てんくろ。ー転生勇者の黒歴史ー

仁渓

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第一回転生勇者シレン杯決勝リーグ参加者決定(62~63)

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               62
 ダンとマルコが家を出てから五分後に、オフィーリアも家を出た。
 王宮に住む王妃カチェリーナに会うためだ。
 ダンは、通常、戦士団庁舎へ、まっすぐは向かわず、小一時間かけて一般市民の居住エリアをパトロールしてから出勤する。
 したがって、家を出た時間はオフィーリアのほうが遅くとも、到着はオフィーリアが先になるはずだ。
 王妃の元を訪問するには、いささか早すぎる時間帯ではあったが、陛下の動きに対して、出遅れるわけにいかない。
 カチェリーナの部屋の扉をノックする。
 昼夜を問わず、勤務をしているカチェリーナ付きの侍女が、すぐに内側から、わずかに扉を開けた。
 王妃が、まだ姫であった頃には、部屋の前の廊下には、常に自分か部下の誰かが警護に立っていた。女戦士隊の役割だ。
 今はいない。
 オフィーリアは、一抹の寂しさを感じた。
 王妃は、さすがに起きてはいるだろうが、まだ身支度が整っている時間ではないだろう。
「王妃様に緊急にお伝えしなければならない案件です」
 オフィーリアは、侍女に囁いた。
「内容は、あなたにはお話しできないわ」
「ご都合を確認してきます」
 侍女は、オフィーリアが口にした『緊急の案件』という言葉に驚いたのか、青い顔をして、「少しお待ちを」と、王妃の元へ去って行った。
 早朝からオフィーリアが尋ねてきたのだ。『緊急』であるのに決まっている。
『緊急の案件』などという言葉を使った自分は、『王国始まって以来の危機』という言葉を使ったセーブルと同じだと、オフィーリアは苦笑した。
 確かに、どちらも同じ案件なのだけど。
 はたして、侍女は、オフィーリアを、さほど待たせることなく、すぐに戻ってきた。
「王妃様がお会いになります」と、オフィーリアを中へ通す。
 カチェリーナは、鏡台の前に、鏡に顔を映して座っていた。
 長い黒髪が、ぼさぼさだ。
 鏡の中の顔が、鏡越しに、オフィーリアを睨んでいる。
「はっえーよ」とカチェリーナは文句を言った。
 まだ、夜着だ。
 パンツははいているが、胸に肌着は身に付けず、薄い布地のガウンをまとっている。
 裸体が透けて見えていた。
「いい歳して、あんた、まだそんなの着てるの!」
 オフィーリアは、驚きの声を上げた。
「悩殺してやる」と、カチェリーナは立ち上がり、オフィーリアを振り向くと、しなを作ってみせた。
「四十過ぎたババアが何言ってるの。腹、でてるわよ」
「でてねーわ! あんたの方こそ自信ないんでしょ。若い頃は、ビキニまがいの鎧を着て歩いてたくせに、今じゃ、そんな魔女みたいな服着ちゃってさ」
 オフィーリアは、絶対に認めたくないが、確かにカチェリーナに勝つ自信はない。
 それこそ、どういう魔法か、カチェリーナは、まだ二十代でも見た目は何とか通用する。
 中身は、ババアだけど。
 突然、バチバチと散った火花に、侍女は、おろおろするばかりだ。
 オフィーリアとカチェリーナは、顔を見合わせて、睨みあった。
 二人は、突然、大笑いをした。険悪な空気は微塵もなくなる。
「こんな早くから、何の話だ?」
 カチェリーナは、がさつにふんぞり返るように椅子に座り、オフィーリアも座るよう手で促した。
 侍女へは、部屋の外で控えているように指示を出す。
 二人きりになった。
「夕べ、セーブルちゃんが査問会を召集したんだけど、あんた呼ばれた?」
「またか!」
 呆れたような声を出して、カチェリーナは、ぼりぼりと尻を搔いた。
 知らないのだから、もちろん呼ばれているわけがない。
「うちのマルコちゃんが引っ張られたの」
「うちのマルコちゃん? いつの間に三人目をつくってたんだ?」
 あまり面白くない冗談だ。
「お友だちの子を預かってるだけよ。シレンさんのマネージャーをしてもらってる」
「ああ」
 納得したように、カチェリーナは不機嫌な声を上げた。
「セーブルには、きつく言っておく。だが、多分、効き目はないぞ。おまえ以外じゃ転生勇者様担当は無理だ」
 シレンが転生し、王都クスリナにやってきた当時、オフィーリアはシレンのマネージャーではまったくなかった。
 だが、どういうわけか、セーブルが転生勇者様に熱を上げ、有形無形の圧力をシレン担当の人間にかけるようになったため、やむなくセディークにもカチェリーナにも睨みが利くオフィーリアが役割を担うようになって、今に至っていた。
「ちっがうのよ。やりこめられたのは、セーブルちゃんとセディークのほう」
「マジで!」
 カチェリーナは、目を見開いた。
「すっげーな。そいつ」
「そのお話は、今でも続いているんだけれど、あんた、セディークが目を白黒させるところを見たくない? 見たいなら、一枚、噛みなさい」
「噛む。詳しく聞かせろ」
 オフィーリアは、マルコから聞いた査問会の様子をカチェリーナに話して聞かせた。
 おばちゃん目線で、特有のアレンジが入っている。要するに盛っていた。
「そりゃ、セディークは約束をひっくり返そうとするだろうな」
「でしょ。だから、わたしとあんたで出て行くの」
「いいね。面白い」
「くれぐれもセディークを叱っちゃ駄目よ。条件不履行とか言いだしそうだから」
「ああ、きっと言うな。わかった」
「今頃、マルコさんも、シレンさんにお話をしている頃だと思うのよ。その後、セディークの元に報告に行くでしょうから、その時が出番よ」
 カチェリーナは、にひひ、と笑った。
「なに?」
「いいことを思いついたぞ。武闘大会には、セーブルも出ると言っているのだろう?」
「みたいね」
「一般枠に隠し球を忍ばせよう。シャン帝国に手紙を出す」
 シャン帝国と聞いて、手紙の相手先について、オフィーリアには想像がついた。
 ニヤリとする。
「なるほど。セーブルちゃんに、お灸を据えるのね」

               63
 ダンとマルコは、王宮にある国王の『謁見の間』にいた。
『謁見の間』は、セディークの普段使いの執務室ではない。
 何かの大会で優秀な成績を収めた国民の表敬訪問であるとか、有力な商人による国王への陳情のように、国王が呼ぶのではなく、国王への拝謁を希望する者と会う場合に、セディークが使用する部屋である。
 勲章や褒美を下賜する場合などにも使われる。
 もちろん、国王への拝謁を希望すれば誰でも会えるというわけではなく、しかるべき身辺調査をすませた上での吟味の結果、内容によって拝謁が許可されるという段取りだ。
 普段、質素を旨としているセディークであったが、こと『謁見の間』にだけ関して言えば、相手へ威厳を示すために、内装も調度品も、贅をこらした造りとなっている。
 万が一、相手の真意が、国王に害をなすことであった場合を想定し、『謁見の間』の四方には分厚い垂れ幕が下げられ、幕の背後に護衛の戦士を潜ませておけるようになっている。
 垂れ幕には、金糸銀糸をふんだんに使用した、豪華な刺繍が施されていた。
 現在も垂れ幕の背後には、国王を護衛するための選りすぐりの腕利き戦士たちが控えている。
 マルコを伴い国王に会いたい、という打診をダンがした際、場所を『謁見の間』に指定された事実に、正直、ダンは、少し驚いた。
 今回、セディークがマルコからの報告を聞く場として、『謁見の間』を選択したのは、もちろん、マルコによる暗殺を畏れているわけではなく、相手を自分の土俵に呼び込むことで、マルコに対して、心理的な優位に立とうという意思の表れだろう。
 ダン・スラゼントスは、セディークの真意をそのように推察した。
 昨夜の交渉で、マルコにやり込められた事実が、よほど悔しかったと思われる。
 警戒の表れだ。
 逆に言えば、セディーク一世のマルコへの評価は、それだけ高いということである。
 ただの村人Aなのに。
 ダンとマルコは、『謁見の間』で、しばらく待たされた。
 王座と、王座の横にある王妃の座には誰もいない。
 ダンが訪れ、セディークが待たせるという事態は、そうあることではない。
 緊急事態であればあるほど、むしろダンは、すぐに召集を受ける身であったし、現在のところ、セディークが多忙を極めるほどの何かは起きていない。
 起きていれば、王国と王都の安全を一手に担うダンが、知らないわけもない。
 また、緊急の事態が何もないからこそ、『転生勇者様と武闘大会』などという、娯楽に力を避けるのだ。
「国民に職と夢を与えるのが、国王の仕事だ」とは、セディーク一世の弁である。
 だとすると、セディークが、ダンとマルコを待たせているのは、あえて・・・である。
 あえて・・・待たせて、相手を焦らしたり、立場の差を分からせたりする。
 マルコに対して、心理的な優位に立つための、さらなる戦略だ。
 ダンは、そのように承知したが、はたして、マルコに通じたものか。
 ダンは、戦士団庁舎に入るやいなや、部下から、ダンが来庁するよりも早く、既にオフィーリアが王妃の元を訪れた事実を報告されている。
 家で、そのような話はしていなかった。
 嫌な予感しかしない。
 当のマルコは、物珍しそうに『謁見の間』内を見回し、うろうろしては、高そうな調度品の数々を眺めている。
 やがて、玉座の背後の垂れ幕の陰から、先触れの戦士が出てきて、声を張り上げた。
 普段、ペペロが着ているような、実践的な鎧ではない。
 華美な装飾が施された、儀礼用の装飾鎧だ。見た目で相手を威圧するものである。
「セディーク一世陛下のおなりです」
 ダンは、玉座の前方、離れた位置で、片膝をついて頭を下げた。
 マルコにも、真似をするように指示を出す。
 慌てたように、マルコはダンの脇に走ってくると、ダン同様に、片膝をついて、頭を下げた。部屋に入ってくる国王の姿を目にする行為は、失礼に当たる。
『謁見の間』に、セディーク一世が入ってきた。
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