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ライバルは最強兄ちゃん
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大学で鈴子と別れ、純の車で送ってもらった。バイト先である玩具店に入った僕は、制服に着替えて売場に出たのだけれど。そこに素喜君の姿は無かった。
店内がざわざわしている。先に店内に居た純が、やられた、と言いながら肩を竦めた。
「素喜君を連れて帰ったってさ」
「……まさか」
「あいつ、どうあってもお前達を認めないみたいだな」
若い奥様達が、僕が売場に出たことでヒソヒソ囁きながら見つめてくる。唇を噛み締めながら、物陰に隠れた。
バイト中の素喜君を連れて帰るとは思わなかった。大介だって仕事をしている身だ。店に迷惑が掛かると分かっているだろうに。
両手の拳に力が入る。肩が震える僕に、純が宥めるように背中を撫でてくれた。
「榎本君?」
必死に気持ちを抑えていた僕を捜していた店長が顔を覗かせた。彼も困ったように眉根を寄せている。お客さんに聞こえないよう、小声になった彼は、僕の肩をポンッと叩いた。
「山本君、バイト辞めたよ」
「……え!?」
「これ以上、迷惑は掛けられないからって……。僕としては、続けて欲しかったんだけど……お兄さんがあれではね」
店長に詳しく話を聞けば、大介が店に入ってきたのを確認した素喜君は、すぐに雰囲気で察したらしい。兄が自分を連れに来たことを。店で暴れる前に店長へ辞めると言いに来たそうだ。
「素喜君が大人しく従ってくれたおかげで、混乱にはならなかったけど……その様子だと、そっちにも行ったみたいだね」
僕の腫れた両頬を見て溜息をついている。
「早めにしっかり冷やした方が良い。今日は上がって良いよ」
優しい店長の言葉に首を横へ振る。
「残ります。素喜君が抜けたのなら、なおさらです」
「でも……」
「顔がこれだから、倉庫整理の方を手伝いますね」
店長に頭を下げた僕は、逃げるように倉庫へ入っていった。薄暗い中で、しゃがみ込んでしまう。皆店に出ているのか、誰も居なかった。
暗い蛍光灯を見上げながら、目頭が熱くなる。
僕はどうすれば良いのだろう?
素喜君と別れた方が良いのだろうか?
頭を抱え込んで唸った。もし、本当に彼と別れた未来を想像してみる。
バイトが終わったら独りで家に帰って。
家に帰っても独りで。
お泊まりに来る人は居ない。
大学に行けば純や鈴子という友達は居るし、テニスサークルは楽しいけれど。
この腕に抱き締める人は居ない。
抱き締めて、温もりを与え合う人は居ない。
甘いキスを交わす人は、居ない。
離れてしまった温もりは、あまりにも大きすぎる。自分が自分ではなくなる気がした。
僕の言葉に照れたり、笑ったりする素喜君が居なくなる。
落ち込んだ時、そっと側に居てくれた人が居なくなる。
一緒のベッドで眠る人が、居なくなってしまう。
こんなにも好きなのに、僕達が男というだけで結ばれないなんて……!
零れ落ちた涙が頬を伝って、落ちていく。
呆然と汚れた高い天井を見上げていた僕は、自分が泣いていることに、暫く気付かなかった。
***
パートのおばさんにもらったおにぎりが、手の中にずっと握られている。何か食べなければと思うのに、胃が物を受け付けなかった。
頬に当てられた冷たいタオル。ビニールに詰め込まれた氷袋を包んだタオルは、僕の腫れた頬に交互に当てられている。
心配だからとバイトが終わる頃に来てくれた鈴子と、彼女を連れてきた純が僕の顔を覗き込んでいる。
バイトはいつも通りこなした。僕のアパートまで付いてきた二人は、掛け替えのない友人だ。握り締めたまま食べようとしないおにぎりを純が取り上げる。ラップを外して、僕の口元に当てた。
「食ってないだろう?」
「……ごめん。食べられそうにない……」
「修治……しっかりしてよ。らしくないよ」
胡座をかいたまま項垂れた僕に、鈴子が泣きそうになっている。僕を見ていた純は、おにぎりをラップにくるみなおした。
「素喜君の所へ行ってきた」
「……え?」
「会わせてくれなかったけどな。あいつ、素喜君を家に閉じ込めちゃったよ」
聞けば素喜君を部屋に押し込み、一歩も外に出さないらしい。純が訪ねて行っても、もう、全く話を聞こうとしなかったそうだ。
今日、これから僕が訪ねていっても、きっと殴って追い返されるだけだろう。最終的にはやはり、腕力でねじ伏せてきた。
兄として。
父として。
大介は僕の前に立ちはだかる。
弟を守るために。家族を守るために。
僕は彼にとって、家族の絆を壊す存在なのかもしれない。
項垂れるように肩を落とした僕を、鈴子が抱き締めてくれた。もし、僕が鈴子の様な女の子だったなら良かった。それなら大介も立ち塞がったりしなかったのだろう。
男と女であれば。
どうして僕達は男なのだろう。
何度も浮かんでしまう「どうして」。好きなだけでは乗り越えられない壁が、目の前から消えてくれない。
「どうする……? 修治」
純もお手上げなのだろう、眉を潜めたまま聞いてくる。
「……僕は……」
言葉を飲み込み、深呼吸をした僕の言葉に、純も鈴子も、頷くしかなかった。
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