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彼の優しさ
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舞踏会を終え、これといった収穫はなく私たちは屋敷に帰ってきていた。強いて言うならばミリアとフィノ様の関係を知ることができたというのが、最大の収穫だろう。
「はー⋯。疲れたね」
長いため息をついたアレンは部屋に着くなりジャケットを乱雑に脱いで髪型を崩した。普段とは違う姿に少しだけ胸が高鳴ったけれど、そんな考えを打ち消すように私はすぐさま話を切り出した。
「今日来た人たちの中にも怪しい人はいなかったように思えるけど、アレンはどう考えてる?」
私の隣に座った彼は「ん~」と間伸びした声を出しながら何かを悩んでいるようだった。
⋯⋯まさか何か怪しい人物でもいたのだろうか。
固唾を飲んで彼の次の言葉を待っていると、彼はふいと私から視線をはずして「教えない」と宣った。
「は!?」
「いや、だって君。言ったらすぐにでも会いに行っちゃいそうなんだもの」
「当たり前じゃない! 重要な手がかりなのよ!?」
彼のシャツの襟元を握りしめて食ってかかる。彼がそう言うということは会場になにか手がかりがあったのかもしれない。
これはなにがなんでも聞き出さなければ。
どうやって聞き出そうか考えこんでいると、彼は少しばかり逡巡した後口を開いた。
「君はさ、何されても良いって本当に思うわけ?」
それはさっきと同じ質問だった。
「またその質問? 良いって言っているじゃない!」
刺されたあの日だって、泣き言なんて言わなかった。姉の私が妹を守るのは当たり前だから。パパもママもいなくなってしまった今、ミリアを守れるのは私しかいない。
「ミリアを守れるなら、なんだってする」
「⋯⋯それじゃあ、誰が君を守ってくれるの?」
そんな人いらない。そんな人がいたら自分はまた弱くなってしまう気がする。弱い自分じゃ、なにも守ることなんてできない。
⋯⋯それに私を守ってくれるようなそんな人、どこにもいないもの。
「別に守ってもらえなくていいわ。私は死なないんだもの」
「⋯⋯そう」
驚くほどに彼の言葉は冷たかった。俯いた彼の表情を見ることはできないけれど、彼はきっと呆れているだろう。
(これでいいのよ)
部屋はしんと静まり返ってしまった。言いすぎてしまったと思ったけれど、ここまで言わないと彼は納得してくれないとも思った。
下を向いて黙り込んでしまった彼に、なんて言葉をかけようか悩んでいると、急に肩を強く押される。油断していた私は笑っちゃうくらい呆気なくソファに倒れて、そこで初めて彼に押し倒されたのだと気づく。
「⋯⋯アレン?⋯⋯え?⋯ッ!」
ドレスの隙間から入り込んだアレンの手が、私の太ももを這っていた。
ぎょっとしてアレンを見ても彼の表情を読むことはできなかった。アレンはいつも飄々としていて、軽口だって叩くけれど、彼にこんな風に体を触られたことは今まで一度も無かった。
「⋯⋯ッ! やめて!」
彼の手を払おうとするけれど、払おうとした手ごと彼の片手に封じられて、頭の上にまとめられてしまう。
「⋯⋯例えば、死ぬことはなくても。君は綺麗な女性だから、いろんな男の慰み者になるかもね?」
つーっと太ももの上をアレンの指になぞられて、思わず脚が震える。一気に体が燃えるかのように熱くなって心臓が早鐘を打つ。
(⋯⋯いやだ)
「ちゃんとこっちを見てよ」
彼の顔を見るように顎を掬われる。やめてと思うのに、こんな状況なのに、どうやら彼に触られていることが私は嬉しいらしかった。そんな自分が恥ずかしくて、情けなくて。とてもじゃないけれど、彼の瞳を見ることなんてできなかった。
「何時間も何時間も酷いことされても、君は舌を噛んで死ぬこともできない」
彼の顔がだんだんと近づいてきて、私は思わず目を固くつむった。
「それってすごく怖いことじゃない?」
耳元でそう囁かれて、ゾクゾクとした。なにか言いたいのにもうなにも言えなくて。固く目をつむった拍子に涙が滲んだのが感覚でわかった。
その瞬間ぱっと拘束が解かれて、彼はソファから立ち上がる。荒くなった息を整えて彼を見ると、彼はジャケットを羽織って帰り支度をしているようだった。
「死ぬ以外にも辛いことなんて、世の中に沢山あるんだよ」
「それじゃあおやすみ」そう言って去っていく彼の背を私は見つめることしか出来なかった。
「はー⋯。疲れたね」
長いため息をついたアレンは部屋に着くなりジャケットを乱雑に脱いで髪型を崩した。普段とは違う姿に少しだけ胸が高鳴ったけれど、そんな考えを打ち消すように私はすぐさま話を切り出した。
「今日来た人たちの中にも怪しい人はいなかったように思えるけど、アレンはどう考えてる?」
私の隣に座った彼は「ん~」と間伸びした声を出しながら何かを悩んでいるようだった。
⋯⋯まさか何か怪しい人物でもいたのだろうか。
固唾を飲んで彼の次の言葉を待っていると、彼はふいと私から視線をはずして「教えない」と宣った。
「は!?」
「いや、だって君。言ったらすぐにでも会いに行っちゃいそうなんだもの」
「当たり前じゃない! 重要な手がかりなのよ!?」
彼のシャツの襟元を握りしめて食ってかかる。彼がそう言うということは会場になにか手がかりがあったのかもしれない。
これはなにがなんでも聞き出さなければ。
どうやって聞き出そうか考えこんでいると、彼は少しばかり逡巡した後口を開いた。
「君はさ、何されても良いって本当に思うわけ?」
それはさっきと同じ質問だった。
「またその質問? 良いって言っているじゃない!」
刺されたあの日だって、泣き言なんて言わなかった。姉の私が妹を守るのは当たり前だから。パパもママもいなくなってしまった今、ミリアを守れるのは私しかいない。
「ミリアを守れるなら、なんだってする」
「⋯⋯それじゃあ、誰が君を守ってくれるの?」
そんな人いらない。そんな人がいたら自分はまた弱くなってしまう気がする。弱い自分じゃ、なにも守ることなんてできない。
⋯⋯それに私を守ってくれるようなそんな人、どこにもいないもの。
「別に守ってもらえなくていいわ。私は死なないんだもの」
「⋯⋯そう」
驚くほどに彼の言葉は冷たかった。俯いた彼の表情を見ることはできないけれど、彼はきっと呆れているだろう。
(これでいいのよ)
部屋はしんと静まり返ってしまった。言いすぎてしまったと思ったけれど、ここまで言わないと彼は納得してくれないとも思った。
下を向いて黙り込んでしまった彼に、なんて言葉をかけようか悩んでいると、急に肩を強く押される。油断していた私は笑っちゃうくらい呆気なくソファに倒れて、そこで初めて彼に押し倒されたのだと気づく。
「⋯⋯アレン?⋯⋯え?⋯ッ!」
ドレスの隙間から入り込んだアレンの手が、私の太ももを這っていた。
ぎょっとしてアレンを見ても彼の表情を読むことはできなかった。アレンはいつも飄々としていて、軽口だって叩くけれど、彼にこんな風に体を触られたことは今まで一度も無かった。
「⋯⋯ッ! やめて!」
彼の手を払おうとするけれど、払おうとした手ごと彼の片手に封じられて、頭の上にまとめられてしまう。
「⋯⋯例えば、死ぬことはなくても。君は綺麗な女性だから、いろんな男の慰み者になるかもね?」
つーっと太ももの上をアレンの指になぞられて、思わず脚が震える。一気に体が燃えるかのように熱くなって心臓が早鐘を打つ。
(⋯⋯いやだ)
「ちゃんとこっちを見てよ」
彼の顔を見るように顎を掬われる。やめてと思うのに、こんな状況なのに、どうやら彼に触られていることが私は嬉しいらしかった。そんな自分が恥ずかしくて、情けなくて。とてもじゃないけれど、彼の瞳を見ることなんてできなかった。
「何時間も何時間も酷いことされても、君は舌を噛んで死ぬこともできない」
彼の顔がだんだんと近づいてきて、私は思わず目を固くつむった。
「それってすごく怖いことじゃない?」
耳元でそう囁かれて、ゾクゾクとした。なにか言いたいのにもうなにも言えなくて。固く目をつむった拍子に涙が滲んだのが感覚でわかった。
その瞬間ぱっと拘束が解かれて、彼はソファから立ち上がる。荒くなった息を整えて彼を見ると、彼はジャケットを羽織って帰り支度をしているようだった。
「死ぬ以外にも辛いことなんて、世の中に沢山あるんだよ」
「それじゃあおやすみ」そう言って去っていく彼の背を私は見つめることしか出来なかった。
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