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二人の過去
しおりを挟む「お姉さま⋯⋯お姉さま⋯⋯!」
「⋯⋯はっ!!」
アレンの突拍子もない行動に、意識がどこかへ行っていたらしい。ミリアに肩を揺すぶられてやっと意識を取り戻した私は、椅子に深く座り直した。
「あの⋯⋯アレン様と何をお話してたのですか?」
ミリアは心配そうに私を見つめている。アレンとの婚約の話をしたら、もっと心配をかけてしまいそうで申し訳ないけれど、このまま黙っている訳にもいかない。覚悟を決めた私は事の顛末をミリアに話した。
「ええっ!アレン様と婚約!?」
「⋯⋯まだ決まった訳じゃないわ。犯人を見つける事が出来たらの話よ」
「⋯⋯でもお姉様は昔、アレン様と婚約なさっていましたよね?今更また婚約だなんて、無理してはいませんか?」
そう。私たちは一度婚約を解消しているのだ。理由は簡単。私の心が弱かったから。キルシュ家は昔からアレンの家、アシュフォード家と親交があった。両親共に仲が良く、生まれた子供の年齢も近い。さらに子供同士の仲も良好とくれば、婚約を結ぶ事は至極当たり前の事だった。
ーーそうしてアレンは私の婚約者となった。正直な話、私は嬉しかった。アレンは私の唯一の男友達だったし、何より尊敬していた。彼は幼いながらに、他の子供たちよりも遥かに長けた能力を持っていた。
対して私は、両親のおかげで家柄にだけは恵まれたけれど、それ以外はからっきしだった。他の子たちと同じ事が出来る様になるまで、努力でどうにか埋め合わせる事しか出来なかった。例えば、他の子たちが一つの物事を覚えるのに三時間かかるとすれば、私は丸一日かけてそれを覚えた。
そんな歪な婚約関係では釣り合わないと周囲から言われるのも当たり前だ。私は常に彼に劣等感を感じていた。彼を好きな気持ちは勿論あったけれど、それよりも自分の中のどす黒い気持ちと、優秀な彼に対する申し訳なさでいつも心臓が痛かった。
しかもあいつはあいつで、いつでも飄々としているし、婚約者がいようとも平気で他の女性に優しく接するのだ。⋯⋯私には憎まれ口を叩く時だってあったのに。
そんな姿を見てしまったら⋯⋯彼は本当は私の事なんて好きじゃないのだと、そう思った。その時のキルシュ家は今と違い、アシュフォード家と肩を並べるほどの名家であったから、賢い彼は賢い選択肢を選んだのだろう。
そうして我慢しきれなくなった私は、ついにアレンに婚約解消を迫ったのだ。話を聞いた彼は一瞬だけいつもの表情を消したけれど、すぐにいつもの飄々とした態度に戻り、あっさりと「いいよ」と宣った。
「いやだ」と言ってくれるかもしれないと少しだけ思っていた。でも実際に彼の口から出てきたのは正反対の言葉で。アレンの答えを聞いた私はすぐさま両親に婚約を解消したい旨を伝え、無事に婚約は破棄される事となったのだ。
(⋯⋯今でも彼の考えはわからない)
過去に浸っていると、手の甲に温かな感触が伝わった「はっ」として顔を上げると、ミリアが私の手を握りながら心配そうに見上げていた。
「お姉様⋯⋯無理しないでください。婚約なんてしなくていいじゃありませんか。二人で少しずつ立て直していきましょう?」
「⋯⋯ミリアは本当に優しいわね。でもね、無事にキルシュ家が栄光を取り戻す事が出来れば、とってもかっこいい王子様がミリアを迎えに来てくれるようになるわ。それってすごく幸せな事じゃない?」
「そうかもしれません⋯⋯でも⋯⋯⋯⋯」
ミリアはまだ何か言いたげだったけれど、私は返事を拒絶するかのようにミリアの頭を撫でた。
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