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妖艶幽玄小巻
3-2
しおりを挟む「力使った後の真ちゃんって、すっごい熱込めてるからなかなか終わらないんだよ。夜が明けちまって、ようやっと終わったんだ」
「……ほう。清次郎でもそこまでいかぬぞ」
「おっかなびっくりだったけど、真ちゃんが手慣れてたし、あたしを女として扱ってくれた。まあ、子供ができないよう、全部外に出しちゃったのが寂しかったんだけどね」
作ってくれても良かったのに。終わった後にそう言えば。好いてもいない男の子は、その子供も傷付けるからできないと言われた。
それに、あの時は知らなかったけれど、松田の家系は身分が高い。それを嫌っていた彼は、自分の子を作ることを拒んでいた。家の者が嗅ぎ付け、引き取ると言われたくなかったからだ。
「それから霊媒師の真ちゃんについて回ったんだ。で、あたしも霊が見えるって言ったら、ちょうど封印の珠の後継者を探してる霊媒師が居るってんで、その人に就くことになったんだ」
「霊媒師になれば、松田の側に居られるから、だの?」
「そう! あたし頑張ったんだよ! 絶対真ちゃんの子供作ってもらうんだって!」
「なんなら俺との子供、作っちまうかい?」
わしっと、胸が持ち上がる。後ろから両手で持ち上げた喜一の冷たい手に、キッと顔を上げた。
振り向き様、頬を張ってやる。パンッと小気味よい音が鳴る。
「いってぇ!」
「触ってんじゃないよ!」
「ちょっとくらい触らせてくれよ!」
「他をあたんな!」
怒鳴って追い返す。張られた頬をさすりながら、紫藤の隣にドサリと座っている。にじり寄り、お尻を触ろうと左手が伸びていく。
気付いた紫藤があたしの隣に貼り付いた。
「お主も懲りぬの」
「性分さね。綺麗なもんには吸い寄せられちまう」
「私に触れて良いのは清次郎だけぞ」
「その清次郎の旦那、娘達に押し倒されてるぜ?」
喜一が親指で後ろを指し示す。見れば酔った娘達が、酒を運んでいた清次郎に覆い被さっていた。もがいている足がこちらに向いている。
「……な、な、何をしておるお主等!? 清次郎はならぬと何度申せば分かるのだ!!」
慌てた紫藤が娘達を押し退け、倒れている清次郎に覆い被さった。
「清次郎は私の清次郎ぞ! 誰も触れてはならぬ!!」
「し、紫藤様……! 息が苦しゅうございます……!」
「お主もお主だ! 易々と押し倒されるでないぞ!!」
清次郎を抱き締める紫藤に、娘達が笑いながら覆い被さっていく。
「紫藤様可愛い~!」
「清次郎様も~」
すっかり酔っている娘達は、二人に覆い被さって騒いでいる。そのすぐ横では、松田の膝に無理矢理座らされた七乃助が何とか抜け出そうともがいていた。
「騒がしいね~」
「俺っちには誰も構ってくれないさね。寂しいこった」
肩を竦めた喜一は、酒を豪快に煽っている。さすがに松田の影だけはある。酒の飲みっぷりは良かった。
その顔をまじまじと見つめた。視線に気付いた喜一がニヤリと嫌らしく笑っている。背筋に悪寒が走るほど、その顔は不気味だった。
「触っても良いさね?」
「駄目だって言ってんだろ。あんたが良い男だってのは認めるけどね」
「お、こいつぁ~脈ありってことかい?」
ますます嫌らしく笑った喜一に、溜息をついてみせた。
「ま、あんたも色々あるんだろうけどね」
「なんだい、そりゃ」
「気が付きゃ誰もあんたを見ちゃいない。嫌われちまうように仕向けて、誰も見てない中、あんたは皆を観察するように見てる。悲しい性だね。その癖、治らないのかい?」
「……こりゃまいったね」
ペシッと自分のおでこを叩いて見せた喜一は、ニヤニヤ笑っていた顔を緩めた。あたしの杯に酒を注いでいる。
「姉さんには適わないさね」
「あんたの方が上じゃないか」
「でも、姉さんの方が大人さね」
手酌で酒を注いだ喜一は、ぐいっと飲み干している。
いつも酔っぱらった振りをしているけれど、彼が本気で酔った姿を見たことがない。底なしだとあたしは思っている。
酒に弱い自分を演出し、気を緩めた相手から情報を得る。それもまた、影の性なのだろう。なかなか抜けない習性だった。
「ま、良いさね。観察眼は磨いといて損は無し、ってね」
「あんた、三郎のことはどう思ってんだい?」
また自分で注ごうとしたので、あたしが注いでやった。素直に受け取りながら笑っている。
「可愛いさね」
「それだけかい?」
「……さてね」
はぐらかすように微笑み、ぐいっと煽っている。この早さで飲んで、潰れない彼は松田以上の酒豪だ。飲み干された杯に注ぎながら、あたしも自分の杯を煽った。
三郎は喜一に惚れている。女の勘だ。三郎を弟分のように可愛がっているあたしとしては、喜一とくっ付いてくれたら、と思っているけれど。
喜一の表情は読み難い。何を考えているのか分からないため、三郎のことをどう思っているのかなかなか聞き出せないでいた。
「惚れちまいなよ。良い子だよ」
「良い子だね~」
「はぐらかすんじゃないよ」
「まあまあ。さ、もう一杯」
やはり心の底は見せてくれないらしい。注がれた酒を煽りながら、涼しい顔をしている喜一をじろりと睨んでおいた。肩を竦めて交わした喜一は、手酌で注ぎながら飲み続けている。
喜一が飲み続けていることで、身近に置いていた酒が無くなって来た。取ってこようと腰を浮かし掛けた時だった。側に人が寄ってくる。顔を向けて見上げれば、太助が盆に酒を乗せている。
「……ど、どうぞ!」
「あら、気が利くじゃないか」
「つ、注ぎます!」
「ありがとう」
「い、いえ!」
頬を染めた太助に酒を注がれる。ずいっと出された喜一の杯にも注いだ。
「あんたも飲みな」
「で、では……」
小刻みに震えながら杯を手にしている。注いでやれば、じっと見つめ、一気に飲み干した。
健康的に焼けていた肌が赤味を帯びていく。フラリ、フラリ、と揺れ始めた。
「……あんた、酒弱いんだね」
「そ、その様な事はありませぬ……!」
強きな瞳が見上げてくる。お銚子を振って見せれば、杯を差し出している。二杯目を注げば、それも一気に煽った。
赤味が増した。正座していた体が揺れている。
喜一が見かねて手を伸ばし掛けた時、その頬が後ろから掴み取られた。スルリと、柔らかな動きで喜一の首に抱き付いているのは三郎だった。
「……喜一様ぁ~」
甘えた声を出し、喜一の背中にすり寄った三郎は、そのまま頬を吸い始めている。
「……ん……相変わらず……冷たい肌です……」
自分の頬を押し付け、喜一の耳たぶを甘く噛んでいる。歳を経た三郎は、ますます色香が上がっている。女のあたしよりも、男を惹き寄せる何かを持っている。
そのため短い丈の着物は止めて、普通の着物にしているというのに。その裾はずいぶんはだけている。白い足が見え、女でも色っぽいと思ってしまうほど良い肌をしている。
陰間特有の色香を出しながら、喜一の頬を何度も吸った。
「……こりゃ相当酔ってるさね。誰だい、三郎ちゃんに色香を添えたのは」
「は~い!」
「だって可愛いんですもの~!」
紫藤と清次郎を押し倒していた娘達が一斉に手を挙げている。つまり、皆で三郎に注ぎ回ったのだろう。
三郎もそれほど強い方ではない。嗜む程度だった。すっかり酔いの回った三郎は、喜一の着物を脱がせ始めている。出てきた張りのある肩にも吸い付いた。
「……ねぇ~喜一様ぁ~僕……体が熱いですぅ~~」
「そりゃ酒のせいさね」
「喜一様は~冷たくて気持ち良い~」
スルリスルリと喜一の胸を撫でている。そっと隣を見てみれば、太助が呆然と二人を見つめていた。
お構いなしに三郎が仕掛けていく。肩から脱がせた喜一の着物を引っ張り、胡座をかいていた彼の膝にしなだれるように座っている。喜一の膝から飛び出した三郎の白い足が交差し、すり合わせられると、まるで陰間茶屋に来たようだった。
艶やかな黒髪を揺らし、色香をふんだんに醸し出した三郎は、喜一の胸に指を当て、クルクルと円を描いている。
「……ねぇ、喜一様……?」
「……やれやれってね」
瞼を閉じた三郎は、喜一の唇に自分の熱い唇を重ねている。仕掛ける三郎に身を任せ、腰を抱いてやった喜一もやり返している。
「……ん……んぅん……はぁ……ふふ、熱い」
「そりゃこっちの言葉さね」
「ん……喜一様……」
愛しげに喜一の名を呼んだ三郎。彼を膝に抱いた喜一の目が、一瞬だけ、柔らかくなったような気がして。
確かめるように見たあたしを見上げた時には、いつもの嫌らしい目になっていた。ニヤリと笑っている。なかなか素顔を見せてはくれなかった。
「三郎ちゃんのたっての願いなんで、ちょいと遊んでくるさね」
「あんま無茶するんじゃないよ?」
「そりゃ旦那にも言っといておくれ」
三郎を抱き上げた喜一が部屋を出ていく。部屋の隅では七乃助が酸欠を起こしたようにぐったりしていた。何をしていたのだろう。
紫藤と清次郎は娘達にもみくちゃにされているし、酒飲みの相手が居なくなったあたしは、騒がしい部屋の中でお銚子を手にした。
「お、俺が……お注ぎします!」
「いいよ。手が震えてるし、零しちゃもったいないからね」
「い、いいえ! そのために……ひっく……き、来たのですから」
杯二杯で酔いの回った太助が、手を震わせながら酒を注いでくれる。気付けば彼と二人になっていた。もう少し彼が飲める男であれば良かったのに。
まあ良いかと、注いでもらいながら静かな酒を楽しんだ。時折瞼がくっつきそうになっている太助は、それでも正座を崩さない。
若い男だ、そう、思って観察した。顔立ちはやや鋭くできているけれど、松田のようにがっしりはしていない。
あたしの体に興味があるのだろう。胸を見たり、下を見たり、視線が絡まってくる。
「……そんなに珍しいかい?」
聞けばハッとしたように俯いた。
「も、申し訳ありません! 不愉快な思いをさせてしまい……!」
「別に良いけど」
「あまりに神秘的な方だと思うたもので……!」
頭を下げた彼の後頭部を見つめた。
神秘的?
あたしが?
どの辺が?
「……蘭々に比べりゃ、あたしなんてただの女だよ」
「そ、その様なことはありません! 女の身でありながら、男の身も宿していらっしゃるなんて……! きっと仏様が選ばれた尊いお方なのです!」
「あはは! そんな大層なもんじゃないよ! 間違って産まれちまっただけさ」
「いいえ! 桂様は選ばれたお方なのです!」
興奮のためか、酒のためか、太助の顔は真っ赤だった。潤んだ瞳が見上げている。
「その様なお方を想うなどと、身分違いはよう分かっております!」
「……想う? あたしをかい?」
「お慕いしております!!」
叫んだ太助に、騒いでいた後ろが静かになった。紫藤と清次郎をもみくちゃにしていた娘達も振り返る。松田が力を抜いたことで七乃助も這い出てきた。
皆が見守る中で、太助はなおも叫んだ。
「初めてお会いした時からずっと……ずっと……忘れられず……! 想うておりました……!」
「ちょ、ちょっと……声大きいいよ」
「紫藤様をお支えしていた凛としたお姿も……! 笑われた時の愛らしいお顔も……! 恋い焦がれ……胸がくるしゅうて……! 夫婦になりたいほどに……!!」
しんっとしていた部屋の中で、太助の声は良く響いた。彼はなおも訴えてくる。じりじりと距離と詰めながら。
「俺の事を想うておられぬこと、重々承知しております! なれどこの想いをどうすれば良いのか分からぬのです! 初めてこれほど焦がれました! 触れたいと思うたのです……!!」
「ちょ……ちょっと……寄ってくんじゃないよ」
「俺は……俺はどうすれば良いのでしょうか!? 諦めねばと思えば思うほど、会いとうてたまりませんでした! ようやくこうしてお会いでき、俺は……俺は……!!」
叫んだ太助がぐらりと倒れていく。派手な音を立てて倒れ込んでしまった。そっと顔を覗き込めば、そのまま瞼を閉じてしまっている。
「……ちょっとあんた」
肩を揺さぶっても目を開けない。杯二杯で潰れてしまった。かってに言うだけ言って、潰れてしまうなんて。
「……熱い告白だの、美祢」
紫藤が胸に清次郎を抱きながら声を掛けてくる。太助から逃げるように仰け反っていた体を戻した。
「あたしじゃないよ」
「お主の体を知った上での告白だ。考えてやれ」
「……あたしの好みじゃないんだよ」
がっしりとした、男らしい男が好きだ。太助は細いし、少し頼りない感じがする。
腕っ節も、人としても、もちろん酒も。
強くて、どんなことがあっても守ってくれるような男が良い。杯二杯で倒れてしまうような男は願い下げだ。
そう、思うのに。
泥酔している太助の頭を持ち上げる。崩した膝に頭を乗せてやった。
「ま、想いの強さはありがたいさね」
眠っている顔を撫でてやる。紫藤が隣に座ると顔を覗き込んできた。
「美祢が幸せになるのなら、私は応援するぞ!」
「……さあね、まだ分かんないよ」
「だが、笑っておる」
あたしの頬を撫でた紫藤は、自分も嬉しそうに笑っている。
笑い合ったあたし達は、情けなく眠る太助を見て、また笑った。
そっと後ろを振り返れば、松田があたしを見つめていた。目が合うと、出会った時のように優しい目で笑ってくれる。
その腕には、七乃助を抱いて。
届かなかった人は、静かに瞼を閉じた。
あたしも前を向いた。
「……年下ねぇ~」
ポンポンと太助の額を叩いてやる。泥酔した太助は、ピクリとも動かない。
と思えば寒そうにくしゃみをした。むずむずするのか鼻を擦っている。
情けないその姿に噴き出しながらも、酒で熱くなった頬に両手で触れた。
伸びてしまった太助の重みが、なんとも心地良い。
そう、思っている自分も確かに居て。
「……ねぇ、蘭々」
「何だ?」
「もしもの話だよ」
「うむ」
眠る太助の頬を撫でながら、紫藤の顔を見つめた。
「もしもだよ? あたしがさ、こいつと夫婦になって、子供ができたらさ。あんた、抱き上げてくれるかい?」
「……私が!?」
「何だい、そんなに驚くことかい?」
「……いや……その……なんだ……」
言い淀む紫藤の隣に清次郎が並んでいる。紫藤の顔を覗き込んだ清次郎は、ポンッと自分の膝を打っている。
「もしや、赤子を抱いたことがないので?」
「……うむ」
「そうなのかい! じゃ、是が非でもあんたに抱いてもらわなきゃね!」
笑ったあたしに慌てている。清次郎の袖に掴まった紫藤は、白い頬を仄かに赤く染めた。
「わ、私などが抱いても良いのかの?」
「蘭々に抱いて欲しいんだよ」
「しかし……赤子が泣かぬかの?」
「泣かないよ。嬉しいに決まってる!」
太助の額をペシッと叩いて、紫藤の頭を撫でてやった。
「あんたが大好きになるよ。きっとだ」
「……それは嬉しいの!」
「ま、もしもの話だけどね」
真っ赤な顔の太助を見ながら将来の事を考えてみる。
もしも太助と夫婦になれば。
この村に住んで、太助の子供を産んで。
紫藤と清次郎という友に囲まれて過ごす穏やかな日々も良いかもしれない。
少なくとも。
太助はあたしの体のことを知っている。
知った上で好きだと言ってくれた。
その想いの強さは良く分かったから。
「……鍛えてみようかね」
「鍛える?」
「あたしは腕っ節の強い男が好きなんだよ」
「ならば俺が鍛えましょう。そうすれば村の守り手にもなりますし」
「お、それは良いね! 頼んだよ、清ちゃん!」
しっかりと頷いた清次郎を見つめ、また、太助を見つめた。
何も知らずに眠りこけている情けない男の鼻を摘むと揺すってやる。
「あたし好みになってみせな。そうしたら考えてやるよ」
ふがっと喉を鳴らした太助に笑いながら、ツルリとしているおでこを撫でてやった。
気を使うように清次郎が紫藤を連れて離れていく。背後ではまた、娘達の黄色い歓声が飛び交い、七乃助の怒鳴る声がそれに重なった。
騒がしい後ろの声を聞きながら、屈み込むと太助の額に一つ、口付ける。
「惚れさせてみせな……」
笑いながら囁いた声は、周りの声に溶け込んだ。
巻ノ三 完
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