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抱き締めても良いですか?
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「いてーな、マジで……」
「申し訳ありません」
「お前、本当に今日はどうしたんだよ。むちゃくちゃ手を握り締めてくるし、首絞めてくるし、観覧車で暴走するし」
打った額がじんじんしている。愛歩が真澄を横抱きにして観覧車から降りるのを見ていた浩介は、何を思ったか俺を抱え上げた。俺も浩介も長身だ。一人通るだけでも狭かったのに、抱きかかえてなんて出られない。当然のように額を打ち付けた。
観覧車は緊急停止させてしまうし、俺は痛みで暫く動けなかったし。遊園地のスタッフに怒られるという恥ずかしさ。
管理室からようやく解放され、無駄に過ごしてしまった時間が過ぎていく。そろそろデートの時間は終わるだろう。真澄と愛歩を迎えに行かなければならないが。
「理由を言え」
「申し訳ありません、知識が足りず……」
「知識?」
「次こそは」
何のことなのか、俺の手を握り締め歩き出す。もらった氷を額に当てながら浩介を止めた。
「そろそろデートの終わりの時間だろう? 真澄君が倒れたら意味がないぞ」
「……もう、そんな時間ですか?」
「説教くらってる間に過ぎてるよ」
腕時計を確認した浩介は、踵を返すと駐車場の方へ向かっている。繋がったままの手を引かれ歩いた。
結局、浩介は何がしたかったのだろう。待っていた真澄と愛歩が、額を冷やしている俺を見て笑っている。
「豪快にぶつけてましたね」
「慎二さん、大丈夫?」
「もう、訳がわかんねぇよ……」
「お待たせしました。ホテルまでお送りします」
また俺を助手席に押し込み、真澄のためにドアを開けてやっている。乗りこんだ真澄と愛歩は溜息をつく俺に笑ってばかりだ。浩介は淡々と運転している。
「今日の秘書さん、面白すぎなんですけど」
「もう、何がなんだか。額、腫れてない?」
「少し膨らんでる。青痣になりそう」
「今度やったら股間蹴り飛ばすからな」
運転している浩介の肩を軽く小突いたけれど、黙々と運転している。無口になってしまった浩介。
「浩介さん、大丈夫? 風邪がぶり返してない?」
「……いえ、大丈夫です」
どんよりしている雰囲気が俺にも、真澄達にも伝わっている。赤信号で止まった時、浩介の頭を叩いた。
「お前、二人のデートを台無しにするなよ? 二人を送ったら、ちゃんと聞くから」
俺の言葉に顔を上げている。振り返り、真澄達に向かって頭を下げている。
「申し訳ありません。私としたことが」
「僕達は大丈夫だから」
「てか、きついなら運転手さんでも良かったのに」
「いえ。桃ノ木様からぼっちゃんを託されているのです。私が責任を持ってお送りします」
いつもの秘書面に戻った浩介は、安全運転で走らせている。向かっている先は、この辺では高級なホテルだった。車が入っていくとスタッフが出迎えに来ている。駐車した浩介は後部座席のドアを開けた。
「さ、どうぞ」
「ありがとう、浩介さん」
「どうもです」
二人が降りるのを待っていた俺は、スタッフに開けられた助手席のドアに断りを入れた。
「いえ、俺達は帰るので……」
「行きましょう」
「は?」
「さ、早く」
浩介に腕を引っ張られ降ろされた。そのまま連れて行かれる。真澄達も後ろをついてくる。ホテルのカウンターに向かった浩介は、二部屋分のチェックインを済ませている。
待っていた俺達のところへ戻ってきた浩介は、一部屋分のカードキーを愛歩に渡している。
「夕飯はレストランでもルームサービスでもお好きな物をどうぞ。桃ノ木様が支払って下さいます」
「了解です。行こう、真澄さん」
「うん。浩介さん、慎二さん、お休みなさい」
「ああ、お休み」
二人に手を振り見送った後、浩介を睨んだ。
「で? 何、これ」
「桃ノ木様のご配慮です。先日のお詫びに、と」
「まあ、それは良い。あのさ、やっぱり俺、仕事が終わってから来ても良かったんじゃないか?」
「私は……」
言いかけた浩介は口を噤んでしまった。真澄達がエレベーターで上がったのを見届けて、筋肉逞しい腕を掴んで歩いて行く。
「とりあえず、部屋で話そう」
「はい」
浩介が受け取ったルームキーは最上階のスイートルームのものだった。おそらく真澄達もそうなのだろう。広い部屋に入ると、大きな窓ガラスから夜景が飛び込んでくる。明かりを点けるのがもったいないほど、ネオンの瞬きは綺麗だった。
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