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第一回転生勇者シレン杯決勝リーグ参加者決定(58~59)
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58
その晩、ダンが帰って来たのは、オフィーリアもマルコも寝静まった深夜だった。
けれども、何事もなかったかのように、翌朝は通常の時間に起きて出勤だ。
朝食の時、オフィーリアがダンに聞いた。
「夕べは大分遅くまで頑張っておられたようですけれど、王国始まって以来の緊急事態って、何だったんですの?」
「ん。親衛隊案件だ」
大したことではなかったという口調で、ダンが応える。
オフィーリアは、呆れたように息を吐いた。
「そんなことだろうと思いましたよ。王子には、そんな遊びばかりしていないで、お相手は決まっているのですから、早く身を固めるよう、おとうさんからも言ってくださいな」
昨日、マルコとの間で交わしたやりとりの繰り返しだ。
今初めて聞いたのであれば、当然、言うであろう内容を、再度言っている。
マルコは、吹き出してしまわないように努力した。
王子をたしなめるように言われたダンは、曖昧に笑うしかない。
「それで今回は何だったのですか?」
「陛下がまた、大規模なイベントを開催したいと仰ってな、その打ち合わせだ」
「またですか!」
オフィーリアは、怒ったように声を上げた。
「シレンさんの握手会は無理ですよ。また、おなかが痛くなったら可哀想です」
オフィーリアがぐさりと釘を刺した。
ゲホ、と、ダンがむせた。
咳き込みながら、ちらりとマルコを見る。
一瞬、マルコがオフィーリアに何か話したのではないかと疑ったのだろう。
いや、そのとおりなのだけど。
けれども、マルコは素知らぬ顔だ。
「陛下とは、別の方向で検討している」
「なら、いいんですけど!」
と、オフィーリアは嫌みな口調だ。夫としては、針のむしろの上である。
「握手会って?」
さも、初めて聞いたかのように、マルコがオフィーリアに問う。
承知の上で、オフィーリアが話を合わせた。
「王都には、転生勇者親衛隊っていう、シレンさんのファンクラブがあってね。時々、イベントをやって、シレンさんにお客さんと握手をさせようとするんだけれど、シレンさん、いつもお腹が痛くなっちゃって握手なんかできないの。おとうさんが、そこの副親衛隊長」
「戦士団長なのに?」
「そう」
「だから、こないだ、戦士団員は、みんなシレンの大ファンだったって言っていたのか!」
「そうよ。ちなみに、親衛隊長は、セーブル王子」
「おい! それは機密事項だ」
と、ダンが声を荒げた。
「公然のね。王都の住人なら、誰でも知ってるわ」
ダンは、不機嫌に押し黙る。
まさか、自分がマルコとオフィーリアにすっかり騙されているとは思ってもいないのだろう。むしろ、マルコが、よくオフィーリアを騙しているぐらいに思っているかも知れない。
ダンも、オフィーリアも、おたがいにこの場で初めてマルコが親衛隊の実態を知ったという設定の演技をしている。
どちらも、実は、マルコとグルであると、相手にばれないためのアピールだ。
「王子さまは、なんで許嫁がいるのに、結婚しないの? 親同士が勝手に決めた相手だから、実は嫌いとか?」
王子がシレンに、どの程度本気であるかを知るのは、大事なことだ。
「全然違うわね。ただ、往生際が悪いだけよ」
「うむ。『かかあ天下は王家の伝統』という言葉があってな。セディーク一世がカチェリーナ王妃に頭が上がらないことを揶揄する言葉だが、王子は妻の尻に敷かれるのが怖いのだ」
「ふーん。ぼく、父親がいないから、よくわからないんだけれど、スラゼントス家は、かかあ天下なの?」
あははははは、と、オフィーリアは、過去最大級に楽しそうに笑った。
「家臣が、王家の伝統をないがしろにはできんからな」
ダンは、憮然として、苦しい言い訳をした。
59
マルコとダンは、防犯パトロールがてら、一緒に出勤した。
マルコはシレンの元へ、ダンは戦士団庁舎への出勤である。
家からしばらく離れた場所になってから、ダンが、満を持したように口にした。
「オフィーリアが、握手会はダメだと言い出したときには、肝を冷やしたぞ」
「握手は難しいかも知れないけれど、遠くから手を振るぐらいなら、大丈夫だと思うんだ。でも、握手でお腹が痛くなるような人が、武闘大会なんか出られるのかな?」
「そこは、マルコの説得にかかっているな。陛下も期待されている」
「まあ、頑張ってはみるけれど」
マルコは、シレンにどういう風に話をするべきか、一瞬思案した。
とはいっても、実際は出たとこ勝負だ。
どうしてもとなれば、最後の手段も、念のため、持ってきている。
「大会のやり方について、具体的に何か決まったの?」
「ルールは戦士団で武闘大会を行う際の通常ルールだ。尖った武器や、実際に切れる武器の使用は禁止。まいった、と自分から負けを認めるか、試合エリアの外に体がついたとき、または、審判が戦闘不能と判断したら負けだ。故意でなくとも、相手を死亡させてしまったら失格負けになる」
「シレン、死んじゃうかも知れないの?」
「刃物ではないとはいえ、当たり所が悪ければその可能性は常にある」
「そうか」
マルコは、自分の安易な提案が、シレンの身に危険を及ぼした事実に、今更ながら思い至った。
自分は、安全な場所から見ているだけだ。なんだか卑怯者みたいな気になってくる。
「マルコが転生勇者様を説得でき次第、第一回大会の開催を発表し、一か月程度かけて予選を実施して決勝トーナメントへの参加者を決める。その後、すぐに決勝戦だ。転生勇者様は、決勝トーナメントからの出場となる」
「随分、早いね」
「第一回大会は、転生勇者様と一緒に参加する形式の大会のPRみたいなものだからな。戦士団も出る武闘大会となれば一般からの参加者もそう多くはないだろうから、予選も難しくない。元々持っている自主大会のノウハウで実施できる。今まで、ミステリアスなイメージであった転生勇者様を、親しみやすい存在に変えるためのとっかかりだ。そういう意味では、大会よりも、サプライズで手を振ってくれるイベントのほうが、期待大だな」
「なるほど」
「王宮の橋の警備担当が、いつも笑わない転生勇者様にも、お茶目な一面があるのだと知って驚いていたぞ」
外出する際のハイタッチの件だろう。いつの間に、ダンまで報告が上がったのか。
「そっちが本当のシレンなんだ。今までは、慣れない異世界で緊張してただけ」
その晩、ダンが帰って来たのは、オフィーリアもマルコも寝静まった深夜だった。
けれども、何事もなかったかのように、翌朝は通常の時間に起きて出勤だ。
朝食の時、オフィーリアがダンに聞いた。
「夕べは大分遅くまで頑張っておられたようですけれど、王国始まって以来の緊急事態って、何だったんですの?」
「ん。親衛隊案件だ」
大したことではなかったという口調で、ダンが応える。
オフィーリアは、呆れたように息を吐いた。
「そんなことだろうと思いましたよ。王子には、そんな遊びばかりしていないで、お相手は決まっているのですから、早く身を固めるよう、おとうさんからも言ってくださいな」
昨日、マルコとの間で交わしたやりとりの繰り返しだ。
今初めて聞いたのであれば、当然、言うであろう内容を、再度言っている。
マルコは、吹き出してしまわないように努力した。
王子をたしなめるように言われたダンは、曖昧に笑うしかない。
「それで今回は何だったのですか?」
「陛下がまた、大規模なイベントを開催したいと仰ってな、その打ち合わせだ」
「またですか!」
オフィーリアは、怒ったように声を上げた。
「シレンさんの握手会は無理ですよ。また、おなかが痛くなったら可哀想です」
オフィーリアがぐさりと釘を刺した。
ゲホ、と、ダンがむせた。
咳き込みながら、ちらりとマルコを見る。
一瞬、マルコがオフィーリアに何か話したのではないかと疑ったのだろう。
いや、そのとおりなのだけど。
けれども、マルコは素知らぬ顔だ。
「陛下とは、別の方向で検討している」
「なら、いいんですけど!」
と、オフィーリアは嫌みな口調だ。夫としては、針のむしろの上である。
「握手会って?」
さも、初めて聞いたかのように、マルコがオフィーリアに問う。
承知の上で、オフィーリアが話を合わせた。
「王都には、転生勇者親衛隊っていう、シレンさんのファンクラブがあってね。時々、イベントをやって、シレンさんにお客さんと握手をさせようとするんだけれど、シレンさん、いつもお腹が痛くなっちゃって握手なんかできないの。おとうさんが、そこの副親衛隊長」
「戦士団長なのに?」
「そう」
「だから、こないだ、戦士団員は、みんなシレンの大ファンだったって言っていたのか!」
「そうよ。ちなみに、親衛隊長は、セーブル王子」
「おい! それは機密事項だ」
と、ダンが声を荒げた。
「公然のね。王都の住人なら、誰でも知ってるわ」
ダンは、不機嫌に押し黙る。
まさか、自分がマルコとオフィーリアにすっかり騙されているとは思ってもいないのだろう。むしろ、マルコが、よくオフィーリアを騙しているぐらいに思っているかも知れない。
ダンも、オフィーリアも、おたがいにこの場で初めてマルコが親衛隊の実態を知ったという設定の演技をしている。
どちらも、実は、マルコとグルであると、相手にばれないためのアピールだ。
「王子さまは、なんで許嫁がいるのに、結婚しないの? 親同士が勝手に決めた相手だから、実は嫌いとか?」
王子がシレンに、どの程度本気であるかを知るのは、大事なことだ。
「全然違うわね。ただ、往生際が悪いだけよ」
「うむ。『かかあ天下は王家の伝統』という言葉があってな。セディーク一世がカチェリーナ王妃に頭が上がらないことを揶揄する言葉だが、王子は妻の尻に敷かれるのが怖いのだ」
「ふーん。ぼく、父親がいないから、よくわからないんだけれど、スラゼントス家は、かかあ天下なの?」
あははははは、と、オフィーリアは、過去最大級に楽しそうに笑った。
「家臣が、王家の伝統をないがしろにはできんからな」
ダンは、憮然として、苦しい言い訳をした。
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マルコとダンは、防犯パトロールがてら、一緒に出勤した。
マルコはシレンの元へ、ダンは戦士団庁舎への出勤である。
家からしばらく離れた場所になってから、ダンが、満を持したように口にした。
「オフィーリアが、握手会はダメだと言い出したときには、肝を冷やしたぞ」
「握手は難しいかも知れないけれど、遠くから手を振るぐらいなら、大丈夫だと思うんだ。でも、握手でお腹が痛くなるような人が、武闘大会なんか出られるのかな?」
「そこは、マルコの説得にかかっているな。陛下も期待されている」
「まあ、頑張ってはみるけれど」
マルコは、シレンにどういう風に話をするべきか、一瞬思案した。
とはいっても、実際は出たとこ勝負だ。
どうしてもとなれば、最後の手段も、念のため、持ってきている。
「大会のやり方について、具体的に何か決まったの?」
「ルールは戦士団で武闘大会を行う際の通常ルールだ。尖った武器や、実際に切れる武器の使用は禁止。まいった、と自分から負けを認めるか、試合エリアの外に体がついたとき、または、審判が戦闘不能と判断したら負けだ。故意でなくとも、相手を死亡させてしまったら失格負けになる」
「シレン、死んじゃうかも知れないの?」
「刃物ではないとはいえ、当たり所が悪ければその可能性は常にある」
「そうか」
マルコは、自分の安易な提案が、シレンの身に危険を及ぼした事実に、今更ながら思い至った。
自分は、安全な場所から見ているだけだ。なんだか卑怯者みたいな気になってくる。
「マルコが転生勇者様を説得でき次第、第一回大会の開催を発表し、一か月程度かけて予選を実施して決勝トーナメントへの参加者を決める。その後、すぐに決勝戦だ。転生勇者様は、決勝トーナメントからの出場となる」
「随分、早いね」
「第一回大会は、転生勇者様と一緒に参加する形式の大会のPRみたいなものだからな。戦士団も出る武闘大会となれば一般からの参加者もそう多くはないだろうから、予選も難しくない。元々持っている自主大会のノウハウで実施できる。今まで、ミステリアスなイメージであった転生勇者様を、親しみやすい存在に変えるためのとっかかりだ。そういう意味では、大会よりも、サプライズで手を振ってくれるイベントのほうが、期待大だな」
「なるほど」
「王宮の橋の警備担当が、いつも笑わない転生勇者様にも、お茶目な一面があるのだと知って驚いていたぞ」
外出する際のハイタッチの件だろう。いつの間に、ダンまで報告が上がったのか。
「そっちが本当のシレンなんだ。今までは、慣れない異世界で緊張してただけ」
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