SweeT&BitteR ~甘く甘く 時に苦く 僕らは恋をする~

樹々

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初恋トルネード

3.恋のボーダーライン

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「兄ちゃん、夜中に壁に激突すんの止めてくれよな」

「……悪かった」

 額に湿布を貼った俺は、朝御飯の準備中だった。純用のお粥も一緒に作っている。

「何だ、何遠慮してやがんだ。エッチしても構わねぇぞ? おめぇはもう、二十歳超えてるからな!」

「……しないっすよ! だいたい、あいつは男で……」

「兄ちゃん、遅れてるな~。好きだったら気にしちゃ駄目だよ。今の時代、結構オープンに認められてるし。俺も彼女居るし」

「何だ蓮司、お前彼女できたのか! 何で紹介しねぇ!」

「だって親父スケベだもん。麻紀ちゃん可愛いから心配で」

「バーロー! いくら俺でも息子の彼女に発情したりしねぇよ! ……たぶん」

「うわ、超不安!」

 親子二人で騒ぎ始めてくれたおかげで、純の事は後回しになった。蓮司の彼女は凄く可愛いらしい。細身で、物腰が柔らかそうなのにしっかりしていて、とても優しいとのろけている。

 そんな会話を聞きながら鮭を焼いた。朝食に鮭は欠かせない、という親方の要望だった。

 今日は納豆も出しておこうと冷蔵庫を覗き込んでいたら、蓮司が尻を蹴ってきた。

「いてーな、何すんだ」

「兄ちゃん、兄ちゃんが起きてきたよ!」

「あ?」

「気分はどうだい、お客人」

 親方の言葉に、蓮司の兄ちゃんの意味が分かった。振り返れば頭を掻きながら純が立っている。

「ご迷惑をお掛けしました。ずいぶん楽になりましたよ」

「立川さんだったかな。ほら、あんたも一緒に食いな。人間なんてもんは飯食ってりゃ大抵のもんは治る」

「そりゃ親父だけじゃね?」

「お前もその血引いてんだ。感謝しろい!」

 親子の会話に笑った純は、勧められた椅子に座っている。親方の目の前であり、蓮司の隣だった。俺を見ると、頭を掻いて苦笑した。

「ごめん。ほんっとーにごめん」

「……良いさ。食えそうか?」

「うん。お腹空いちゃってる」

「もうすぐできる。薬も飲めよ」

「うん」

 素直に頷いた彼のために、出来上がったお粥を皿に移した。ついでに親方と蓮司の朝食も運んでしまう。テーブルと台所を行ったり来たりする俺をじっと見ている視線に気付いていても、気付かない振りを貫いた。

「……兄ちゃんってさ、本当に兄ちゃんが好きなんだ」

「……え?」

「すっげー見てる。アッツアツ~!」

「お前古いな。ヒューヒューだろ?」

「親父の方が古いよ」

 親子二人のツッコミに、純も、俺も、顔が強張った。思わず彼を見た時、目が合ってしまって。手に持っていたトマトがベシャッと床に落ちてしまった。

「兄ちゃんが動揺してる~!」

「蓮司! おま、いい加減にしろよ!」

「きゃ~! 兄ちゃん助けて!」

 俺が拳を振り上げると、純の背中に隠れてしまった。振り上げた拳が、止まってしまう。

 俺を見上げた純は、にこりと笑った。

「ごめん、何の事か分からないんだけど。俺、何か言った?」

「……え~、誤魔化すの?」

「熱出すと訳わかんないこと言うらしくて。結構、好き好き言うらしいんだけど……。言っちゃった?」

 にこにこと、笑みを絶やさない純。蓮司が顔を覗かせてくると、肩を竦めて交わした。

「さっぱり、覚えてないんだ。変な事言ってたらごめん。それ、あんまり深い意味無いから」

「……兄ちゃん、辛くね?」

「……何が?」

 にこりと、蓮司に笑い掛けた純。目の前のお粥を指差し、俺を見て、また笑った。

「食べて良い? お腹ぺこぺこで」

「……お、おお。食って良いぜ。親方達も食ってくれ。時間無くなるぜ」

 時計の針は確実に進んでいる。何か言いたそうな親方と蓮司は、それでも何も言わずに食べ始める。重苦しい空気の中、俺も親方の隣に座って箸を持った。

 純の様子を窺えば、淡々とお粥を口に運んでいる。ふと、俺を見た彼は、微笑むように笑った。

 その笑顔が、彼の泣き顔に見えて。


 何か言わなければと思うのに、俺の口は動かなかった。
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