SweeT&BitteR ~甘く甘く 時に苦く 僕らは恋をする~

樹々

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初恋トルネード

3-2

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***


 もう一日、大塚家に滞在した純は、早朝に迎えに来た修治に連れられて帰っていった。蓮司がしつこくこれで良いのかと聞いても、彼は何が? と笑って返していた。

 結局、熱が三十八度台まで下がった彼は、おかしな行動をとることはなく、俺に礼と謝罪を言って帰ってしまった。

 ぽっかりと、胸の奥が空いた気がする。

 一週間、経ってもその穴は塞がらない。

 いつも通り家事と仕事をこなしているのに、虚無感は消えなかった。

 今日もそんな一日が始まっている。現場に出ていた俺は、夏に向かう太陽の日差しの中で汗だくになって働いた。筋肉逞しい先輩達と一緒に木材を運び、チェーンソーを使って木を切ったりする。

 余計なことを考えていれば、すぐに怪我に繋がってしまう現場だ。組んだ足場を登っていく先輩達に追いつくためにも、集中して仕事をこなした。

 相変わらず追っかけのギャラリーはいたけれど。テレビで放送されてから日が経ったせいか、数は減っていた。おかげで余計なイライラが募らなくて助かった。今、まとわりつかれたら切れるかもしれない。

 お昼になって仕事を一旦、打ち切った先輩達に連れられて休憩する。現場に出る時は梅干し入りのおにぎりを持参していた俺は、食べながらぼんやりと純の事を考えてしまった。仲間の先輩大工達は、そんな俺をどうしてか囲んで座った。

「聞いたぞ、大介。てめー、恋から逃げたそうだな」

「……こい? 魚っすか?」

「誤魔化すんじゃねぇ! 恋つったらおめー、あれだろ! なあ!」

「甘く、切なく、燃える心……! ってな。俺も若い頃はカミさんと燃え上がったもんよ」

「今じゃ尻に敷かれてやがるけどな」

「うっせー!」

 わいわい騒ぐ先輩達を見つめ、言われた言葉に戸惑った。



 こい?



 ……恋?



 俺が?



「……誰に?」

 思わず呟いた俺の頭を、パシンと一つ叩いた男が居た。振り返れば親方が居て。どっかりと隣に詰めるように座っている。

「あのイケメンの兄ちゃんにだろうが!」

「……純はダチっすよ。だいたい、男で……」

「せめー! あまりにせめーぞ、大介! なあ、皆!」

「おう! 親方の言うとおりだぜ!」

「惚れてんなら、いっちょかっさらってきやがれ!」

「初体験の話はじっくり教えろよ!」

 むさい男達が顔を突き出してくる。仰け反りながら、ふと、あることに気が付いた。

「恋って、何すか?」

 恋がどんなものなのか、知らなかった。

 純に好きだと言われて戸惑いはしても、どこからどのラインが友達としての好きで、どのラインを超えると恋になるのだろう。今まで考えたことも無かった俺は、先輩達の顔を見つめた。

 目の前に居る男達が、へ? と間抜けな声を出している。それぞれに顔を見合わせ、俺の顔にますます寄ってくる。

「……初恋ぐらいしたことあるだろう?」

「初恋? なんすか、それ。恋に種類があるんすか?」

「……おお~い!! マジか!? マジなのか!? お前、じゃ、キスも知らねぇのか!」

「キスは……されたことはあるっす。いきなりだったから良くわかんねぇけど」

「初恋飛ばしてキスしてんじゃねぇよ!」

 パンッと強い横ツッコミを受けた。ガテン系の男の二の腕に突っ込まれると結構痛かった。呻く俺にもはや顔がくっつきそうなほど寄っている。

 先輩達には悪いけれど、正直気持ち悪い。むさい男達の顔が並べられているというのは。しかも汗まみれ。

 仰け反る俺に、先輩達も寄ってくる。純が顔を寄せても気持ち悪いとは思わなかったのに、どうしてこうも違うのだろう。

「ち、近いっす!」

「初恋ってのはな~こう、胸がキュンってなるんだよ!」

「目が合っただけでドキドキしたよな!」

「ベッド連れこみて~ってな!」

「馬鹿かお前! 初恋をエッチ方面に持っていくんじゃねぇよ!」

「俺の初恋は保健室の先生だったの! すんげーグラマー! あの胸に抱かれたい……!」

 わいわい、がやがや、初恋について語り始めた先輩達。逞しい体をした男達が頬を赤く染め、あの時は燃え上がったな、と語らっている。

 話しについて行けず、そっと席を立った。おにぎりを食べながら、皆の輪から離れて座る。

「初恋……ねぇ」

 そんなもの、考えている暇は無かった。体に起こる生理現象はちゃんと処理してきたけれど。女を見て可愛いとか、一緒に居たいとか、思ったことはない。

 女は煩い生き物だ。

 何でもすぐに欲しがる。

 面倒だ。

 そんな印象しか受けなかった。

「……はぁ~」

「や~ん、悩んでる姿も格好良い~!」

「撮っちゃおうよ!」

「もう撮ってるよん!」

 カシャッ、とシャッター音が鳴る。顔を上げれば、いつもの三人組で。

 茶髪はうねうね巻かれ、顔は化粧で隠された化粧お化け三人組、と俺は密かに呼んでいる。睫は不自然に上を向き、真っ赤な唇が嫌になる。

 短いスカートで俺を誘っているんだぞ、と先輩達に言われたけれど、生憎、短いスカートははしたない、としか思えない俺だった。

「……またっすか。飽きませんね」

「だって~、大介ちゃんのコイバナ、気になるし?」

「相手も超イケメンって言うじゃん?」

「や~ん、見たい~!」

「……ちっ」

 思わず舌打ちした俺の後頭部が叩かれる。

「大介! お嬢様に失礼だぞ!」

「……分かってますよ」

 先輩の一人が俺の頭をグリグリ撫でてくる。

「こいつ照れ屋で。で、お嬢さん方、何か用ですかい?」

「大介ちゃん見にきたに決まってるじゃな~い?」

 長い茶髪をクルクルと指に巻いているのが、大塚大工店が契約を結んでいる大企業の社長令嬢だった。俺を気に入ったとかで、時々現場に来ては携帯で写真を撮っていく。

 社長令嬢と一緒に立っている二人は、テレビで放送された時に、追っかけになった二人らしい。社長令嬢と息が合ったのか、彼女の権限を利用して近くまで入ってきている。一般人は立ち入り禁止のはずなのに。

 かなり迷惑だった。彼女が撮った写真が雑誌を飾ったこともあり、いきなり取材をされたりもした。イケメン大工と言われ、煩い女達に囲まれて。

 親方は断って良いと言ってくれたけれど、先輩達は良い宣伝になるから利用しろ、と言う。確かに、大塚大工店は小さな大工店だ。大企業と経営が結べている今は安定している。この契約は長く続けたいだろう。

 お世話になっている親方のため、この煩い女達の猛攻を甘んじて受けていた。
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