てんくろ。ー転生勇者の黒歴史ー

仁渓

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転生勇者親衛隊長の憂鬱(54)

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               54
「いっそ、シレンも大会に出場させたら? 自分だけ商品扱いじゃ不公平だ」
「ふむ。その方が客も参加者も集まるな。むさい戦士団同士の闘いなど、誰も見ん」
「ひどい言われようだ」と、ダンは大げさに嘆く振りをしてから、言葉を続けた。
「だが、順当に行けば決勝戦の一方は決まりましたな。もう一方は? 集客を気にするなら、同じくらい華のある相手が必要です」
「わたししかいないだろう」
 親衛隊長ことセーブル王子が自薦した。
「大会の主催者が自分で出るのですか? 本当に優勝してしまったら顰蹙ひんしゅくものですぞ」
「親衛隊長ではなくて、王子として参加すれば問題ないだろ。転生勇者様と合法的にボートに乗るせっかくのチャンスを見過ごせるか。そのまま、ロイヤルウエディングに突入して、一か月くらい、国民の休日にしてもいいくらいだ」
「おまえには、許嫁がおるだろう」
 呆れたように、名誉親衛隊長ことセディーク一世が、息子を見つめた。
 とんがり頭巾同士なので、シュールな絵面だ。
「でも、まだフリーだ」とセーブル。
 諦めたように、セディークは呟いた。
「転生勇者シレン対アスラハン王国王子セーブル。肩書きだけならば、確かに華がある試合だな」
「だろ」
 セディークは、ふう、と、悲しそうに息をつき、
「暑いわ」と、とんがり頭巾を外してカウンターに置いた。
 威厳のある国王というより、くたびれたおっさんの顔である。
「査問会終了。ただいまより、第一回転生勇者杯の会合とする」
 ダンもセーブルも素顔を露わにした。
 父親があまりパッとしない顔であるのに対して、セーブルは凜々しい顔立ちだ。母親似なのだろう。
 次々ととんがり頭巾を外していく、赤マントたち。
 村人Aが、顔出しで会うことなどありえない、王国の重臣たちだ。
 けれども、マルコは、そこは気にせず、
「ぼく、もう帰っていい?」
 と、セディークに確認した。
「良いぞ。おぬしたち、マルコを馬車で送ってくれぬか」
 セディークは、立っている青マントたちに指示を出した。
「承知しました」と、応えた青マントたちも、とんがり頭巾を外している。
 マルコが、どこかで見た覚えのある顔の者もいた。
 もちろん、ペペロにとっては、皆、知人だろう。
「あの」と、ペペロがおずおずと手を上げた。
「なんだ?」と、ダンが応じる。
「その大会には、戦士団員も出場はできるのでしょうか? 自分も含めて、転生勇者様のガチファンの者たちは、出たがると思います」
「華は無くても、当然、戦士団員には出てもらうことになるだろう。若手四天王の一人として見応えのある試合を頼むぞ」
 ダンは、セディークから、『むさい戦士団』呼ばわりされたことを気にしていた。
「わたしのライバルというわけだな」
 セーブルは楽しそうに、笑いかけた。
「手加減はしないぞ」
 一方のペペロは、曖昧に笑うしかない。
 ダンが、セディークに確認をする。
「予選を別に開催し、本戦出場者を八人ぐらい欲しいですな。転生勇者と王子はシードなので残り六人。戦士団からは順当に若手四天王で四人として、民間から二人ぐらいですか」
「そんなところだろう」
 ダンは、声をひそめた。
「ところで、肝心の転生勇者様は出場を承知されますかな。握手会の例もあります」
 ちょうど、柵から出ようとしていたマルコの耳に、声は届いた。
 マルコは反応した。
「そう、それ」と言って、被告人席へと駆け戻る。
「ずっと気になっていたんだけれど、シレンは、物凄い恥ずかしがり屋で人見知りなんだ。今まで握手会なんか、よくできたね」
 ダンとセディークは、マルコの問いかけに、ふっ、と顔を背けた。
「あれぇ?」
 マルコは、食い入るように、ダンの顔を見る。
 渋々と、ダンは認めた。
「急な腹痛により、ずっとドタキャンだ。親衛隊規則でファン交流イベントを行うことになっているため、参加者募集の告知はしているが、実際は全員に不合格通知を出している」
「だってさ。にいちゃん」
「薄々、おかしいとは思っていたんだよな」とペペロ。「誰からも、握手したという話を聞かないし」
「要するに詐欺だね。詐欺」
「儂は詐欺まがいの商売などせん。転生勇者様には、それくらいのファンサービスは、給料の内だとして承知をさせよ」
 詐欺呼ばわりが、よほど気に入らなかったのか、セディークは、ダンに不機嫌に言い放った。マルコの無礼を怒らないところは、大人である。
 けれども、マルコは追い打ちをかけた。
「シレン、給料もらってないよ」
 セディーク一世は、ぽかんとした。
「まさか、そのようなはずがあるまい」
「お金がないから、午前中は鍛練場で稽古。午後は王宮の図書館で本を借りて読書。食事は三食、戦士団の食堂だって。クスリナガーデンで、アイスクリームの甘さに涙流してた」
「転生勇者様、ずっと、あのようなまずい飯を」
 と、驚きで青マントの一人が呟くほどだ。
「シレンのマネージャーとして、王様に聞いてみたかったんだ。なんで?」
 セディークは、ダンを見た。
「事実か?」
 ダンは、困ったような顔をして、
「さて。確か、転生勇者様の召還の費用は、『当たるも八卦のバクチは税金ではできぬから』と、陛下個人の財布から出されたのではなかったですかな。その延長で、財政の奴らめは、転生勇者様への給料の支払いは、転生勇者親衛隊が行うべきと理解しているかも知れません。当時、指示をしたご記憶は?」
 セディークは、記憶をさかのぼった。
 転生勇者様を、どこに住まわせるべきかという話をした覚えはあったが、お給料の話はした記憶がない。
 ないということは、覚えていないか、最初からしていないのかのどちらかである。言わずもがなだ。
 優秀な人間ほど、時として信じられないポカをする。本件のセディーク一世のように。
「ラウンデルならば、わかるのでは?」
 ダンは、王国の財務責任者の名前を口にした。
 ダン・スラゼントスが武官のトップであるならば、ラウンデル・サキは文官のトップだ。
 二人とも、セディークが若く、まだ一介の商人であった頃からのつきあいだ。
 部屋にセディーク一世の露払いとして、一緒に入ってきた人物がラウンデルである。
 男だ。年齢は五十六歳。
 文官だが、若い頃、戦場で傷を受け、右目を失っていたため、皮革の眼帯で右目を隠している。
 しかも、セディークの商売上の師匠にあたる。
 セディーク一世よりも、よほど貫禄が感じられた。
 どこか、剽軽ひょうきんな顔立ちのダンと比べても、遙かに厳めしい。
 面構えだけならば、大将軍だ。
「王国からは、転生勇者様に対して、何も支払いはしておりませんな。公式見解では、転生勇者様は、陛下の所有物です。給料の支払いは陛下の務めかと」
 セディークは、やっちまった感にとらわれた。
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