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第7章
胎動-2
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長瀬家を守るための諜報活動。
アクアと迅の関係を探るべし。
確かに、第一の目的ではあったが、秋歩自身が迅に興味を持っている事実は、肯定せざるを得ない。
出会ってそう何日も経たないうちに、秋歩は迅を食事に誘い出すことに成功した。
秋歩と迅は、仕事帰りに待ち合わせた浜松駅付近で、適当な店を探す。
途中、迅は回転寿司店に目をつけた。
だが、前日の友人たちとの飲み会で、寿司をたんまり食べたおかげで、秋歩は寿司を見るのもイヤだと却下した。
二人は串揚げが美味しいと評判の居酒屋に入る。
迅は飲めないからと躊躇していたが、それならウーロン茶やジュースを飲めばいいと、秋歩が半ば強引に決めた。
秋歩は、何事もさっさと決めてしまわなければ気が済まない気質だ。
ところが席に着いてから、迅は不機嫌そのものだった。
無口になり、拗ねたように煙草ばかり喫っている。
会話が続かない。
秋歩の「どうかしたの」という質問に、
「寿司が良かった。僕は串揚げってあんまり……」
と、視線を逸らしぎみにボソリと答える。
呆れた。
串揚げが気に入らないなら、はっきり言えば良かったのに。
優柔不断な男は、秋歩のタイプではない。
それに、親しくもない間柄なのに、食べ物があれがいいだの、これがいやだの、文句を言うとは。
これでは春菜、いや、下の娘の優花と変わらないレベルだ。
「でも、注文しちゃったんだから、今さら、店を出るわけには行かないでしょ。大人なら、そういう文句は、先に言いなさい」
秋歩は、ピシャリと言う。
迅は知らんぷりして煙草を喫い続けている。
秋歩はメニューを取り、串揚げ以外の別メニューを迅に勧めた。
迅はメニューを眺めて考え込んでいる。
よくよく聞くと、迅は肉類は全てダメで、野菜も食べられないものが多いという。
秋歩は、ひどくがっかりした。
「私はね、いつも娘たちに言って聞かせてるの。野菜はお百姓さんが大変な思いをして、心を込めて作るのだから、有り難く食べなさい、って。いいよ、串揚げでも、魚のとこだけ取り外して、迅にあげる。それでいいでしょ」
迅は、やっと納得したようだ。秋歩は溜息をついた。
まったく、ガキじゃあるまいし。子供っぽい男は、タイプじゃない。
「娘さんがいるんだ。お幾つなんですか?」
迅がようやく機嫌を取り戻し、話題に乗ってきた。
これをきっかけに話が弾み始め、秋歩はビールをちびちびやりながら、迅を質問責めにした。
三十才。独身。
母親と二人暮らし。
恋人なし。
趣味・特技はスキーだが、近年はあまり行ってない。
職業は医師で(秋歩は驚き、すっかり感心した)浜名医療センターに勤務している。
秋歩も、家族や仕事について、じっくり語った。
「実家のおかげで、仕事と育児が両立できてるの。アクアさんは嫌がらず、娘たちのご飯を作ってくれてるから、とても助かってる。私はね、子育てはなるべく大勢の人の手を煩わしたほうがいいと思ってる。よく子供のことは何でもかんでも自分が決めて、自分がやらなきゃ気が済まないって考えの母親がいるけど、そんなの、傲慢ね。子供は母親の所有物じゃない……」
アクアが話題に登ると、迅の目が急に生き生きとしてきた。
秋歩は、なんだか面白くなかった。
さっきから迅には、失望ばかりさせられている。
腹いせに、ここの支払いは、全て迅に押しつけてやろう。
秋歩は適度に、ほろ酔い気味になってきた。
「兄夫婦は子供ができなくてね。不妊治療してるの。それもね、体外受精」
迅は深刻な顔つきになった。
「不妊治療は、夫婦の協力が不可欠なんだよね。その点、兄夫婦は仲良すぎるくらいだから心配は要らないの。ひょっとして迅は、アクアさんに気があった? でも、ダメだからね。諦めなさい。迅がいくら惚れても、時間のムダ。兄夫婦はね、完璧なおしどり夫婦なんだから」
「別に、そんなつもりはありません」
迅は伏し目がちに答えた。が、すぐに目線を上げる。
「まあ、確かに、美人だとは思いましたけど」
迅は対抗するかのように、秋歩の目を見つめた。
何とも言えない、体の芯に訴えるような目つきだと、秋歩は思った。
その瞬間、初めて秋歩は、迅と寝てみたいと思った。
いや、迅と出会って以来、ずっと無意識に抱いていた願望を自覚したと言ったほうが的を射ているだろう。
今日、秋歩が迅を誘った本当の目的は、迅と深い仲になるためだったのだ。
不思議だった。
結婚以来、もともと気が多い秋歩は、二人の男性と浮気をしたことがある。
(内一人は、こともあろうに、秋歩の顧客である新郎で、しかも光晴にバレて、ヤバかったなんてもんじゃない)
浮気と言っても、体の関係はない。
単に二人きりで飲みに行ったり、遠出したくらい。
二人とも、秋歩好みの容姿で垢抜けていた。
一緒にいても飽きさせない魅力を持っていて、秋歩を楽しませてくれた。
けれど、不思議と体の関係を持ちたいとは思わなかったし、むしろ避けた。
結婚前の秋歩は、それほど抵抗なく複数の男性と経験したのだから、主婦もしくは母親としての本能が働いたせいだと思っている。
反対に、さっきから秋歩に失望ばかりさせている迅。
迅に対して、秋歩は以前の二人の浮気相手と真逆の感情を抱いていることになる。
居酒屋を出ると秋歩は、酔った勢いもあり、しっかりと迅の腕を取って歩き始めた。
秋歩の誘いに迅は戸惑った様子を見せたものの、拒絶はしなかった。
アクアと迅の関係を探るべし。
確かに、第一の目的ではあったが、秋歩自身が迅に興味を持っている事実は、肯定せざるを得ない。
出会ってそう何日も経たないうちに、秋歩は迅を食事に誘い出すことに成功した。
秋歩と迅は、仕事帰りに待ち合わせた浜松駅付近で、適当な店を探す。
途中、迅は回転寿司店に目をつけた。
だが、前日の友人たちとの飲み会で、寿司をたんまり食べたおかげで、秋歩は寿司を見るのもイヤだと却下した。
二人は串揚げが美味しいと評判の居酒屋に入る。
迅は飲めないからと躊躇していたが、それならウーロン茶やジュースを飲めばいいと、秋歩が半ば強引に決めた。
秋歩は、何事もさっさと決めてしまわなければ気が済まない気質だ。
ところが席に着いてから、迅は不機嫌そのものだった。
無口になり、拗ねたように煙草ばかり喫っている。
会話が続かない。
秋歩の「どうかしたの」という質問に、
「寿司が良かった。僕は串揚げってあんまり……」
と、視線を逸らしぎみにボソリと答える。
呆れた。
串揚げが気に入らないなら、はっきり言えば良かったのに。
優柔不断な男は、秋歩のタイプではない。
それに、親しくもない間柄なのに、食べ物があれがいいだの、これがいやだの、文句を言うとは。
これでは春菜、いや、下の娘の優花と変わらないレベルだ。
「でも、注文しちゃったんだから、今さら、店を出るわけには行かないでしょ。大人なら、そういう文句は、先に言いなさい」
秋歩は、ピシャリと言う。
迅は知らんぷりして煙草を喫い続けている。
秋歩はメニューを取り、串揚げ以外の別メニューを迅に勧めた。
迅はメニューを眺めて考え込んでいる。
よくよく聞くと、迅は肉類は全てダメで、野菜も食べられないものが多いという。
秋歩は、ひどくがっかりした。
「私はね、いつも娘たちに言って聞かせてるの。野菜はお百姓さんが大変な思いをして、心を込めて作るのだから、有り難く食べなさい、って。いいよ、串揚げでも、魚のとこだけ取り外して、迅にあげる。それでいいでしょ」
迅は、やっと納得したようだ。秋歩は溜息をついた。
まったく、ガキじゃあるまいし。子供っぽい男は、タイプじゃない。
「娘さんがいるんだ。お幾つなんですか?」
迅がようやく機嫌を取り戻し、話題に乗ってきた。
これをきっかけに話が弾み始め、秋歩はビールをちびちびやりながら、迅を質問責めにした。
三十才。独身。
母親と二人暮らし。
恋人なし。
趣味・特技はスキーだが、近年はあまり行ってない。
職業は医師で(秋歩は驚き、すっかり感心した)浜名医療センターに勤務している。
秋歩も、家族や仕事について、じっくり語った。
「実家のおかげで、仕事と育児が両立できてるの。アクアさんは嫌がらず、娘たちのご飯を作ってくれてるから、とても助かってる。私はね、子育てはなるべく大勢の人の手を煩わしたほうがいいと思ってる。よく子供のことは何でもかんでも自分が決めて、自分がやらなきゃ気が済まないって考えの母親がいるけど、そんなの、傲慢ね。子供は母親の所有物じゃない……」
アクアが話題に登ると、迅の目が急に生き生きとしてきた。
秋歩は、なんだか面白くなかった。
さっきから迅には、失望ばかりさせられている。
腹いせに、ここの支払いは、全て迅に押しつけてやろう。
秋歩は適度に、ほろ酔い気味になってきた。
「兄夫婦は子供ができなくてね。不妊治療してるの。それもね、体外受精」
迅は深刻な顔つきになった。
「不妊治療は、夫婦の協力が不可欠なんだよね。その点、兄夫婦は仲良すぎるくらいだから心配は要らないの。ひょっとして迅は、アクアさんに気があった? でも、ダメだからね。諦めなさい。迅がいくら惚れても、時間のムダ。兄夫婦はね、完璧なおしどり夫婦なんだから」
「別に、そんなつもりはありません」
迅は伏し目がちに答えた。が、すぐに目線を上げる。
「まあ、確かに、美人だとは思いましたけど」
迅は対抗するかのように、秋歩の目を見つめた。
何とも言えない、体の芯に訴えるような目つきだと、秋歩は思った。
その瞬間、初めて秋歩は、迅と寝てみたいと思った。
いや、迅と出会って以来、ずっと無意識に抱いていた願望を自覚したと言ったほうが的を射ているだろう。
今日、秋歩が迅を誘った本当の目的は、迅と深い仲になるためだったのだ。
不思議だった。
結婚以来、もともと気が多い秋歩は、二人の男性と浮気をしたことがある。
(内一人は、こともあろうに、秋歩の顧客である新郎で、しかも光晴にバレて、ヤバかったなんてもんじゃない)
浮気と言っても、体の関係はない。
単に二人きりで飲みに行ったり、遠出したくらい。
二人とも、秋歩好みの容姿で垢抜けていた。
一緒にいても飽きさせない魅力を持っていて、秋歩を楽しませてくれた。
けれど、不思議と体の関係を持ちたいとは思わなかったし、むしろ避けた。
結婚前の秋歩は、それほど抵抗なく複数の男性と経験したのだから、主婦もしくは母親としての本能が働いたせいだと思っている。
反対に、さっきから秋歩に失望ばかりさせている迅。
迅に対して、秋歩は以前の二人の浮気相手と真逆の感情を抱いていることになる。
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