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軽薄な男と婚約
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⋯⋯私は焦っていた。
執務机には、これまでのキルシュ家の交友関係全ての書類が広げられている。襲撃された日から今日まで、ろくに睡眠をとらず犯人について調べていたが、未だ足取りが掴めていない。
「お嬢様、少しお休みになられては」
「ああ⋯⋯ありがとう。エリー」
「でも大丈夫」と伺いにきたメイドを手で制して追い返す。我がキルシュ家に仕えていた、多くの従者が先日の襲撃によって殺害されてしまった。
かなり大胆な手口であるのに、こんなにも足取りが掴めないなんて⋯⋯。そこで浮かび上がってくるのが、キルシュ家よりも地位の高い貴族か、それよりももっと大きな存在か。そんな嫌な予感。
(いずれにせよ、今ある手札では戦えそうにないわね⋯⋯)
この手は使いたくなかったれど、仕方がない。私は古くから交友のある男に連絡をいれた。
***
「やあ! ついに俺と結婚してくれる気になったのかな?」
「⋯⋯うるさい」
私から連絡を入れておいて何だが、呼んだことを少し⋯⋯いやかなり後悔した。
「アレン、何についての相談かはもう伝えてあるはずなんだけど?」
目の前の胡散臭い銀髪の髪を引っ張りながらそう伝える。寝不足なんだから余計な手を煩わせないで欲しい。
「いたたたた⋯⋯冗談冗談。それじゃあとりあえず当日の状況と交友関係の書類見せてよ」
貴族であるアレンに交友関係の書類まで渡すのは不本意だったが、キルシュ家の存亡が危うい今、仕方のないことだった。執務机に乱雑に置かれた書類を軽くまとめてアレンに渡すと、彼は素早く書類に目を通し始めた。
「当日の状況も伝えてくれていいよ」
本当に癪だが、アレンは出来る男だ。特にこういう時の彼は心底心強い。書類をペラペラとめくる彼を見つめながら私は当日の詳しい状況と考えを述べた。
「きっと交友関係のある貴族かキルシュ家に恨みを持っている貴族に違いないわ。最初は私の不死の力を知った貴族かとも思ったのだけれど、それなら私が死なない事を知っている筈だもの」
「ふーん⋯⋯」
アレンは聞いているのかいないのか、曖昧な返事をした後、書類をトントンと整えた。⋯⋯もう読み終わったのだろうか。彼はまとめた書類を私に返しながら、あっけらかんとこう言った。
「多分この書類の中には犯行を及んだ貴族はいないね」
「⋯⋯なぜそんなことがわかるの」
「そうだね、気を悪くしないで欲しいんだけど、キルシュ家を襲うメリットが何一つないという点かな。⋯⋯君はよく頑張っていると思うよ。しかしご両親を一度に亡くしてから、キルシュ家は少しずつ没落の一途を辿っていたのではないかな」
耳の痛い話だが、アレンの話は全て本当だった。
「あの一夜で屋敷中の従者をほとんど殺害し、君を探し出して刺すためには、かなり多くの人員を割く事になる。あの交友リストに載っている貴族は、ほとんどがキルシュ家が没落する前に深い親交にあった上流階級の貴族たちだ。そんな貴族たちがわざわざ、没落しかけている家を潰しにかかるかな?」
⋯⋯たしかに。
「まあ現時点では犯人だと断定できるような証拠は何一つないね」
「犯人を探すことはできる?」
「調べていけば⋯⋯たぶんね。」
「⋯⋯調べて欲しい」
「いいよ!」その答えを聞いて安堵したのも束の間、急激に近づいてきたアレンにぎょっとする。
「でもさ⋯⋯それって俺になんのメリットがあるのかな?」
人差し指と親指で顎を軽く持ち上げられ、アレンと視線がかち合う。血のような赤い目に射抜かれてしまいそうで、慌てて視線を逸らした。
「⋯⋯私を愛してるならそれくらい出来るでしょう」
苦し紛れに私の口から出たのはなんとも可愛げのない言葉だった。明らかな言葉の選択ミスだ。普段から憎まれ口を叩いているせいで、こういう時に可愛げのある言葉の一つもでない。
流石に怒った⋯⋯かな。
恐る恐る彼の顔を見ると、アレンはくつくつと喉を鳴らして笑っていた。
「っ!なんで笑ってるのよ!」
「いや、なんかマリアらしいなと思って」
「馬鹿にしてる訳じゃないんだよ?」そう言いながら彼は私の頭をぽんぽんと撫でた。まるで子供をあやすかのような手つきに顔が熱くなる。
「それじゃあさ、犯人を捕まえられたら、今度こそ俺と婚約してよ」
「⋯⋯それとこれとは話が別よ!」
「キルシュ家が没落しかけている今、俺と婚約するのはかなり有用だと思うんだけどね?公爵夫人になれば、キルシュ家を復興させるのも夢じゃないよ?」
それは全くもってその通りだった。アレンの爵位は公爵。そんなアレンと婚約を結ぶこととなれば、キルシュ家を再び復興させることも容易だろう。
(そうすればきっと⋯⋯ミリアを幸せにできる。)
「⋯⋯いいわ。犯人を見つけてくれたら貴方と結婚する」
「それじゃあ交渉成立ということで! また何か手がかりが掴めたら会いにくるよ、俺の奥さん」
そう言ってアレンは私を抱き寄せ、額に軽いキスを落とした後、颯爽と帰っていった。
あっという間の出来事に呆然としていた私が意識を取り戻したのは、彼がいなくなってから暫く経った後だった。
執務机には、これまでのキルシュ家の交友関係全ての書類が広げられている。襲撃された日から今日まで、ろくに睡眠をとらず犯人について調べていたが、未だ足取りが掴めていない。
「お嬢様、少しお休みになられては」
「ああ⋯⋯ありがとう。エリー」
「でも大丈夫」と伺いにきたメイドを手で制して追い返す。我がキルシュ家に仕えていた、多くの従者が先日の襲撃によって殺害されてしまった。
かなり大胆な手口であるのに、こんなにも足取りが掴めないなんて⋯⋯。そこで浮かび上がってくるのが、キルシュ家よりも地位の高い貴族か、それよりももっと大きな存在か。そんな嫌な予感。
(いずれにせよ、今ある手札では戦えそうにないわね⋯⋯)
この手は使いたくなかったれど、仕方がない。私は古くから交友のある男に連絡をいれた。
***
「やあ! ついに俺と結婚してくれる気になったのかな?」
「⋯⋯うるさい」
私から連絡を入れておいて何だが、呼んだことを少し⋯⋯いやかなり後悔した。
「アレン、何についての相談かはもう伝えてあるはずなんだけど?」
目の前の胡散臭い銀髪の髪を引っ張りながらそう伝える。寝不足なんだから余計な手を煩わせないで欲しい。
「いたたたた⋯⋯冗談冗談。それじゃあとりあえず当日の状況と交友関係の書類見せてよ」
貴族であるアレンに交友関係の書類まで渡すのは不本意だったが、キルシュ家の存亡が危うい今、仕方のないことだった。執務机に乱雑に置かれた書類を軽くまとめてアレンに渡すと、彼は素早く書類に目を通し始めた。
「当日の状況も伝えてくれていいよ」
本当に癪だが、アレンは出来る男だ。特にこういう時の彼は心底心強い。書類をペラペラとめくる彼を見つめながら私は当日の詳しい状況と考えを述べた。
「きっと交友関係のある貴族かキルシュ家に恨みを持っている貴族に違いないわ。最初は私の不死の力を知った貴族かとも思ったのだけれど、それなら私が死なない事を知っている筈だもの」
「ふーん⋯⋯」
アレンは聞いているのかいないのか、曖昧な返事をした後、書類をトントンと整えた。⋯⋯もう読み終わったのだろうか。彼はまとめた書類を私に返しながら、あっけらかんとこう言った。
「多分この書類の中には犯行を及んだ貴族はいないね」
「⋯⋯なぜそんなことがわかるの」
「そうだね、気を悪くしないで欲しいんだけど、キルシュ家を襲うメリットが何一つないという点かな。⋯⋯君はよく頑張っていると思うよ。しかしご両親を一度に亡くしてから、キルシュ家は少しずつ没落の一途を辿っていたのではないかな」
耳の痛い話だが、アレンの話は全て本当だった。
「あの一夜で屋敷中の従者をほとんど殺害し、君を探し出して刺すためには、かなり多くの人員を割く事になる。あの交友リストに載っている貴族は、ほとんどがキルシュ家が没落する前に深い親交にあった上流階級の貴族たちだ。そんな貴族たちがわざわざ、没落しかけている家を潰しにかかるかな?」
⋯⋯たしかに。
「まあ現時点では犯人だと断定できるような証拠は何一つないね」
「犯人を探すことはできる?」
「調べていけば⋯⋯たぶんね。」
「⋯⋯調べて欲しい」
「いいよ!」その答えを聞いて安堵したのも束の間、急激に近づいてきたアレンにぎょっとする。
「でもさ⋯⋯それって俺になんのメリットがあるのかな?」
人差し指と親指で顎を軽く持ち上げられ、アレンと視線がかち合う。血のような赤い目に射抜かれてしまいそうで、慌てて視線を逸らした。
「⋯⋯私を愛してるならそれくらい出来るでしょう」
苦し紛れに私の口から出たのはなんとも可愛げのない言葉だった。明らかな言葉の選択ミスだ。普段から憎まれ口を叩いているせいで、こういう時に可愛げのある言葉の一つもでない。
流石に怒った⋯⋯かな。
恐る恐る彼の顔を見ると、アレンはくつくつと喉を鳴らして笑っていた。
「っ!なんで笑ってるのよ!」
「いや、なんかマリアらしいなと思って」
「馬鹿にしてる訳じゃないんだよ?」そう言いながら彼は私の頭をぽんぽんと撫でた。まるで子供をあやすかのような手つきに顔が熱くなる。
「それじゃあさ、犯人を捕まえられたら、今度こそ俺と婚約してよ」
「⋯⋯それとこれとは話が別よ!」
「キルシュ家が没落しかけている今、俺と婚約するのはかなり有用だと思うんだけどね?公爵夫人になれば、キルシュ家を復興させるのも夢じゃないよ?」
それは全くもってその通りだった。アレンの爵位は公爵。そんなアレンと婚約を結ぶこととなれば、キルシュ家を再び復興させることも容易だろう。
(そうすればきっと⋯⋯ミリアを幸せにできる。)
「⋯⋯いいわ。犯人を見つけてくれたら貴方と結婚する」
「それじゃあ交渉成立ということで! また何か手がかりが掴めたら会いにくるよ、俺の奥さん」
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