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三木猫

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第二章 夢見た世界

□ 綺月の理想 □

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 夕日が部屋の窓に差し込む放課後。ディアナと出会ってから私達は私の部屋でこうして会うのが日課になっていた。
「今日は何を作りますか?綺月」
「うぅ~んっ。今日はどうしようかな~。ディアナは何が食べたい?」
二人キッチンの前に立ち、エプロンをしながら今日のおやつの内容を考えていた。昨日はロールケーキ作ったから…今日は簡単なのにしようかな?ゼリーとかどうかな?
「あの、綺月」
「ねぇ、ディアナ」
同時に問いかけて、タイミングの良さに何か嬉しくて微笑み合うと。
『ゼリーなんてどう?』
またしても同時に同じ物を言い合う。何となく作りたいものが被る気がして言ってみたものの本当に合うとは思わなかった。それでも嬉しい誤算だったから自然と笑みが浮かぶ。
「じゃあ、作ろっか」
「はいっ。それでは材料を…」
「何のゼリーがいいかなぁ」
ワクワクする。こうしてディアナと何かするって事自体が楽しくて仕方ない。冷蔵庫を覗くと昨日のロールケーキに使った苺が残ってる。
「ディアナ、苺のゼリーとかどう?」
「いいですわねっ。あ、じゃあコーヒーゼリーとかもどうですか?」
「いいねいいねっ。じゃあじゃあ紅茶も使って紅茶のゼリーも作ろうっ」
「素敵ですわっ。沢山作りましょうっ」
ボウルと泡だて器にミキサーに。道具を揃えて更に材料も揃える。
「それじゃあ、私はコーヒーゼリーを先に作ります」
「じゃあ私は苺のゼリーにしようかな」
苺を良く洗ってへたを取ってミキサーに放り込む。…あれ?そう言えば。
「ディアナ、コーヒー苦手じゃなかったっけ?」
「えっ!?あ、それは、その…」
この前一緒に学校でご飯食べた時の事だ。朔が持ってきた差し入れのコーヒーを受け取りながらも飲まなかったから、疑問に思って後でこっそりと聞いたらコーヒーは苦くて苦手だと言っていた。なのに、コーヒーゼリーを作る?
…それってもしかして…?一つの可能性を思いつき、ディアナをじっと見つめると、ディアナは真っ赤な顔をしてわたわたと焦り始めた。
「さ、朔さんに、この前のコーヒーのお礼をした、くて…その…」
「ディアナ、もしかして、朔が好きなの?」
「す、好きとか、そんなっ」
ガチャガチャと音を立てて泡だて器を動かす。…ディアナ、バレバレだけど…可愛い。あぁ、もうっ。ディアナって何でこう可愛いんだろうっ!
「私が男だったらっ、間違いなくディアナに交際申し込んでるのにっ」
ボウルをシンクに置いて、ディアナをぎゅっと抱きしめる。
「きゃっ。もう、綺月ったらっ。でも、私も綺月が男性でしたら喜んでお付き合いいたしますわっ」
「ディアナ、大好きっ」
「私も大好きですわっ」
誰も私とディアナのラブラブっぷりには敵うまい。けど、こうしてきゃっきゃっしててもゼリーは完成しない。私達は再びゼリーの作成へと戻った。
専用の入れ物なんてないから、代用のコップにゼリー液を流しいれて冷蔵庫へしまう。沢山作ろうと宣言した通り本当に沢山のゼリーが冷蔵庫を占拠した。
「それじゃあ冷やしてる間、ディアナの装置の調整しようかな。借りてもいい?」
「あ、はいっ。勿論ですっ」
飲み物を用意してテーブルに置き、私達は並んで座る。そして、ディアナは持参した鞄の中から小さなカード型の『携帯型感情制御装置』を取り出した。その装置を受け取り私は少し驚いた。本当に一般の型だ。全然調整も何もされていない。ディアナ程の感情を制御されている人がこんな一般的なので対応出来る訳がない。
「…ねぇ、ディアナ。これ、本当に支給された奴?」
「え?はい。そうですわ」
「支給される前に検査は受けた?」
「検査、ですか?」
「そう。感情をどこまで制御出来るか、とか。どの感情が一番強いか、とか」
「…いいえ。私は生まれて直ぐに枷をつけられましたので」
なんて適当な…。普通ならば受ける必要のある検査も受けてないなんて。でも、そうか。私と同じで全てが暴走しやすいって事か。私は一応全ての調査を受けた上で全部の感情が暴走しやすいと言われた。
「ディアナ。悪いんだけど、ちょっと調べたい事があるんだけど、良い?ディアナにとっては気分良くないかもだけど…」
私やディアナは一種の研究対象だ。だから、特別授業と称した身体調査が月に一回あったりする。しかもその特別授業は体中に色んな装置を付けられ無理矢理感情を調べられる。正直言って気分の良い物じゃない。
「平気ですわ。綺月と研究員達は全然違いますもの」
「ディアナ…。うん。約束する。ディアナにとって嫌な事は絶対しないからっ」
「はいっ」
嫌な事は早く済ませてしまおう。立ち上がり、机の上から小さな装置を取り出しそれをテーブルの上に置く。あとはお手製のミニパソコン。パソコンと装置をコードで接続する。そしてその装置にまた二本のコードを取り出し接続して、反対に付いているセンサーをディアナに手渡した。
「?、綺月?」
「ディアナ。それをぎゅって握ってくれる?」
「は、はいっ」
ディアナがそのセンサーをぎゅっと握る。私は急いでパソコンを起動して、ディアナの感情の調査に移る。目の前に流れる文字の羅列を追い掛け必要な情報のみを抜き出し、それをプリントしていく。
数分それを繰り返して、私はパソコンから顔を上げた。
「はい、オッケー」
「も、もう、ですか?」
「え、うん。これで十分だよ」
ディアナからセンサーを受け取り、カタカタとキーボードの上で指を走らせる。プリントされた情報とパソコン上で入力したデータを照らし合わせて、もう一度パソコンのデータを訂正する。
「…よしっ、と」
大体情報をまとめ終えて、顔を上げると。横から視線を感じた。
「あ、あの、ディアナ?どうかした?」
穴でも開きそうな位見てくるから、少し引き気味に聞くと、はっと我に帰ったディアナがぶんぶんと頭を振って、俯いた。
「ご、ごめんなさいっ」
「いや、謝らなくても。私の顔に何かついてたのかなー?とか思っただけだから」
本当は違うけど、そう言っておく。すると、ディアナは顔を上げて微笑んだ。その笑顔に私もほっとする。
「綺月って本当に凄いですわ。私なんてこんな数値見てもさっぱり解りませんもの」
「そうかな?…どんなに研究しても、私の感情を完全に制御する方法を見つける事が出来ないんだから。こんな知識だけあっても何の意味もない」
「そんな…。そんな事ありませんわっ!現に私は綺月のその知識に助けられてますものっ」
私の手にディアナの手が重なる。暖かい。その暖かさに泣きそうになる。
「…うん。そうだね。この知識のお陰で私はディアナを助ける事が出来る。それがほんの小さな事だったとしても…」
「小さな事なんかじゃありませんわっ。私にとってはこれがずっと、ずっと求めていた光になるのですから」
「…ありがとう、ディアナ」
「こちらこそ、ありがとう、ですわ。綺月」
重なったディアナの手を握り私は精一杯の笑顔を送った。
「所で」
暗い気分を吹き飛ばすように少し声を大きめして話を切り替える。突然の事にディアナは首を傾げた。
「さっき聞きそびれたんだけど。ディアナは朔が好きなの?」
「えっ!?」
あ、真っ赤になって固まっちゃった。でも、女子二人揃ったらやっぱり恋バナでしょうっ!
「ね?ね?どうなのっ?」
「そ、そんなっ、私みたいなのが朔さんをお慕いしているとかっ、そんなことっ」
「そっかぁ。やっぱり好きなんだ~。何か嬉しいなっ。ディアナが朔と付き合ってくれるならもっと一緒にいられるものね」
「えっ!?」
あれ?今度は凄い驚いてる。けど、驚くような事言ったかな?
私はディアナから手を離し、テーブルに広げたパソコンや装置を机の上に戻す。プリントされた書類達もぺいっと机の上に放り投げてしまう。
「あ、あのっ、綺月?」
「ん?」
鬼気迫る表情でずいっと迫ってくるディアナに流石にビビる。
「綺月は朔さんと婚約しているのではないのですかっ?」
―――…は?ディアナは今何て言った?朔と婚約?何それ?
あり得ない事を言われて私は逆にまじまじとディアナを見詰めてしまった。
「婚約とか、誰が言ったの?そんなこと」
「違うんですか?」
言うと、ディアナがまた小首を傾げた。そもそも朔の事をそんな風に考えたこともないのに、違うもなにもない。
「違うも何も、朔も満も一緒に育った兄妹みたいなものだよ?恋愛感情なんて持ったこと一度もないない」
「そう、なんですの?」
「うん。だってさー。朔と私の母親がすっごい仲良しでね。結婚後も家を隣接させて一生仲良くしていようと誓いあう位の無二の親友で。そんなだから私と朔も生まれた時からずっと一緒にいて、小さい時とか普通に一緒にお風呂に入って…今更恋愛感情を持てと言われても逆に無理」
「そんなに小さい時から一緒なんて。少し羨ましいですわ。…どっちに嫉妬したらいいのかしら」
「あははっ。ディアナ心がダダ漏れだよっ。嬉しいけどね」
「あ、あらっ?」
「あははっ。んーでも、確かに二人からはよく結婚しようって言われるよ」
「えっ!?」
今日ディアナは驚いてばっかりだ。そうか。そう言えば私自身の話をする事ってそうないから。驚いて当然なのかもしれない。
「私が心配なんだよ。朔も満も。昔から感情の暴走を回避する為に研究対象として連れていかれる事が多かったから」
「あ…」
『結婚しよう』その言葉に恋愛感情が入っていない事を私は知っている。
「だから、ディアナが心配するような事は一つもないよっ。私なんて気にしないでどんどん押して行っちゃえっ!」
安心させるようにぎゅっとディアナを抱きしめる。
「あー…でも、朔にディアナは勿体ないなー…」
「ふふっ。もう、綺月ったら」
ディアナの笑顔、私大好きだな。こっちも嬉しくなるもの。
「ねぇ、綺月?」
「なぁに?」
「思うのだけど。私だけなのは不公平ですわ」
「…へ?」
不穏な空気。これは…やばい?そっとディアナの表情を窺うと、真剣に素直な瞳で私をみつめてくる。
「綺月のお慕いしている男性は誰ですのっ?」
「えぇっ?」
私が好きな男の人っ!?そんなのいないいないっ!!咄嗟に言葉が出なくて、いない事だけ伝えようとディアナから体を離して手を顔の前に立てて左右に振る。でもディアナはそれで納得はしてくれないようだった。
「そんな訳ないですわっ!気になる男性もいませんのっ!?」
気になる男性…?
「『優しくされて嬉しかった』とかっ、『辛い時にいてくれると安らげる』とかっ」
な、なんでこんなに押してくるんだろう?ディアナが本気過ぎて冗談で流すことも出来ないようだ。気になる異性…。
『付き合ってやるよ。綺月。…お前が眠れるまで。お前の気が済むまで。だから…泣くな』
凰雅の声が脳裏を過る。ぼんっと湯気が頭から出そうなくらい一瞬で顔面が熱くなった。どうして、凰雅を思い出すのっ、私っ。
「やっぱりっ。綺月っ。どなたですのっ?私も貴方の想い人が知りたいですわっ」
「お、想い人ってっ」
「綺月っ」
ああぁ…ディアナのその純粋な瞳で見つめられると、勝てないよ。
「別に、恋愛感情があるとか、そんなじゃないよ?」
うんうんと頷いて私に先を促す。
「ただ…、朔以上に生まれた時からずっと一緒の人がいるの。その人は誰よりも近いけど誰よりも遠くて…。でも、大切」
私は心の底から願う。今、凰雅が私と繋がりませんようにっ!あぁ、もう、恥ずかしいっ!!誰か私を穴に埋めてっ!!いや、むしろ自分から入るからっ、穴を頂戴っ!!
赤くなってるであろう顔を両手で隠す。
「綺月…」
「な、なに?」
「可愛いですわっ!」
今度は逆にディアナが抱き着いてきた。びっくりして、でも何か楽しくて私も抱きしめる。
「ねぇねぇ、綺月っ。その彼の名前はっ?」
「え、あー…凰、雅」
「……凰雅?」
ディアナが一瞬考えるような表情をした。なんだろう?凰雅はこの世界の人間ではないから知ってるはずないんだけど。…でも、ここは聞かない方が良さそうだ。ただの勘だけどそんな気がした。けど、そうすると話を逸らすにはどうしたらいいんだろうと違う問題が浮上する。えーっと…兎に角何か話そうと息を吸った、その時。
コンコンコンコンッ!!
やたらと五月蠅いノックが私の言葉を遮った。
「入るよーっ!!」
この声は、…いや、そもそもノックの仕方で満だと直ぐにわかってはいた。
「まだ迎えに来る時間じゃないのに、全くもうっ」
立ち上がり出迎えに行こうとする前に、満は明るく元気に、そして何の遠慮もなく部屋に入ってきた。
「綺月ちゃん、ディアナちゃん、僕とも遊ぼーっ!!」
「満、五月蠅い」
満の頭に手刀を落とす。
「ぐはっ。…綺月ちゃん、酷い…。折角、朔兄さんにも声かけてきたのに…しくしくしく」
頭をさすりながら泣き真似をする満が鬱陶しい。…あ、でも。朔が来るのか。それは好都合かもしれない。
「満、グッジョブっ。ディアナっ。朔が来るってっ。ゼリーの用意して待ってようよっ」
「は、はいっ!」
嬉しそうに微笑みディアナも立ち上がる。色々な意味で満はいいタイミングだったのかもしれない。凰雅の名を出した瞬間の微妙な空気もなくなり、私は少しだけ満の登場に感謝した。
 朔が合流して、私達は仲良くゼリーを食べた。ディアナの隣には朔が座っている。私の隣には満が座っており、それが不満ではあるものの目の前で幸せそうに朔と会話しているディアナがいるから良しとする。
ゼリーを食べ終わると、皆でゲームをして遊んだ。テレビにゲーム機を接続して、レースゲームからパズルゲームまで。そして、私達は朔に―――ボロ負けした。
「な、ん、で、勝てないのよーっ!!」
「それはお前たちが弱いからだ」
「いやいや。兄さんが強すぎるんだって」
「朔さん、本当にお強いですわ」
満にはいつも圧勝なのに。朔に勝てたことは一度もない。もう一度言う。こんなに長く一緒にいてこんなに何回も一緒にゲームしてるのに一度も勝てた事がないっ!
「悔しいっ!今日こそは絶対に勝つんだからっ!満、ディアナっ!団体戦で三対一で朔を負かすよっ!」
ディスクを入れ替えて、今度は対戦型のパズルゲームを入れる。絶対に勝つっ!!気合を入れてコントローラーを握り、ゲームは開始された。そして結果は。
「勝ったっ!」
私達三人の勝利である。
「どうっ?朔っ!」
ふふんっ、と鼻を鳴らし威張る。けれど、朔はそれに呆れたように笑い。
「確かにお前たち『三人』には負けてしまった。だが、最後まで残って勝利を収めたのはディアナさんであり、真っ先に敗退した綺月ではない。したがって俺はまだ綺月には負けてはいない」
「うぐぐぐ…」
でも勝ちは勝ちだもん。…と胸を張って言えない所がまた悔しい。
「まぁまぁ。綺月ちゃんも朔兄さんも、そこまでにしようよ。そして、ご飯の準備をしようっ」
「お前は…。まぁいい。綺月もそれでいいな」
「あ、では、今日は私が作りますわ。綺月ほど美味しく出来ないかもしれませんが」
「やったっ。ディアナのご飯大好きっ。じゃあ、私はこれの続きやるわ」
私は机の上に放置したままだったディアナの『携帯型感情制御装置』を指さした。やる事が決まると各々自分の持ち場へと足を動かす。ディアナがキッチンに立ったのを確認すると私は椅子を引き座ると机へと向かった。
今日得たデータを基にディアナの装置を調整していく。元々、彼女の装置は彼女に適していない。だとしたら、私の装置みたいにそれをフォローするサブ装置が必要だ。外身は後でどうとでも出来るからいいとして、問題は中の性能だ。感情の一つを制御すると違う感情が肥大して暴走する。それを調整するのが中々難しい。バケツの中の水を上手にバケツの中で四等分するようなものだ。ディアナが帰る前に少しでもデータを入れて調整しておきたい。出来るだけ早くディアナが楽になれるように。
「…綺月、そこの数値だが」
「わっ!?」
集中している時に急に話しかけられると驚いて当然だ。慌てて横を見ると、朔が書類の数値を見て、パソコンに映し出された数値を指さした。
「これ以上『哀』を上げると『楽』の制御が効かなくなる」
その指の先にある数値を読む。
「でも、『哀』を上げないと、こっちが」
「そっちは、ここでカバーする方が」
分析論議がヒートアップしている中、二人がかりでディアナの装置を調整していく。すっかり熱中してしまい、我に帰ったのはディアナの『ご飯が出来たよ』と言う声だった。どうやら満もディアナを手伝ってくれていたようで、何故か先にご飯を食べていた。しかも幸せそうに食べて…憎い。私も食べよう。満を蹴り飛ばしディアナの横をぶんどると、いただきますと手を合わせ、ディアナの美味しいご飯を食べた。
ご飯を食べ終え、皆部屋へ帰る時間になった。部屋の入口までディアナを見送る為に私も一緒に行く。
「あ、そうだっ。忘れる所だった。はい、ディアナ」
慌てて机の上から調整したディアナの装置を手渡す。
「ただ、まだ少し調整しただけだからね。ごめんね、ディアナ。また持って来て貰ってもいいかな?」
「はいっ。勿論ですわっ。私の為にしてくださっているんですもの…」
ディアナ?何か急に真面目な顔に…どうしたんだろう?
「…綺月。これを」
「え?」
ディアナが私の手に何かを握らせた。これは…?
「貴方に差し上げます」
緑色の石が入った小さな瓶がコロンと転がった。何だろう、これ。宝石の様にカットされたり磨かれたりしている訳でもないのに、輝きを放っている。
「綺麗…」
瓶を光にかざすと更に輝きを増し、目を奪われる。
「綺月。一つだけ注意してください。その石を決して瓶から出さないで」
「直に触るなって事?価値が下がる、とか?」
「…いいえ。この石の価値はそんな事では下がりませんわ。もし綺月が『あの人』の言う通りの人でなければこの石はただの綺麗な石。でも…もし」
「ディアナ?」
「…いえ。なんでもありませんわ」
ディアナはもう話す気はないようだ。何か意味深な事言っていた気がする。でも、ディアナからの初めての贈り物だ。大事にしよう。
「それでは、綺月。また明日」
「うんっ。これ、有難う、ディアナっ」
朔と満がディアナに枷をつけ、彼女から笑顔が消えるけれど、私は笑顔でディアナを見送った。一緒に朔と満も帰って行き部屋に一人残される。最近は寂しさも堪える事が出来るようになった。それに今はやらなきゃいけない事もある。私は改めて机へと向かった。パソコンの横にディアナから貰った石を置いて…。
 チュンチュン。小鳥の声がした。小鳥の声で目が覚めるなんて滅多にない。工事の音で目覚めるなら日常なんだけど。そもそもうちの学校付近に小鳥なんていただろうか?いや、その前に、私いつの間に寝たの?昨日はディアナの装置を調整して…机で寝落ちした?でも、このふかふかした感触。ベット、だよね?いくら記憶を辿ってもベットに横になった記憶がない。朔か満が部屋に戻ってきて運んでくれた?深夜に?そんな事あるはずない。
とにかく目を開けてみないと状態は解らない、か。私は瞳を開いた。そして、そこには何にもない天井があった。あれ?この天井って…えっ!?まさかっ!?
がばっと勢いよく起き上がる。かかっていた毛布が落ちるが今はそれどころではない。きょろきょろと辺りを見渡す。間違いない。見慣れているけど慣れてはいない、ここは『凰雅』の部屋だ。
「……何時もみたいに繋がって…って、えっ!?」
驚いた。こんな低い声。私の声じゃない…って、ちょ、ちょっと待ってっ。いつもみたいに凰雅と無意識に繋がった訳じゃないのっ?これっ。もしかしなくても、私、凰雅の体を動かしてるっ!?
慌ててベットから降りて立ち上がると、視界が高い。やっぱり凰雅の体を動かしているようだ。流石に少し焦ってくる。ど、どうにか今の状況を確認出来ないだろうかっ?鏡とかっ!辺りを見てもそれらしきものは何もない。
「凰雅、部屋に物なさすぎっ!」
凰雅が以前宣言していた通り本当に物がない。唯一のクローゼットを開けてみるが、やっぱり制服以外かかっていない。あぁ、もうっ、あり得ないっ。姿を確認出来るもの、何か…何かないかなっ。必死家探ししているとカーテンから差し込む日の光が目に入った。そうだっ、窓ならっ!
窓に走り寄り、カーテンを思い切り良く開ける。その窓ガラスに映った姿は、明らかに男の…凰雅の姿だ。…凰雅の顔、久しぶりに見たけど…こんなに美形だった?少し鬱陶しい髪を掻き上げてみると更に実感した。こんなに顔がいいのにどうして隠すみたいに前髪伸ばしてるんだろう。
「…って、そうじゃないでしょ。私」
溜息が出る。さて、本当にどうしたものか。…そう言えば。私が凰雅の体に入ってるって事は、凰雅は今どうなってるんだろう。そうだ。凰雅と意識を繋げれば何か分かるかもしれない。
「凰雅っ」
まだ寝てたりして…。ドキドキしながら名を呼んだが、そんな心配は一切不要だった。
『綺月か?…はぁ。ようやく繋がった』「
むしろ溜息混じりに速攻で反応が帰ってきた。もしかしなくてもずっと繋いでいてくれた?
「凰雅。今、何処に?」
『…綺月の体の中』
「あぁ…やっぱり…」
想像通りと言うか、出来れば避けたかったという事態に。考えたくないけど、『私』と『凰雅』の中身が入れ替わったらしい。
「…なんでこうなったんだろう…」
『綺月。心当たりあるか?』
「心当たり?うぅ~ん…」
記憶を探ってみるが特に心当たりはない。
「凰雅は?」
『…ないわけじゃない…んだが…』
「だが?」
『…はぁ。昨日、生徒長が胸ポケットに無理矢理何か詰めて行ったんだよ』
詰めて行った?
…あ。そう言えば、昨日私も何か…。
「そうだ。私も貰った。ディアナから瓶に入った緑の石」
『緑の石?…あぁ、確かにあるな。瓶に入った緑の石が綺月の机の上に…って、これ。魔導石かっ?』
「え?」
『…間違いない。魔導石だ。なんでお前の世界に俺の世界の物があるんだっ?』
凰雅の世界の物が私の机の上に…?はっとした。もしかしたらっ。私は急ぎクローゼットを開け掛けられている凰雅の制服の胸ポケットを探った。確かに固い何かがっ。取り出すと―――それは。
「これ…カード型の『携帯型感情制御装置』だわ。なんで、私の世界の物が凰雅の世界に…」
『どうやら、俺達が入れ替わった原因の欠片は持ってるみたいだな』
「……うん」
一般的な装置みたいだけど…。調べたくても道具も何もない。
「なんとかこれを調べられたらいいんだけど…」
『俺も調べたいとこだが…綺月、この瓶の蓋、固くて全然歯が立たないぞ。何か特別な封でもしてるのか?』
「特別な封?そんな感じはしなかった…けど。ディアナが決して開けないでって言ってたって事は、女の力でも開けれるって事だと思うよ?」
『その割には…くっ…、びくともしない、っ…かてぇ』
「あ、あんまり乱暴にしないでよっ?初めて友達から貰ったプレゼントなんだからっ」
壊されたら嫌だっ。訴えて目を閉じ、凰雅の視線と自分の視線をシンクロさせるとどうやらもう手から離していたらしい。しかもその瓶には傷も何もない。良かったと安堵する反面、凰雅は結構力入れていたはずなのに傷がないのが不思議だった。
『…見た感じだと『大気魔導石』みたいだな。だとしても、違う世界の人間と中身だけ入れ替えるなんて到底出来るとは思えない』
「でも、今実際こうなってるから完全に否定も出来ないのよね」
目を開き視界を自分のもとに戻し、もう一度装置をみる。すると、今度は凰雅が私の視線とシンクロさせてきた。
「これもどうみても量産型の装置だし。そんな大層な事が出来る訳がないのよ。でも…何か違うシステムを入れられてるのかもしれない。調べてみないとなんとも言えない。凰雅、パソコンってある?」
『パソコン?部屋にあるこの四角いのか?』
「そう」
『ないな。こんなの見た事もない』
「うそー…じゃあ、調べよう無いじゃない」
もしかして、打つ手なし?どうしよう…。肩ががっくりと落ちる。
『いや。まだ打つ手はあるさ。これをくれた人間に会いに行けばいい』
「あ、そうかっ。ディアナに…って、どうやって?」
『どうやってって、俺がそのディアナって子に会うしかないだろう』
「って事は…」
『燦都生徒長、頼んだ』
「…うっ。わ、分かった。頑張って貞操守るからねっ」
『それはもう忘れろ』
結構本気で言ったんだけどな…。まぁ、忘れろって言うんだから忘れようかな。
「でも、そうなると学校行かないといけないよね?」
『だな』
「…ねぇ、凰雅?凰雅は誰かに私の事話してたり、する?」
『いや。…綺月は?』
「誰にも言ってない」
フォローを頼める人が誰もいない。誰にも話していなかったのは良い事なのか悪い事なのか。でも、流石に一人で事にあたるのは不安だ。こっちの世界の事何も知らないんだから。
「凰雅にはこの状況を説明したら信じてくれる人っている?」
『…幼馴染が二人いる。双子の姉妹で名は陽菜と暁菜だ。彼女達なら直ぐに対応してくれるはずだ』
「分かった。…私の方にも幼馴染の兄弟がいるの。朔と満。二人ならきっと話聞いてくれるから」
『了解。ところで、綺月。学校に行く前に頼みがある』
神妙な声に私の返答も自然と低くなる。
「なに?」
真面目に返したのに、帰ってきたボールは予想外な所から飛んできた。
『俺の体で女言葉は極力控えてくれ』
「…は?」
『俺も出来るだけボロが出ないように頑張るから』
「…全ッ然意識してなかった。そうか。そうだよね。凰雅のこの声で女言葉はおかしいもんね。えーっと、凰雅の口調…。優しいんだけど感情なく…」
意識しておかないと、凰雅をとんでもない変態にしてしまう。
「とりあえず着替えて行く準備をしよう」
『そうだな。ある程度の時間になれば、二人が迎えに来るから』
「うん。私の方もどっちかが迎えに来るよ」
『分かった』
クローゼットからシャツを取り出してしっかりと着込み、ジャージを脱ぎ捨てスラックスを履きベルトを締め、更にジャケットを羽織り、窓を鏡代わりにして髪も一本に結い上げた。おかしな所はないかともう一度チェックをして。うん、よし。多分問題ないはず。
『…綺月、…すまない』
「え?」
『体を見ないで着替えるのは不可能だった…』
「へ?」
凰雅、私の為に見ないで着替えしようとしてくれたの?それは…凄いけど、不可能でしょ。どう考えても。と言うか、その姿を想像すると何か笑いがこみ上げてくる。
「ふふっ。ありがとう、凰雅。でも大丈夫。私は人に体見られるのに慣れてるから」
…研究対象だから、ね。続くセリフを飲みこんだ。それを疑問に思った凰雅が私の名を呼ぶ。けれど私は極めて明るくはぐらかした。
「ううん。なんでもない。あ、でも、私は堂々と着替えちゃったよ?」
『あぁ、それこそ気にしなくていい。綺月のやりやすいようにしてくれ』
「凰雅って結構いい体してるよね」
『…綺月。俺はお前の体に関してはノーコメントだ』
「ちょっと、それどういう意味?」
結構危機的状況な筈なのに、私達は何処か楽しんでいるようだった。届くとは思わなかった世界にいる。その事実が心を浮足立させている。
凰雅の世界をこの目で見る事が出来るんだ。出ては行けないのに、部屋を出て外を見たくて仕方ない。それを抑えるためにも私は凰雅と話をした。互いの世界に付いて改めて話し合う。
しかし、どうしよう。ワクワク感が増すだけだ。うぅ…早く外に出てみたい。
『…しかし、来ないな』
言われてはっとした。確かに迎えが来ない。私の世界と凰雅の世界は何故か時間軸が一緒だ。多分違う銀河にある同じ成分を持った惑星なんだろうとか、細かく掘り下げていけそうだけど、今はおいておく。
『何時もなら迎えに来る時間はとっくに過ぎている。綺月、ちょっと外を覗いてみろ』
「う、うんっ」
ドアに走り開けてみる。しかし、外の廊下には迎え所か誰もいない。
「誰もいないんだけど…」
『こっちもだ。誰もいない。……作為を感じるな』
「うん」
朔も満も私に枷を着ける為に必ず部屋に迎えにくるはずだ。それがこないと言うのはどう考えてもおかしい。
『暁菜と陽菜を足止めしている奴がいる…?犯人考えるまでもないな』
「誰?」
『燦都生徒長だ』
「あ、凰雅を襲った」
『やめろ。…もうこのくだり何度目だ…』
「あははははっ」
『笑うな』
肩を落としている凰雅の姿が目に浮かぶようでつい笑いだしてしまう。
『…しかし、ここでこうしていても何も変わらないな』
「うん」
『学校、行くしかないな』
「凰雅?」
『授業に出る訳じゃない。ただ、動かないと状況を理解する事が出来ないだろう?』
「そう、だね。…うん、解った」
味方がいないこの状況で外に出るのは正直怖いけれど。でも行かなければ何も変わらない。一旦部屋の中へ戻り、忘れ物がないか、何か見落としがないか、確認する。…ってあれ?あのベットの枕元にあるの、もしかして眼鏡?そう言えば視界がぼやけてる気もする。凰雅って目が悪かったんだ。近寄り眼鏡を取り身に着けてみる。そして改めて部屋を見渡す。うん。やっぱり何もない。
「一応鍵、かけた方がいいよね?でも鍵…どこだろう?」
クローゼットの中にもそれらしきものはない。家探し、しようか…。う~ん。凰雅の為にもやめとこう。でも、鍵…まぁ、いっかっ。
ドアだけはきちんと閉めて、私は学校へと向かった。
 たまに凰雅の視線で見ていた所為か、寮内も校内も地図はばっちり頭の中に入っている。真っ直ぐ向かうつもりでいたのに。窓から見える緑に、空気の綺麗さに一々足を止めてしまう。凰雅はこんな綺麗な世界に生きているんだ。
「…羨ましいな。私もこの世界に生まれたかった」
煩わしい枷もなく、感情も自由に出せる。私の理想的な世界だ。けれど私はこの世界の住人ではない。…いや。落ち込んでいる暇はない。凰雅が言っていた暁菜と陽菜って子達と会わないと。少し急ごう。寮を抜け、渡り廊下を通り、学校へ足を踏み入れた瞬間。一斉に視線が私へと向けられた。
―――思い出した。
凰雅もこの世界では異端だった。だからこの視線も納得出来る。でも、何故だろう?その視線が侮蔑だけって感じがしないのは。若干の居心地の悪さを感じながらも、私は二人を探す為に足を進めた。凰雅の視線を通じて二人の顔は知っている。だから解らないって事はないはずなのに、どうしたことか。彼女達が…いない。教室と言う教室全て覗いたのにいないっ。
「なんでー?」
確か凰雅が作為を感じると言ってた。と言う事は普通の教室にはいないという事かな?『犯人は考えるまでもないな。燦都生徒長だ』と凰雅は言っていた。だとしたら、彼の所に二人もいる?
「でも、今まで行った教室には燦都、生徒長?はいなかった、よね?」
うん、いなかった。じゃあ、一体何処に…?
「ねぇねぇ聞いた~?暁菜様と陽菜様。燦都様に御呼ばれされたそうよ?」
「えぇ?一体何の用なのかしら」
「さぁ?なんにしても羨ましいわ」
「そうね」
御呼ばれされた?それは一体何処に?咄嗟に横を通りかかった二人組の一方の手を掴んだ。
「きゃっ。ちょっと、何よっ」
「ご、ごめんっ。でも、教えて欲しいっ。暁菜ちゃんと陽菜ちゃんは今何処にいるのっ?」
「貴方…その声、まさかっ」
「まさか?」
やっぱり彼女達は驚いている。どうしてだろう?私と凰雅が入れ替わってるのが分かるんだろうか?…まさか、ね。それはそうと二人の居場所だ。
「何処に?」
「生徒長室ですわっ。ちょっと、もうっ、離してっ」
「あ、そうか。ごめんね。あぁ、ちょっと赤くなってる…本当にごめんね。綺麗な手なのに」
「きっ、綺麗ってっ、~~~っ、し、失礼しますわっ」
振り解かれ彼女達は走って行ってしまった。凰雅も嫌われてるんだな~…うんうん。取りあえず生徒長室に行ってみよう。
生徒長室はあっさり見つかった。ドアが教職員室より立派過ぎる所為で一目でここだと分かる。仰々し過ぎてノックするのも躊躇ってしまう。…ので、ノックはなしでドアを開けてみた。すると。
「凰雅っ!?」
「ウソっ、凰雅っ、どうしたのっ?」
驚いた顔に出迎えられた。
「あぁ、やっと見つけた。暁菜ちゃん、陽菜ちゃん」
彼女達にやっと会えた事にほっとして、自然と笑顔になる。二人は何やら慌てて走り寄ってきた。
「その髪にその瞳っ。どうしたのっ!?」
「え?何の事?」
「何の事って、金色の髪に金色の瞳になってるわっ」
えっ?ちょっと待って。凰雅の髪って金色じゃないのっ!?そう言えば私凰雅の姿ってちゃんと知らない。着替えとかお風呂とか互いの為にも視線を繋がないし。だから凰雅の姿を確認した事もない。結局今日初めて凰雅の姿をきちんと認識した。のに、これが本当の姿じゃないなんて。
「……君は、誰だ?」
部屋の一番奥の高級そうな机に付属した椅子に座っている男が立ち上がり私を睨み付けた。こいつが燦都って奴ね。…間近で見れば見るほど猟奇的な目をしてる。かなり危ない奴なんじゃ…。私は無意識に心配そうに寄り添う二人を抱き寄せていた。
「白々しい。私と凰雅をこんな状況に追い込んだのは誰?」
言うと燦都の顔が苦く歪んだ。
「成程。…実験は失敗だったようだ。凰雅の中身が入れ替われば外も中も従順で私好みになると思ったのだが、当てが外れた。全く美しくない」
吐き捨てるように言う。自分は綺麗だと自慢するほどナルシストではないけれど、美しくないと断言されるとそれはそれで腹が立つ。
「同じ台詞、そっくりそのままお返しするよ。人の事言えないくらい貴方も醜いね。全く美しくない。……行こう、暁菜ちゃん、陽菜ちゃん」
二人に向かい微笑む。すると二人は驚きながらも頷いた。良かった。ここで断られたら凰雅になんていったらいいか…。そう考えて部屋を出て行こうとした瞬間。
「私が、醜い、だと?」
目の前に燦都が現れた。流石に驚く。これが凰雅達の世界の能力。魔導の力なんだ。でも何故だろう?私はこの力に恐怖を感じない。
「自分の顔、見たことある?人を人とも思わない、そんな顔をした人間を美しいとは、私は口が裂けても言えないな」
暁菜と陽菜を自分の背後に隠し、目の前の男と真っ向から対立する。
「…貴様」
「貴様?私は貴方にそう呼ばれる筋合いはない」
苛立つ燦都の手のひらに小さな火が生まれ、それがどんどん膨らんでいく。これも魔導?
「凰雅っ」
「どいてっ、私達がっ」
二人が庇おうとしてくれるけど、私は静かに首を振って下がっているように言った。魔導が何処に飛んでくるか分からないから。それに凰雅の大切な人達を傷つける訳にはいかない。胸ポケットにある『携帯型感情制御装置』を服の上から触れてみる。変化はしない、か。やっぱりこの世界ではこれは使えない。だとしたらっ、作られた火が放たれる前に距離をつくるっ!燦都の腰目掛け蹴りを放つ。
「―――っ!」
かわされた。でも後ろに避けただけ。ならばっ。その勢いのまま体を捻らせて回し蹴りを繰り出す。それも後方へ飛ばれ距離を作られるが、私の狙い通りだ。これで燦都とは距離が出来た。
「やっぱり素直に蹴られてはくれない、か」
「何故だ…。自分の体ではない筈なのに、その速さ…」
驚き、憎悪を含んだ瞳で私を睨み付け、彼の手の上にある火が炎の弾へと姿を変え、私に向かってそれは放たれた。魔導で作られた炎。それは私達の世界の炎とどう違うのか。所詮火は火でしかないでしょ?そんなので勝ち誇られても困る。炎が目の前に迫り双子の悲鳴が聞こえる。でも…。
「こんなの、避けるまでもないっ」
全力で蹴りを繰り出して風圧を起こし炎を消し去った。
「ただの蹴りで私の魔導を消すとは…本当に煩わしい」
「私と凰雅を入れ替えておいて言えた事かな?」
私と燦都はただ睨み合い、再び戦闘態勢に入る。それに待ったをかけたのは双子だった。
「凰雅っ、駄目っ」
「燦都生徒長、私達はこれで失礼致しますわっ」
「うわっ!」
両サイドから腕をがっちり掴まれ私は引き摺られるように生徒長室を後にした。
 二人に引き摺られるまま連れて来られたのは寮の彼女達の部屋だった。入るなり凄い形相で二人に詰め寄られた。
「え、っと。二人ともまず落ち着いてくれるかな」
「落ち付ける訳ないでしょっ」
「凰雅、きちんと説明して」
きちんと説明してって言われても…。私も正直解ってる事は少ない。そもそも、私あの生徒長に戻る方法を聞かなきゃいけなかったんじゃ…?やっちゃった…。思いっきり喧嘩を買って売っちゃったよ。
「凰雅っ!聞いているのっ!?」
「うわっ、はいっ!」
怒られた。
「…説明と言われても、私もちゃんと分かっていないと言うか、なんというか…」
どこから説明していいの?これ。
「とりあえず、二人とも私が凰雅ではないって事は解ってるよね?」
問うと二人は顔を見合わせ、そして再びこちらを向いて頷いた。良かった。凰雅の変化に気付く位には親しいんだ。ほっと胸を撫で下ろす。
「だったら話は早いかな。私の名前は綺月」
「綺月?女性、なの?」
「そう。生物学上は女ね」
「その綺月さんが何故凰雅の体の中に?」
「…これを、見てくれる?」
暁菜の疑問に答えるにはこれが必要だ、と私は胸ポケットから『携帯型感情制御装置』を取り出した。
「これは…?」
「こんなの見た事ないわ」
「この世界には『存在しない物質』だからね」
暁菜の手に『携帯型感情制御装置』を置いた。陽菜と一緒に色々触ってみるが私ですら反応しないのだ。二人が触って反応する訳がない。
「これは私の世界で一般的に使われている装置なの」
「私の世界?」
「と言う事は貴方はこの世界の人間ではないの?」
しっかりと頷く。
「なら、どうして凰雅の事を知っているの?」
「違う世界の人間がどうやって凰雅と知り合うのよ」
二人の視線は完全に私を疑ってかかっている。当り前だよね。でも今は二人に協力して貰わないといけないから。
「私と凰雅は生まれた時から『繋がっている』の」
「繋がっている?」
「そう。えっと…どう言えばいいのかな…。あぁ、そうだ。二人は双子、なんだよね?」
互いに顔を見合わせたかと思うと二人は同時に頷く。
「私と凰雅もそんな感じなの」
「…説明になってないわ」
「あー…うーんとね。この広大な宇宙には人では数え切れない程の星があって、でも偶然にも二つ同時に誕生した星があるの。それが私の星と凰雅や貴方達がいるこの星」
「随分大きな話になったわね…」
「でもここが重要なんだよ。同時に誕生した二つの星は何故か繋がっていた。例えば、…ねぇ、暁菜ちゃん?この学校、男性と女性、どっちが多い?」
「圧倒的に女よ。この学校に限ったことじゃなく、それはこの世界全てで言える事だけれど」
「うん。そうだね。そして、私の世界は真逆で男が過半数以上を占めている。…意味、解る?」
「…こちらで女が生まれると、貴女の世界で男が一人生まれバランスがとられる。そう言う事?」
おぉ、賢い。陽菜ちゃんはさっきから一言も発していないけど、暁菜ちゃんはしっかりと頷き何かを分析しているようだ。
「成程。そう言う意味で繋がっているのね。それで?」
「うん。それでね。私と凰雅の話に戻るんだけど、私と凰雅は同じ瞬間に生まれたの」
「それなら私達も」
「陽菜。彼女が言っているのはそう言う意味ではないわ。きっと」
「二人は双子だもんね。同時に生まれた、間違いではないよね。でも、陽菜ちゃん冷静に考えて。私と凰雅が双子だったら、私こっちに生れてるよね」
「あ…」
うぅ~ん、陽菜ちゃん可愛い。
「星と同じだよ。私と凰雅は同じ瞬間に各々の世界で誕生して、星と同じように繋がっている」
「どんな風に繋がってるの?」
「どんな風にって言われても…。視線?意識かな?」
「視線?」
「そう。幼い頃はどっちが私なのか、分からなかったよ。目を覚まして、凰雅と視線が繋がってしまって凰雅を通して暁菜ちゃんや陽菜ちゃんを見て、本当は私が凰雅なんじゃないかって思ったりもしたし。勿論ある程度色んな事を理解出来るようになってからはそんな事はないけれど」
「暁菜、私ちょっと付いて行けてないんだけど…」
「陽菜には後で私が詳しく説明するから少し黙ってて。それで綺月。貴女の説明だとちょっと違いがあるわ。星は互いを補うようにバランスをとっているんでしょう?でも貴女たちは…」
「うぅん。違いはないよ。星も私達も同じ。『二つで一つの存在』なんだよ」
「そう…」
通じたかな?ちょっと、いやかなりドキドキする。私と凰雅の関係を誰かに説明したのなんて初めてだから。内容も信じづらいモノだしね。じっと暁菜の反応を見る。
「凰雅に、貴女みたいな存在がいるとは思わなかったわ。でも、…考えてみれば分かる気もするの。凰雅はたまに私達にも見せないような穏やかな笑みを浮かべている時があるから…。あれは貴女と話していたから、なのね」
「さっぱり分かんないっ!」
私が答える前に胸を張って主張する陽菜ちゃんはやっぱり可愛い。…でも、こう言ったら悪いけど…ちょっと足りない?
「そうね。陽菜、簡単に説明するわね。今凰雅と違う世界の住人である綺月と中身が入れ替わってるの。以上」
わーお。ざっくり。いいの、それで?
「分かったっ!」
いいみたい。あれ?私の説明の意味って…?
「私を納得させる為に説明は必要だったからいいのよ」
あ、そうか。…って。
「あれ?私今声に出してた?」
「いいえ?ただ顔にそう書いてあったから」
そんなに分かりやすかったっ?慌てて顔を隠すと、暁菜は微笑んだ。
「凰雅のこんな分かりやすい表情、久しぶりに見たわ」
「うん。あいつはいっつも自分の中に隠しちゃうから…」
「へぇ、そうなんだ」
もっと凰雅の事が知りたい。顔を隠すのを止めて微笑むと二人も微笑んでくれた。
「でも入れ替わったのって自分からなの?」
「…違う。凰雅とも話してたんだけど誰かが仕組んだとしか思えない」
「誰かって…もしかして生徒長?」
「陽菜、野生の勘?」
どうして話を理解していない陽菜ちゃんが正解を導くのか、驚いて私と暁菜ちゃんは陽菜ちゃんをマジマジと見つめた。
「けど、どうやって…?」
「多分、これ」
私は暁菜ちゃんに渡した『携帯型感情制御装置』を指さした。
「昨日私は友達に『魔導石』を受け取り、凰雅は生徒長にこの『携帯型感情制御装置』を渡された。そして、今日目が覚めたらこの状況。これ以外考えられない。だから、これを調査したら何か分かるんだろうけど…」
「けど?」
「これを分析出来る道具が何もないんだー…。凰雅の部屋にはなんっにも無いんだもん…」
「…そうね。とは言え、これを解析出来るような道具は私達の部屋にもないわ」
暁菜ちゃんと私は首を捻る。そこへ、
「じゃあ、外に買いに行けばいいんじゃん?」
あっさりと解決案を出してくれた。陽菜ちゃんはどうやら感覚で生きている人間らしい。でも、名案だったので私達は皆で外に買い物に出かける事にした。
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