お姉ちゃんに心配を掛けると思ったから、最初は内緒にしようと思ってたけど。実は、夏休みが終わったら、桜の不登校がひどくなってね」
アクアは急に不安な気分に包まれた。桜本人より、ミントが心配になる。
「そうだったんだ。知らなかった。きっと長すぎる休みのせいだよ。誰だって、あれだけ長く休みがあると、学校なんて余計に行きたくなくなるもの」
「本当にそう。まあ、不登校って言っても、前と同じように三日くらいのスパンで休むのがさらに頻繁になったぐらいなんだけど。それで由君と相談してね、この際一度、病院で診てもらおうかと思ってたところ、桜がちょうど熱を出したの。近所の小児科に掛かった時、ついでに桜の心について訊いてみたよ。そうしたら、専門医に紹介状を書いてくれる話になって。希望の病院を聞かれた時、私、三崎さんを思い出したの。全く知らない先生に掛かるより良いじゃないかって思ったんだ」
ここでいきなり迅の名前が出て来て、アクアは驚くと共に興奮してきた。
「まさか、ミントのサプライズな話って……」
「そうなの。早くお姉ちゃんに報告したくて疼々してたよ。家へ帰った後、浜名医療センターのHPで調べたの。精神科の外来担当表が載ってて、火曜日の担当医は午前も午後も三崎さんになってた。早速、火曜日を狙って行ったの」
「本当に? まさか桜が迅の診察を受けてたなんて。だけど、迅は、そんなこと一言も言わないよ」
「守秘義務があるからじゃないの? 私だって、今日までお姉ちゃんと三崎さんがそこまで進展してるなんて、知らなかったし。三崎さんも診察の時、お姉ちゃんの話は一切、出さなかった。今になって考えれば、かえって不自然だよね」
ミントの言う通り、もし水族館の後、二人の間に何もないとすれば、迅がアクアの近況を訊ねるくらいが自然だろう。
「それで、ミントたちが行って、迅はびっくりしてた?」
「うん、すごくね。最初は戸惑ってた感じがした。でも、とても丁寧に接してくれてね。桜とも話が弾んでたよ」
「へえー、良かったじゃないの。桜は結構、人見知りするのにね。迅なんか絶対ヤブ医者だと思ってたけど、意外とやるもんだね」
何だか、アクアは嬉しくなった。ミントがケラケラ笑う。
「白衣の三崎さんも雰囲気が違って素敵だったよ。なんだかお医者さんらしく見えてね。お姉ちゃんがちょっぴり羨ましいなあ」
ミントが極端に抑揚をつけて言う。アクアは、つい唇が綻んできた。
「それで、桜の様子は、どうなの?」
「うん。少しは休まなくなったかな。桜が学校に行きたがらなくても、決して責めてはダメだって、三崎さんが言ってた。一ヶ月、様子を見て、再び受診することになっているの。お姉ちゃん、驚いた?」
ミントの口調は得意げだ。
「驚いたなんてもんじゃない。度肝を抜かれた感じ。ミントに完全にやられた。ねえ、迅に話してもいい?」
ミントが気持ち良さそうに笑ったかと思うと、急に真剣な口調に戻る。
「いいけど。ねえ、お姉ちゃん。それより養子の話、絶対に断りなよ。私はね、お姉ちゃんに幸せになってもらいたいの。養子なんて、お姉ちゃんのためにならない。絶対に断って。約束だよ」
「うん、……そうだね、幸せになる道、私なりに考えてみるよ。ありがとう、ミント」
アクアは自信がなく、曖昧に返答した。
ミントから、決然とした口調の言葉が返ってくる。
「お姉ちゃん、養子なんて嫌でしょう。はっきり断るべきだよ。養子を育てるなんて、決して甘いものじゃないよ。実の子だってね、どんなに大変な思いで育てているか」
「うん、そうだよね。私も本当は、断りたいんだ。だけど、赤ちゃんがどうなっちゃうのかが気掛かりなの。私が断って、もしも中絶なんてことになったら……」
「お姉ちゃんが気にする問題じゃないよ」
「分かってるんだけど。エリンを思い出しちゃうの。エリンはね、産まれても生きていけない病気だった。だけど、秋歩さんの赤ちゃんは違う。元気に産まれてくるはずなの。だから、中絶だけは何としても止めたい」
ミントの口調が、きつくなる。
「お姉ちゃんのそういう気持ち、読まれているのかもよ。私、秋歩さんって、どうしても好きになれない。随分と要領がいいよね。お姉ちゃんは、利用されようとしているだけだよ。だって、すぐ近所に秋歩さんたち家族が住んでいるんでしょう。結局は、途中で子供を返す展開になるだけ。凛也さんも、ひどい。妹夫婦の子供を押しつけるなんて。お姉ちゃんに赤ちゃんできないのは誰のせいだと思ってるの」
アクアはミントを、なんとか窘めようとした。
もともと機嫌でも悪かったのか、ミントはかなり苛々している様子だ。
「凛也は押しつけるつもりなんて全然ないよ。凛也を悪く言わないで」
「そうだけど。ごめん、お姉ちゃんの話を聞いてたら、私のほうが、つい熱くなっちゃって。あのね、私が一番言いたいのは、お姉ちゃんには離婚して、三崎さんと結婚する道があるってこと」
「それは、あり得ない」
アクアは小さな声で答えた。
「あり得ないなんて、どうして決めつけるの? 三崎さんは、すごくいい人だよ。私、分かるもの」
「どうして分かるの? いくらミントだって、たった一度会った程度で、結婚相手に相応しいかどうかまで分かるわけない」
ミントはしばらく間を置いた後、話し始めた。
「お姉ちゃんに心配を掛けると思ったから、最初は内緒にしようと思ってたけど。実は、夏休みが終わったら、桜の不登校がひどくなってね」
アクアは急に不安な気分に包まれた。桜本人より、ミントが心配になる。
「そうだったんだ。知らなかった。きっと長すぎる休みのせいだよ。誰だって、あれだけ長く休みがあると、学校なんて余計に行きたくなくなるもの」
「本当にそう。まあ、不登校って言っても、前と同じように三日くらいのスパンで休むのがさらに頻繁になったぐらいなんだけど。それで由君と相談してね、この際一度、病院で診てもらおうかと思ってたところ、桜がちょうど熱を出したの。近所の小児科に掛かった時、ついでに桜の心について訊いてみたよ。そうしたら、専門医に紹介状を書いてくれる話になって。希望の病院を聞かれた時、私、三崎さんを思い出したの。全く知らない先生に掛かるより良いじゃないかって思ったんだ」
ここでいきなり迅の名前が出て来て、アクアは驚くと共に興奮してきた。
「まさか、ミントのサプライズな話って……」
「そうなの。早くお姉ちゃんに報告したくて疼々してたよ。家へ帰った後、浜名医療センターのHPで調べたの。精神科の外来担当表が載ってて、火曜日の担当医は午前も午後も三崎さんになってた。早速、火曜日を狙って行ったの」
「本当に? まさか桜が迅の診察を受けてたなんて。だけど、迅は、そんなこと一言も言わないよ」
「守秘義務があるからじゃないの? 私だって、今日までお姉ちゃんと三崎さんがそこまで進展してるなんて、知らなかったし。三崎さんも診察の時、お姉ちゃんの話は一切、出さなかった。今になって考えれば、かえって不自然だよね」
ミントの言う通り、もし水族館の後、二人の間に何もないとすれば、迅がアクアの近況を訊ねるくらいが自然だろう。
「それで、ミントたちが行って、迅はびっくりしてた?」
「うん、すごくね。最初は戸惑ってた感じがした。でも、とても丁寧に接してくれてね。桜とも話が弾んでたよ」
「へえー、良かったじゃないの。桜は結構、人見知りするのにね。迅なんか絶対ヤブ医者だと思ってたけど、意外とやるもんだね」
何だか、アクアは嬉しくなった。ミントがケラケラ笑う。
「白衣の三崎さんも雰囲気が違って素敵だったよ。なんだかお医者さんらしく見えてね。お姉ちゃんがちょっぴり羨ましいなあ」
ミントが極端に抑揚をつけて言う。アクアは、つい唇が綻んできた。
「それで、桜の様子は、どうなの?」
「うん。少しは休まなくなったかな。桜が学校に行きたがらなくても、決して責めてはダメだって、三崎さんが言ってた。一ヶ月、様子を見て、再び受診することになっているの。お姉ちゃん、驚いた?」
ミントの口調は得意げだ。
「驚いたなんてもんじゃない。度肝を抜かれた感じ。ミントに完全にやられた。ねえ、迅に話してもいい?」
ミントが気持ち良さそうに笑ったかと思うと、急に真剣な口調に戻る。
「いいけど。ねえ、お姉ちゃん。それより養子の話、絶対に断りなよ。私はね、お姉ちゃんに幸せになってもらいたいの。養子なんて、お姉ちゃんのためにならない。絶対に断って。約束だよ」
「うん、……そうだね、幸せになる道、私なりに考えてみるよ。ありがとう、ミント」
アクアは自信がなく、曖昧に返答した。
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