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第一章 それぞれの日々
□ 綺月の世界 □
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朝日が眩しい…と思う。瞼の向こう側に光を感じる。暖かい光。
ぱちっと目を開くと、見慣れた天井が視界に映る。天井には自分の好きなロボットやら花やらの写真が敷き詰められていた。むくりと起き上がり、ベットを降りていつもの様にカーテンを開ける。うん、今日も快晴だ。機嫌良くクローゼットを開けて、制服に着替える。黒のワンピースに白のブラウス。黒のジャケットに、黒の二―ハイソックス。そして大きな真っ赤なリボン。制服は可愛いと思う。結構気に入っている。だけど、学校行きたくないな。行く必要あるのかな。そんな事ばかり考えてしまうけど、実際行きたくないんだから仕方ない。冷蔵庫から食パンを一枚取り出し、そのままそれを食べるとテレビを付けてそれを眺めた。今の時刻と今日のニュースを確認する。大して新しい情報はないようだ。そこで、ふと思い出す。そう言えば…。目を閉じて意識を集中させる。見えたものは暗闇。案の定まだ寝ているようだった。
「凰雅っ。起きなさいっ」
言うと、暫くして視界が開けた。…筈なのに真っ暗。もしかして、枕に顔を押し付けてるのだろうか?…往生際の悪い。
「凰雅っ」
もう一度呼ぶと、視界に天井が映った。
「(綺月、今日も今日とて元気だな…)」
くぐもった声。…寝惚けてるんだろうか?いや、でも凰雅の寝起きはいつもこんな感じだし。ん?…そうだ。寝起きと言えば。
「そう言えば、貞操の危機は大丈夫だったの?」
「(…言うな。やめろ)」
本当に心の底からげんなりしている凰雅がなんだか珍しくて笑えてしまう。よっぽど嫌なんだろうな。ならばもうあえて触れまい。…今は。
「(さ、て。…着替えるか)」
視界がぐるりと動き凰雅が立ち上がったのが分かる。凰雅の視線越しに凰雅の部屋が見える。何にもない殺風景な部屋。その点自分の部屋はまるで研究室のようにごちゃごちゃだ。一応女だから多少なりとも気を付けてはいるものの、そこはそれ、足の踏み場がないとまでは行かないが、流石に凰雅の様にはいかない。
「(…んで?今度こそ俺の生着替え、見るのか?)」
冗談めいた凰雅の言葉にきっぱりと。
「是非」
お決まりのセリフを答えると凰雅は楽しげに笑った。
「(ははっ。やっぱりそうくるのか)」
「あははっ。冗談だって」
そう言いながら目を開ける。すると、凰雅と繋がっていた視線は消え、自分がつけたテレビが視界に戻ってきた。さて、自分も学校に行かなくては…。鞄を持ち、靴を履きドアのぶに手をかけると、私が開ける前にドアが開いた。
「おはよう、綺月ちゃん」
自分と目線がほぼほぼ同じ、黒の学生服をしっかりと着込んだ赤茶の髪が特徴的な幼馴染が立っていた。男なのに花柄のヘアピンが似合うのが不思議。それとも陽気な性格ゆえ、なんだろうか。
まじまじと見ていると、そう言えば挨拶されたっけと思い出し、挨拶を返すことにする。
「……おはよう、満。今日は貴方が『当番』なの?」
「あ、……うん。そうなんだ」
「そう。じゃあ、何時もより早く『解放』されるのか。…嬉しいな」
「うん。だから今日もさっさと授業終わらせてさっさと帰ろう?」
「うん」
目の前の年下の幼馴染が大きな瞳を辛そうに歪ませ、それでもそれを隠すように微笑んだ。自分と一緒に兄弟同様育ってきた人のこんな表情を見るのは辛くて仕方ない。けれど、どうしようもないのだ。私の『感情』がこの世界を歪ませるから。
この『世界』は『感情』に左右される世界だ。正しくは『感情』を制御される世界だ。この世界の人間は生まれつき『感情』のコントロールが出来ない。人間には大きく分けて四つの感情がある。誰しもが知っている『喜』『怒』『哀』『楽』の四つ。この世界の人間はこの四つの感情の内、一つが制御する事が出来ない。普通の人間ならば、それこそ凰雅がいる世界のような普通の世界なら。楽しい時には笑い、悲しい時には泣き、嬉しい時には喜び、腹が立ったら怒る。けれど、この世界の人間はその感情が何処か崩壊しており、感情が暴走する。喜哀楽ならまだなんとか出来た。だが恐ろしいのは『怒』の感情で、『怒り』の感情の暴走はやばいものだった。それは放置すれば世界を滅ぼすだろうと言われた位だ。
そこで人間は考えた。そんな壊れた爆弾のような感情は無くしてしまえばいい。人が持っている感情を消そうとするなんて愚かしい考えだと思う。けれど、人間はそれを実行した。感情を『機械(マシネル)』と言う道具のエネルギーとして変換し感情を有効利用しようとしたのだ。だが、人間は気付いていなかった。その行動が既に『怒』の感情に支配されていることに。人間は『怒』の感情を暴走させ、支配されていた事に気付かず、その『機械』を生活の為の『道具』ではなく戦う為の『武器』へと変えてしまった。
どんどん武力だけが強くなり、国同士が技術を競い、奪い合い最終的には世界間の戦争が始まった。結局『感情』に良い様に振り回されてしまっている。……馬鹿みたいだ。それでも人間は無駄に進化していく。戦争が『怒』の感情により起きた物だと気付いた人間は、更なる『感情』の制御が出来るようにと技術が達者になっていった。どうしようもなくなった人間は最終的に、各国に『喜怒哀楽』のそれぞれの感情をを吸収する四つの『制御塔(レーゲルンタワー)』を作り上げた。永続的に暴走しそうな感情のみを選び吸い取るシステムが出来上がったのだ。そのシステムにより、人間は感情に左右されず普通の生活をおくる事が出来るようなり戦争も終わりを迎えた。感情の暴走もエネルギーとしてうまく日常に組み込まれ道具の動力源として使われるようになった。
しかし、どんな物にも例外はある。例えば幼馴染の満とその兄の朔。二人はこの世界では珍しく、『感情を自力で制御出来る人間』だ。システムに吸収されるのも、道具として『機械』に感情を変換するのも全て計算し暴走を自力で回避する事が出来る。だが私は…。大抵は『喜怒哀楽』の内どれか一つだけの感情が強いはずなのに、私は全ての感情が強過ぎて、コントロールが出来ない。だから、『制御塔』に吸収されるだけでは足りず、かといって強すぎる感情を動力源として『機械』に変換するのも危険で。勿論計算なんて出来る訳なく、結果私には『感情』全てを一時的に抑え付ける為の特製の枷をするしか道はなかった。
「それじゃ、嵌めるよ」
「うん」
カチリと音を立てて、右手首、左手首、そして額に、銀の枷が嵌められる。グゥンと嵌められた枷が起動する音が聞こえ、まるで心が消えたように思考が停止する。多分見た目は綺月と言う人間の形をした動く人形だろう。
「…やっぱり、僕は綺月ちゃんのこんな姿、見たくないよ」
抱きしめられて、消え入りそうな声で満が呟いた。きっとこれが感情制御される前だったら凄く嬉しい事だったんだろうけど。
今の私には、そんな感情はない。
「満、学校、行こう」
「……うん」
部屋から一歩出て鍵を閉める。このまま今いる寮の廊下から学校へと向かう。学校は寮と繋がっている。その学校へと真っ直ぐ続いてる道を黙々と歩くその横を満は私を守る様に歩いてくれる。
「ねぇ、綺月ちゃん?今、こういう事言うの反則だと思うんだけどね」
「……?」
「本気で僕と結婚しない?」
「結婚?」
感情を制御されてるから驚く事もない。心が消えたように思考が停止しているとどうにも脳にも靄がかかってるみたいで。
「……しない」
返事も難しい事は言えない。けど、答えは全て本音で。
それを突き付けられた満は顔を両手で覆ってしくしくと泣き真似をした。そんな傷心中の満に低く男らしい声が止めを刺した。
「またフラれたのか?満」
寮と学校を繋ぐ廊下の入口。壁を背にして立っている満と同じ制服を着ている男。満よりは冷静そうな、けれど私には優しい表情をしてくれる、満の兄である朔だった。
「朔兄さん…。傷口を抉らないで」
「抉ってなんかいないさ。ただ塩を塗ってみただけだ」
「尚悪いよ…しくしくしく」
兄弟向かい合ってなんのコントだろうか。しかもあ、しくしくって声に出してるし。
この世界でここまで感情豊かに会話している人間は珍しい。それ即ち優秀な証拠だから。だからこの二人は男女関係なく異様にモテる。
「綺月、おはよう」
言われて少し上を向く。幼馴染で同い年の高校三年生の彼は満より少し身長が高い。赤茶の髪が微笑む顔にかかる。この表情はしっかりと満と兄弟だなって感じる。本当なら笑顔で私も答えたいのに。
「おはよう」
感情なく淡々と答えるしかない。でもそれを理解してくれている二人は笑顔で答えてくれた。朔はそんな私の頭を撫でて、肩より少し長い私の髪を一房取りそっとキスをした。普通ならば恥ずかしがる所なのに。
「……」
今の私には出来ない。しかし、朔は何時もの事だから気にしない。
「相変わらず綺麗な赤い髪だ。けど、今日は体育があるだろう?結んでおいた方がいい」
「兄さん、ずるいよっ。僕だって、僕だって綺月ちゃんの髪に触りたいっ」
「綺月の髪を結べるのか?不器用でコンパス使って円すら書けないお前が?」
完全に満を見下している。そして、それをしっかりと理解している満は。
「……しくしくしく」
朔に一刀両断されしゃがみこんで泣き真似をして拗ねている。この兄弟は本当に仲がいい。だから。
「…仲良し」
言葉にすると。
「そうだな。間にお前がいる時だけは、な」
そう言って朔は、鞄から大きなリボンを取り出し私の髪を器用に一つに束ねた。
「ん、いい出来だ」
いたく満足気にもう一度私の頭を撫でると、私の手をとり学校へと歩き出した。
「あーっ!!置いてかないでーっ!!」
大慌てで追いかけてくる満が直ぐに私の横に立ち、私の持っていた鞄を奪い取り空いた手をとり繋いだ。
三人仲良く登校する。嬉しい筈なのに、素直に喜べない自分が辛い。
廊下を渡り切り学校へ一歩足を踏み入れると、そこはもう私にとって苦行の始まりだ。
「…おい、またあいつ学校に来てるぜ」
「よく三年もここ通えたもんだよな」
「そうそう。あんな歩く爆弾みたいなの、傍にいるだけで怖いっての」
聞きたくなくても隠しもしない陰口が降ってくる。こういう時感情が制御されてるってのはいいのかもしれない。辛いとか悲しいとかも半減以下されているから。
でも―――傷付かない訳じゃないんだよ。
小学校、中学校、高校とずっと言われ続けてきたけど、―――辛いんだよ。
だって聞こえてるんだから。私には耳があるんだから。私は人形じゃないんだから。分かって貰えないのは理解してる。でも…。私は俯く。
「…綺月。気にしなくていい」
「そうそうっ。あんなの平凡な奴らのくだらない嫌味なんだからさっ」
二人が私を護る様に立ってくれた。優しい二人。私は二人がいるから、ここにこうしていられる。
「おい、今なんつった?」
「てめぇら。調子こいてんじゃねぇぞっ」
同じクラスで、その中でも粋がってる五人組が二人に突っかかる。けれど、正直この二人の敵ではない。こんな五人に負けるほど弱くはない。
「…はぁ。邪魔な」
「まぁまぁ、兄さん。そう言わずに潰しておこうよっ。綺月ちゃんの為にもさ」
「…それもそうか」
完全に相手を馬鹿にしている。それは当然相手も怒るだろう。と言うかわざと怒らせてる?案の定挑発された五人は二人に向かって殴りかかってくる。だが二人はまるで舞を踊ってるみたいに綺麗な流線型を描き避けて行く。
「…ふむ。ここまで挑発されて怒っても暴走が始まらないという事はお前たちは『怒り』の感情は制御出来ているって事か」
「みたいだね」
遊んでいる。反撃もしないでただ遊ぶように避けられたら五人のプライドだって傷つくだろうに。ほら。怒って五人とも『武器』を取り出した。感情をエネルギーに変える『武器』。私達が生まれた時から持たされる『機械』であり『道具』にも『武器』にもなる『携帯型感情制御装置(ガイストマシネル)』だ。
それは人それぞれ違った形を成しており、それでも一般的なのは四角い小さなサイコロのようなものだ。それに感情を動力源として入れ込むことにより、液状に変化した後各々が思い描く形の武器になる。銃だったり剣だったり本当に人それぞれだ。勿論、普段は道具に変化させる。包丁とか箸とか。武器に変化させるなんて稀だ。こういう喧嘩する時以外は。そもそもが『戦争』の時に使っていた技術だから。
しかし、しかし五人が変化させた武器の形は五人が五人とも『銃』だった。遠距離から止めを刺してしまおうとか?…あざとい。
「わー、臆病者ばっかりー。笑っちゃうー」
「そう言ってやるな。満。彼らはその銃ですら扱えないんだろうからな」
「兄さん兄さん。兄さんのが酷い事言ってるよ」
「…綺月に害がないのであれば全く問題ない」
「兄さんのそう言う綺月ちゃん以外にはシビアな所、僕大好きだな」
二人は出された銃にビビる事もない。実力の差があり過ぎるから。こうして敵対しているにも関わらず二人は武器すら出していない。
「満。お前は綺月を守ってろ。銃弾が綺月に当たったら大変だからな」
「はいは~いっ」
そう言いながら、満は私をぎゅっと抱きしめて数歩後ろに下がった。
これは守ってくれてるの?それとも、ただ抱きしめて頬摺り寄せたいだけ?やたらスリスリと頬寄せてくるのはなんでだろう?
そんな私達のほんわかした雰囲気とは逆に、一触即発な空気になっている朔達。重苦しい空気の中、先に動き出したのは銃を構えてる五人の方だった。一斉に発砲する。しかも何の遠慮も前触れもなく乱れ打つ。けれど朔には何の意味もなさなかった。全ての弾道を読んでいるかのように華麗にかわし、五人へと迫っていく。弾を避けそいつを蹴り飛ばし、横にいた奴の銃を持つ手を叩き、次いで足払いをしかけ転ばせると、その勢いのまま隣の奴の銃を片手で掴み上げ、空いた腹に拳を叩き入れ、そいつを持ち上げ残り二人へと投げつけた。
あっという間の出来事。やはり実力が違いすぎるのだ。朔の圧倒的な強さに意識を手放していた。
あっさりと片をつけた朔は制服に付いた埃を払いつつ、こちらを振り返りフリーズした。
「……満。何をしている?」
「何って綺月ちゃんを守ってるっ」
満が嬉しそうにすりついてくる様子を見て、朔の眉間にしわが寄った。
「朔、怒ってる…」
ぼそりと言うと、朔は穏やかに微笑み私の頭を撫で、そして満の頭を思い切りどついた。
ゴンッとそれはもういい音が鳴り、満は頭を思い切り抱え込む。
「綺月に怒ってなんかいないさ。さぁ、教室へ行こうか」
肩を抱かれ教室へと促される。ふと気になって後ろを振り向くとそこには6つの屍が転がっていた。満は殴られただけかと思ったが朔はきちんと追い打ちをかけていたらしい。抜け目ない朔にちょっとだけ満に同情しなくもなかったけれど。今は見なかったことにした。
毎朝の騒動を乗り越えると、後はもう静かなものだ。教室でもくもくと授業を受ける。真面目に授業を受けているように見えるが、実際はそんな真面目に聞いてはいない。脳に靄がかかっているような状態で何を聞いたとしても半分くらいしか理解出来ない。だったら部屋に戻って独自に勉強した方がましだ。けれど、この世界は学校に行くのが義務になっている。そうなればもう通うしかないではないか。でも、考えてしまう。こんな目にあってまで通う理由はあるのだろうか、と。
―――私がここにいる理由はあるのだろうか、と。
昼休み開始のブザーがなり、私は席を立ち、いつもの場所。中庭の巨木の下へと向かった。
ご飯を食べる気にはならないから、木の下で大の字になって転がりぼんやりと空を見上げていた。青々とした葉っぱの隙間から太陽の日が零れとても綺麗だ。どこを見ても人工物しかないこの世界において数少ない光景。凰雅に教わってこうやって横になって以来、このとても美しい光景がお気に入りになっていた。
「…凰雅」
「(んー、呼んだか?綺月)」
目を閉じて、凰雅の名を呼ぶと直ぐに反応が帰ってきた。視覚を凰雅へと集中すると凰雅の見ている光景が自分の瞼の裏へと浮かぶ。その光景が私の見ている光景と全く同じで、感情を封じられていても、微かな心で嬉しく思う。
「凰雅も、今、中庭?」
「(あぁ。ここいると面倒な事が来るって分かってるんだけど、つい、な)」
「貞操、危機?」
「(……やめろ)」
本当に嫌そうな声で言う凰雅が何だか面白い。流石にからかいすぎたかなと私は回らない脳で少し考えて。
「凰雅、木登り、得意?」
「(木登り?まぁ、苦手ではないな。他の奴らみたいに魔導を使えないから瞬時に木の上とかは出来ないが)」
「だったら、木の、一番太い枝で、お昼寝、したら?」
「(綺月…)」
あれ?怒ったかな?それとも、変な案だった?
少し不安になるが、凰雅から帰ってきた声はとても嬉しそうな声だった。
「(それ、いいなっ。よしっ、そうしようっ)」
凰雅の視線が彼が動き出したことを示し、彼の身長より少し高い所にある枝に手をかけ、ひょいっと体を登らせる。その動きの速さに私は少し驚く。もしかしたら、朔と満より彼は運動神経がいいのかもしれない。次から次へとひょいひょいと登り、丁度いい塩梅の枝に腰をかけ幹へと背を預けると、彼は空を見上げた。さっきよりも空が近いその光景に私は目を奪われた。とても、とても綺麗な光景だった。
こっちの世界でも見れるだろうか。あの綺麗な光景が。…一度気になるともう気になって仕方なくなる。私も…登れるだろうか。凰雅みたいに。色々と制御されているけれど。でも…見てみたい。直に、この目で。目を開けて、むくりと体を起こす。きょろきょろと周りに人がいない事を確認して立ち上がると、凰雅のように自分の背より少し高い位置にあるいい感じの太さの枝に手をかける。腕に力を込めて登ってみる。凰雅のようにはひょいひょいとはいかないけれど、何とか登れる。枝の上に立ち更に上を見上げると、何本か上った先に丁度良さげな枝があった。あれにしよう。私は目標を決めて枝を登る。そこへ何とか辿り着いて見えた景色はがっかりだった。なにせ、ビルしか見えない。つまらない。けれど、そんな光景に嬉しそうな声が脳へと届いた
「(凄いな、その景色)」
「…凰雅、見てたの?」
「(あぁ。それだけ一杯の建物、見た事ない。凄いな)」
そうか。凰雅の世界にはこういうものはないのか。でも、私は…。
「私は、凰雅の、世界の方がいい。緑が、いっぱいの…」」
「(…そうか。互いに無い物強請りだな)」
「…うん」
私の世界は技術が発展し過ぎて、建物が多すぎる。その点凰雅の世界は自然を生かす世界。建物も少なく沢山の緑が溢れている。それはとてもとても美しい世界だと思う。
「(なぁ、綺月)」
「…なに?」
「(空を見てみろよ)」
凰雅の言葉に導かれるまま枝に背を預け座ると空を見上げる。葉の隙間から綺麗な青空が覗く。
「(これだけは、お前の世界も俺の世界も一緒だな。…綺麗だろ?)」
「……うん」
そうだ。凰雅の言う通り青空だけは、私の世界にもある美しい自然だ。…凰雅の言葉は優しい。まるで自然と同じだ。どんなものも優しく受け止めてくれる。
私はその言葉に、凰雅の存在に浸る様にただただ空を見上げ雲の流れを追った。ずっと雲の流れを追っていると、かさかさと誰かが来る足音が聞こえた。自分には関係ない。関係ないけど、でも木の下に来られても困る。どうしたものか、迷っていると。
「どなたか、いるのですか?」
下から声が聞こえた。女子の声?それはとても珍しい。この世界は圧倒的に男性が多い世界で、そんな世界の学校だから女生徒は少ない。各学年3人いればいい方だ。他の学校はもう少し多いらしいが、この学校は色々と異質な人間が集められるから尚更男が多い。大抵は感情の制御が出来る人が連れて来られるが。私みたいに逆に制御出来ない人間も入学させられる。理由は簡単だ。研究室が隣接しているから。監視を兼ね備えているのだ。そんな研究室まがいの場所にモルモットとしてくる女生徒は少なくて当然だ。話はそれてしまったが、とにかく、そんな学校の女子が何故こんな人気のない中庭に来ているのだろう。
とりあえず私は、「いる」と一言だけ返事を返した。すると。
「まぁ、女性、ですの?」
この話し方。…もしかして、私と同じ?
私はその女子に興味を持った。顔を、見てみたい。じっと下を覗くけれどその姿は見えない。仕方なく木の枝から枝へと飛び移り、地面へ着地した。その女子は驚くことなく突然降りてきた私の顔をじっと見ていた。あぁ、やっぱり、腕と額、それに両足にも銀の枷がついている。私より感情の起伏が激しいんだ。
「あなたも、なんですの?」
どうやら相手も同じことを考え付いたようで、私は静かに頷いた。
「…お名前、お聞きしても、よろしいかしら」
青く澄んだ長髪をなびかせて小首を傾げる彼女に、「綺月」と素直に答えると彼女は頷いた。私達はこの機械に制御されている限り笑う事は出来ないからこの無表情も仕方ない。
「私は、ディアナ。…こうして、感情を抑制されては、いますけれど、私、今、とても、嬉しい。綺月さん、私と、お友達に、なってくれませんか?」
ディアナと名乗った女生徒の言葉は私にとっても、とても嬉しい言葉だった。まさか、この学校で同じ境遇の人間に会えるなんて思っても見なかったから。私はしっかりと肯定の意味を込めて頷いた。私達は二人並んで木の下に座り、たどたどしくはあれど会話を楽しんだ。夢みたいだ。こんな風に女の子同士会話が出来るなんて…。
そんな夢みたいな時間の終了を告げたのは、朔の声だった。
「綺月ーっ!」
朔がこっちへ向かって来ながら私の名前を呼んだ。私とディアナ、揃って声のした方を向くと、朔は私達の前に立ち少し驚いたような顔をして、けれど直ぐに表情を笑みに変えると、私達の前に膝をついた。
「綺月、こちらの方は?」
微笑んだまま朔が視線を彼女へと向けた。私は頷き、
「ディアナ、友達、なった」
答えると、朔は頷き頭を撫でながら。
「そうか。それは良かったな」
喜んでくれた。
「うん」
私の頭を小さい子を褒めるみたいに撫でると、改めてディアナと向かい合い何故かディアナの頭も撫でた。
「俺は朔だ。綺月の事、よろしく頼む」
…朔、私の事絶対年下だと思ってるよね。同い年なのに。あ、年と言えば。
「そういえば、ディアナ、何年生?」
同じ学年で見たことがない。そう思って聞くと。
「私、今日、転校して、来た。三年生」
だから、知らなかったんだ。でも、同い年だ。同い年の友達が出来た。笑う事が出来なくても互いの視線を交えて頷きあうと何か通じてる気がして嬉しい。
「二人とも、和んでる所悪いが、もう授業が始まる。教室に戻らないか?」
朔が言いながら立ち上がる。そう言われればもうそんな時間だと私達は手を繋いで立ち上がる。
「ディアナ、クラスは?」
「B組」
「隣…、合同授業、一緒」
手を解くのが勿体なくて、私達は手を繋いだまま教室へと向かった。
教室の前。私達は離れたくなくてついつい足を止めてしまった。
「もっと、おしゃべり、したい」
「私も…」
授業、サボってしまおうか。…駄目だ。流石にそれは朔の手前許されない。
…じゃあ。
「授業、終わった後、放課後、私の、部屋、来る?」
首を傾げて言うと、ディアナは大きく頷いた。肯定を知った私は、ポケットからメモ帳を取り出し手早く部屋番号を書き記すとディアナに渡した。ディアナはしっかりとそれを受け取ると、そのまま隣のクラスに向かって歩き中へと入っていった。それを確認すると私も教室へと入る。その後ろを朔が付いてきた。同じクラスだから当然と言えば当然。けれど、朔は席に着いた私の前に立った。
「?、朔…?」
「…綺月。友達が出来るのは良い事だ。でも、あまり気を許し過ぎるなよ」
朔がどうしてそう言う事を言うのか分からないけれど、朔がこんな真剣な表情で言うのだから、色々納得は出来ないけれど、私はとりあえず頷いた。
「うん、良い子だ」
…やっぱり、朔、私を子供だと思ってる。頭の撫で方がそれを物語ってる。そうこうしている間に教師が室内に入ってきて、朔は席に戻り、授業が開始された。
退屈過ぎる授業が終わり、待ちに待った放課後。私は朔と一年の教室から全力で走ってきたと思われる満と一緒に急ぎ寮へと帰った。部屋のドアを開け中へ足を踏み入れ、くるりと振り返り部屋の外にいる満と向かい合う。
「それじゃあ、外すね」
満が私の両腕と額にある装置を取り外した。キュウンと動作が止まる音がして、瞬間、脳にかかってた靄も感情の制御もなくなり、顔に笑顔が浮かぶ。
「綺月ちゃん?どうしたの?凄く嬉しそう」
きっと満面の笑みだろう。でも仕方ない。嬉しいんだからっ!
「だって嬉しいものっ。初めて女友達が出来たっ。初めて私の部屋に遊びに来てくれるっ。嬉しいっ。凄く、嬉しいっ」
「綺月ちゃんがこんな嬉しそうにはしゃいでるの初めて見た」
飛び跳ねたいくらい嬉しい。部屋には感情を制御する装置はついていない。だから、素直に感情を出せる。ただし、感情が暴走してもいいように防護システムはついている。感情が暴走して例え暴れだしたとしても外には漏れないし被害はでない。
要するに、喜び放題なのだ。
「部屋の掃除しなきゃっ。ディアナ、いつ来てくれるかなっ。本当はどんな風に笑う子なんだろうっ」
靴を脱いで玄関の靴を揃えて、机の上に積まれている本や機材を手早く棚に押し込める。テーブルの上にある食器を流しへと運び綺麗に洗って棚へと戻す。
「……ねぇ、兄さん」
「なんだ?」
「僕たち、もしかしなくても邪魔になるんじゃない?」
満が茫然とこっちをみながら呟くのを朔が否定した。
「いや。もし彼女が来るのなら、俺達はいた方がいいだろう」
「へ?なんで?」
「彼女の枷を外す奴が必要だからな。だから、綺月も俺達を追い出さない」
「枷?……ねぇ、兄さん。それって、今日三年生に転校してきた…?」
「……そうだ」
そう。実はこの枷の着脱は少々難しい。感情に支配されない人間、ようするに朔や満のような感情を計算できる人間でないとこの銀の枷を持つことすら難しいのだ。感化されてしまうから。私の枷は朔か満どちらか一人がいれば着脱可能だ。けれど、ディアナは両手と頭、更に両足についているのだ。二人がかりで外してもらった方がいいだろう。だから、二人にはまだいて貰うとして。
「あっ、そうだっ。ケーキでも焼いておこうかなっ。あーでも、時間が足りないかな。んと、んと…何かおやつになるような物なかったかなっ」
ガチャリと冷蔵庫を開けると中には、私の好きな、イカの塩辛に、芋の煮っ転がしに、ヒジキのサラダ…。
「つまみしかない…」
しくしくしくと泣き真似をしつつ膝をついて崩れ落ちた。料理やお菓子作りは嫌いじゃない。むしろ好きな方に入るんだけど、基本的に甘いお菓子より塩分の強いお菓子の方が好きだったり、おやつ代わりに漬物を食べたりしてたりする事が多いから。女の子らしいものなんて、今この部屋には欠片もなかった。
「『女子力』ってなんだろうね。満」
「うぅ~ん。綺月ちゃんに今必要なものかなぁ?」
「うぅぅ…」
せめて、せめて部屋だけでも綺麗に。それから簡単なパンケーキ位なら作れるかな?落ち込んでる暇ない。私は急いで立ち上がり、ディアナを迎え入れる準備を始めた。部屋を出来る限り綺麗にして、パンケーキを作るための材料を揃える。卵に小麦粉に牛乳、砂糖、あとは…。必要な材料をキッチンシンクの上に揃え、いざ作るだけの段階にしたら、寝室へ行き制服を脱いで私服に着替える。クローゼットを開けて、やっぱりスカートとか女子力の上がる物がない事に落ち込むけれど、辛うじて女子力を保てるであろうレース付のデニムのハーフパンツに可愛い柄のTシャツを着た。
「ねっ、ねっ、朔っ。おかしい所ないっ?」
寝室から戻り、相変わらず入口のドアの所に立っている朔に問いかけると。
「大丈夫。綺月はいつも可愛いよ」
「ねぇ、朔?朔のたらし度、何かアップしてない?今日の昼も思ったんだけどさ」
「たらし度?別に思ったことを言ったまでなんだが。それに間違ったことは言ってないはずだ。そうだろう?満」
「うん。綺月ちゃんはいつも可愛いっ」
二人がかりで言われると、流石に照れる。顔が熱い。私が手で顔を煽ぎ熱を冷まそうとしていると、入口で並んで立っている二人の間にひょこっと顔が覗いていた。
「ディアナっ。いらっしゃいっ」
ずっと待っていた人物が現れて喜んで駆け寄ると、朔にその額に手を当てられ制止させられた。
「もう、綺月ちゃんったら。今外に出たら駄目でしょ」
「あ、そうか」
満に言われて制御装置を付けていない事を思い出す。私は余程浮かれていたらしい。
「とにかく、入って入ってっ」
歓迎すると、ディアナは頷き、部屋に一歩足を踏み入れた。
「それじゃ、外すよー」
「少しだけ、失礼する」
朔と満がディアナの左右に立ち挟む様に枷を外していく。腕、足、そして額のシステムが外された瞬間、ディアナの表情も笑顔に変わって明るさが増した。
「綺月さん、お邪魔しますわっ」
「うんっ、いらっしゃいっ、ディアナっ」
互いにあまりにも嬉しくてきゃあきゃあ言いながら抱きしめ合う。
「入って、入ってっ!」
「はいっ」
ディアナの手を引いて部屋の中へ誘う。
「じゃあ、俺達は行くから」
「何かあったら呼んでねっ。何もなくても呼んでねっ!綺月ちゃんっ」
そう言って、朔はさっさと、満は名残惜し気に自室へと戻って行った。けど、今はそんな二人は正直どうでもいいっ!いそいそとキッチンへと向かう。
「ディアナ、何飲むっ?」
聞くと、
「あ、私も手伝いますわっ」
嬉しそうな声で手伝いを申し出され、私も嬉しくなって。
「そう?じゃあ、じゃあ一緒におやつ作ろうっ」
提案した。実はこれが結構憧れていた事だったりする。女の子同士でお菓子作りするなんてしたことなかったから。嫌がられるかな?ちょっとした不安も過ったけれど、ディアナの顔を見て、それが杞憂だと分かる。だって、ディアナが凄く嬉しそうな表情をして頷いてくれたのだ。
「私、友達と一緒に何か作るって初めてですわっ」
「ディアナもっ?私もなのっ」
ぎゅっと手を握って笑い合う。
「一緒、ですわね」
「ちっちっち」
わざと声に出して右手の人差し指を顔の前で振って、おどけて笑う。
「違うよ、ディアナ。こーゆー時はお揃いって言うんだよっ」
ディアナはキョトンと驚いた顔をした後、
「そう。そうですわねっ。お揃い、ですわねっ」
また嬉しそうに微笑む。ディアナが笑ってくれるのが嬉しい。私の顔から笑みが消えない。―――嬉しい。
ちょっと惜しいなと思いつつディアナの手を離すと、用意していた材料を混ぜる為、ボウルを取り出して、あれ?泡立て器どこだっけ?キョロキョロとキッチンの周りを見渡して、引出しかな?と開けてみると、中に入っていたので取り出して洗う。
「ディアナ、ディアナっ。私が混ぜるから材料入れてっ」
「はいっ。では、まず粉の量を量って」
「大丈夫だって。そんな細かくしなくてもっ。それに失敗してもそれはそれで楽しいじゃんっ」
ディアナはやっぱり驚いた顔をすると、それでも直ぐに嬉しそうに微笑むとシンクに置いてあったスプーンで適当にボウルに材料を入れ始めた。
私達はおやつを作っている間、ずっとずっと止まる事なくおしゃべりをした。女友達と話す事がこんなに楽しい何て思わなかった。この時間がこんなにも泣きそうになるくらい嬉しいなんて思わなかった。そもそも私には友達がいない。朔と満は家族みたいなもので友達とも違うから。
歪な形に焼き上がったパンケーキとディアナが入れてくれた紅茶をテーブルへと置くと、テーブルを挟んで互いに向かい合う形で床へと座った。……今度可愛い座布団買って置こう。
「あ、そうだっ。ディアナ、ちょっと待ってね」
確か冷蔵庫に蜂蜜があったはず。急いで立ち上がり冷蔵庫を開けると、記憶通り蜂蜜があってそれを取り出す。やっぱりパンケーキには蜂蜜でしょう。うきうきと蜂蜜を持って席に戻るとディアナは何かを見ていた。何を見てるんだろう?はっ!?もしかして、そこらに散らかっていた物を棚にぎゅうぎゅうと仕舞ったのがばれたっ!?だらだらと背中に冷汗が流れる。けれど、ディアナが見ていたのはそれではなかった。ディアナの視線の先にあるのは、机の上にある私の『携帯型感情制御装置』だった。
「…気になる?」
「え?あ、ごめんなさいっ」
焦ったようにこっちを見ながら謝るディアナに私は明るく笑い返した。
「あははっ。いいよいいよ。珍しいだろうしねっ」
私はテーブルの上に蜂蜜を置くと、机の上に放置していた『携帯型感情制御装置』を持ち改めてディアナの前に座った。
「不思議な、形ですのね」
「うん。一般的、ではないよね」
私の『携帯型感情制御装置』は、普通の人ではあり得ない形だ。
「これは…蝙蝠、ですか?」
「うん。蝙蝠」
両手でないと乗せられない程大きい蝙蝠型の装置。そうそうないだろうなぁ…。けれど、私としては結構この形気に入っている。
「これね。私仕様に少し改良してあるんだ。だから一般的な量産型じゃないんだよ」
「綺月さん仕様?」
「そうそう。これは私しか使えないの。ほら、本来、生まれた時に配給されるのって一般的に誰でも使える箱型だったりカード型だったり~っていう比較的小さい型じゃない?」
「えぇ。そうですわね。私もカード型のを持ってますわ」
「でもさ。それじゃあ、私の感情って強すぎて変換出来ないんだよね。ディアナもそうでしょ?」
ディアナがこくりと頷く。
「しかも、私達ってほら枷をつけられて、自室以外は『携帯型感情制御装置』は使えない。でさ?どうせ自室でしか使えないんだったら、私の好きに改造してもいいじゃん?って」
「と言う事は、もしかして…綺月さんっ、これ、ご自分で整備してらっしゃるのっ?」
「うんっ。だからね、こうして」
手の中の蝙蝠型装置を起動させる。指先にちょっとした痛みが走るがそれを顔には出さずにディアナと共にじっと蝙蝠を見る。するとその蝙蝠の目が赤く光り、ハタハタと羽を動かし始めた。
「起動させると、少量だけど常に感情を吸収してくれるの。一定量だけね」
「す、凄いですわっ」
「そ、そうかな」
素直に目を輝かせ真っ直ぐにディアナが褒めてくれるから、少し照れてしまう。装置はハタハタと小さく飛び上がると、ディアナの頭の上にちょこんと座りこんだ。
「あら?あらあら?」
「あ、ごめんねっ。ディアナの感情量に反応しちゃったんだと思う。今どかすからっ」
「大丈夫ですわ。とても可愛い」
ディアナが頭の上に手を伸ばすと私の蝙蝠型装置は自分から体を摺り寄せた。
「本当に、可愛いですわ」
「う~ん。よっぽとディアナと相性がいいんだね、この子」
「と、言う事は綺月さんと私の相性も良いって事になりますわね」
そう言われると、私達二人がここにいる事が凄い事に思えてくる。
「それじゃあ、暫く巡回してて貰おうか。この子に。それで私達はおやつ食べようっ」
「はいっ」
そこからの会話は女子特有のトークだった。どこのお店のあの服が可愛い。そう言えば昨日テレビで映ってたあの男優が素敵。クラスの男子があの人に似ている等々。ネタは尽きない。実は女子トークを苦手だと思っていた自分がここまで話に盛り上がれるとは思わなかった。けれど、楽しくて仕方ない。自分たちがいる場所が寮と言う事もあって、外が暗くなり月明かりが入りこんでもずっと会話を楽しんでいた。
時間を忘れ会話を楽しんでいた所為か、あっという間に時間が過ぎ、私達が我に帰ったのは私達の会話に満が乱入した時だった。
「おーい、二人ともー。楽しんでる所悪いんだけど、消灯時間だよー。点呼だよー」
一体いつの間に部屋に入り、しかもちゃっかり部屋でうつ伏せになってごろごろと転がってるんだろう。
「満、いつの間にここに?」
「えー?大分前だよ。10回以上ドアノックしてその度点呼だよーって叫んで、更に貰ってた合鍵でドア開けて中から点呼だよーって叫んでも気付いて貰えなくて今に至ります」
そんなに…?流石に、ちょっと、これは…私達が悪い、かな?
「えーっと…ごめん?」
「んーん。いいよ。綺月ちゃんのこんな顔、もう何年も見てなかったしね。楽しかった?綺月ちゃん、ディアナちゃんも」
私達は顔を見合わせて少し照れながらも大きく頷いた。それを見て満足そうに微笑んだ満が改めて起き上がり座りなおしたと同時にパチッと音がして部屋の電気がついた。月明かりがあったとはいえ、暗がりがいきなり明るくなったため目が慣れない。パチパチと瞬きをして電気のスイッチの方を見るとそこには朔が立っていた。
「電気も点けずに。…全く」
なんで朔も?と疑問が過るが直ぐに納得する。ディアナが部屋に帰るには二人の協力が必要なのだ。枷を嵌めて貰わなければいけない。
「まぁ。もう、こんな時間なのですね。時間がこんなにも早く過ぎるモノなんて知りませんでした。…態々来て頂いたみたいですし、そろそろお暇しますわ」
「…そう」
互いに離れがたくてしょんぼりする。けれどこればっかりはどうしようもない。立ち上がったディアナにつられて私も立ち上がる。
「枷つけるのは入口でしたらいいよ。私のこの部屋はこの子のお陰できちんと調整されてるから」
そう言って指さした蝙蝠にディアナは、微笑みながら頷き入口へと移動した。その両サイドに朔と満が立つ。
「…ねぇ、綺月さん」
「ん?」
「もし、もし、宜しければ…私の『携帯型感情制御装置』も調整して頂けないでしょうか」
「え?」
「…私は、ご存じの通り感情が強すぎて枷を五つしております。そしてそれは自室でも外した事はありません」
「自室でも…?」
「えぇ。そうです。前の学校でも、それこそ生まれた時からこの枷を外されることはなかった。―――初めて、なんです。今日こうして起きた出来事、全てが。枷が外された事も、感情をこんなに素直に出した事も、友達とこんなに話した事もっ」
「ディアナ…」
「お願いしますっ。綺月さんっ。少しだけでいいんですっ。私は、私は自由が欲しいっ」
泣きながらディアナは私に頭を下げた。まさかディアナがそこまでの制御を強いられているは思わなかった。本当なら五つでも足りないのかもしれない。ディアナはどれだけ苦しんできたんだろう。誰もこの苦しみを理解する事は出来ないと思う。。
でも、私は、私だけはその苦しみを共感する事が出来る。きっと私だけが…。
「ねぇ、ディアナ。私でいいの?私なんてちゃんとした整備士じゃないし、ましてや研究員でもない。…そんな私でいいの?」
「綺月さんがいいんですっ。私の初めての友達。綺月さんがいいっ」
「…うん。分かった。そこまでディアナが言ってくれるなら引き受けるっ。私にとっても初めての友達だものっ。引き受けるにきまってるよっ」
だから、任せてっ!
胸を張ってはっきりとそう宣言すると、ディアナは女の私ですら見惚れそうなほど、綺麗な笑みを浮かべた。ディアナがこんな笑顔を浮かべてくれるなら。この選択が間違いでなかったと、そう思う事が出来る。
「じゃあ、今度、装置持って来て?それと、また遊びに来てっ」
「は、はいっ!」
私はぎゅっとディアナの手を握ると、ディアナも両手で握り返してくれた。
…やっぱり、離れがたい…。
じーっと満を見つめる。
「え?だ、駄目だよ、綺月ちゃんっ。夜はちゃんと自室で寝ないとって寮の規則が」
じー…。
満の言葉を丸無視して、視線だけで満に訴える。すると、満が真っ赤な顔をしてたじろいだ。…もう一押し。私が満を見ている所為か、ディアナも満の方をじっと見つめた。
「う、うぅ…。二人のこんな可愛い視線に僕が抗えるわけがないじゃないかっ。に、兄さんっ、ヘルプっ!」
あ、朔の後ろに隠れたっ!?じゃあ、朔を…。じーっと二人で朔を見つめ、訴えるが。
「…綺月。俺にその攻撃は通用しないぞ。…お前達二人はただでさえ教師たちに悪い意味で目をつけられてるんだ。友達関係を続けて行きたいのなら、今は我慢しておけ」
そう言いながら朔は私とディアナの頭を撫でた。朔の言う事はいつも正しい。まだまだディアナと話したい。でも、互いの為に私は朔の言葉に頷いた。
「…良い子だ」
子ども扱い。でも…実際私がやっている事は幼い。だって、友達ともっともっと遊びたいって駄々を捏ねている。子供とまるで大差ない。それは解っている。そして、朔が私を心配していることもきちんと理解している。だから、私は名残惜しいけれどディアナの手をそっと離した。
「じゃあね、ディアナ。また、明日」
「はい。綺月さん」
さん付け…。それがちょっと寂しくて。
「綺月って呼んで、ディアナ。私もディアナの事、名前で呼んでるしっ、ね?」
笑顔でディアナに頼む。するとディアナも微笑んで。
「綺月さん…。はいっ。それじゃあ、お休みなさいっ、綺月っ」
「うんっ。お休みっ、ディアナっ」
互いに笑顔で挨拶を交わす。それを確認した朔と満がディアナへ枷を付けた。機械音と共にディアナの表情が消える。自分以外のこの瞬間を見るのは初めてだ。でも、今初めて満の気持ちが分かった気がする。あんなに綺麗な笑顔を見せる優しいディアナなのに、こんなにも一瞬で感情を制御されるなんて。こんなディアナ、見てるのが辛い…。
「それでは、綺月さん、また、明日」
そう言って私に機械的に手を振ると部屋を出て行った。
「あ、僕送ってくるっ。兄さん、僕残りの点呼もしてくるからっ」
ディアナの後を追って満が出て行き、バタンとドアが閉じた。そこには私と朔だけが残された。
「…綺月」
「なに?」
「大丈夫か?」
「…大丈夫じゃない。…寂しいよ」
さっきまで騒がしかった部屋が、楽しかった部屋が、ただただ静かな空間に変わった。それが寂しくて、寒くて、辛い。
「俺が言ってるのは、そうじゃないんだが…。まぁいい。今日は言うだけ無駄だろうしな」
「…朔?」
「俺も部屋に戻る。…綺月。無理はするなよ?」
もう一度私の頭を撫で、何か言いたげに、けれどそれを言う気はないんだろう、誤魔化すように微笑み部屋を出て行った。
本当に自分だけしか部屋にいなくなり、寂しさがこみ上げてきて辛くて仕方ない。
…もう、寝てしまおう。寝室へ行き着替えるのも面倒でそのままベットへと潜り込む。どうして、こうなんだろう。私の感情が強いから、こんなにも寂しいんだ。他の人よりずっとずっと寂しいんだ。
「……寂しい、よ…」
ボロボロと涙が溢れだす。
「独りは、嫌だよ…っ、…っ、うぅっ…」
結局最後は絶対独りなんだ。朔も満も傍にはいてくれない。
「(独り、か)」
急に脳内に声が響く。あまりに突然で一瞬反応に遅れた。
「…凰、雅?」
「(珍しいな。お前がそんなに泣くなんて…。どうした?)」
優しく問いかけてくれる凰雅の声が胸にストンと落ちる。
「今日、友達が出来たの」
「(へぇ。それは良かったな。お前、ずっと友達欲しかったんだろ?)」
「うん。今日、ずっと部屋でおしゃべりして…。凄く楽しかったの」
「(そうか。…それで?)」
「さっき、帰ったんだ。そしたら、部屋が急に静かに感じて、誰も、誰もいなくなって…私だけになって…。それが凄く寂しくて…。いつも、いつも最後は私だけで…っ」
「(確かにそれは寂しいな。…でも、綺月。お前は酷いな)」
「…え?」
「(俺がいるのに、独りなのか?)」
予想外の事を言われて、流れていた涙も止まる。そう言われればそうだ。
「(…付き合ってやるよ。綺月。お前が眠れるまで。お前の気が済むまで。だから…泣くな)」
「凰、雅…。ありが、とう…」
そうだ。私には凰雅がいてくれる。そう思うだけで寂しさは軽減されて。凰雅の声に誘われるように私の意識は深い眠りへと落ちていた…。
ぱちっと目を開くと、見慣れた天井が視界に映る。天井には自分の好きなロボットやら花やらの写真が敷き詰められていた。むくりと起き上がり、ベットを降りていつもの様にカーテンを開ける。うん、今日も快晴だ。機嫌良くクローゼットを開けて、制服に着替える。黒のワンピースに白のブラウス。黒のジャケットに、黒の二―ハイソックス。そして大きな真っ赤なリボン。制服は可愛いと思う。結構気に入っている。だけど、学校行きたくないな。行く必要あるのかな。そんな事ばかり考えてしまうけど、実際行きたくないんだから仕方ない。冷蔵庫から食パンを一枚取り出し、そのままそれを食べるとテレビを付けてそれを眺めた。今の時刻と今日のニュースを確認する。大して新しい情報はないようだ。そこで、ふと思い出す。そう言えば…。目を閉じて意識を集中させる。見えたものは暗闇。案の定まだ寝ているようだった。
「凰雅っ。起きなさいっ」
言うと、暫くして視界が開けた。…筈なのに真っ暗。もしかして、枕に顔を押し付けてるのだろうか?…往生際の悪い。
「凰雅っ」
もう一度呼ぶと、視界に天井が映った。
「(綺月、今日も今日とて元気だな…)」
くぐもった声。…寝惚けてるんだろうか?いや、でも凰雅の寝起きはいつもこんな感じだし。ん?…そうだ。寝起きと言えば。
「そう言えば、貞操の危機は大丈夫だったの?」
「(…言うな。やめろ)」
本当に心の底からげんなりしている凰雅がなんだか珍しくて笑えてしまう。よっぽど嫌なんだろうな。ならばもうあえて触れまい。…今は。
「(さ、て。…着替えるか)」
視界がぐるりと動き凰雅が立ち上がったのが分かる。凰雅の視線越しに凰雅の部屋が見える。何にもない殺風景な部屋。その点自分の部屋はまるで研究室のようにごちゃごちゃだ。一応女だから多少なりとも気を付けてはいるものの、そこはそれ、足の踏み場がないとまでは行かないが、流石に凰雅の様にはいかない。
「(…んで?今度こそ俺の生着替え、見るのか?)」
冗談めいた凰雅の言葉にきっぱりと。
「是非」
お決まりのセリフを答えると凰雅は楽しげに笑った。
「(ははっ。やっぱりそうくるのか)」
「あははっ。冗談だって」
そう言いながら目を開ける。すると、凰雅と繋がっていた視線は消え、自分がつけたテレビが視界に戻ってきた。さて、自分も学校に行かなくては…。鞄を持ち、靴を履きドアのぶに手をかけると、私が開ける前にドアが開いた。
「おはよう、綺月ちゃん」
自分と目線がほぼほぼ同じ、黒の学生服をしっかりと着込んだ赤茶の髪が特徴的な幼馴染が立っていた。男なのに花柄のヘアピンが似合うのが不思議。それとも陽気な性格ゆえ、なんだろうか。
まじまじと見ていると、そう言えば挨拶されたっけと思い出し、挨拶を返すことにする。
「……おはよう、満。今日は貴方が『当番』なの?」
「あ、……うん。そうなんだ」
「そう。じゃあ、何時もより早く『解放』されるのか。…嬉しいな」
「うん。だから今日もさっさと授業終わらせてさっさと帰ろう?」
「うん」
目の前の年下の幼馴染が大きな瞳を辛そうに歪ませ、それでもそれを隠すように微笑んだ。自分と一緒に兄弟同様育ってきた人のこんな表情を見るのは辛くて仕方ない。けれど、どうしようもないのだ。私の『感情』がこの世界を歪ませるから。
この『世界』は『感情』に左右される世界だ。正しくは『感情』を制御される世界だ。この世界の人間は生まれつき『感情』のコントロールが出来ない。人間には大きく分けて四つの感情がある。誰しもが知っている『喜』『怒』『哀』『楽』の四つ。この世界の人間はこの四つの感情の内、一つが制御する事が出来ない。普通の人間ならば、それこそ凰雅がいる世界のような普通の世界なら。楽しい時には笑い、悲しい時には泣き、嬉しい時には喜び、腹が立ったら怒る。けれど、この世界の人間はその感情が何処か崩壊しており、感情が暴走する。喜哀楽ならまだなんとか出来た。だが恐ろしいのは『怒』の感情で、『怒り』の感情の暴走はやばいものだった。それは放置すれば世界を滅ぼすだろうと言われた位だ。
そこで人間は考えた。そんな壊れた爆弾のような感情は無くしてしまえばいい。人が持っている感情を消そうとするなんて愚かしい考えだと思う。けれど、人間はそれを実行した。感情を『機械(マシネル)』と言う道具のエネルギーとして変換し感情を有効利用しようとしたのだ。だが、人間は気付いていなかった。その行動が既に『怒』の感情に支配されていることに。人間は『怒』の感情を暴走させ、支配されていた事に気付かず、その『機械』を生活の為の『道具』ではなく戦う為の『武器』へと変えてしまった。
どんどん武力だけが強くなり、国同士が技術を競い、奪い合い最終的には世界間の戦争が始まった。結局『感情』に良い様に振り回されてしまっている。……馬鹿みたいだ。それでも人間は無駄に進化していく。戦争が『怒』の感情により起きた物だと気付いた人間は、更なる『感情』の制御が出来るようにと技術が達者になっていった。どうしようもなくなった人間は最終的に、各国に『喜怒哀楽』のそれぞれの感情をを吸収する四つの『制御塔(レーゲルンタワー)』を作り上げた。永続的に暴走しそうな感情のみを選び吸い取るシステムが出来上がったのだ。そのシステムにより、人間は感情に左右されず普通の生活をおくる事が出来るようなり戦争も終わりを迎えた。感情の暴走もエネルギーとしてうまく日常に組み込まれ道具の動力源として使われるようになった。
しかし、どんな物にも例外はある。例えば幼馴染の満とその兄の朔。二人はこの世界では珍しく、『感情を自力で制御出来る人間』だ。システムに吸収されるのも、道具として『機械』に感情を変換するのも全て計算し暴走を自力で回避する事が出来る。だが私は…。大抵は『喜怒哀楽』の内どれか一つだけの感情が強いはずなのに、私は全ての感情が強過ぎて、コントロールが出来ない。だから、『制御塔』に吸収されるだけでは足りず、かといって強すぎる感情を動力源として『機械』に変換するのも危険で。勿論計算なんて出来る訳なく、結果私には『感情』全てを一時的に抑え付ける為の特製の枷をするしか道はなかった。
「それじゃ、嵌めるよ」
「うん」
カチリと音を立てて、右手首、左手首、そして額に、銀の枷が嵌められる。グゥンと嵌められた枷が起動する音が聞こえ、まるで心が消えたように思考が停止する。多分見た目は綺月と言う人間の形をした動く人形だろう。
「…やっぱり、僕は綺月ちゃんのこんな姿、見たくないよ」
抱きしめられて、消え入りそうな声で満が呟いた。きっとこれが感情制御される前だったら凄く嬉しい事だったんだろうけど。
今の私には、そんな感情はない。
「満、学校、行こう」
「……うん」
部屋から一歩出て鍵を閉める。このまま今いる寮の廊下から学校へと向かう。学校は寮と繋がっている。その学校へと真っ直ぐ続いてる道を黙々と歩くその横を満は私を守る様に歩いてくれる。
「ねぇ、綺月ちゃん?今、こういう事言うの反則だと思うんだけどね」
「……?」
「本気で僕と結婚しない?」
「結婚?」
感情を制御されてるから驚く事もない。心が消えたように思考が停止しているとどうにも脳にも靄がかかってるみたいで。
「……しない」
返事も難しい事は言えない。けど、答えは全て本音で。
それを突き付けられた満は顔を両手で覆ってしくしくと泣き真似をした。そんな傷心中の満に低く男らしい声が止めを刺した。
「またフラれたのか?満」
寮と学校を繋ぐ廊下の入口。壁を背にして立っている満と同じ制服を着ている男。満よりは冷静そうな、けれど私には優しい表情をしてくれる、満の兄である朔だった。
「朔兄さん…。傷口を抉らないで」
「抉ってなんかいないさ。ただ塩を塗ってみただけだ」
「尚悪いよ…しくしくしく」
兄弟向かい合ってなんのコントだろうか。しかもあ、しくしくって声に出してるし。
この世界でここまで感情豊かに会話している人間は珍しい。それ即ち優秀な証拠だから。だからこの二人は男女関係なく異様にモテる。
「綺月、おはよう」
言われて少し上を向く。幼馴染で同い年の高校三年生の彼は満より少し身長が高い。赤茶の髪が微笑む顔にかかる。この表情はしっかりと満と兄弟だなって感じる。本当なら笑顔で私も答えたいのに。
「おはよう」
感情なく淡々と答えるしかない。でもそれを理解してくれている二人は笑顔で答えてくれた。朔はそんな私の頭を撫でて、肩より少し長い私の髪を一房取りそっとキスをした。普通ならば恥ずかしがる所なのに。
「……」
今の私には出来ない。しかし、朔は何時もの事だから気にしない。
「相変わらず綺麗な赤い髪だ。けど、今日は体育があるだろう?結んでおいた方がいい」
「兄さん、ずるいよっ。僕だって、僕だって綺月ちゃんの髪に触りたいっ」
「綺月の髪を結べるのか?不器用でコンパス使って円すら書けないお前が?」
完全に満を見下している。そして、それをしっかりと理解している満は。
「……しくしくしく」
朔に一刀両断されしゃがみこんで泣き真似をして拗ねている。この兄弟は本当に仲がいい。だから。
「…仲良し」
言葉にすると。
「そうだな。間にお前がいる時だけは、な」
そう言って朔は、鞄から大きなリボンを取り出し私の髪を器用に一つに束ねた。
「ん、いい出来だ」
いたく満足気にもう一度私の頭を撫でると、私の手をとり学校へと歩き出した。
「あーっ!!置いてかないでーっ!!」
大慌てで追いかけてくる満が直ぐに私の横に立ち、私の持っていた鞄を奪い取り空いた手をとり繋いだ。
三人仲良く登校する。嬉しい筈なのに、素直に喜べない自分が辛い。
廊下を渡り切り学校へ一歩足を踏み入れると、そこはもう私にとって苦行の始まりだ。
「…おい、またあいつ学校に来てるぜ」
「よく三年もここ通えたもんだよな」
「そうそう。あんな歩く爆弾みたいなの、傍にいるだけで怖いっての」
聞きたくなくても隠しもしない陰口が降ってくる。こういう時感情が制御されてるってのはいいのかもしれない。辛いとか悲しいとかも半減以下されているから。
でも―――傷付かない訳じゃないんだよ。
小学校、中学校、高校とずっと言われ続けてきたけど、―――辛いんだよ。
だって聞こえてるんだから。私には耳があるんだから。私は人形じゃないんだから。分かって貰えないのは理解してる。でも…。私は俯く。
「…綺月。気にしなくていい」
「そうそうっ。あんなの平凡な奴らのくだらない嫌味なんだからさっ」
二人が私を護る様に立ってくれた。優しい二人。私は二人がいるから、ここにこうしていられる。
「おい、今なんつった?」
「てめぇら。調子こいてんじゃねぇぞっ」
同じクラスで、その中でも粋がってる五人組が二人に突っかかる。けれど、正直この二人の敵ではない。こんな五人に負けるほど弱くはない。
「…はぁ。邪魔な」
「まぁまぁ、兄さん。そう言わずに潰しておこうよっ。綺月ちゃんの為にもさ」
「…それもそうか」
完全に相手を馬鹿にしている。それは当然相手も怒るだろう。と言うかわざと怒らせてる?案の定挑発された五人は二人に向かって殴りかかってくる。だが二人はまるで舞を踊ってるみたいに綺麗な流線型を描き避けて行く。
「…ふむ。ここまで挑発されて怒っても暴走が始まらないという事はお前たちは『怒り』の感情は制御出来ているって事か」
「みたいだね」
遊んでいる。反撃もしないでただ遊ぶように避けられたら五人のプライドだって傷つくだろうに。ほら。怒って五人とも『武器』を取り出した。感情をエネルギーに変える『武器』。私達が生まれた時から持たされる『機械』であり『道具』にも『武器』にもなる『携帯型感情制御装置(ガイストマシネル)』だ。
それは人それぞれ違った形を成しており、それでも一般的なのは四角い小さなサイコロのようなものだ。それに感情を動力源として入れ込むことにより、液状に変化した後各々が思い描く形の武器になる。銃だったり剣だったり本当に人それぞれだ。勿論、普段は道具に変化させる。包丁とか箸とか。武器に変化させるなんて稀だ。こういう喧嘩する時以外は。そもそもが『戦争』の時に使っていた技術だから。
しかし、しかし五人が変化させた武器の形は五人が五人とも『銃』だった。遠距離から止めを刺してしまおうとか?…あざとい。
「わー、臆病者ばっかりー。笑っちゃうー」
「そう言ってやるな。満。彼らはその銃ですら扱えないんだろうからな」
「兄さん兄さん。兄さんのが酷い事言ってるよ」
「…綺月に害がないのであれば全く問題ない」
「兄さんのそう言う綺月ちゃん以外にはシビアな所、僕大好きだな」
二人は出された銃にビビる事もない。実力の差があり過ぎるから。こうして敵対しているにも関わらず二人は武器すら出していない。
「満。お前は綺月を守ってろ。銃弾が綺月に当たったら大変だからな」
「はいは~いっ」
そう言いながら、満は私をぎゅっと抱きしめて数歩後ろに下がった。
これは守ってくれてるの?それとも、ただ抱きしめて頬摺り寄せたいだけ?やたらスリスリと頬寄せてくるのはなんでだろう?
そんな私達のほんわかした雰囲気とは逆に、一触即発な空気になっている朔達。重苦しい空気の中、先に動き出したのは銃を構えてる五人の方だった。一斉に発砲する。しかも何の遠慮も前触れもなく乱れ打つ。けれど朔には何の意味もなさなかった。全ての弾道を読んでいるかのように華麗にかわし、五人へと迫っていく。弾を避けそいつを蹴り飛ばし、横にいた奴の銃を持つ手を叩き、次いで足払いをしかけ転ばせると、その勢いのまま隣の奴の銃を片手で掴み上げ、空いた腹に拳を叩き入れ、そいつを持ち上げ残り二人へと投げつけた。
あっという間の出来事。やはり実力が違いすぎるのだ。朔の圧倒的な強さに意識を手放していた。
あっさりと片をつけた朔は制服に付いた埃を払いつつ、こちらを振り返りフリーズした。
「……満。何をしている?」
「何って綺月ちゃんを守ってるっ」
満が嬉しそうにすりついてくる様子を見て、朔の眉間にしわが寄った。
「朔、怒ってる…」
ぼそりと言うと、朔は穏やかに微笑み私の頭を撫で、そして満の頭を思い切りどついた。
ゴンッとそれはもういい音が鳴り、満は頭を思い切り抱え込む。
「綺月に怒ってなんかいないさ。さぁ、教室へ行こうか」
肩を抱かれ教室へと促される。ふと気になって後ろを振り向くとそこには6つの屍が転がっていた。満は殴られただけかと思ったが朔はきちんと追い打ちをかけていたらしい。抜け目ない朔にちょっとだけ満に同情しなくもなかったけれど。今は見なかったことにした。
毎朝の騒動を乗り越えると、後はもう静かなものだ。教室でもくもくと授業を受ける。真面目に授業を受けているように見えるが、実際はそんな真面目に聞いてはいない。脳に靄がかかっているような状態で何を聞いたとしても半分くらいしか理解出来ない。だったら部屋に戻って独自に勉強した方がましだ。けれど、この世界は学校に行くのが義務になっている。そうなればもう通うしかないではないか。でも、考えてしまう。こんな目にあってまで通う理由はあるのだろうか、と。
―――私がここにいる理由はあるのだろうか、と。
昼休み開始のブザーがなり、私は席を立ち、いつもの場所。中庭の巨木の下へと向かった。
ご飯を食べる気にはならないから、木の下で大の字になって転がりぼんやりと空を見上げていた。青々とした葉っぱの隙間から太陽の日が零れとても綺麗だ。どこを見ても人工物しかないこの世界において数少ない光景。凰雅に教わってこうやって横になって以来、このとても美しい光景がお気に入りになっていた。
「…凰雅」
「(んー、呼んだか?綺月)」
目を閉じて、凰雅の名を呼ぶと直ぐに反応が帰ってきた。視覚を凰雅へと集中すると凰雅の見ている光景が自分の瞼の裏へと浮かぶ。その光景が私の見ている光景と全く同じで、感情を封じられていても、微かな心で嬉しく思う。
「凰雅も、今、中庭?」
「(あぁ。ここいると面倒な事が来るって分かってるんだけど、つい、な)」
「貞操、危機?」
「(……やめろ)」
本当に嫌そうな声で言う凰雅が何だか面白い。流石にからかいすぎたかなと私は回らない脳で少し考えて。
「凰雅、木登り、得意?」
「(木登り?まぁ、苦手ではないな。他の奴らみたいに魔導を使えないから瞬時に木の上とかは出来ないが)」
「だったら、木の、一番太い枝で、お昼寝、したら?」
「(綺月…)」
あれ?怒ったかな?それとも、変な案だった?
少し不安になるが、凰雅から帰ってきた声はとても嬉しそうな声だった。
「(それ、いいなっ。よしっ、そうしようっ)」
凰雅の視線が彼が動き出したことを示し、彼の身長より少し高い所にある枝に手をかけ、ひょいっと体を登らせる。その動きの速さに私は少し驚く。もしかしたら、朔と満より彼は運動神経がいいのかもしれない。次から次へとひょいひょいと登り、丁度いい塩梅の枝に腰をかけ幹へと背を預けると、彼は空を見上げた。さっきよりも空が近いその光景に私は目を奪われた。とても、とても綺麗な光景だった。
こっちの世界でも見れるだろうか。あの綺麗な光景が。…一度気になるともう気になって仕方なくなる。私も…登れるだろうか。凰雅みたいに。色々と制御されているけれど。でも…見てみたい。直に、この目で。目を開けて、むくりと体を起こす。きょろきょろと周りに人がいない事を確認して立ち上がると、凰雅のように自分の背より少し高い位置にあるいい感じの太さの枝に手をかける。腕に力を込めて登ってみる。凰雅のようにはひょいひょいとはいかないけれど、何とか登れる。枝の上に立ち更に上を見上げると、何本か上った先に丁度良さげな枝があった。あれにしよう。私は目標を決めて枝を登る。そこへ何とか辿り着いて見えた景色はがっかりだった。なにせ、ビルしか見えない。つまらない。けれど、そんな光景に嬉しそうな声が脳へと届いた
「(凄いな、その景色)」
「…凰雅、見てたの?」
「(あぁ。それだけ一杯の建物、見た事ない。凄いな)」
そうか。凰雅の世界にはこういうものはないのか。でも、私は…。
「私は、凰雅の、世界の方がいい。緑が、いっぱいの…」」
「(…そうか。互いに無い物強請りだな)」
「…うん」
私の世界は技術が発展し過ぎて、建物が多すぎる。その点凰雅の世界は自然を生かす世界。建物も少なく沢山の緑が溢れている。それはとてもとても美しい世界だと思う。
「(なぁ、綺月)」
「…なに?」
「(空を見てみろよ)」
凰雅の言葉に導かれるまま枝に背を預け座ると空を見上げる。葉の隙間から綺麗な青空が覗く。
「(これだけは、お前の世界も俺の世界も一緒だな。…綺麗だろ?)」
「……うん」
そうだ。凰雅の言う通り青空だけは、私の世界にもある美しい自然だ。…凰雅の言葉は優しい。まるで自然と同じだ。どんなものも優しく受け止めてくれる。
私はその言葉に、凰雅の存在に浸る様にただただ空を見上げ雲の流れを追った。ずっと雲の流れを追っていると、かさかさと誰かが来る足音が聞こえた。自分には関係ない。関係ないけど、でも木の下に来られても困る。どうしたものか、迷っていると。
「どなたか、いるのですか?」
下から声が聞こえた。女子の声?それはとても珍しい。この世界は圧倒的に男性が多い世界で、そんな世界の学校だから女生徒は少ない。各学年3人いればいい方だ。他の学校はもう少し多いらしいが、この学校は色々と異質な人間が集められるから尚更男が多い。大抵は感情の制御が出来る人が連れて来られるが。私みたいに逆に制御出来ない人間も入学させられる。理由は簡単だ。研究室が隣接しているから。監視を兼ね備えているのだ。そんな研究室まがいの場所にモルモットとしてくる女生徒は少なくて当然だ。話はそれてしまったが、とにかく、そんな学校の女子が何故こんな人気のない中庭に来ているのだろう。
とりあえず私は、「いる」と一言だけ返事を返した。すると。
「まぁ、女性、ですの?」
この話し方。…もしかして、私と同じ?
私はその女子に興味を持った。顔を、見てみたい。じっと下を覗くけれどその姿は見えない。仕方なく木の枝から枝へと飛び移り、地面へ着地した。その女子は驚くことなく突然降りてきた私の顔をじっと見ていた。あぁ、やっぱり、腕と額、それに両足にも銀の枷がついている。私より感情の起伏が激しいんだ。
「あなたも、なんですの?」
どうやら相手も同じことを考え付いたようで、私は静かに頷いた。
「…お名前、お聞きしても、よろしいかしら」
青く澄んだ長髪をなびかせて小首を傾げる彼女に、「綺月」と素直に答えると彼女は頷いた。私達はこの機械に制御されている限り笑う事は出来ないからこの無表情も仕方ない。
「私は、ディアナ。…こうして、感情を抑制されては、いますけれど、私、今、とても、嬉しい。綺月さん、私と、お友達に、なってくれませんか?」
ディアナと名乗った女生徒の言葉は私にとっても、とても嬉しい言葉だった。まさか、この学校で同じ境遇の人間に会えるなんて思っても見なかったから。私はしっかりと肯定の意味を込めて頷いた。私達は二人並んで木の下に座り、たどたどしくはあれど会話を楽しんだ。夢みたいだ。こんな風に女の子同士会話が出来るなんて…。
そんな夢みたいな時間の終了を告げたのは、朔の声だった。
「綺月ーっ!」
朔がこっちへ向かって来ながら私の名前を呼んだ。私とディアナ、揃って声のした方を向くと、朔は私達の前に立ち少し驚いたような顔をして、けれど直ぐに表情を笑みに変えると、私達の前に膝をついた。
「綺月、こちらの方は?」
微笑んだまま朔が視線を彼女へと向けた。私は頷き、
「ディアナ、友達、なった」
答えると、朔は頷き頭を撫でながら。
「そうか。それは良かったな」
喜んでくれた。
「うん」
私の頭を小さい子を褒めるみたいに撫でると、改めてディアナと向かい合い何故かディアナの頭も撫でた。
「俺は朔だ。綺月の事、よろしく頼む」
…朔、私の事絶対年下だと思ってるよね。同い年なのに。あ、年と言えば。
「そういえば、ディアナ、何年生?」
同じ学年で見たことがない。そう思って聞くと。
「私、今日、転校して、来た。三年生」
だから、知らなかったんだ。でも、同い年だ。同い年の友達が出来た。笑う事が出来なくても互いの視線を交えて頷きあうと何か通じてる気がして嬉しい。
「二人とも、和んでる所悪いが、もう授業が始まる。教室に戻らないか?」
朔が言いながら立ち上がる。そう言われればもうそんな時間だと私達は手を繋いで立ち上がる。
「ディアナ、クラスは?」
「B組」
「隣…、合同授業、一緒」
手を解くのが勿体なくて、私達は手を繋いだまま教室へと向かった。
教室の前。私達は離れたくなくてついつい足を止めてしまった。
「もっと、おしゃべり、したい」
「私も…」
授業、サボってしまおうか。…駄目だ。流石にそれは朔の手前許されない。
…じゃあ。
「授業、終わった後、放課後、私の、部屋、来る?」
首を傾げて言うと、ディアナは大きく頷いた。肯定を知った私は、ポケットからメモ帳を取り出し手早く部屋番号を書き記すとディアナに渡した。ディアナはしっかりとそれを受け取ると、そのまま隣のクラスに向かって歩き中へと入っていった。それを確認すると私も教室へと入る。その後ろを朔が付いてきた。同じクラスだから当然と言えば当然。けれど、朔は席に着いた私の前に立った。
「?、朔…?」
「…綺月。友達が出来るのは良い事だ。でも、あまり気を許し過ぎるなよ」
朔がどうしてそう言う事を言うのか分からないけれど、朔がこんな真剣な表情で言うのだから、色々納得は出来ないけれど、私はとりあえず頷いた。
「うん、良い子だ」
…やっぱり、朔、私を子供だと思ってる。頭の撫で方がそれを物語ってる。そうこうしている間に教師が室内に入ってきて、朔は席に戻り、授業が開始された。
退屈過ぎる授業が終わり、待ちに待った放課後。私は朔と一年の教室から全力で走ってきたと思われる満と一緒に急ぎ寮へと帰った。部屋のドアを開け中へ足を踏み入れ、くるりと振り返り部屋の外にいる満と向かい合う。
「それじゃあ、外すね」
満が私の両腕と額にある装置を取り外した。キュウンと動作が止まる音がして、瞬間、脳にかかってた靄も感情の制御もなくなり、顔に笑顔が浮かぶ。
「綺月ちゃん?どうしたの?凄く嬉しそう」
きっと満面の笑みだろう。でも仕方ない。嬉しいんだからっ!
「だって嬉しいものっ。初めて女友達が出来たっ。初めて私の部屋に遊びに来てくれるっ。嬉しいっ。凄く、嬉しいっ」
「綺月ちゃんがこんな嬉しそうにはしゃいでるの初めて見た」
飛び跳ねたいくらい嬉しい。部屋には感情を制御する装置はついていない。だから、素直に感情を出せる。ただし、感情が暴走してもいいように防護システムはついている。感情が暴走して例え暴れだしたとしても外には漏れないし被害はでない。
要するに、喜び放題なのだ。
「部屋の掃除しなきゃっ。ディアナ、いつ来てくれるかなっ。本当はどんな風に笑う子なんだろうっ」
靴を脱いで玄関の靴を揃えて、机の上に積まれている本や機材を手早く棚に押し込める。テーブルの上にある食器を流しへと運び綺麗に洗って棚へと戻す。
「……ねぇ、兄さん」
「なんだ?」
「僕たち、もしかしなくても邪魔になるんじゃない?」
満が茫然とこっちをみながら呟くのを朔が否定した。
「いや。もし彼女が来るのなら、俺達はいた方がいいだろう」
「へ?なんで?」
「彼女の枷を外す奴が必要だからな。だから、綺月も俺達を追い出さない」
「枷?……ねぇ、兄さん。それって、今日三年生に転校してきた…?」
「……そうだ」
そう。実はこの枷の着脱は少々難しい。感情に支配されない人間、ようするに朔や満のような感情を計算できる人間でないとこの銀の枷を持つことすら難しいのだ。感化されてしまうから。私の枷は朔か満どちらか一人がいれば着脱可能だ。けれど、ディアナは両手と頭、更に両足についているのだ。二人がかりで外してもらった方がいいだろう。だから、二人にはまだいて貰うとして。
「あっ、そうだっ。ケーキでも焼いておこうかなっ。あーでも、時間が足りないかな。んと、んと…何かおやつになるような物なかったかなっ」
ガチャリと冷蔵庫を開けると中には、私の好きな、イカの塩辛に、芋の煮っ転がしに、ヒジキのサラダ…。
「つまみしかない…」
しくしくしくと泣き真似をしつつ膝をついて崩れ落ちた。料理やお菓子作りは嫌いじゃない。むしろ好きな方に入るんだけど、基本的に甘いお菓子より塩分の強いお菓子の方が好きだったり、おやつ代わりに漬物を食べたりしてたりする事が多いから。女の子らしいものなんて、今この部屋には欠片もなかった。
「『女子力』ってなんだろうね。満」
「うぅ~ん。綺月ちゃんに今必要なものかなぁ?」
「うぅぅ…」
せめて、せめて部屋だけでも綺麗に。それから簡単なパンケーキ位なら作れるかな?落ち込んでる暇ない。私は急いで立ち上がり、ディアナを迎え入れる準備を始めた。部屋を出来る限り綺麗にして、パンケーキを作るための材料を揃える。卵に小麦粉に牛乳、砂糖、あとは…。必要な材料をキッチンシンクの上に揃え、いざ作るだけの段階にしたら、寝室へ行き制服を脱いで私服に着替える。クローゼットを開けて、やっぱりスカートとか女子力の上がる物がない事に落ち込むけれど、辛うじて女子力を保てるであろうレース付のデニムのハーフパンツに可愛い柄のTシャツを着た。
「ねっ、ねっ、朔っ。おかしい所ないっ?」
寝室から戻り、相変わらず入口のドアの所に立っている朔に問いかけると。
「大丈夫。綺月はいつも可愛いよ」
「ねぇ、朔?朔のたらし度、何かアップしてない?今日の昼も思ったんだけどさ」
「たらし度?別に思ったことを言ったまでなんだが。それに間違ったことは言ってないはずだ。そうだろう?満」
「うん。綺月ちゃんはいつも可愛いっ」
二人がかりで言われると、流石に照れる。顔が熱い。私が手で顔を煽ぎ熱を冷まそうとしていると、入口で並んで立っている二人の間にひょこっと顔が覗いていた。
「ディアナっ。いらっしゃいっ」
ずっと待っていた人物が現れて喜んで駆け寄ると、朔にその額に手を当てられ制止させられた。
「もう、綺月ちゃんったら。今外に出たら駄目でしょ」
「あ、そうか」
満に言われて制御装置を付けていない事を思い出す。私は余程浮かれていたらしい。
「とにかく、入って入ってっ」
歓迎すると、ディアナは頷き、部屋に一歩足を踏み入れた。
「それじゃ、外すよー」
「少しだけ、失礼する」
朔と満がディアナの左右に立ち挟む様に枷を外していく。腕、足、そして額のシステムが外された瞬間、ディアナの表情も笑顔に変わって明るさが増した。
「綺月さん、お邪魔しますわっ」
「うんっ、いらっしゃいっ、ディアナっ」
互いにあまりにも嬉しくてきゃあきゃあ言いながら抱きしめ合う。
「入って、入ってっ!」
「はいっ」
ディアナの手を引いて部屋の中へ誘う。
「じゃあ、俺達は行くから」
「何かあったら呼んでねっ。何もなくても呼んでねっ!綺月ちゃんっ」
そう言って、朔はさっさと、満は名残惜し気に自室へと戻って行った。けど、今はそんな二人は正直どうでもいいっ!いそいそとキッチンへと向かう。
「ディアナ、何飲むっ?」
聞くと、
「あ、私も手伝いますわっ」
嬉しそうな声で手伝いを申し出され、私も嬉しくなって。
「そう?じゃあ、じゃあ一緒におやつ作ろうっ」
提案した。実はこれが結構憧れていた事だったりする。女の子同士でお菓子作りするなんてしたことなかったから。嫌がられるかな?ちょっとした不安も過ったけれど、ディアナの顔を見て、それが杞憂だと分かる。だって、ディアナが凄く嬉しそうな表情をして頷いてくれたのだ。
「私、友達と一緒に何か作るって初めてですわっ」
「ディアナもっ?私もなのっ」
ぎゅっと手を握って笑い合う。
「一緒、ですわね」
「ちっちっち」
わざと声に出して右手の人差し指を顔の前で振って、おどけて笑う。
「違うよ、ディアナ。こーゆー時はお揃いって言うんだよっ」
ディアナはキョトンと驚いた顔をした後、
「そう。そうですわねっ。お揃い、ですわねっ」
また嬉しそうに微笑む。ディアナが笑ってくれるのが嬉しい。私の顔から笑みが消えない。―――嬉しい。
ちょっと惜しいなと思いつつディアナの手を離すと、用意していた材料を混ぜる為、ボウルを取り出して、あれ?泡立て器どこだっけ?キョロキョロとキッチンの周りを見渡して、引出しかな?と開けてみると、中に入っていたので取り出して洗う。
「ディアナ、ディアナっ。私が混ぜるから材料入れてっ」
「はいっ。では、まず粉の量を量って」
「大丈夫だって。そんな細かくしなくてもっ。それに失敗してもそれはそれで楽しいじゃんっ」
ディアナはやっぱり驚いた顔をすると、それでも直ぐに嬉しそうに微笑むとシンクに置いてあったスプーンで適当にボウルに材料を入れ始めた。
私達はおやつを作っている間、ずっとずっと止まる事なくおしゃべりをした。女友達と話す事がこんなに楽しい何て思わなかった。この時間がこんなにも泣きそうになるくらい嬉しいなんて思わなかった。そもそも私には友達がいない。朔と満は家族みたいなもので友達とも違うから。
歪な形に焼き上がったパンケーキとディアナが入れてくれた紅茶をテーブルへと置くと、テーブルを挟んで互いに向かい合う形で床へと座った。……今度可愛い座布団買って置こう。
「あ、そうだっ。ディアナ、ちょっと待ってね」
確か冷蔵庫に蜂蜜があったはず。急いで立ち上がり冷蔵庫を開けると、記憶通り蜂蜜があってそれを取り出す。やっぱりパンケーキには蜂蜜でしょう。うきうきと蜂蜜を持って席に戻るとディアナは何かを見ていた。何を見てるんだろう?はっ!?もしかして、そこらに散らかっていた物を棚にぎゅうぎゅうと仕舞ったのがばれたっ!?だらだらと背中に冷汗が流れる。けれど、ディアナが見ていたのはそれではなかった。ディアナの視線の先にあるのは、机の上にある私の『携帯型感情制御装置』だった。
「…気になる?」
「え?あ、ごめんなさいっ」
焦ったようにこっちを見ながら謝るディアナに私は明るく笑い返した。
「あははっ。いいよいいよ。珍しいだろうしねっ」
私はテーブルの上に蜂蜜を置くと、机の上に放置していた『携帯型感情制御装置』を持ち改めてディアナの前に座った。
「不思議な、形ですのね」
「うん。一般的、ではないよね」
私の『携帯型感情制御装置』は、普通の人ではあり得ない形だ。
「これは…蝙蝠、ですか?」
「うん。蝙蝠」
両手でないと乗せられない程大きい蝙蝠型の装置。そうそうないだろうなぁ…。けれど、私としては結構この形気に入っている。
「これね。私仕様に少し改良してあるんだ。だから一般的な量産型じゃないんだよ」
「綺月さん仕様?」
「そうそう。これは私しか使えないの。ほら、本来、生まれた時に配給されるのって一般的に誰でも使える箱型だったりカード型だったり~っていう比較的小さい型じゃない?」
「えぇ。そうですわね。私もカード型のを持ってますわ」
「でもさ。それじゃあ、私の感情って強すぎて変換出来ないんだよね。ディアナもそうでしょ?」
ディアナがこくりと頷く。
「しかも、私達ってほら枷をつけられて、自室以外は『携帯型感情制御装置』は使えない。でさ?どうせ自室でしか使えないんだったら、私の好きに改造してもいいじゃん?って」
「と言う事は、もしかして…綺月さんっ、これ、ご自分で整備してらっしゃるのっ?」
「うんっ。だからね、こうして」
手の中の蝙蝠型装置を起動させる。指先にちょっとした痛みが走るがそれを顔には出さずにディアナと共にじっと蝙蝠を見る。するとその蝙蝠の目が赤く光り、ハタハタと羽を動かし始めた。
「起動させると、少量だけど常に感情を吸収してくれるの。一定量だけね」
「す、凄いですわっ」
「そ、そうかな」
素直に目を輝かせ真っ直ぐにディアナが褒めてくれるから、少し照れてしまう。装置はハタハタと小さく飛び上がると、ディアナの頭の上にちょこんと座りこんだ。
「あら?あらあら?」
「あ、ごめんねっ。ディアナの感情量に反応しちゃったんだと思う。今どかすからっ」
「大丈夫ですわ。とても可愛い」
ディアナが頭の上に手を伸ばすと私の蝙蝠型装置は自分から体を摺り寄せた。
「本当に、可愛いですわ」
「う~ん。よっぽとディアナと相性がいいんだね、この子」
「と、言う事は綺月さんと私の相性も良いって事になりますわね」
そう言われると、私達二人がここにいる事が凄い事に思えてくる。
「それじゃあ、暫く巡回してて貰おうか。この子に。それで私達はおやつ食べようっ」
「はいっ」
そこからの会話は女子特有のトークだった。どこのお店のあの服が可愛い。そう言えば昨日テレビで映ってたあの男優が素敵。クラスの男子があの人に似ている等々。ネタは尽きない。実は女子トークを苦手だと思っていた自分がここまで話に盛り上がれるとは思わなかった。けれど、楽しくて仕方ない。自分たちがいる場所が寮と言う事もあって、外が暗くなり月明かりが入りこんでもずっと会話を楽しんでいた。
時間を忘れ会話を楽しんでいた所為か、あっという間に時間が過ぎ、私達が我に帰ったのは私達の会話に満が乱入した時だった。
「おーい、二人ともー。楽しんでる所悪いんだけど、消灯時間だよー。点呼だよー」
一体いつの間に部屋に入り、しかもちゃっかり部屋でうつ伏せになってごろごろと転がってるんだろう。
「満、いつの間にここに?」
「えー?大分前だよ。10回以上ドアノックしてその度点呼だよーって叫んで、更に貰ってた合鍵でドア開けて中から点呼だよーって叫んでも気付いて貰えなくて今に至ります」
そんなに…?流石に、ちょっと、これは…私達が悪い、かな?
「えーっと…ごめん?」
「んーん。いいよ。綺月ちゃんのこんな顔、もう何年も見てなかったしね。楽しかった?綺月ちゃん、ディアナちゃんも」
私達は顔を見合わせて少し照れながらも大きく頷いた。それを見て満足そうに微笑んだ満が改めて起き上がり座りなおしたと同時にパチッと音がして部屋の電気がついた。月明かりがあったとはいえ、暗がりがいきなり明るくなったため目が慣れない。パチパチと瞬きをして電気のスイッチの方を見るとそこには朔が立っていた。
「電気も点けずに。…全く」
なんで朔も?と疑問が過るが直ぐに納得する。ディアナが部屋に帰るには二人の協力が必要なのだ。枷を嵌めて貰わなければいけない。
「まぁ。もう、こんな時間なのですね。時間がこんなにも早く過ぎるモノなんて知りませんでした。…態々来て頂いたみたいですし、そろそろお暇しますわ」
「…そう」
互いに離れがたくてしょんぼりする。けれどこればっかりはどうしようもない。立ち上がったディアナにつられて私も立ち上がる。
「枷つけるのは入口でしたらいいよ。私のこの部屋はこの子のお陰できちんと調整されてるから」
そう言って指さした蝙蝠にディアナは、微笑みながら頷き入口へと移動した。その両サイドに朔と満が立つ。
「…ねぇ、綺月さん」
「ん?」
「もし、もし、宜しければ…私の『携帯型感情制御装置』も調整して頂けないでしょうか」
「え?」
「…私は、ご存じの通り感情が強すぎて枷を五つしております。そしてそれは自室でも外した事はありません」
「自室でも…?」
「えぇ。そうです。前の学校でも、それこそ生まれた時からこの枷を外されることはなかった。―――初めて、なんです。今日こうして起きた出来事、全てが。枷が外された事も、感情をこんなに素直に出した事も、友達とこんなに話した事もっ」
「ディアナ…」
「お願いしますっ。綺月さんっ。少しだけでいいんですっ。私は、私は自由が欲しいっ」
泣きながらディアナは私に頭を下げた。まさかディアナがそこまでの制御を強いられているは思わなかった。本当なら五つでも足りないのかもしれない。ディアナはどれだけ苦しんできたんだろう。誰もこの苦しみを理解する事は出来ないと思う。。
でも、私は、私だけはその苦しみを共感する事が出来る。きっと私だけが…。
「ねぇ、ディアナ。私でいいの?私なんてちゃんとした整備士じゃないし、ましてや研究員でもない。…そんな私でいいの?」
「綺月さんがいいんですっ。私の初めての友達。綺月さんがいいっ」
「…うん。分かった。そこまでディアナが言ってくれるなら引き受けるっ。私にとっても初めての友達だものっ。引き受けるにきまってるよっ」
だから、任せてっ!
胸を張ってはっきりとそう宣言すると、ディアナは女の私ですら見惚れそうなほど、綺麗な笑みを浮かべた。ディアナがこんな笑顔を浮かべてくれるなら。この選択が間違いでなかったと、そう思う事が出来る。
「じゃあ、今度、装置持って来て?それと、また遊びに来てっ」
「は、はいっ!」
私はぎゅっとディアナの手を握ると、ディアナも両手で握り返してくれた。
…やっぱり、離れがたい…。
じーっと満を見つめる。
「え?だ、駄目だよ、綺月ちゃんっ。夜はちゃんと自室で寝ないとって寮の規則が」
じー…。
満の言葉を丸無視して、視線だけで満に訴える。すると、満が真っ赤な顔をしてたじろいだ。…もう一押し。私が満を見ている所為か、ディアナも満の方をじっと見つめた。
「う、うぅ…。二人のこんな可愛い視線に僕が抗えるわけがないじゃないかっ。に、兄さんっ、ヘルプっ!」
あ、朔の後ろに隠れたっ!?じゃあ、朔を…。じーっと二人で朔を見つめ、訴えるが。
「…綺月。俺にその攻撃は通用しないぞ。…お前達二人はただでさえ教師たちに悪い意味で目をつけられてるんだ。友達関係を続けて行きたいのなら、今は我慢しておけ」
そう言いながら朔は私とディアナの頭を撫でた。朔の言う事はいつも正しい。まだまだディアナと話したい。でも、互いの為に私は朔の言葉に頷いた。
「…良い子だ」
子ども扱い。でも…実際私がやっている事は幼い。だって、友達ともっともっと遊びたいって駄々を捏ねている。子供とまるで大差ない。それは解っている。そして、朔が私を心配していることもきちんと理解している。だから、私は名残惜しいけれどディアナの手をそっと離した。
「じゃあね、ディアナ。また、明日」
「はい。綺月さん」
さん付け…。それがちょっと寂しくて。
「綺月って呼んで、ディアナ。私もディアナの事、名前で呼んでるしっ、ね?」
笑顔でディアナに頼む。するとディアナも微笑んで。
「綺月さん…。はいっ。それじゃあ、お休みなさいっ、綺月っ」
「うんっ。お休みっ、ディアナっ」
互いに笑顔で挨拶を交わす。それを確認した朔と満がディアナへ枷を付けた。機械音と共にディアナの表情が消える。自分以外のこの瞬間を見るのは初めてだ。でも、今初めて満の気持ちが分かった気がする。あんなに綺麗な笑顔を見せる優しいディアナなのに、こんなにも一瞬で感情を制御されるなんて。こんなディアナ、見てるのが辛い…。
「それでは、綺月さん、また、明日」
そう言って私に機械的に手を振ると部屋を出て行った。
「あ、僕送ってくるっ。兄さん、僕残りの点呼もしてくるからっ」
ディアナの後を追って満が出て行き、バタンとドアが閉じた。そこには私と朔だけが残された。
「…綺月」
「なに?」
「大丈夫か?」
「…大丈夫じゃない。…寂しいよ」
さっきまで騒がしかった部屋が、楽しかった部屋が、ただただ静かな空間に変わった。それが寂しくて、寒くて、辛い。
「俺が言ってるのは、そうじゃないんだが…。まぁいい。今日は言うだけ無駄だろうしな」
「…朔?」
「俺も部屋に戻る。…綺月。無理はするなよ?」
もう一度私の頭を撫で、何か言いたげに、けれどそれを言う気はないんだろう、誤魔化すように微笑み部屋を出て行った。
本当に自分だけしか部屋にいなくなり、寂しさがこみ上げてきて辛くて仕方ない。
…もう、寝てしまおう。寝室へ行き着替えるのも面倒でそのままベットへと潜り込む。どうして、こうなんだろう。私の感情が強いから、こんなにも寂しいんだ。他の人よりずっとずっと寂しいんだ。
「……寂しい、よ…」
ボロボロと涙が溢れだす。
「独りは、嫌だよ…っ、…っ、うぅっ…」
結局最後は絶対独りなんだ。朔も満も傍にはいてくれない。
「(独り、か)」
急に脳内に声が響く。あまりに突然で一瞬反応に遅れた。
「…凰、雅?」
「(珍しいな。お前がそんなに泣くなんて…。どうした?)」
優しく問いかけてくれる凰雅の声が胸にストンと落ちる。
「今日、友達が出来たの」
「(へぇ。それは良かったな。お前、ずっと友達欲しかったんだろ?)」
「うん。今日、ずっと部屋でおしゃべりして…。凄く楽しかったの」
「(そうか。…それで?)」
「さっき、帰ったんだ。そしたら、部屋が急に静かに感じて、誰も、誰もいなくなって…私だけになって…。それが凄く寂しくて…。いつも、いつも最後は私だけで…っ」
「(確かにそれは寂しいな。…でも、綺月。お前は酷いな)」
「…え?」
「(俺がいるのに、独りなのか?)」
予想外の事を言われて、流れていた涙も止まる。そう言われればそうだ。
「(…付き合ってやるよ。綺月。お前が眠れるまで。お前の気が済むまで。だから…泣くな)」
「凰、雅…。ありが、とう…」
そうだ。私には凰雅がいてくれる。そう思うだけで寂しさは軽減されて。凰雅の声に誘われるように私の意識は深い眠りへと落ちていた…。
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